突然叫ぶクィーリアに、その場にいた全員が彼女を見る。
「バヴェル! アルメット!」
今までクィーリアが、こんなに感情的になって声を張り上げるようなことは一度だってなかった。それが今は、人間のためにありったけの思いを爆発させている。
威圧感すら放つ彼女の声に、思わずバヴェルは姿勢を正す。
「そんなにすぐにゼノンのことを信じられないってのは分かった。よーく分かった。だったらゼノンのことを信じる、私のことを信じて!」
彼女の口から飛び出てきたのは、だいぶ無茶苦茶な理論だった。そんなもので、自分達を納得させられるとでも思ったのか。
確かに自分は今迷っている。亜人に友好的と思われる人間を前にして、どうすべきなのか判断できない。だが、それでも彼女へ反論できないわけでも、諭すことができないわけでもない。
ただ少し、亜人と人間の間にある当たり前の常識と、かつての事件を彼女に言って聞かせ、人間との接触がどれほど危険かを説き伏せればいい。
おそらく、いやきっと、感情のままに話すだけのクィーリアは、それに対する返答を用意できない。
だが、バヴェルは何も言い返せなかった。
そればかりか、口を開くことすら敵わなかった。
「喧嘩しない、争わない、いがみ合わない。それだけ守ってちょっと待ってて。話付けてくるから!」
こいつは、本当にクィーリアか? バヴェルがそう思わされるほどに、目の前の少女は、数日前に別れた仲間とは似ても似つかない。
クィーリアとは調査のために一緒に人間領を訪れ、その後数日別行動をとった。
一体、この数日の間に何があった?
ここまでの変貌をさせるほどに、こいつは彼女に影響を与えられるような人間だったのか?
「返事は!?」
「お、おおう……」
ぴっと指を差したクィーリアに、バヴェルはようやく口を開いた。我ながら、なんとも情けない返事しかできなかったなと、まるでもう一人の自分になって、自分のことを背中から見ているかのように客観視しながらバヴェルはそう思った。
「それはいいが、そろそろ放してくれ。肩が痛い」
クィーリアにのしかかられ、動きを封じられていたアルメットがもぞもぞと体を揺らしながら抗議する。
自分がアルメットを押さえていたことをすっかり忘れていたようで、クィーリアは
「あ、ごめん」と小さく呟いて彼から降りた。
こういうところはいつものクィーリアだなと、バヴェルは心の中で苦笑した。
「それでゼノン!」
クィーリアは次に、ゼノンに対し指を差した。
亜人の仲間であるバヴェルとアルメットに向けたのと同じくらい、怒気と声量を発しながらゼノンに食って掛かる。
「今の話でゼノンの言い分は分かった。よーく分かった。その上で言わせてもらうわ。もっと他の人達のことを信じてよ!」
淡々と、事実だけを語る彼の話し草。
やけに理論的で現実的で、希望的観測を持たない彼の性格。
そのどれもが、今は無性に寂しいものに思えた。
コレットとの出来事から、彼は亜人どころか、人間すらも信じ切れなくなったままなのだ。
誰にも開き切れない彼の心は、どこか自分と他人を切り離して考えるようにさせている。
「前にも言ったかもしれないけどさ、亜人は自分の能力をどれだけ戦闘に活かせるかに重きが置かれてるから、私みたいなのには見向きもされないんだよね」
怒り慣れていないせいか、はたまた感情を爆発させすぎたせいか、クィーリアの目に涙が滲み始めた。これがなんの涙なのか、彼女自身よく分かっていない。
それでも、彼女の語りは止まらない。止めるべきではないと思いながら、彼女は口を動かし続けた。
一方、突然クィーリアの話題が変わり、いきなり何を言い出すのかと、ゼノンは彼女の話がどこに着地するのかを黙って見守った。
「それでも、そんな私にだってできることはあるんだって、人間領の諜報活動員に志願した。……結局魔物に襲われて怪我して、一人じゃどうにもならない事態に陥っちゃったけどさ」
クィーリアは自分の左肩を手で押さえ、少し沈んだ表情を見せた。狼の魔物に襲われ、危うく命を落としかけたあの夜のことを思い出し、かすかに身震いしている。
それでも、ほとんど治りかけの傷口をぎゅっと握りしめ、クィーリアはぱっと顔を上げ、ゼノンの顔をまっすぐに見つめた。
一つ、大きく深呼吸。
「それでも、ゼノンに会えた」
ふっと微笑んで、クィーリアは言った。