「そして、勇者に冒険の経験を積ませるために、勇者にはしばらくこの街に来てもらい、専属の教官から色々と教わる運びになった」
「専属、か。勇者相手だから当然といえば当然だが、ずいぶん大盤振る舞いだな」
「そんな悠長なことを言っていていいのか?」
「……どういうことだ?」
にやりと笑うカラルメイカに、ゼノンが怪訝な顔をする。
「そろそろいい頃合いだろう。入ってきてくれ」
カラルメイカの呼びかけに応じ、店の玄関が再度開かれた。
「よっ、久しぶり」
「こ、こんにちは……」
その先には手を挙げて軽い挨拶をするルードと、半分体を隠しながら恐る恐るといった様子で頭を下げる少女がいた。
年齢は大体クィーリアと同じくらいだろうか。まだ幼さの残る彼女の深い藍色の瞳は不安と警戒心に満ち、彼女の白い髪は心もとなく風に揺れる。
以前着用していた銀の軽鎧は一般的な平服になっており、華美な装飾が施された細剣はどこかに置いて来たようだ。もはや見た目には、なんてことはないただの少女にしか見えない。
だが、彼女がただの少女でないことくらい、ゼノンもクィーリアも分かっている。
人間の救世主として、先ほども話題に上がっていた勇者が来た。
「おい、これはどういうことだ」
「あの猿の魔物に操られていた時のことを、うすぼんやりとだが覚えているらしい。当然、クィーリアの耳もしっかりと目撃している。……ああ、クィーリアのことはちゃんと口止めしているから安心しろ」
カラルメイカのその言葉に、クィーリアは目を丸くした。クィーリアの耳を見たということは、彼女が亜人であることを察しているという意味に他ならない。
亜人である彼女が、どうして人間と協力し、自分を助けに来たのかが分からないのだろう。
ましてや彼女は勇者として期待された人物だ。これまで教わってきた人間の常識とも、勇者として求められる理想像とも食い違う冒険者一行に助けられた経験にさぞ戸惑ったことだろう。
「彼女も聴きたいことは山ほどある様子だったからな。ならばいっそのこと、この街で冒険のいろはをゼノンから教わればいいと提案させてもらった」
「お前の差し金かよ」
「そういうわけだ。面倒見てやってくれ」
「……おいちょっと待て。教官としてどころか、寝泊りや私生活も俺に丸投げするつもりか」
「ゼノンの家は広いんだ。もう一部屋くらい空いているだろう?」
「倉庫と物置に活用していてもう残ってねえよ。ギルドの寮じゃだめなのか」
「私もそれは考えたが、毎日寮から貴様の家に通うのも大変だろう? なら最初から貴様の家に住まわせたほうが早い」
カラルメイカとゼノンが喧々諤々と議論を進める中、クィーリアは玄関からじっとこちらを見つめる勇者を見つめ返していた。
そんな勇者にクィーリアが歩み寄る。目の前まできたところで、クィーリアは顔を綻ばせた。
「こんにちは!」
「こ、こんにちは……」
元気よく挨拶するクィーリアに、勇者は戸惑いながらも挨拶を返す。
まだ彼女とどう接したものか量りかねているのだろう。五人の冒険者を相手に圧勝したあの時の模擬戦で見せた元気の良さが、今の彼女からは全く見られない。
クィーリアはそれを承知で、まるでお構いなしに勇者に話しかけ続けた。
「前にこの街に来ていた勇者さんだよね? 名前はなんていうの?」
「……アリア」
「アリア、いい名前だね! あ、私の名前はクィーリアっていうの。私の耳のことはもう知ってるんだよね?」
確認も兼ねて口にしたクィーリアの問いに、勇者――アリアは躊躇いがちにこくりと頷く。
積極的ではないにせよ、対話はきっちりとしてくれる。たったそれだけのことでも嬉しくなったクィーリアがますます笑みを浮かべさせる。
「まあ、アリアも聴きたいことはたくさんあるだろうし、そこはゆっくり話し合うとして……」
そう言うと、クィーリアはアリアに向けてすっと右手を伸ばした。突然の動きに驚いてアリアの肩が跳ねる。
だが、彼女の仕草の意味はすぐに理解した。アリアもおずおずと手を伸ばし、ぎこちなくクィーリアの手を取る。
「これからよろしくね、アリア!」
こうして繋がれた手に力を込めながら、クィーリアはアリアに笑顔を向けた。