違和感   作:自給自足

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第7話 接触

怪物が出なくなって、二週間が経った。

ニュースはようやく平穏を取り戻しつつあった。

UGF-05――正式名称「未確認災害存在第五号」は、前回の交戦で「排除済み」と公式に発表された。

専門家たちが画面の中でもっともらしい分析を並べ、視聴者は安堵の息をついている。

だが、レジの内側に立つ佐藤悠には、実感などまるでなかった。

「……排除、ね」

小さく呟いた声は、深夜の店内に虚しく溶けた。

あれが本当に“消えた”のかどうかさえ、よく分からない。

ただ、画面の中ではそういうことになっている。

それだけだ。

深夜11時。

いつもの時間。冷蔵ケースの低い唸り、蛍光灯の白く無機質な光。

日常が、戻ってきたはずだった。しかし、何かが決定的にズレている。レジの横に置いた袋の束。一枚、多い。昨日もそうだった。

その前も。数を数えれば合うはずなのに、なぜか合わない。

俺は袋を一枚手に取り、持ち手を揃えた。結ぼうとする。指が、わずかに迷う。形を整えようとしても、少しだけ歪む。やり直す。以前は、何も考えずに同じ形にできた。

今は違う。意識しないと揃わない。

意識しても、完全に揃いきらない。結び目を見つめる。どこか“遅れている”ような、奇妙な形だった。

言葉にできない違和感が、胸の奥に澱のように残る。

そのとき、自動ドアが静かに開いた。

冷たい夜風が店内を一瞬だけ撫でる。

顔を上げると、スーツ姿の男が立っていた。

見慣れない客だ。

男は店内をゆっくりと一周し、飲み物を一つだけ手に取ってレジへやってきた。

「……これ」

「はい」

バーコードを通す。

ピッ、という電子音は、少なくとも正常に聞こえた。

袋に入れ、結ぶ。

いつもより、少しだけ時間がかかった。

差し出す。

しかし男は、袋を受け取ろうとしなかった。

代わりに、じっと俺の顔を見つめている。

「……何か?」

男は、口の端をわずかに上げた。

「佐藤悠さんですね」

名前を呼ばれ、手が止まった。

「……誰ですか」

男はポケットからカードを取り出し、軽く掲げて見せた。

見慣れないデザインだが、ただの身分証ではないことは一目で分かった。

「統合防衛研究局の者です」

静かな、しかし重みのある声だった。

「少し、お話をさせてもらえますか」

「……勤務中なんで」

「構いませんよ」

男はゆっくりと店内を見回した。

この時間帯、客はほぼ来ない。

だからこそ、ここを選んだのだろう。

「ここで結構です」

逃げ場はない。

いや、逃げたところで意味がない。そんな予感がした。

男は静かに切り出した。

「あなた、見ていますね」

「……何を」

「戦闘映像を」

即答できなかった。

沈黙が、答えになってしまった。

「別に、珍しいことじゃないでしょう」

「ええ。視聴者は多い」

男は小さく頷いた。

「ですが」

一拍置く。

「結果が変わるほど見ている人間は、そう多くありません」

店内の空気が、わずかに重くなった。

「……何の話ですか」

「第5交戦記録」

男の声は淡々としている。

「命中率が異常に高かった」

「それが?」

「観測密度が、極端に偏っていました」

意味が分からない。

だが、言葉の端々が胸に引っかかった。

「特定のタイミングで、急激に状態が収束している。まるで……誰かが揃えているように」

「……偶然でしょう」

「そう思いますか?」

男の視線が、まっすぐに俺を射抜いた。

「あなたは、あの瞬間を見ていますね」

心臓が、強く跳ねた。

答えられない。

頭の中に、あの感覚が蘇る。

音が消えた世界。

すべてが静止し、完璧に揃った瞬間。自分が、全部を同時に見ていたという、異様な充足感。

「当たるとき」

男が続ける。

「当たった瞬間が、分からないでしょう」

息が止まった。

「ですが、結果は確かにあります」

男はレジの上に置かれた袋の束を、静かに指差した。

「それと同じです」

視線が、袋に落ちる。

一枚多い袋。

結んだはずの形。

「……何が言いたいんですか」

「あなたは」

男が一歩、カウンターに近づいた。

「観測の中心に、近い」

拒否したい言葉だった。

「そんなわけ…」

「あります」

男は静かに遮った。

「でなければ、説明がつかない」

その瞬間、店内の蛍光灯がわずかに瞬いた。

ほんの一瞬。時間が、引っかかるような感覚。

レジの奥、誰かが、立っている気がした。

瞬きの間だけ。

次の瞬間には、もう何もない。

「……今の」

思わず声が漏れた。

男は反応しなかった。

いや、していないように見えた。

「どうかしましたか?」

普通の声。

しかし、ほんのわずかに遅れている気がした。

何も言えなかった。

今、何かを見た。

だが、それが何だったのか、思い出せない。

「接触している可能性があります」

男が言った。

「……何と」

「未確定状態と」

聞き慣れない単語。

「観測されることで、初めて状態が固定される存在です」

どこかで聞いたような説明だった。

しかし、実感はまるで伴わない。

「あなたは、それを揃える側にいる」

「……そんなこと、あるわけない」

「では」

男は静かに問いかけた。

「なぜ、命中率が上がったのか。なぜ、記録が揃うのか。なぜ、見ていないはずのものを、覚えているのか」

答えられない。

レジの上に、誰も受け取っていない袋がある。

確かに渡した記憶がある。

誰に?

分からない。でも、あった。

「……協力してください」

男が言った。

「観測の条件を、再現したい」

「……嫌です」

考えるより先に、言葉が出ていた。

男は少しだけ目を細めた。

「理由を聞いても?」

「……分からない」

本当に、分からない。

ただ、関われば二度と戻れない。

そんな、根拠のない確信だけがあった。

「そうですか」

男はあっさりと引いた。

しかし、最後にこう言い残した。

「ですが」

カウンターに白いカードを置く。

「こちらからは、観測しています」

その言葉だけが、重く残った。

男は商品を置いたまま、袋も受け取らずに店を出て行った。

自動ドアが静かに閉まる。

再び、静寂が戻ってきた。

スマホを取り、配信アプリを開く。

戦闘はない。

平和なはずの時間。

それでも、俺は画面を凝視した。

何も映っていない黒い画面。

しかし、ほんの一瞬。ノイズが走った。

蛍光灯の光。レジ。誰もいないはずの店内。

違う。

レジの前に、誰かが立っている。

次の瞬間、映像は元に戻った。

視線を上げる。

現実のレジの前には、誰もいない。

ただ、一つだけ置かれた袋の結び目が、わずかに歪んでいた。

手を伸ばし、そっと触れる。

確かに感触がある。

分かっている。

見れば、揃う。で

も。見たものが、本当にそこにあるのか。

それすら、分からなくなっていた。

それでも、俺は目を離せなかった。

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