そして日常へと戻っていく(1/2)
「ありがとうございましたー!」
勇者奪還の冒険からおよそひと月経ったある日、人間領のとある花屋から、店員の少女の声がした。
動きやすさを重視した簡素な布の服にショートパンツ。短く切り揃えられた真っ黒な髪に、日に焼けたものではない、生まれついた体質による浅黒い肌。室内であるにも関わらず、常に頭に被せられた大きな帽子は、今や彼女のトレードマークとして来客から認知されつつある。
そんな彼女は今、店の制服代わりに使っているエプロンを掛け、花を買っていった来客を笑顔で見送っていた。
店内に客がいなくなったころを見計らい、店の奥で別の作業をしていた店長が彼女に声を掛ける。
「……ところでなんだが、クィーリアはいつまでここにいるつもりなんだ」
「え、私がここにいて何か問題あった?」
「いや、そういうわけじゃないが……」
「じゃ、別にいいでしょ?」
そう言って少女はにっと笑った。その様子はさながらイタズラが成功した子供のよう。
軽口や冗談のような物言いの中に、彼女は本音もしっかりとおり混ぜて店長と対話する。
「前にも言ったでしょ? 私は亜人と人間を繋ぎたいって。それが達成されるまではここにいるつもりだし、ゼノンにも協力してもらうつもりだからね」
クィーリアはゼノンに向かってぴっと指を差した。もう最悪ばかりを想定し、一人でなんでもやれるようにと考えるかつてのクィーリアはどこにもいない。
頼り頼られ、任せて任されて、そうやって彼女は三人の人間と対話し、友好を結ぶという立派な成果を上げている。
コレットという先駆者が下地を作っていたからとはいえ、二十年間誰一人として増やすことのできなかったゼロという数字を、彼女はこの世で初めて変えてみせた第一人者となったのだ。
それは世界全体で見ればほんの小さな、誤差程度のものでしかない。
だが、その誤差がどれほど大きな誤差か、ゼノンは理解していた。
「それは別にいいんだが、次は何をするつもりなんだ?」
「……まだ考え中」
そう言って、クィーリアはゼノンから視線を逸らす。
カラルメイカとルードの信頼を得て以降、彼女は自身が亜人であるということは誰にも明かしていない。
ゼノンの店で働くうちに、よく話すようになった人達はなかなかに多い。だが、だからといって亜人であることを明かせるかは別問題だ。
「まあ、一朝一夕に解決するような問題じゃないからな。焦らずやればいい」
「それはそう、なんだけどさ……」
彼の言う通り、いくらクィーリアが頑張ったところですぐに解決するような問題ではない。頭では理解もしているし、ゼノンの言葉に反対する気もない。だが、やはり何もできない現状が続くと少々落ち込みたくもなる。
クィーリアがため息を吐いたその時、からんと店の扉についていた小さな鐘が鳴り、店内の二人に来客の訪れを知らせた。
音に反応して二人が玄関に顔を向ける。そこからやってきたのは、二人もよく見知った女性だった。
「邪魔するぞ」
「カラル! いらっしゃい!」
「王都の連中との会議はどうだった?」
「どうだったも何も、大変だったさ。その分、成果も大きかったがな」
来店した冒険者ギルドの部隊長、カラルメイカの顔を見て、クィーリアの表情がぱあっと明るくなる。勇者の初めての冒険が失敗に終わって以降、彼女は王都とこの街を何度も往復しては会議を繰り返す日々を過ごしていたそうだ。
その間、彼女はゼノンの花屋に立ち寄ることもできず、二人に会うこともできなかった。およそひと月ぶりに見た彼女の顔は少々疲れているようだったが、相変わらず元気そうだ。
「まず、勇者の冒険慣れしていないことが露呈した。そして、冒険の経験を十分に積ませるまでは、亜人領遠征は延期することが決定した」
「延期、か……」
クィーリアがカラルメイカの言葉尻を捉えて、ぽつりと呟いた。
延期ということは、今は不可能ではあるが、将来的には行うという意味だ。王都の人間はまだ亜人領侵略を諦めていない。
今浮き彫りになった問題さえ解決すれば、すぐにでも勇者の冒険を再開させる。その意思がありありと感じられた。