「ご馳走様でした。」
「お粗末さまでした。美味しかった?」
「……はい。とても美味しかった、です。かぐやさん…その、…もっと竹取物語について聞いても宜しいでしょうか」
「竹取物語について?。まぁ色々端折って話したもんね、じゃあかぐやが全文朗読してあげる」
(くっ、全然敬語が抜けてないよ~。どうしたらいいのさ~!?)
未だ他人行儀の彩葉に悪戦苦闘する。恐らくは生来の物、或いは宇宙にいた時に染み付いた性格なのだろう。矯正は難しいかも知れない、こっちは赤子から育てて友人の域を超える親密度を感じているのに、相手にとっては他人とか悲しすぎる。距離感をバグらせてやるっ!!
かぐやはわざとらしいお姉さん、お母さん的要素を取り戻す。作戦はこうだ。通常よりも積極的に近くで彩葉を構うと言うもの。今回なら、ぺたりと座っている彩葉の後ろに移動し後ろから抱きしめん勢いでポジションを確保し、そのまま朗読の準備をする。物理的距離感を近づけることで精神的距離感を近づける作戦である!
「か、かぐやさん?」
「なに?」
「近ぃ、近いです。その…」
「そうかな。普段からずっとこの感じだったし、一番朗読しやすいからね。まっ何よりも彩葉を撫でやすいもん。ほれ~ほれ。」
「きゃうっ!?」
赤子の頃からのナデナデが有効打となり、その甘い誘惑には打ち勝てず頭を撫でるその手に身を預けるだけとなる。徐々に身体から力を抜き、後ろに陣取るかぐやに身体が傾いていく。完全に甘え切る様子に内心ドヤ顔のかぐや。
いつまで経っても朗読が開始しないのは両者の行動によるものだが。何よりもかぐやの内情にあった。今何を考え、感じているのかと言うと
(手櫛する度にすっごい良い香りがする……絶対うちのシャンプーの匂いじゃないなあ。なんだろう、なんて言うんだろうこの香り。あっ、彩葉と目があった。初めて見た時もそうだけど、5歳?ぐらいの今はもっと輝いてるよ。綺麗な翡翠色だなぁ……それから、体温高くて抱き心地良すぎでしょ。何分経ったっけ、竹取物語朗読しなきゃいけないんだった。やべ)
距離感をバグらせて彩葉との距離感を再構築しようとした結果、先にかぐやが堕ちた。策士策に溺れるとはこの事か、傾城傾国の幼女彩葉には何人も敵わぬのだ。しかし、かぐやの精神力は並の物ではない。誘惑を断ち切り凛とした表情した顔で真剣な口調で物語を再び竹取物語を朗読する。要約に要約を重ねた先程の説明とはちがう、端折らず全て朗読する。
「いまは昔、竹取の翁といふもの有けり。 野山にまじりて竹を取りつゝ、よろづの事に使ひけり。名をば――――――承りて、兵士つはものどもあまた具して山へ登りけるよりなん、その山をふしの山とは名づけゝる。その煙いまだ雲の中へたち昇るとぞいひ傳へたる。」
「………………」
凡そ30分に及ぶ朗読。原文を口上とし、逐次現代訳で分かりやすく理解を補強する。これをタブレットや教科書を見ずに全て暗記して話すのだから、かぐやの暗記能力は郡を抜いて優秀であろう。そして、彩葉はそれ以上に怪物であった、異常であった。
「竹取物語、面白いでしょ。記憶思い出せた?」
「はい、少しだけ思い出せました。それから竹取物語、とても面白くて全部憶えちゃいました。かぐやさんのお陰です!」
「お、oh......」
憶えた……理解したと言うことだろうか。それとも原文も現代訳も全てを今の朗読で全て暗記したと言うことか。答えはその全てを是とする。彩葉は一回聞いただけで竹取物語を完全に記憶した。もっと正確に言うと、実は赤子状態で読み聞かされていた物語の大体を記憶していたりする。
ちなみにかぐやはちょっとだけショックを受けていたりする。竹取物語は熟読してようやく暗記した過去があったからである。まぁ直ぐに癒えたが。それよりもだ、今思い出せたってぇ!?
