その間にクィーリアは、そっと自分の顔の前に両手を掲げた。
敵が次の一手を打つ前に、こちらから敵の位置を見つけ出さなければならない。与えられた時間はそうないはずだ。
ふと浮かんだ思い付きをそのまま実行に移すのは、正直怖い。
失敗のリスク。純白瘴気から生み出された魔物相手に、自分程度の策が通用する自信は、はっきりいってなかった。
だが、自分は信じて託されたのだ。この世で最も信頼できる、人間に。
ならば、多少の無理程度は押し通す。
「向こうが音も気配も出さないのなら、こっちから出せばいい」
クィーリアは、魔力を込めて柏手を打った。
クィーリアの能力によって増幅された、ぱあんという破裂音のような大きな音が森中にこだまする。
クィーリアが打った手は、その一つだけ。
森の中で響き渡った音の波は、どこかへと通り抜けて消えていったものもあれば、森のありとあらゆるものに跳ね返ってクィーリアの元へ返ってくるものもある。
その反響する音で、周囲の様子を把握する。
反響する音から物質の形を読み取り、辺り一帯の空間を識別する。
その中に、異物を見つけ出した。
「ゼノン!」
ぱっと、クィーリアが顔を上げた。
「真上! 木の上に何かいる!」
異物目掛けて差された彼女の指は、彼女達の頭上、ほぼ真上の位置を指し示した。
「《花》の二重術式―
そして、ゼノンがその声に反応し、術印を消費したのも、またほぼ同時だった。
術印を二つ消費し、倍の量の茨が木々の隙間を埋め尽くす。
まるで屋根を拵えたかのように、一分の隙間もなくびっしりと木々の隙間に絡みついた茨の先端が、魔物に触れた。
いくら身を隠していようとも、この物量では周囲の木ごと捉えられてしまう。たまらず魔物は次の枝へと飛び移って逃げ出した。
「逃がすかよ!」
その魔物に、ルードが手にした短剣を振るう。術式で自在に空を駆けるルードの方が一瞬速く、魔物の脚を切り裂いた。
バランスを崩し地面に落ちていく魔物。なんとか空中で体制を立て直し着地するも、そこ目掛けてルードがさらに追い打ちをかけようと急降下してくる。
魔物が何をしたとしても、ルードの攻撃の方が早い。
だが、今の魔物には勇者がいる。
素早く動き出していた勇者が魔物とルードの間に割って入り、剣を構える。
「おいおい、私を忘れてもらっては困るな」
振り上げた勇者の剣を阻んだのは、カラルの持つ盾だった。術式で性能を強化した彼女の盾が勇者の剣の軌道を逸らし、攻撃を誰もいないどこかへと受け流す。
決して一朝一夕には成し得ない、完璧と言って差し支えない、流れるような連携。
感動すら覚えるそれを目にした猿の魔物は、その光景を目に焼き付けたまま、ルードの風の刃に首を切り落とされ絶命した。
跳ね飛ばされた頭がボールのようにどこかへと転がっていく。それと同時に、勇者の体は糸の切れた操り人形のように、その場にどさりと崩れ落ちた。クィーリアが駆け寄って抱き起こして様子を見ると、どうやら気を失っているらしかった。
それだけ消耗してしまっているのだろう。だが、大きな怪我はしていない。この調子ならば、街に連れて帰って数日休めばよくなるだろう。
「だーっ! 疲れたー」
「おいおい、街に戻るまでが冒険だぞ。あまり気を抜くな」
「気を抜くなっつってもよ。勇者と本気でやりあったんだぜ? これ以上気を張り詰めすぎると死んじまうよ」
「そうでなくとも、この戦いで俺達もずいぶん消耗させられたんだ。ひと段落したところだしな。少し休息をとるか」
「おー。賛成」
ゼノンの提案を待っていましたとばかりに、ルードがその場にどかりと座り込む。カラルメイカも近くの木の根に腰かけ、木にもたれかかって休み始めた。消耗していたのはこちらも同じだ。
戦闘中の張りつめた雰囲気が次第に緩く、勇者の術式ですっかり冷やされた空気が徐々に温まっていく。戦闘の終わり、冒険の目標達成を肌で感じられるようになりつつある頃、ゼノンがクィーリアの隣に座り込んだ。
「よくやってくれた」
ゼノンの口から出てきたのは、そのたった一言だけ。
これ以上ない賛辞だった。
「……うん!」
ゼノンの言葉に、クィーリアは笑顔で応えた。