違和感   作:自給自足

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第6話 仮説

統合防衛研究局・第七解析室。

壁一面を覆う大型スクリーンに、膨大な戦闘ログが展開されていた。

時間軸、弾道軌跡、複数観測点のデータ、被害分布図。

しかし、それらのどれ一つとして、完全に一致するものがなかった。

「フレーム間相関が完全に破綻しています」

若手研究員が、緊張した声で報告した。

「時系列補間を何度も試みましたが、連続性が再構築できません。観測点ごとに、独立した時間列を持っている可能性があります」

「時間列の分岐か……」

主任研究官・槇島は腕を組んだまま、低く呟いた。

「いや、分岐ではないな。未確定だ」

別の研究員がすぐに口を挟んだ。

「UGF-05は、観測されるまでその状態が確定していない……いわゆる非決定状態、量子的重ね合わせに極めて類似した振る舞いを示しています」

「量子論のスケールで語るな」

槇島は即座に切り捨てたが、表情は硬いままだった。

「だが、現象としては近い。観測行為そのものによって、状態が収束しているように見える」

スクリーンが切り替わり、複数の戦闘ログが並列表示された。

発射時刻の欄。

すべてが、完全に同一時刻を示している。

「現場の兵士たちの報告では、発射タイミングにミリ秒単位のズレがあったとされている。しかし公式記録上は完全同期だ」

「後から書き換えられたということですか?」

「違う」

槇島はゆっくりと首を振った。

「最初からそうだったことになるんだ」

室内に、重い静寂が落ちた。

槇島は前に一歩進み、スクリーンを指した。

「仮説を提示する」

「対象UGF-05は、観測依存存在である可能性が極めて高い」

スクリーン上に複雑な数式と模式図が高速で展開される。

「観測点の数と質が増えるほど、状態の収束確率が上昇する。ただし、観測内容に不一致が生じた場合、状態は分散したまま維持される」

「つまり……?」

「見方が揃ったときだけ、位置と実体が確定する」

別の研究員が補足するように続けた。

「その瞬間にのみ、物理的な干渉――すなわち攻撃の命中が成立するということです」

「同期射撃の成功は、この収束条件を満たした結果だと考えられます」

「だが、本当の問題はそこじゃない」

槇島の声が一段低くなった。

彼は着弾ログの欄を指差した。

そこは、ほとんど空白だった。

「命中の“瞬間”が存在しない」

「観測されていないから……?」

「違う」

槇島は首を横に振った。

「観測される前に、結果だけが先に確定している」

室内の空気が、さらに重くなった。

「……因果が逆転している?」

「その可能性が濃厚だ」

今度は被害分布のデータが大きく表示された。

「崩壊地点は明確に記録されているが、崩壊の開始点が存在しない。応力解析も、破断のトリガーポイントも、一切成立しない」

「構造破断のきっかけが、観測できない……?」

「きっかけすらない」

槇島は断言した。

「結果だけが、先に存在している」

若手研究員が、震えるような声で呟いた。

「では、我々は何をしているんですか?」

槇島は静かに答えた。

「撃っているのではない。当たった状態を、成立させているだけだ」

もう一人の研究員が、慎重に言葉を継いだ。

「……観測を揃えることで、結果を強制的に固定している、と」

「その通りだ」

「なら」

一拍置いて、研究員は続けた。

「観測が揃わなければ、結果は確定しない」

「そうだ」

室内の空気が、ますます冷たく張りつめていく。

「追加データです」

別端末から声が上がった。

「戦闘映像の一部に、異常なフレーム混入を確認しました」

スクリーンにノイズが走り、戦場とは無関係な映像が一瞬だけ差し込まれた。白い蛍光灯の光。レジカウンター。無人の店内。

「映像汚染か?」

「不明です。発生タイミングは――」

ログが表示される。

同期射撃の直前。

「……収束の瞬間ですね」

槇島が低く呟いた。

「観測が一致したタイミングで、別の観測系が割り込んでいる」

「観測系の混線……?」

「いや」

槇島はゆっくりと首を振った。

「観測点が“共有”されている可能性がある」

「共有……?」

「複数の観測者が、同一の結果を同時に確定させている」

スクリーン上に新たな式が追加された。

「観測数が一定の閾値を超えたとき、状態は強制的に収束する。その過程で、観測者間の情報の整合性が再構築される」

「だから記録が後から揃うのではなく……」

「揃った形で、最初から確定する」

沈黙が落ちた。

「……危険では?」

誰かが、声を潜めて言った。

「何が」

「観測を増やせば増やすほど、収束は強くなる」

「ああ」

「なら……観測の中心に近い存在は」

言葉を選ぶように、研究員は続けた。

「最も強く現実を固定してしまう、ということになりませんか?」

槇島はすぐには答えなかった。

代わりに、彼は別の戦闘ログを開いた。

成功率が異常なまでに高い、第5交戦記録。

同期誤差が極端に少ない。

「……この戦闘」

「はい。第5交戦記録です。統計的に明らかな外れ値です」

「観測点は?」

「表面的には通常と同じです」

「違うな」

槇島は画面を拡大した。

「観測“密度”が違う」

「密度?」

「同一対象への注視時間が、異常に長い」

誰かが、息を呑むように呟いた。

「……何かが“見続けている”?」

室内が、再び静まり返った。

槇島はスクリーンを見つめたまま、低く、しかしはっきりと言った。

「もし仮に、観測の基点となる存在があるとすれば」

一拍。

「それは、最も強く現実を固定する存在だ」

「……人間が?」

「分からない」

槇島は静かに首を振った。

「だが、もしそうなら」

画面に、再びあのノイズ映像が表示される。

蛍光灯の下のレジ。静かな店内。

「我々はすでに」

言葉が、わずかに遅れた。

「それを共有している可能性がある

」誰も動けなかった。

その瞬間、スクリーンの映像がほんの一瞬だけズレた。

レジの前。誰かが、立っているように見えた。制服の上に薄いカーディガンを羽織った、小柄な人影。

次のフレームで、それは忽然と消えた。

「……今の、見ましたか」

誰かが、掠れた声で言った。

誰も、はっきりとは答えなかった。

しかし。全員が、同じ方向を、同じ映像を見つめていた。

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