17時、ボロっちいアパートの一室にて、自他ともに認める可愛い少女が椅子に座ったまま目を閉ざしてコントローラーを高速に連打している。傍から見ると、目隠しでゲームをプレイしているのかと思いそうだが部屋に置いてあるパソコンは電源が切ってあって静かに佇んでいる。
『うわわ、助けてー!』
『うおっしゃー、待ってて待ってて!』
イヤホンからはまるで戦国時代の合戦の中に居るのかと思うほどに、侍たちの鬨の声が上がっている。彼女たちは目の前にいる数百の侍たちを、バッサバッサとなぎ倒す。その中でも特別に活躍して一騎当千を噛ますのは、長いうさぎ耳を垂らして、金髪ストレートロングヘアで所々に月モチーフの装飾が美しい、その姿はまるでギャルくなった■■■姫のよう。
少女の扱う武器。それは大きく、分厚く、重いハンマーである。正確にはハンマー兼ロケットランチャーなのだが。迫り来る侍たちが勢い良く刀を振り下ろしてくるが、少女はそれ以上に速く巧く武器を振るって消滅させていく。時折ハンマーからウナギを発射しては敵陣に穴を開け、最後に大きくジャンプしながらスキルを発動すると大地は砕けて何百もいた侍たちは全て倒される。
『すっげープレイ』
『あんなにハンマー軽やかに使うんだもん、プロだよ、プロ』
『( ᎔˘꒳˘᎔)フフ、お兄ちゃんに色々叩き込まれてるからっ!』
『もう、あははっ何その顔文字』
今日は流行りに乗ってKASSENというゲームのモードの1つ、GASSENをしていた。数あるモードの中で、これはPvEであり、迫り来る侍集団から城を守り抜くという物。いわゆるタワーディフェンスである。当然だが難易度設定はあり、最初はイージーでやっていたものの、突然のわんぱく美少女の難易度変更の悪戯によって、3人は難易度ルナティックにぶち込まれて苦戦していたのである。
一応の補足ではあるが、このKASSENというゲームは何と何とフルダイブ型のアクションゲームなのである。スマコン1つで綺麗な世界に飛び込めて、非常に高度な操作性と戦略性が楽しめる最高のゲームとして世間的に評価が高い。
ぴぴぴー!!
『あちゃー、ごめん芦花、真実、アルバイト行かなきゃ。じゃあまたまたー』
『そっか、行ってらっしゃい』
『行ってらっしゃーい』
何とかルナティックを終え、2人にお別れの言葉を送ったのち、アラームに従い久しぶりに瞼を開けた。窓ガラスの向こうには夕日があって光が差し込んではいるものの、部屋は薄暗くなっていた。そうしてガラスから反射した少女の瞳は怪しく、オレンジ色に輝いていた。スマコンを取り外した少女はアルバイトへ行くために準備を始めた。
「ふう、アッツ。シャワー入ってから直ぐいかなきゃ……エアコン、そろそろつけなきゃやばいな、これ。」
東京の7月上旬、ただでさえ異常気象とヒートアイランド現象で東京は常にサウナ状態。誇張しがちかもだが、強ち全てを否定できないのがお辛い所。そんな中で、窓も開けずにエアコンもなし、扇風機のみで対抗しているのは現在高校3年生のピチピチ美少女……死にたいのかと言うツッコミは届かない。
「んんんーんん、んんーん、んーん」
楽しげに推しの曲を鼻歌で楽しみながら、シャワーを浴びて
「乾け乾け」
ドライヤーに悲鳴を上げさせ
「服、服」
身だしなみを整えて
「行ってきます、ヤチヨ」
推しの神棚へお祈りを捧げていざアルバイト!
時刻は17時30分、これならギリギリアルバイトに間に合うだろう。長いストレートヘアを纏めて、ヘルメットを身に付け自転車を全力で漕いでいく。少女が働いているアルバイトの勤務時間は18時から22時の4時間。ちゃんと週5である。どこで働いているかって?名前は《IRODORI cafe》と言う。このcafeは兎に角忙しいことで有名で、人気のチェーン店と同等の仕事量として多くのアルバイターの墓場と化している魔窟。オマケに先月入ったちょっぴり?ドジっ子な、東マオちゃんのサポート係も担当しているので大変も大変だ。
どうでもいいが妹がいるらしく、似たようなカフェで働いているんだとか。
閑話休題
しかしこの娘、一体どうしてこのような生活を送っているのだろうかと疑問に思うだろう。こんな愛嬌良し、包容力良し、成績優秀に文武両道、余裕でスパダリ認定が降りそうな娘が、どうしてエアコンを使えないレベルの生活を送り、絶賛苦学生としてアルバイトに勤しんでいるのか……
これには深い深い~理由があるのである。
「自転車自転車~間に合えぇっ」
漕いで漕いで、身体に乳酸が溜まってくたびれようがお構いなし。そうして、こんな時思考がナーバスになった時に限って、あの人の言葉をリフレインする。
(お母さんが私ぐらいの時はこれ以上の事してたんだよね……ゲロ怖~)
脳裏に走るのは、母からの躾。こうやって疲れた時とかふとした時に思い出す。冷水をぶっ掛けられたように、心の底まで凍えてしまう。母は厳しい……厳しいのかな、自分でもイマイチ決めかねる。父さんが亡くなってからは、本当に本当に……はあ、もう考えるのなしっ。頭をブンブン振るって煩悩退散煩悩退散!
