「それだけじゃない。カラルにも、ルードにも会えた。今まで敵だと思い続けて避けてきた人間と話ができた。人間の街にも行って、どんな生活をしているのかをこの目で見ることができた。ゼノンと一緒に冒険して、一人じゃ絶対に勝てないような魔物にも協力して倒すことができた」
初めて出会って、成り行きで一緒に生活することになって、それからの生活をクィーリアは思い返す。
どれもこれも、今までしたこともなかった経験がぎっしりと詰め込まれた、かつてないほど濃密な数日間。
初めて聞かされた新事実を矢継ぎ早に突き付けられ、思わずバヴェルから漏れ出た「いやちょっと待てよ」という呟きに、クィーリアはちらと背後の彼に視線を移して反応する。
そして彼にも、ふっと笑いかけた。
「私は、亜人と人間、二つの種族を繋ぎたい」
胸に手を置いて、クィーリアは言った。
ここから口にする、自身の素直な気持ちを、きっと誰も理解を示さないだろう。
だが、それでもクィーリアは語らずにはいられなかった。
これまでの仲間と、新しくできた関係。そのどちらも、捨てる気はなかったから。
「亜人と人間の間にある誤解を解きたい。お互いがお互いに協力し合えるような関係性を作りたい。そうやって私達が手を取りあえば、きっと、もっと、ずっと、すごいことができるから」
胸に置いた手を、決意と共にぎゅっと握りしめる。
「力も何もない。なんの変哲もないただの亜人に過ぎないけどさ。それでも、私にできるかもしれないってのなら、命だって賭ける価値はあると思ってる」
クィーリアの発言に、誰も、何も言わなかった。
彼女の言うことがどれほど荒唐無稽か。そんなことは本人ですら理解しているはずだ。
だが、彼女の目は真剣そのものだった。彼女の思いがどれほど本気か、ひしひしと伝わってくる。
きっと、彼女は本当に、自分の命だって賭けてしまえるだろう。そんな相手に、バヴェルとアルメットは返すべき言葉を持ち合わせていなかった。
持ち合わせがあったのは、ただ一人だけだった。
「そんなことに命を賭けるな」
ゼノンはクィーリアに歩み寄り、軽く握った拳で彼女の頭を軽く小突いた。
ゼノンのまさかの行動に、クィーリアは大した痛みも伴わない拳に反射的に頭を押さえ、涙目になりながら反駁する。
「なんでよっ!?」
「残される奴の身にもなれ」
その一言で、クィーリアは何も言えなくなった。
ゼノンは一度、大切な友人を亡くしている。……誰かに置いて行かれるということがどういうことかを、身をもって知っている。
命を賭ける。そんなたった七文字ぽっちの言葉にどれほどの力があるのか。クィーリアはよく理解しないまま発言した。
「どうせやるんなら、生きて成し遂げろ」
その後続けてぽつりと呟かれたゼノンの言葉に、クィーリアは驚きぱっと顔を上げる。
「え、……いいの?」
「反対する理由がない」
「じゃあ、ゼノンも一緒に――」
「それは少し考えさせてくれ。……俺がこの先何をすべきなのか、自分でもよく分からん」
コレットの事件。人間としての生活。立場の違いも、思想の違いも理解しながら、ゼノンは長い時間をかけて子供でなくなった。
もうゼノンは、自分の感情だけで行動できるほど、自由ではなくなってしまっていた。
「だが」
だが、何もしないでいられるほど、ゼノンもクィーリアとの出会いに、何も感じていないわけではなかった。
「クィーリアに危険が差し迫った時は、俺が必ず守る。クィーリアを匿い、ここまで振り回した責任は取るつもりだ」
「……いいの?」
「ああ、腹は括った」
ゼノンは決して、理想論を語らない。
だからこそ、理想を追い始めたクィーリアの背中を押したくなった。
それがコレットへの罪滅ぼしのつもりなのか。クィーリアの在り方をこうも変えてしまった責任取りのつもりなのか。はたまた別の理由なのか。それはゼノン自身にもよく分からない。
それでもいいと思った。行動原理など何でもいい。
そうしたい。そうありたい。それだけで十分なのだということは、たった今、目の前の少女が示している。