違和感   作:自給自足

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第5話 制御

深夜11時。

テレビは消していた。

店内は、冷蔵ケースの低い唸りと、わずかな換気扇の音だけで満たされている。

スマホの画面だけが、青白い光を放っていた。

配信アプリを開く。複数の映像が同時に並ぶ。

上空ドローン、地上カメラ、遠距離監視。

同じ戦場を映しているはずなのに、どれも少しずつズレていた。

未確認巨大生物。黒い影が、街の輪郭をねじ曲げながら存在している。

コメントが絶え間なく流れていく。

『今回も外すなよ』

『同期しろ、頼む』

指が、スクロールする動きを止めた。

同期。あのとき、偶然じゃなかった。

「……揃えれば、当たる」

小さく、声に出して呟いた。

試すしかない。

俺は複数の画面を同時に目で追った。

上空の視点、地上の砲台、別角度のドローン映像。

視線を高速で切り替え、タイミングのずれを探る。

ズレている。

ほんの少しずつ、全部が。

「……違う」

今度は、あえて少し早く見る。

一拍だけ先んじて。

発射。

しかし弾道はバラバラに空を裂き、まったく揃わない。

巨大生物は微動だにせず、そこに在り続けている。

『また外した』

『やっぱズレてるって』

コメントが失望とともに流れる。

息を吐く。

やっぱり。

ズレれば、外れる。

なら。

俺はもう一度、画面に集中した。呼吸を整え、意識を深く沈める。

店内の音が、少しずつ遠ざかっていく。冷蔵ケースの唸り、外のサイレン、コメントの文字の流れ、すべてが薄れ、沈んでいく。残るのは、映像だけ。

上空。地上。砲口。弾道。すべてがばらばらに動いている。

だが、その奥に何かがある。

フレームとフレームの隙間。

時間と時間の狭間。

そこに、揃う場所がある。

探すのではなく、待つ。

時間が、引き伸ばされていく。

一瞬が、異様に長く感じられた。

そして、止まる。

音が、完全に消えた。

画面の中のすべてが、静止したように見えた。

上空の影、地上の砲台、すべての弾道が、同時に、はっきりと視界に入る。

同じ位置に、同じ瞬間に。

自分が、全部を見ている。

その感覚だけが、鮮明に残った。

「……今」

次の瞬間。世界が再び動き出す。

発射。

すべての砲撃が、完璧に同期して走った。

弾道が一本の線のように重なり、空間が一点に収束する。

当たる。

そう思った。

ほんの一瞬、確かな手応えがあった。

やれた、という充足感。

だが、次のフレームに移ったとき、巨大生物の体表はすでに大きく抉れ、爆発は終わった後だった。

指が止まる。

今、当たったはずだ。

発射は見た。弾道も見た。

しかし、着弾の瞬間だけが、抜け落ちている。

思い出せない。

『今のどこで当たった?』

『見えたやついる?』

『急に削れてね?』

コメント欄が騒然となる。

同じだ。誰も見ていない。

それでも、結果だけは確かに存在している。

俺は自分の手を開き、ゆっくりと閉じた。

感覚が、わずかに遅れる。

触れてから、触れたことに気づくような、奇妙なタイムラグ。

胸の奥に、得体の知れないものが残っていた。

さっきの瞬間。全部見えたあの感覚。

自分が、どこにいたのか分からない。画面の中か。それとも、外か。

どこから見ていた?

考えかけて、俺は首を振った。

そのとき、自動ドアが音もなく開いた。

冷たい風が店内を撫でる。

顔を上げると、彼女が立っていた。

いつもの位置に。制服の上に薄いカーディガン。手に缶コーヒーと菓子パン。

「これ、お願いします」

「…はい」

商品を受け取り、バーコードを通す。

ピッ。

電子音が、ほんの少し遅れて聞こえた。

袋に入れ、持ち手を揃える。結ぶ。

さっきより慎重に。

しかし、結び目がわずかに歪んだ。

やり直す。それでも、どこか不自然だった。

差し出す。

彼女の指が袋を受け取る。

軽い。

その感触だけは、はっきりと現実的だった。

「……さっきの、見ました?」

少女は小さく首をかしげた。

「何が?」

「……砲撃が、着弾して爆発してた」

「……なかったけど」

即答。迷いがない。

だが、彼女は袋の結び目を見つめたまま、小さく続けた。

「……さっき、少し遅れてる」

「何が」

「……わからない」

短い間があった。

そして、彼女は静かに言った。

「……さっき、あなたじゃなかった」

「……え?」

聞き返す。

しかし、少女はもうこちらを見ていなかった。

ただ袋を両手で持ったまま、視線を落としている。

会計が終わる。

顔を上げたとき、彼女はもういなかった。

レジの前は、再び空っぽになっていた。

袋の束を見る。

一枚、多い。

さっき確かに使ったはずの分が、きちんと束に戻されている。

だが、指先には結んだ感触が、はっきりと残っている。

確かに、渡した。

「……誰に」

言葉が、そこで止まった。

思い出そうとする。

顔。声。視線。

すべてが曖昧だった。

さっきまで確かに目の前にいたはずなのに、輪郭がぼやけ、掴めない。

スマホに視線を戻す。

配信では戦闘が続いている。

またズレている。また、当たっていない。

見れば、当たる。

さっき、自分はそれを再現できた。

偶然などではない。

なら。指が、画面に伸びかけた。

しかし、途中で止まる。

さっきの感覚が、まだ胸の奥に残っている。

全部見えたあの瞬間。

あれは、本当に俺が見ていたのか。それとも、見せられていたのか。

レジの上に、誰も受け取らない袋が一つ置かれている。

形だけが、整ったままそこに残っている。

視線をスマホに戻す。

戦闘はまだ続いている。

被害も、確実に増え続けている。

見れば、当たる。

分かっている。それだけでいいはずだ。

それなのに、指は一度だけ、わずかに躊躇した。

そして、ゆっくりと画面をなぞり始める。視線を合わせ、タイミングを探す。さっきと同じように。

もう一度。

見る。

それが何を意味するのか、まだ分からないまま。

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