「ゼノンもゼノンだ。クィーリアが亜人だということは知っていた上で匿い、あまつさえ街の中に入れたのは一体どういう了見だ?」
そして、その不信感は隣にいたゼノンにも伝播する。彼がこれまで行ってきた行動は、すべて人間に対する裏切りといっても過言ではない。
「分かってると思うが、返答には気を付けろよ。でなきゃ……」
ルードもゼノンに声をかけつつ、腰に差した短刀に手を掛けた。二人の距離は手を伸ばせば届くほどに近い。おそらくゼノンが術印を描くよりも、ルードの抜き放った短剣がゼノンに届く方が早い。
部屋の空気が張り詰めていく中でも、ゼノンの表情は変わらなかった。それでもどんな言葉を返そうかと思考を巡らせたからか、一瞬彼の反応が止まる。
だが、それもほんのわずかな間だけ。やがてゼノンの口が開かれる――。
「お願い、もうやめて」
彼が言葉を発する前に、遮るようにクィーリアが呟いた。
「ゼノンは何も悪くないの。ただ魔物に襲われた私を助けて、今までかばってくれていただけ。人間に悪意を持っていたわけでもないし、裏切るつもりなんてない」
俯きながらクィーリアが話す。信用されていないとしても、彼の無実を訴え続けた。
いやに喉が渇く。握りしめた拳が震える。意味もなく目頭が熱くなる。
「お願い。私のことはいいから、ゼノンは許してあげて」
「そういうわけにもいかんだろ。クィーリアに何かあってみろ。あの二人に合わせる顔がない」
「ちょっと待て。クィーリアの他にも亜人と会っていたのか?」
思わぬゼノンの反駁の言葉にカラルメイカが反応し、ゼノンが頷いて肯定する。
あっさりと認めたゼノンの軽率さに驚き、クィーリアがぱっと顔を上げる。
先ほどまでの張りつめた空気は、より一層ぴりついたものになってしまっていた。もはや敵意すら感じられるほどの圧を放つカラルメイカとルードに、クィーリアは思わず息を飲んだ。
自分が原因で生まれた不信感が、さらなる負の連鎖を生み出している。どうにか解消しないといけないと思いつつも、具体的な方法が全く思いつかない。クィーリアは助けを求めるように視線を部屋の中に泳がせる。
その中で、ふと、ゼノンと目が合った。
時間にすればほんの一瞬だったかもしれない。それでも、彼が目で訴えかけてくる
「次はどうする? クィーリアはどうしたい?」というメッセージは受け取った。
よく見ると、彼はいつの間にか左手でテーブルの端を掴んでいた。いざとなればそのままテーブルをカラルメイカ達の方へひっくり返し、一瞬だが術印を描く時間を稼ぐことができる。
この狭い部屋の中でゼノンが茨を展開すれば逃げ場はない。この部屋から逃げ出す時間は十分得られるだろう。
そして、ゼノンは晴れて人間の裏切り者となる。
――クィーリアに危険が差し迫った時は、俺が必ず守る。
仕事も、仲間も、これまでの人生すべて投げ打ってでも、彼はあの夜の約束を果たそうとしている。
それを実行に移すかは、クィーリアの決断次第だ。
「……お願い」
クィーリアは再度俯き、ぽつりと言葉を零す。
奥歯を噛み締める。
生唾を飲み込む。
瞼をぎゅっと閉じる。
静かに吐き出した呼吸と一緒に、恐怖心を体から追い出していく。
それでも胸に残る重苦しい感情は、全力で精一杯見て見ぬふりして誤魔化した。
顔を上げたクィーリアの目が開く。
「ゼノンを許してあげて。そして、勇者さんを助けてあげて」
恐怖、緊張、意地。彼女の金の瞳に宿る感情は様々だ。
ゼノンにはとがめられたが、クィーリアは命を賭けてもいいと思えるほどの覚悟を持ってここにいる。
だが、ゼノンの命までレイズすることはできなかった。
その結果この先自分がどうなるか。予想できないクィーリアではない。
それでもいいと思った。
最適解ではなかったかもしれない。もっといい方法があったのかもしれない。
だが、後悔は一切ない。
迷いながら、惑いながら、それでも自分で導き出した答えだ。