違和感   作:自給自足

10 / 12
第10話 欠落

朝のニュースは、何事もなかったかのような穏やかな顔をしていた。

画面の中で、アナウンサーが明るい声で言う。

『本日も各地で穏やかな天気が続いています』

その背後。街の映像が流れている。

しかし、ビルの上半分が忽然と消えていた。道路が途中で途切れ、まるで巨大なスプーンで抉り取られたように空間が欠落している。

だが、誰もそれに触れない。誰も、指摘しない。

佐藤悠はスマホを握ったまま、微動だにしなかった。

『続いて、交通情報です』

番組は普通に進行していく。画面の中では、何もおかしくないことになっている。

それが、かえって恐ろしかった。

確実に、何かが足りない。

画面を閉じ、顔を上げる。

店内はいつものままだった。

蛍光灯の白い光、レジ、商品棚。すべてが整然としている。

そして、棚が一列分だけ“抜けた”。

商品ごと、跡形もなく消える。

しかし、次の瞬間には何事もなかったように元に戻った。

何も言わなかった。

言葉にしたら、二度と戻らない気がした。

自動ドアが開く。

若い男の客が入ってきた。

普通に歩き、普通に商品を手に取り、普通にレジへやってくる。

「これ」

「はい」

バーコードを通す。

ピッ。

電子音が鳴る前に、すでに鳴ったような気がした。

袋に入れ、結んで差し出す。男がそれを受け取る。

その瞬間。袋が、二つになった。

「……?」

男が自分の手元を見る。

一つは、確かに男の手に持っている。

もう一つは、レジの上に置かれたままだった。

「……これ、さっきもらいました?」

「……いえ」

答えながら、自分でも分からなくなった。

渡したのか。渡していないのか。

男は戸惑いながらも、袋を一つだけ持って肩をすくめた。

「……まあ、いいか」

そのまま店を出て行く。

ドアが閉まり、静寂が戻ってきた。

レジの上には、袋が一つ残っている。

結び目が、完璧に揃っていた。

手に取る。

軽い。

だが、確かに誰かに渡した重さが、指先に残っていた。

スマホが震えた。

通知。

『広域異常発生』

慌てて画面を開く。

街の映像。ビル群の間に、まるで巨大な穴が空いている。空間そのものが丸ごと抜け落ちていた。そこに何があったのか、誰も説明できない。

『観測不能領域、拡大中です――』

アナウンサーの声が、途中で唐突に切れた。

別の映像に切り替わる。

自衛隊の部隊が展開している。しかし、隊員の数がフレームごとに変わっていた。五人だったものが、次の瞬間には四人になっている。

誰も、それに気づいていない。

『照準合わせろ!』

通信が飛び交う。

砲撃。

だが、弾道が途中で消える。

佐藤は画面を凝視した。

分かっている。揃えればいい。これまでは、そうしてきた。

視線を高速で動かし、複数の映像を同時に追う。

上空、地上、遠距離。

しかし、どれも一致しない。

どれも途中で欠け、途切れている。

その中に、混ざり始めた。この店内の映像。

白い蛍光灯。レジ。そして、レジの前に誰かが立っている。

息が止まった。

見ようとする。

しかし、はっきりと見えない。

それでも、いる前提で世界が動いていることが、痛いほど伝わってきた。

手が、勝手に動いた。

袋を一枚取り、結ぶ。

何もない空間に向かって、差し出す。

自分で、自分の動きを止められなかった。

その瞬間。世界が止まった。

音が完全に消える。完全な無音。

すべての映像が、一斉に固定された。

上空の視点、地上の視点、そして店内の視点。全部が、同じ位置に重なり合う。

そして、そこに二人分の位置があった。

自分と。もう一つ。

「……誰だ」

言葉が、勝手に零れた。

しかし、答えはない。

世界が再び動き出した。

砲撃。命中したことになっている。

同時に街の一部が、音もなく消えた。前触れもなく、建物ごと、人ごと。なかったことになる。

『区域D――』

通信が途中で途切れた。

次のフレームでは、何もなかった。最初から、何も存在しなかった場所のように。

スマホの画面が暗くなる。

店内に、静けさが戻ってきた。

何も変わらない、はずなのに。

レジの前。誰かが立っている気がした。

視線を向ける。

いない。

だが、手はまだ袋を差し出したまま、止まっていた。

ゆっくりと手を引き戻す。

レジの上には、袋が二つ置かれている。

どちらも同じ形。同じ結び目。完全に一致している。

どちらが先で、どちらが後なのか、分からない。

どちらを、誰に渡したのかも。

分からない。

口を開き、何かを呼ぼうとした。

しかし、声が出ない。

呼ぶべき名前が。最初からなかったみたいに。

完全に、消えていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。