少女はペダルを力いっぱいに込めて漕いでいく。そうしてから数分後、アルバイト先に到着した。着いてすぐに少女は内心、うわぁ…と絶句した。窓ガラスからはカフェの内側が見えるのだがお客様で埋め尽くされていた。然程珍しくはない光景ではあるものの、やはり溜息をついてしまうは仕方がないだろう。
「ちょっとぉ、このご飯なんで冷たいの?」
「すいません、注文してから20分経ってるんだけど」
etc
「おはようございますー」
何も考えないようにした。同僚へ挨拶を終え、控え室で着替えて長い長いアルバイト戦場へと身を投じた。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
「おはよう」
「おはー」
「おはよぅ、んん」
いつもの通学路のいつもの場所、真美と芦花と待ち合わせをしている地点で合流して学校へと向かう。頭と身体がちぐはぐなこの感じ、まるでテスト前に二徹した時みたいだ―――あれ、と思いながら欠伸を噛み殺して眠い目を擦る。
その瞼の下にははっきりと隈が現れていて、恐らくはメイクをする事も忘れて急いで出発したのだろう。足取りも重く、当の本人は普段通りのキャラを演じようとしているが親友の二人にはお見通しであった。
「目の隈も酷いけどフラフラだよ。大丈夫?」
「そうだよ~何時に寝たの?」
「大丈夫大丈夫!えへへ、何時だっけなあ~。寝てないかも、じょ、冗談冗談……」
「もう、またそうやってはぐらかして、ちゃんと寝てね。」
「寝ようよぉ~!」
「もう、真実も芦花も優しいなぁ、あはは」
この二人には感謝が耐えない。敵わないな~と何時も思う。限界ギリギリな時は必ず支えてくれるんだから。ご飯も作ってくれたり、肩を揉んでくれたり、ほんっとにありがとうって言葉を幾ら言っても足りない位。
真実なんて涙目でポカポカしているし、優しいなぁ。でも私には頑張らないといけない理由もあるし、ここで止まってられないんだ……ごめんね
「いつもは甘えん坊なのに、変な所で真面目なんだから。辛くなったら」
「私達を頼ってよ~」
「えへへ、じゃあ二人にはテスト勉強を付き合って貰うよー!!」
7月下旬の今日、ここ最近はずっと睡眠時間2時間をキープしていた。22時までアルバイトに励み、シャワーを浴びてからは月見ヤチヨのデビュー曲を口ずさんで勉強の開始。予習と復習の繰り返し、期末試験は直ぐそこに迫って来ている訳で余裕は一切ない。通常の生徒であればここまでの苦労はしない。22時までアルバイトなんてしないし、朝日が顔出しする時刻まで勉強なんて必要ない。
この娘、実に特殊な環境にいる。
「うぇ、芦花ぁ…真実ぃ、今頼ってもいい?」
「うん、いいよ。よしよし」
「よ~しよし」
精神的に限界ギリギリ。いつもなら問題ないのにな、なんでこんなに疲れちゃってるんだろう。そっか、私二徹してたやw………………
そうこうしている内に3人は学校に着いていた。少女は学校でも有名人。その理由は単純に文化祭や体育祭で活躍したり、使わなくなった1年生や2年生の時の勉強ノートを委員会の後輩に渡したり、同級生にテスト勉強教えたり、テスト順位も常に1位の成績、プログラミング部に助っ人で入って大会に2年連続で優勝したり、単純に顔がめっちゃ良いからと色々と理由は多い。
人気者なのだろう。通りすがりの後輩やらクラス別の同級生達から挨拶される。芦花と真実、二人以外は挨拶をするだけ。彼彼女たちからすると、目の前の少女は品行方正、成績優秀、文武両道の超人で憧れである。
「皆おはよー!」
今日も今日として、少女は演じ続ける。遥か先を行く母の背を追って。
「では19番の、酒寄さん。ここ分かりますか」
「はい」
授業は早く感じる時もあれば遅く感じる時がある。今日は多分早い日だ。だって瞼を閉じたら次の瞬間には15分が経っていたのだから。5時限目の体育で体に疲労が積み重なり、6時限目の古典では耐えられなかった。名前を呼ばれた瞬間、意識はジェットコースターに乗って帰ってきた。
「ここの―――は、―――で――――です。」
「正解です。ありがとうございます。では次のページを開いて下さい。」
あっぶねー、いつの間にか寝ていたとは。手を開いて閉じて眠気を覚ます。古典は得意教科で好きなタイプ、プログラミング授業の次に好きな科目。ただ今日は全く集中出来ない、ペラペラと適当なページを開いてはまた同じ事をする。ふと、目に止まった物語を適当に読む。
