飛び出したゼノンに、即座にカラルメイカが盾を構え直す。
決して冗談も嘘も言わない彼ができると言うのだ。ならば信じる他にない。
「《花》の術式―
勇者の正面から、ゼノンが茨を展開する。
自分を捉えようと伸びる茨を、勇者は剣を一振りするだけで凍りつかせ、成長の止まった茨を無造作に切り捨てた。
「《花》の術式―
茨を対処されたことを気にも留めず、ゼノンは手にした巨大な笹の葉を勇者の頭目掛けて振り下ろす。それを勇者が剣で受けとめるだけで、笹の葉はあっけなく真っ二つに切られた。
「《花》の術式―
はらりと落ちた笹の葉の切れ端が地面に着く前に、ゼノンが追加で茨を展開する。今度は茨を正面からだけでなく、森の木々を回り込ませることで、勇者を使用八方から縛り上げようとする。
だが、それすらも勇者は対応してみせた。彼女は一回転しながら剣を薙ぎ、全方位から伸びてくる茨をまとめて切り捨てた。
その瞬間、ゼノンがちらとクィーリアに視線を送る。
――仕掛けるぞ。合わせろ。
言葉を交わすまでもなく、二人の意識が合わさった。
ゼノンが勇者に向けて指を差す。術式の連続使用で減ってしまった残り少ない術印をさらに消費し、次の術式を発動する。
「《花》の術式―
ゼノンの宣言と同時に、白く小さい花が辺り一面に舞い散り始めた。
初めて見る術式に見惚れて、一瞬勇者の動きが止まる。
何が起きたのか理解するのに一秒。
それから剣を地面に突き立て、身を守るためにドーム状の氷の壁を構築するのに一秒。
はらはらと舞い散る白い花びらが、勇者の氷に触れ――。
――そのまま、何も起きずに張り付いた。
ゼノンが術式で生み出したのは、何の効果もないただの花。
攻撃になるわけでも、防御に使えるわけでもない。ただ白く小さな花びらが舞い散るだけの、とても戦闘では使い物にならない術式。
だが、その本質を知らなければ、彼の術式には大きな意味が生まれる。
突然正面に躍り出て術式を連続で使い込むことで、攻め手の主力がゼノンに切り替わったと錯覚させる。
また、攻め方を変化させたことで次の一手、もしくは有効打となり得る奥の手があると思わせる。
そして、わざとらしく勇者に向けて指を差し、あたかもこれからその奥の手を使うと見せかける。
そこから展開される、回避する隙間もないほど広範囲に広がる、初見の術式を、勇者が警戒しないはずがない。
そうして勇者は自ら氷の壁の中に立てこもり、自分から動きを封じてしまった。
――春先に山岳地帯に咲く、つま先ほどもないような小さな白い花でな。この花が散る様子が、まるで冬に巻き戻って雪が降ってきたようだからこの名前がついたんだ。
いつかクィーリアに語った粉雪花の説明が、今になって蘇る。
――粉雪花ってね。春になったら咲く花なんだけど、白くて小さい花が散るのが雪みたいだってことから名前がついたんだって!
かつてコレットに得意げになって話したことが、鮮明に蘇る。
亜人と共闘している今、この術式を使うのを、ゼノンはなんとも感慨深く思った。