「な、何を思い出したのっ!?」
「いやぁ、思い出したくなかったなぁ。とほほ……」
「あんまり聞かない方がいいんだろうけど、気になるってー、彩葉教えてよー」
「何から話したものか……分かりました」
ゴクリ、固唾を呑んで最初の一言を待つ。一体どんな星で、どんな宇宙人たちが何をしていたのか、何もかも気になって仕方がない。ただ、思い出しなかった、と言う事は余り良い世界ではないのかも知れない。そうして長いとも短いとも言える時間が経ち、遂に彩葉の口から語られる。
「私は月に住んでいました。月は地球よりも技術が進んでいて」
「それでそれで!」
「それで、毎日反省文と謝罪文、それから何かのプログラムをずっと組んでいました!」
「え、は?」
「それ以外だと雑用も兼任していました。他は思い出せなくて、すみません。」
「いや、え、は?」
きっと今の私の頭の上には?マークが大きく浮かんでいるだろう。正直に言うと、地球よりも天国みたいな娯楽に溢れていたり綺麗な場所の印象を月には抱いていた。住んでいる人がいるのなら、確かに仕事が生じるだろうが、こう、もっとホワイトなんじゃないの?
聞く限りではホワイトからかけ離れたブラックな労働環境のようで、地球のように料理も娯楽もなく、24時間強弱あれど仕事を常に続けるのが普通らしい。しかも彩葉の場合は他者よりも優秀なのと、過去に何かをやらかした事で通常よりも業務が過剰で雑用もさせられていたらしい。確かにこれは、思い出したくない記憶だ。同時に聞きたくなかった現実だ。
聞いたこっちも泣きそうだよ~ぐわわわ!?
しかもまた重い空気になっちゃった。
「辛い過去なんて忘れちゃおう。きっちり片付け、忘れる。これ大事だよっ!。話を戻して、じゃあ彩葉は仕事が嫌で地球に逃げて来たの?」
「そこが憶えておらず、すみません。」
「良いの良いの。彩葉は謝らなくてもいいんだよ。ふわ~ねむ、寝よっか」
「はい。あ、かぐやさん、私は床の上で寝ますので「一緒に寝る!」 分かりました。」
本っ当に、彩葉は自分を全く尊重していない。幼女の見た目相応の甘え方を全然してくれない。赤ちゃんの時なんて沢山甘えてくれたのに、成長して甘え方を忘れてしまったみたいだ。今でこれなのだから、これから先更に成長したら独りで家出してしまうかもしれない。そんな事は断じて認めらないし、独りになんかさせたくない。徹底的に甘えさせてやるぞ~!!お~!!
