勇者の冒険(1/13)
「《氷》の術式―
彼女の宣言と同時に、氷で作られた巨大な龍が呼び出された。
彼女の背後から悠々と浮遊する龍が、対峙する五人の冒険者を睥睨する。
本来ならば術印を二つ同時に消費し、出力を補強する前提で作られた術式だったが、彼女は術印を一つ消費するだけで唱えてみせた。
それを可能にしたのが、彼女の持ち前の魔力量と出力だ。
まさしく、勇者と呼ばれるにふさわしい。圧倒的な才能と実力だった。
扱う氷の術式のような、冷たさすら感じさせる煌びやかな銀の軽鎧。手にした華美な装飾を施された細剣を指揮棒のように振るい、氷の龍を自在に操ってみせた。
ほとばしる冷気に煽られ彼女の白く長い髪が揺れる。年齢は見た目からしてクィーリアとだいたい同じくらいだろうか。まだ幼さの残る彼女の深い藍色の瞳は自信に満ち溢れていた。
襲い掛かる氷龍に対し、五人の冒険者はそれぞれの術式を展開した。
だが、出力の差は明白だ。炎の術式は吹き消され、風の術式は蹴散らされ、水の術式は凍りつき砕け散る。
そのまま為すすべなく五人の冒険者は氷龍に飲まれ、審判から戦闘続行不能と判定される。
勇者の勝利が言い渡された瞬間、冒険者ギルドの闘技場に集まった、伝説の勇者を一目見ようと集まった大勢の市民たちが、その謳い文句に違わぬ実力に大いに沸き立った。
その中で、ゼノンとクィーリアもまた、彼女の戦いぶりを客席から眺めていた。
「帽子、とられないように気をつけろよ」
「分かってるわよ」
そう言って、クィーリアは目深に被った帽子を両手でぎゅっと押し込んだ。たとえ誰かが故意に取ろうとしなくとも、肩と肩が触れ合うほど人がごった返したこと場所では、うっかりぶつかった拍子に外れて落としかねない。
勇者の模擬戦が終わってもなお興奮冷めやらぬ観客の合間を縫って、闘技場のど真ん中で満面の笑みを浮かべて手を振る勇者を尻目に、ゼノンとクィーリアはいち早く会場を後にした。
人間と亜人の関係改善を新たな目標にしたクィーリアにとって、勇者という存在は今後避けては通れないものとなる。
とはいえ、ゼノンはただの一般人で、クィーリアに至っては部外者だ。勇者に接触する機会などできるはずもない。だからせめて一目その姿を見ておこうと、二人は店を休みにしてこの一大イベントに足を運んだのだった。
人通りの減った通路を歩く中、クィーリアはやや興奮気味に口を開いた。
「でもほんとにすごかったわね。あの勇者って子。あの調子なら本当に魔王にも勝てちゃうかも」
「いや、魔王は作り話の存在だろ?」
「え? 魔王はいるよ?」
さも当然といわんばかりに、クィーリアはあっけらかんと言ってのけた。
「とはいえ、ゼノンの言ってたおとぎ話みたいな悪い奴じゃないけどね。第一、国の政治とは全く関係ないし」
「そうなのか?」
「亜人の国では三年に一度、全国から腕自慢が集まる魔王決定戦が行われるの。トーナメントに勝ち進んで優勝すれば、はれてその人は次代の魔王として名を刻まれることになるの」
「つまり魔王は役職ではなく、栄誉ってところか」
「そう、そんなところ。魔王になれるってのは、亜人じゃとっても名誉なことなのよ」
「なるほど、な。……っと、そろそろこの話題は止めておくか」
突然ゼノンが会話を打ち切ったのは、彼らの視線の先に知り合いの姿を認めたからだ。