竹取物語、一番好きな物語だ。
まあ、読み切る前に耐えきれずにうたた寝に飲まれたけどね。
「―――、――や、―――ぐや、おっ、目覚めた。おはようございますー」
「よく眠れた~?」
「うわぁ。あれ、授業は?」
私がキョトンとしていた顔が面白かったのか、二人してニヤニヤしている。完全に授業は終わっていた。まさかここまで熟睡してしまうとは驚いた。やっべー
家で復習する部分が増えてしまった。その悩みに気づいたのか、ふたりは「じゃーん」とノートを前に出して強引に手渡してきた。
「いいの?」
「いつも助けられてるから。ほら、今日の朝言ったでしょ。頼って頼って」
「そうだよ~、いつも助けられてるしね」
「芦花、真実っっありがとーーー」
周りの目も構わず、二人を抱き締めて感謝感激伝えてしまった。
それから幾日が経った頃
今日も変わらず、朝ごはんのもやし炒めを食べ、学校に行き、家に帰ってはKASSENをして、塩パスタを茹で、過酷なアルバイトをこなし、深夜の深夜まで勉強に努める。そんな普通の一日。
アルバイトが今日は特別に長くなってしまった。22時に終了の筈が、客数が多過ぎて22時を越えてしまった。当然疲労でクタクタで、自転車に乗る気力もなくとぼとぼと押しながら歩いて帰る。耳が寂しいから『Remember』を聴きながら思考を巡らせる。
金曜日はいつも混雑するが今日は本当に疲れた。シャワーを浴びてさっさと寝たい。久しぶりに6時間は寝れそうだ。だって
「やったああー、三連休っ、三連休!」
三連休だから。シフトも希望休を強引に捩じ込んで休みにして貰った。休み、休みなんて何時ぶりだろう。考えて見れば週5でアルバイト入れている訳で、心から休まった日なんてなかったかもしれないと思う。
一瞬、重荷から解放された感覚になって空を見上げた。いつも自転車に乗っているから気づかなった。今日のお月様はまん丸の―――
「お月様っ!きれーい♪写真撮っとこ。芦花も真実も喜んで……くれ……あり?」
月の前を勢い良く花火見たいに通り過ぎた物体がひとつ。
「流れ星だー」
「流れ星っ」
「まじで流れ星じゃんっ」
道行く人々も足を止め視線を流れ星に奪われる。流れ星とは思えないほどに、鮮やかに彩りに満ちた流星に人々は魅力されていて、ついつい自分も手を合わせて願いを告げる。
「”もっともっと、楽しい事がありますように!!!”」
神頼みはお母さんが馬鹿馬鹿しいって言っていたけど、私はそうは思わない。そう願えば、きっと人はそうなる様に頑張って、本当に願いを叶えちゃうだってお父さんが教えてくれたから。
だから私は、本当に本当に神様がいるんだって信じてる。
「ちょうど流れ星の方向だ。アパート……ってことはーー!!!うおおお!!」
普通なら、流れ星が東京に降って来るとか考えられない。考えるのは小学生か、夢見がちな私ぐらいだ。いつの間にか疲れも消えていて、身に余る興奮に任せて、家に向かってペダルを漕ぐ。
いつの間にか、流れ星は空に尻尾を残して消えてしまった。空に残した痕跡だけでも綺麗で心が浮かれるが、本体が消えてしまったのは残念。まあ、大気圏で燃え尽きてしまったのだろう。しょぼん(´・ω・`)
「わっ、わっ、わっ、ペダル重っ……って、パンクしてるぅぅぅぅ!?」
一体何処で傷ついてしまったのか。流石に勢い良く走りすぎたか、せっかくいい事があったのにこれじゃ画竜点睛に欠くってものだ。壊れた自転車を押して押してえっさこら。
「え?あれ?」
『家路に着くと、なんと!!』
アパートの前まで来て、信じられないものを見た。直ぐ横の電柱が、見事にゲーミング電柱と化している。
「わぁぁぁ!すごっ、なになに!!」
『もと光るゲーミング電柱なむ一筋ありける。』
流れ星へのお願いが叶ったのか、と思ってしまう。自転車をとっとと共用車庫へ駐車して電柱に近づく。
「わっ!?」
『あやしがりて寄りて見るに、電柱の中光りたり。』
見事に七色に発光している、奇妙過ぎる……わっ、スモーク出てきた!?
ゆっくりと、焦らすように電柱に付いた扉が開かれて―――
「ふぇ……ふぇぇ」
「赤ちゃん?」
『それで”かぐや”はこう言ったの。』
『「可愛いいいーー!!!」』
ってね♪
『あ、自己紹介の部分を忘れちゃった(ノ≧ڡ≦)☆』
『名をば、酒寄かぐやとなむいひける』
『かぐやって呼ぶべし!』