「おいで、一緒に寝よ」
「やっぱり……その」
「もうっ、ふんっ」
「わっ!?」
電気を消し、見守る様な月明かりしか照らさぬ部屋の中で、一緒の布団に入るのに戸惑う彩葉。そんな事はどうでも良いかぐやは強引にも彩葉を連れ込み、抱き枕替わりにする。子供特有の比較的高い体温に、心地よい抱き心地に香り、最高級抱き枕を抱えて数分も眠気に耐えられる訳もなく直ぐに眠りに着いてしまったのだった。
一方で、モゾモゾと可愛らしく抗っていた彩葉も、数十秒後には人肌の温もりに抗えず、同じく眠ってしまうのでしたとさ。
三連休最終日。太陽が地平線から顔を出しカーテンの僅かな隙間から光が漏れる。かぐやは引越し以前はギリギリまで睡眠を継続するタイプだったが、引越し後はアルバイトとその他諸々のストレス、早起きは三文の徳を理解する事で朝焼けと同時に自動起床するスキルを身に付けた。ただ、今日この朝だけは、久しぶりに熟睡出来た。
規則正しく寝息を立て、普段と異なり呻き声は一切ない。きっと夢も見ない程に深い眠りなのだろう。それもこれも先に目覚めている抱き枕のお陰だ。では抱き枕担当彩葉は何を考えているのだろうか、それは”何か恩返しをしたい”だ。
身体に刻まれたワーカーホリック星人のIROHA、この少女の性質はかぐやと似ているが、所々で真逆だ。真逆な点を述べると、かぐやが勉強計画を箇条書きで大雑把な時、彩葉は緻密でギチギチのプランを立てないと不安になること。かぐやがハッピーエンドを求めるなら、彩葉はノーマルエンドで満足してしまうこと。甘えたい時に甘えられるかぐやと、甘えられない彩葉。
ここで甘えられない性、いや律儀にも与えられた御恩を返さなければいけないと、子供らしからなぬ思考を元に、身の回りのお世話をしようと心に決めていたのに、抱き締められることで阻止されてしまった。
「すぅ、すぅ」
とん、とん
更に追い討ちとして、背中をとんとん優しく叩いてあやされる。この3日でかぐやが会得したスキルのひとつを利用されれば耐えられる筈もなく、再び瞼を閉ざしてしまう彩葉。再び目覚めたのは、朝食の匂いがキッチンから流れてきた時だった。
「おはよう彩葉、朝ご飯できたよ」
「……負けた」がーん
「?」
一人勝手に敗北した彩葉を他所に、机の上に料理が乗った大皿が差し出される。なんだ、これ……白い円盤がたくさん?
「今日の朝ご飯はパンケーキ。本当はもっと普通にパンとか白米とか出したかったんだけど何も無くて……ははは。粉ミルクを混ぜて見たんだ。一応まあまあイケるよ」
「なる、ほど。頂きます!」
勢いよく、目の前のパンケーキを手に取り……食べる。微かに懐かしい甘味を感じられて、モチモチとしている。これは
「美味しい……」
その小さな一言に、かぐやがどれだけ安心したのか、それを知るのはずっと先になる。
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「彩葉またおっきくなったね。150cm弱ぐらいかな」
「かぐやさん」
「ど、どうしたの?」
「何か身の回りの世話をさせてください!!」
う~ん、唸る事10秒。かぐやにとっても、料理や掃除のお手伝いは確かに嬉しいが自分よりも何歳も小さな子供にやって貰うのはちょっと。でもその善意を一蹴して無下にするのもダメだ。となると、良い感じに誤魔化してしまおう。
「彩葉って何ができるの?」
「基本的な事なら何でもできます。料理に掃除、それから音楽や変身だって出来ます。」
「うんうん、料理に掃除、音楽に……変身、変身って言った!?」
「はい。変身できますよ、はっ」
適当に質疑応答をしていただけなのに、こんな所で月人要素を出してくるとは。彩葉が全身に力を込めるような仕草をした後、部屋を光が覆い尽くす。眩しさに瞼を閉ざして、再び開くと、目の前には
「子供の頃の……私だ!」
「どうでしょうか」
「いや、凄い、凄いけど、多分変身は使う機会は来ないと思うよ。」
「くっ、何でもします。何かさせてください、かぐやさん!」
自分の子供の姿のまま、彩葉の口調で喋り頼んでくる。非常に違和感が強い状況に流されて、必死な彩葉に押し負けてついつい首を縦に振ってしまった。
