違和感   作:自給自足

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第12話 確定

夜は、音よりも先に光っていた。

蛍光灯が点いている。

しかし、その低い唸りは遅れて届く。

白い光だけが、先に空間を満たし、店内を冷たく染め上げていた。

レジの前に立つ佐藤悠の影は、半歩だけずれていた。

踏み出すと、影が先に動き、足があとから追いつく。

手を上げる。

指の輪郭が、わずかにほどけている。

空気と皮膚の境目が曖昧になり、触れているのか、いないのか判別がつかない。

袋を一枚取り出す。

軽い。

重さが、遅れて指に落ちてくる。

結ぶ。

指が動く。

結び目が、少し遅れて完成する。

それでも、ぴたりと揃う。

何度やっても、同じ形、同じ力、同じ位置。

顔を上げる。

レジの前。

空気が、わずかに厚みを帯びている。

誰かが立つはずの高さ。肩の幅。

見えない。

しかし、そこにいる分だけ空間が詰まっていることが、はっきりと感じられた。

手が、自然に動く。

袋を差し出す。

何もない場所へ。

すると、持ち手がわずかに引かれた。

同じ強さで、同じ角度で。

視線を落とす。

レジの上に、袋が二つ置かれている。

同じ結び目、同じ角度で、完全に重なっている。

片方に触れれば、もう片方にも同時に触れている。

区別がつかない。

二つでありながら、一つでもある。

スマホが、指に触れてもいないのに勝手に点いた。

画面には配信アプリが開かれている。

街の映像は、欠けていた部分が滑らかに補完され始めていた。

道路が不自然に曲がり、ビルが途中から別の角度で続いている。

それでも、人々は普通に歩いている。

誰も立ち止まらない。

「……もう、終わりなんだな」

佐藤は小さく呟いた。

少女の顔が、脳裏に浮かぶ。

彼女は、怪物が現れるずっと前から、この店にいた。

無意識に彼女を観測し続けていたから、いた。

彼女こそが始まりだった。

佐藤が彼女を見続けていたことが、結果として戦闘時の「同期」を生み、怪物への有効打を生んでいた。

今、彼女は完全に消えた。

そして、佐藤自身もまた、観測の鎖から解かれ始めている。

「……ごめん。最後まで、見てやれなかった」

袋を結ぶ手が、ゆっくりと止まる。

指先が、ほどけていく。

感覚が、途切れていく。

手首、肘、肩。境界線が、次第に消失する。

音が止まる。

蛍光灯の唸りが消える。

光だけが残り、それもすぐに薄れていく。

最後に残ったのは、ただ一つの感情だった。

寂しさ。

一点だけが、最後まで残った。

そこに、すべてが固定される。

切れる。

 

音が戻ってきた。

蛍光灯が、いつもの調子で低く唸っている。

冷蔵ケースの振動音。

遠くを走る車の排気音。

夜が、再び動き始めていた。

レジの上に、袋がある。

一つ。

…もう一つ。

ぴたりと重なったまま。影が、一つ分だけ濃く落ちている。

自動ドアが開いた。

客が入ってくる。

何も気にせず商品を手に取り、レジの前に立った。

一瞬だけ、足を止める。

ほんのわずかに、視線がずれる。

何もない空間へ。すぐに、元に戻る。

袋には気が付きもしない。

そのまま、店員とのやり取りは淡々と終わる。

客は袋を受け取らずに店を出て行った。

ドアが閉まる。

夜が、何事もなかったように続いていく。

レジの上。

袋が、重なったまま残っている。

減ることも、増えることもない。

ただ、そこに二つ分の形で在り続ける。

誰にも、触れられないまま。

 

 

 

夜は、規則正しく続いている。

蛍光灯は一定の間隔で明滅することもなく、白く冷たい光を落とし続けている。

冷蔵ケースは低く唸り続け、同じ温度を保ちながら、機械的に夜を支えていた。

レジの前に、店員が立っている。

動きに無駄はない。

袋を一枚取り、持ち手を揃え、丁寧に結ぶ。結び目は、いつも同じ形になる。

強さも、位置も、角度も、寸分違わず完璧に揃う。

「ありがとうございました」

客が袋を受け取り、自然な流れで会計を終える。

何も引っかからない。

何も、疑問に思わない。

自動ドアが静かに開き、また静かに閉じる。

夜はそのまま、淡々と続いていく。

レジの上に、袋がある。

一つ。

…もう一つ。

ぴたりと重なっている。

ずれていない。

重なっているのに、確かに二つある。

誰も、それに触れない。

手を伸ばす者もいない。

視線を向ける者もいない。

そこにあることが、すでに「自然」になっていた。

時折、蛍光灯の光がほんの一瞬だけ、わずかに揺れる。

その刹那。レジの前の空間が、ほんの少しだけ濃くなる。

誰かが立っていたはずの位置。肩の幅ほどの、静かな厚み。

次の瞬間、何事もなかったように元に戻る。

誰も、気づかない。

ただ、新しい夜勤の店員が、時々ふと手を止め、

何もない空間に向かって小さく、独り言のように呟くことがある。

「……今日は、早かったですね」

返事はない。

それでも、彼は毎夜、同じように袋を一つ余分に結び続ける。

まるで、誰かを無意識に見続けていた記憶を、静かに守るように。

蛍光灯は、再び同じ白い光を落とし続ける。

冷蔵ケースの低い唸りは、途切れることなく夜を満たしている。

夜は、そのまま続いていく。

変わらないリズムで。

変わらない温度で。

変わらない静けさで。

ただ。レジの上に重なった二つの袋だけが、誰にも触れられることなく、

静かに、余り続けている。

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