「ゼノン、もしかして、この魔物って、この前の熊の魔物のことじゃない?」
「おそらく、な」
「クー、もしかして心当たりがあんのか?」
頷き合う二人を見てバヴェルが首をひねる。
「うん、以前私とゼノンでバツ印のあった付近に行ったときに、すごく強い魔物に出会ったの。あの時も少しだけ瘴気が検出されたのが気になってんだけど、魔物が生まれた後も少しだけ残ってたのね」
「それで、その魔物、どうした?」
「すでに倒したぞ」
「おいおい、マジかよ……」
あっさりと答えるゼノンの言葉に、バヴェルが冷や汗を流す。
黒よりの紫が生み出す魔物は相当に強力な魔物のはずだ。
それを二人だけで倒したというのは驚きだった。少々信じがたい内容だが、それをクィーリアが否定しないということは、きっと本当に魔物を倒してここにいるのだろう。
だが、クィーリアはどこ吹く風といった様子で口元に手を当て、考え込み始めた。
「でも、人間領内で瘴気って、どういうこと……?」
「さあな。でも――」
バヴェルが首を横に振った。
この場の誰にも分からないことなのだから、彼にも答えようがない。
だが、一つだけ、嫌な予感はある。
「これから先、今までになかった何かが起きるかもしれない。クーも気を付けてくれ」
そう言って、バヴェルとアルメットは森の中へと入っていった。ゼノンの手前詳しい場所までは教えなかったが、メルクリア森林のどこかに拠点としている地点があるらしい。
バヴェルとアルメットが立ち去ってから、ゼノンとクィーリアだけが残った夜の庭はしんと静まり返った。
先ほどまでの喧騒も、戦闘すら起きていた空気さえ冷え切った夜の冷たい風がクィーリアの肌を撫でる。
軽く身震いしたクィーリアと見て、ゼノンが口を開いた。
「……寝るか」
「うん」
家に向かって歩き始めたゼノンの後を追うように、クィーリアもまたとぼとぼと脚を動かし始める。
だが、その足はすぐに止まった。
「ゼノン、あのね」
声をかけられたゼノンが立ち止まり、振り返る。
視線の先でしばらく俯いていたクィーリアが、ぱっと顔を上げた。
――亜人と人間の間にある誤解を解きたい。お互いがお互いに協力し合えるような関係性を作りたい。そうやって私達が手を取りあえば、きっと、もっと、ずっと、すごいことができるから。
――力も何もない。なんの変哲もないただの亜人に過ぎないけどさ。それでも、私にできるかもしれないってのなら、命だって賭ける価値はあると思ってる。
胸の内に沸いた激情に身を任せて口にした決意だった。
だが、冷静になった今でも思いは変わらない。
叶えたい。成し遂げたい。
新しく生まれた遥か高みの理想を、現実のものに落とし込んでやりたい。
すっと、クィーリアは右手をゼノンに差し出した。
「……これからも、よろしく」
「ああ、よろしく頼む」
ゼノンも差し出された手の意味をすぐに悟り、同じように差し出した右手で彼女の手を掴んだ。
クィーリアが握られた手に軽く力を込めると、ゼノンもそれに応じるように握り返す。
思えば、最初に出会った時もこんな風に手を取りあった。
あの時は疑念と困惑でいっぱいいっぱいだった。
けれど、今は違う。
期待。信頼。高揚感。
クィーリアの瞳に浮き出た、裏返しになっていた正の感情が闇夜の中で光り輝いている。
たぶん、いやきっと、今回の握手はあの時よりも少しだけ長かった。