嬉しそうに、ぴょんぴょん飛ぶ姿はいつの間にか元の彩葉に戻っていた。その調子で彩葉にペースを握られ、料理に掃除、洗濯の担当が決められていく。ただ、その配分の割合は明らかに偏っていて
「なんかさ、彩葉の量が多くない?」
「そうですか?」
「いや、だってさ7対3の割合で彩葉だよ。」
「……………」
「修ーー正!!」
バババ、偏りに偏ったシフト表を五分五分に修正する。かぐやは漸く気づいた、目の前の少女はワーカーホリックなのだと。余計に気にする部分が増えた、もしもアルバイトなんて言う存在を知ったなら、一も二もなく働き出すだろう。何とかして、この地球でバカンスして貰わなくてはならない。そう思っていた時、LINEからメールが通知される。
芦花と真美のグループチャットだった。
『お昼新しくできたカフェ行かない?』
『行こ~』
「どうしよう……」
実は気まずい状況だった。この三連休で、何度か一緒にKASSENをしようと誘われる度に、適当に誤魔化して逃れていた。それも育児の為と正当な理由があったから良かったものの、今は違う。もう十分に成長した彩葉を世話を続ける必要はない。となるとだ、この誘いを断るのは凄い申し訳ない。
なら誘いを受け入れて一緒に行くか。いやそれはそれで彩葉を置いてきぼりにするのは人として不味い。どうしたものか、どうしたものか……
「あっ、そうだ。彩葉、一緒にお出かけ行こ!」
「お出かけですか。」
「そう、カフェに行くよっ」
『カフェの前で集合しよ』
『おっけー』
『( ・∀・)b』
せっかくだしサプライズって事で紹介しよう。なに、信頼できる2人だし大丈夫大丈夫。そう思っていました。彩葉と手を繋いでカフェの前まで着いて、その様子を見た2人が駆け寄って来た。
『かぐや……誰、その子』
『もしかして従姉妹!?』
『従姉妹じゃないよ。そうだなぁ、娘って言った方が合ってるかな?』
『『は?』』
『ふふふ、何と何と、この子は月から来た
『『…………………』』
もの凄いドヤ顔のかぐやに対し、青ざめる芦花、可哀想な人を見る目で見つめる真美。それもそのはず、突然親友が隣の子の母親を名乗り、月から来たと言い出すのだから訝しむのも当然だ。二人はかぐやの事を沢山知っているのだ、家だって行った事がある。赤ちゃんなんて居なかったし、子供用品はひとつもなかった。怪し過ぎる……嘘過ぎる
と、こうなる事を彩葉は事前に考えていた。カフェの前に立っていた二人が、かぐやと自分を見つけた瞬間に顔色が変わった事を見逃さなかった。超高度な演算により弾き出した最悪の結末、それは大恩人たるかぐやが心が壊れた可哀想な人として見られる結末だった。そうはさせない、かぐやから借りた教科書と教え込まれた常識を元に何とかしてみせる。ここまで0.01秒
「かぐや……その子、誰?」
「かぐやの服来てる。もしかして従姉妹?」
「従姉―――「従姉妹です、築地から来ました。よろしくお願いします」……」
「おー、築地から。美味しいお鮨屋教えて~~」
「かぐやに似て可愛い子だね。この子の名前は?」
「こほん、彩葉って言うの!」
「彩葉ちゃんね。私の名前は芦花、よろしくね」
「私の名前は真美だよ。よろしく~」
「よろしくお願いします」
最強無敵IROHAによって、身バレと恩人の尊厳を
「もう、芦花、真美、彩葉はかぐやのだからっ。よしーよし」
「彩葉ちゃん愛されてるね」
「ズルい~」
2人に撫でられるのも悪い気はしなかったけど、やっぱりかぐやさんに撫でられると……本当に安心してしまう。
かぐやに撫でられ、明らかに自分たちが可愛がっていた時と異なる柔らかな笑顔を見せる様子を2人は静かに見守っていた。それから数十秒後、4人でカフェに入り、それぞれ違うパンケーキを注文する。各々がパンケーキを1枚プレゼントし、それを申し訳なさそうに頬張り、美味しいのよ、美味すぎるのよ、と呟く彩葉にあんなに不審がっていた芦花とて心を溶かされる。
食べ終わった後はどうなったって?
勿論、そのまま解散すること無く、周囲のアパレルショップをハシゴして彩葉を着せ替え人形にして心ゆくまで楽しんだのである。
「今日は楽しかったね。帰ったら一緒にツクヨミで遊ぼっか」
今日はまだまだ終わらない。メインイベントはこれからだ