「おうゼノン、お疲れさん」
「急に花束の手配をしてすまなかった。助かったよ」
「ああ、まさかお前らから、本当に花の注文を受ける日が来るとは思わなかったよ。本当はもう少し細部に拘りたかったんだがな」
「本当にすまなかったよ。王都の連中、急に日程を前倒しにしてきてな……」
「でもあの勇者さん。花束をよく見てたし、けっこう気に入ってたと思うよ?」
こちらに手を振るカラルメイカとルードと合流し、まず最初に行われたのは愚痴合戦だった。勇者がゼノン達のいる街を訪れ、冒険を行う日程を王都側から前倒しにするよう打診されたのだ。
カラルメイカは反対したが結局押し切られ、予定を早められた結果ゼノンも歓迎用の花束を満足いくものを準備できなかった。
話しながら四人はしばらく歩き、近くのテーブルに着いた。窓からは先ほどまで勇者が模擬戦を行っていた闘技場が見えるが、どうやら勇者本人はすでに撤収した後らしく、今は清掃を行うギルド職員がせわしなく動き回っているばかりだ。
この後、小休止を挟んだ後、勇者は二人の従者を連れて冒険に赴くのだという。目標地点はこの街から北東に進んだ先にあるロロミラ山脈。そして、その向こうにある亜人領だ。
「ゼノン、貴様の見立てでは、あの子はどうだ?」
「どうだ? とはどういう意味だ?」
「勇者の戦いぶりだよ。貴様の見立てが聞きたくてな」
「そうだな……」
顎に手を置き、ゼノンは勇者の戦闘を思い返す。
煌びやかな軽鎧を身につけ、華美な装飾の施された剣を振るう。術式の出力は今まで見た誰よりも強大で、ただの一般人でしかないゼノンがどうこうできるような戦力差ではない。
その上で、ゼノンは口を開いた。
「正直なところ、付け入る隙はある」
「やはりそうか」
「そうなの? 正直、あの子に勝てるイメージなんて全く浮かばないんだけど……」
はっきりと口にしたゼノンに、同意するカラルメイカ。その隣でルードも分かっている風な顔をして頷いていた。
彼らがどうしてそう思うのか分からず、クィーリアは首を傾げるばかりだ。
「もちろん、俺と勇者が直接やりあえば、まず俺が負ける。だが、それはそれとして、勇者の戦いの癖の中に、気になる点は多かったぞ。……どうしてうちのギルド所属の人間が、五人がかりで負けたのか不思議なほどにな」
「おいおい、勘弁してくれ。あいつらも勇者と戦えるってんで逸ってたんだよ」
ちらと横目で見たゼノンの視線から逃げるように、ルードが顔を覆う。冒険者ギルドの教育係を務める彼にとっても、教え子達がなす術もなく勇者に一方的に負けていくさまは屈辱的だったのだろう。
たとえそれが、どれほど圧倒的な実力差を持っている相手だったとしても、だ。
「……それにしても勇者の冒険か。ちょっと見てみたくはあるよな」
「願わくば同行を、といけばよかったが、王都の頭でっかち共がそれを許すはずがないからな」
「王都の人達とカラルって、そんなに仲が悪いの?」
「恥ずかしい話だがな」
顔を覆っていた手を少しだけ開き、ルードがぽつりと呟く。
カラルが乾いた笑いと共に肩をすくめてみせる。
それを見たクィーリアは、不思議そうに二人を見つめた。
「私達の住む東部地域は亜人領が近いこともあり、魔物との戦闘機会が他の地域よりも多い。その分、議会での発言力は他の地域よりも強い傾向にあるんだが、王都の連中はそれが気に食わないらしくてな」
だから私達に対するけん制のために、勇者が現れたことを早々に公表し、予定を前倒しにしてでも冒険に向かわせたのだろうと、カラルメイカはため息を吐いた。
先日ゼノンに勇者が現れたことを伝えた時にも話したが、彼女は勇者の冒険を、もっと経験を積ませてから行わせるべきだと反対していた。それだけ冒険という行為にはイレギュラーがつきものなのだが、冒険に出る機会の少ない王都の人間が、それを真に理解するのは難しかったようだ。
「とはいえ、だ。ああもでたらめな術式を扱うような人間だ。あれを倒せるような魔物が現れるとも思えんがな」
「一体どっちがバケモンだよって話だよな。あんなもん見せられたら笑うしかねえよ」
「従者二人も、王都ではそれなりの実力者なんだろう? よほどの馬鹿でもない限り、そう――」
カラルの視線の先、勇者一行が冒険に向かった地点の辺りで、一本の巨大な氷柱が生えた。それが誰の術式によるものなのか、その場にいた四人はわざわざ口にすることもなく、各々それぞれの感情を胸にしたままため息を吐いた。
ただただ純粋な、強大すぎる力への羨望。
大した手ほどきもないまま冒険に向かった少女を、何もできないまま見送る歯がゆさ。
伝説を政治利用することにしか頭にない、王都連中に対する不安。
それぞれが様々な思いを胸にしながら、四人揃ってもう一度勇者の冒険先へと視線を向けた。
「……まあ、何事もなく、帰ってきてくれればそれでいいんだがな」
ふと、カラルメイカがぽつりと呟いた。同席するゼノンとルードも同じ思いだ。
それぞれの志を持ってギルドの門を叩き、それぞれの理由でギルドを去っていった者達を知っている。
帰ってくることすら叶わなかった者達がいたことを知っている。
だからこそ、彼ら冒険者は生きて帰ってくることを何よりも重要視する。
そう教えられてきたし、そう教えてきた。
だが、彼らの願いとは裏腹に、勇者達の冒険は失敗に終わることとなる。