亜人領と違い、人間領には瘴気が流れてこない。そして、過去これまで、瘴気に満ちた亜人領に入った人間はいない。
そのため、人間は瘴気について疎いどころか、そもそも瘴気いうものがどんなものかを知らない。最初にゼノンと話した時も、彼は瘴気について何も知らなかった。
そのことを失念したまま、クィーリアは瘴気について、特にレアケースである純白瘴気を知っていることを明かしてしまった。
そもそもギルドの来た時から、クィーリアには何かしらの心当たりがある様子だった。思えばその時から二人には不信感を与えていたのだろう。二人の目には、明らかな疑念が浮かんでいる。
カラルメイカが扉の鍵を閉めたのは、彼女をこの部屋から逃がさないため。
分厚い扉は室内の会話を外に漏らしそうにないが、そう易々と破られるようなものでもない。
正面の窓からは距離がある上に、その間にはカラルメイカとルードがいる。逃げ出すのは難しいだろう。仮に逃げ出せたとして、部屋に残されたゼノンはどうなるのだろう。
「……ゼノン、ごめん」
俯いて、クィーリアは一言呟いた。
自分のせいで疑いを持たれてしまったこと。それに巻き込んでしまったこと。
「少しだけ、私の好きにやらせて」
さらにもう少しだけ、深く巻き込んでしまうことを謝った。
そもそも、逃げる必要なんてどこにもない。
――私にできるかもしれないってのなら、命だって賭ける価値はあると思ってる。
以前自分で言った言葉が脳裏に蘇る。
心臓が痛いほど脈打っているのを感じる。
横目でちらとゼノンを見ると、視線の合った彼がこくりと頷いた。
彼は後押ししてくれることを選んだ。そのことがクィーリアの緊張感を和らげる。
深呼吸を一つして、クィーリアが口を開いた。
「今まで黙っていてごめんなさい」
帽子を外し、その下にあるおおきな猫のような耳を見せ、クィーリアは頭を下げた。
それにルードがぴくりと反応する。だが、それ以上の動きは見せず、様子を窺いながらクィーリアへの問いを重ねていく。
「……どうして、人間領に入ってきた?」
「人間領の諜報活動……、いや、この際だから、私達亜人の身の上話から始めさせてもらってもいい?」
クィーリアの言葉を聴き、ルードはカラルとゼノンに目配せをした。それに対し二人は軽く頷いて返す。
それからクィーリアは、以前ゼノンに語ってみせたのと全く同じ話を始めた。亜人領の瘴気についてと、そこから魔物が出現することについて。そして、それが人間と亜人のいがみ合う理由になっていることについて。
一通り語り終え、クィーリアはルードの反応を待った。
彼女の話を聴いて、ルードは眉間を指で揉みながら、はてどう返答したものかと悩んでいた。
「……おおよそ事情は分かった」
彼の代わりに発言したのは、扉の前で待機していたカラルメイカだった。
「それで、クィーリアはどうしたいんだ?」
「勇者さんを助けたい。助けに行きたい」
「……それは無理だな」
「なんで!?」
驚き聞き返すクィーリアに、カラルメイカは自分の頭を指で軽く小突いて返した。頭頂部よりもやや右側、ちょうどクィーリアの耳がある辺りだ。
それが何を意味しているか、わざわざ言葉にされなくとも分かっている。
クィーリアが亜人だから。
敵対している相手を、そんな数回会話した程度で信用できるはずもない。