違和感   作:自給自足

4 / 12
第4話 同期

東部方面管制群・即応戦術室。

室内の空気は、いつになく張りつめていた。

「対象、再出現。座標E-17……いや、E-21へドリフト」

報告が途中で書き換わる。

オペレーターの声が、一瞬だけかすれた。

壁面に並ぶ大型スクリーンには、複数の映像が映し出されている。上空ドローン、地上観測車両、衛星画像。どれも同じ対象――UGF-05を捉えているはずだった。

なのに、位置が揃わない。

「観測点ごとに像がズレています。補正をかけると……逆に崩壊します」

「フレーム補間は?」

「無効です。連続性が維持できません」

室内の温度が、ほんのわずかに下がったように感じられた。

統合火力管制官・久我は、腕を組んだままスクリーンを見つめていた。

そこにいる。

確かに、黒い影は存在している。

だが、どこにいるかが確定しない。像は常に微妙に揺らぎ、観測者によって位置がずれる。

「被害報告」

「市街地ブロックC、三棟崩壊。発生時刻は――」

オペレーターが言葉を詰まらせた。

「……不明です」

「またか」

久我は短く吐き捨てた。

崩れたという事実だけがあり、崩れる瞬間がどこにも記録されていない。映像にも、センサーデータにも、人の記憶にも。

久我は端末を操作し、過去の戦闘ログを呼び出した。

前回戦闘の発射時刻、弾道、着弾時刻。

すべてのデータが同一時刻を示していた。

「……揃っている」

誰かが小さく呟いた。

「実際はズレていたはずだ」

別の声が即座に反論する。

「だが記録上は同時だ」

久我は画面から目を離さず、ゆっくりと言葉を選んだ。

「……揃ったことになっている」

重い沈黙が落ちた。

久我は静かに息を吐き、決断を下した。

「同期射撃を実施する」

命令は短く、迷いがなかった。

「全火器、時刻同期を最優先。誤差は±5ミリ秒以内」

「不可能です。現行システムでは――」

「やれ」

久我は遮った。

「できなければ、当たらない」

それ以上の説明はしなかった。

 

市街地外縁、防衛ライン。

対怪獣戦術車両《ガーディアン》と火力支援ユニット《バリスタ》の砲塔が、一斉に同じ方向へ収束していく。

「タイムコード受信、同期開始」

通信が次々と重なる。

『Aユニット、誤差6ミリ秒』

『Bユニット、補正中』

『Cユニット、同期完了』

兵士たちは、誰も引き金を引かない。

撃てない。

まだ、揃っていないからだ。

UGF-05の像は、スクリーンの中で不気味に揺れ続けている。そこにいるはずなのに、位置が固定できない。

「ロックが滑ります!」

「維持しろ。見失うな」

久我の声が、通信回線に鋭く飛んだ。

見失うな。その言葉が、妙に重く響いた。

何を見ているのか、誰も確信を持てていないのに。

「全隊、カウントダウン同期」

「3……2……1……」

誰も撃たない。

まだだ。

ほんのわずかに、ズレている。

「……待て」

久我が低く言った。

「今じゃない」

根拠などない。それでも、彼には分かった。

まだ、揃っていない。

その瞬間、スクリーンの像が、ぴたりと止まった。

揺れが消え、輪郭が一瞬だけ、くっきりとそこにある。

久我の指が、机を強く叩いた。

「――今だ!」

発射。

全ユニットが同時に火を噴いた。

閃光が夜空を切り裂き、弾道が一本の線のように重なっていく。

完全な同期、のはずだった。

しかし。誰も、着弾の瞬間を見ていなかった。

次のフレームに移ったとき、UGF-05の体表はすでに大きく抉れ、爆発は終わった後だった。

「……命中?」

誰かが、疑問形で呟いた。

「命中確認!」

別の声がすぐに上書きする。だが、その声にも確信はなかった。

誰も当たった瞬間を言葉にできない。

「……今、当たったか?」

別の部隊からの通信が混じる。

「見たか?」

誰も答えなかった。

数秒の沈黙。

その間にも、被害は止まっていた。

UGF-05はゆっくりと崩れ始めている。

結果だけが存在し、原因の瞬間が欠落している。

「戦闘ログ、表示」

久我が命じた。

スクリーンにデータが並ぶ。

発射時刻。全ユニット同一。

完全な同時射撃として記録されていた。

「……違う」

誰かが震える声で呟いた。

「ズレてたはずだ」

現場の記憶と、記録が決定的に一致しない。

「記録が……書き換わってる?」

オペレーターの声が、かすかに震えていた。

久我は答えなかった。

ただ、スクリーンを見つめ続ける。

UGF-05の像が崩れ続けていた。

確かに当たった。それだけは、否定できない事実として残っている。

「……俺たちは」

久我が、ほとんど独り言のように低く言った。

「何を見て撃った?」

その問いは、誰の耳にも届かなかった。

しかし、その言葉だけが、戦術室内に重く残った。

そのとき。別のサブスクリーンの一角に、ノイズが走った。

一瞬だけ。フレームがずれる。

戦場ではない、別の場所。白い蛍光灯の光。レジカウンター。誰もいないはずの空間。ほんの一瞬だけ。誰かが、そこに立っているように見えた。制服の上に薄いカーディガンを羽織った、小柄な人影。

次の瞬間、ノイズは消え、画面は元に戻った。

「今のは?」

「不明です。外部映像の混線かと思われます」

説明は簡単についた。だが、久我は視線を外さなかった。

さっきの何かを、言葉にできなかった。

ただ、はっきりと分かった。

あの瞬間、何かが揃っていた。

「……」

久我は戦場に戻した視線を、わずかに細めた。

UGF-05はまだそこに存在している。

だが、像がズレている。

「次の同期を準備しろ」

声は平静を装っていたが、わずかに硬かった。

「外すな」

その言葉の意味が、少しだけ変わっていた。

外すな。

何を?

誰も答えられないまま、次のカウントダウンが始まる。

全員が同じ方向を見つめ、同じ瞬間を待つ。

その瞬間を。誰も、まだ見たことがないまま。

引き金に指をかけ続けていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。