「とまあ、そんな経緯で、クィーリアが亜人だってことはもう聴いてたんだよ」
「クィーリアがどういう人物かは、クィーリアが亜人だとバレていないという体で様子を見ることで計りたかったからな。今まで黙っていてすまなかった」
「そんなことが……」
二人の話を聴いて、クィーリアが唖然とする。
今まで自分の正体を隠していたのは何のためだったのか。少しその意味を考えたくなった。
だが、今となってはもうどうでもいいだろう。
過程はどうあれ、結果として二人はクィーリアを信用してくれた。その事実さえあればいい。
「……と、話していたらちょうど見えてきたな」
先頭を進むカラルメイカが視界の先をじっと睨みつける。
その先に、勇者がいた。
磨き上げられた鎧や彼女の身につける衣服は少々砂や泥で汚れているが、負傷した様子はない。
彼女は左手に抜きっぱなしの剣を握り、宙を見つめてじっと立ち尽くしている。
クィーリアが耳を澄ますが、周囲に魔物の気配は感じられない。
「よかった。無事だ!」
「馬鹿! 下がってろ!」
「え?」
近づいてくるクィーリア達に気が付いたのか、勇者がこちらを振り向く。
何の景色も見えていない、虚ろな瞳が四人を捉える。
明らかに、何かがおかしい――。
前に出ようと足を速めたクィーリアの腕をルードが掴み、ぐいっと一気に引き留めた。
突然力を加えられたクィーリアが、驚きの声と共に足を止める。
そのままルードとクィーリアは、背負っていた盾を構えるカラルメイカの真後ろにつけた。
その前では、勇者の右手が術印を描き出している。
「《氷》の術式―
「《強化》の三重術式―
強襲や不意打ち、その他不測の事態に陥った場合のために、カラルは戦闘前からあらかじめ術印を複数書き溜めている。
そのうち三つを一度に消費して発動する術式が、彼女が持つ大盾の潜在能力を一気に引きあげる。
その盾に向かって、勇者の呼び出した氷の龍が、ギルドでの模擬戦で五人の冒険者を一度に屠ったあの龍がまっすぐに襲い掛かる。
およそ氷がぶつかったものとは思えない轟音が森中にこだまする。術式の出力差は圧倒的で、力負けした分だけカラルメイカと大盾はずるずると真後ろに押し返されていく。
攻撃の余波だけで周囲の木々が凍りつき、気温を一気に引き下げる。これが勇者の術式かと、身をもって体験したクィーリアが驚きで目を見開いた。
そして、それを受けきったカラルメイカの術式にも同様に舌を巻いた。
やがて二人の術式が効力を失い、氷の龍は消えていった。びっしりと霜の降りた盾を構えたままカラルメイカが白い吐息を吐く。
「《風》の術式―
「《花》の術式―
勇者の攻撃が終わったその瞬間、カラルの盾から左右に飛び出したルードとゼノンがそれぞれ術式を発動させる。
ルードが打ち出した小さな竜巻の槍と、ゼノンが生み出した無数の茨が、左右から全く同じタイミングで勇者に襲い掛かる。
それを勇者は、左手に持った剣を両手で握り、二つの術式を巻き込むよう円を描くように一振りした。竜巻の槍と茨は瞬きする間に凍りつき、勇者に届く前にあっさりと消し飛ばされる。
ほんの一呼吸の間に繰り広げられる攻防。
それからもう一呼吸おいて、ようやく事態を理解したクィーリアが口を開く。
「まさか本当に勇者さんが私達に攻撃してくるなんて……」
「どうやら、あいつの術式のせいらしいな」
カラルメイカが顎でしゃくってみせるその先、勇者の背後にある木の上では、一体の魔物が彼らの戦いぶりを見てきゃっきゃと笑っていた。
白い体毛が特徴的な、猿のような魔物だった。それから猿の魔物はぴょいと背後に飛び退くと、そのまま森の木々に紛れて身を隠してしまった。
潜伏してからぴくりとも動いていないのか、クィーリアの耳でも猿の魔物が発する音を捉えられない。まるで煙になって消えてしまったかのように、猿の魔物は気配を完全に隠しきってしまった。
「カラル、勇者の攻撃はあとどれくらい耐えられそうだ?」
「術印三つ消費してようやく受けられるような攻撃だぞ。二度目があると思うな」
「そんな!」
「まあ落ち着け。予想の範囲内だ。道すがら話した手筈通りに頼むぞ」
「了解。トチるんじゃねえぞ?」
「こっちのセリフだ」
こちらの攻め手は一手で打ち消され、あちらの攻め手は受けきることすら困難な状況。
圧倒的な戦力差を身をもって体感してもなお、クィーリアを除く三人は不敵に笑った。