違和感 作:自給自足
三日経っている。
頭では、そう分かっている。カレンダーの日付は確かに進んでおり、ニュースも新しい日付を表示している。
だから、三日経ったのだ。
だが、実感がまるで伴わない。何かが抜け落ちている。
それが何なのか、どうしても思い出せない。
深夜11時。
いつもの店。
蛍光灯の白い光は変わらず、冷蔵ケースの低い唸りも、これまでと何一つ変わらない。
何も変わっていない、はずなのに。
レジの横に置かれた袋の束を、数える。一、二、三、四。
合っている。今度こそ、数は合っている。
しかし、指先は五枚目の重さを、はっきりと覚えている。
手を止め、もう一度数え直す。一、二、三、四。
やはり四枚だ。それで正しいはずだ。
それなのに、何か足りないという感覚が、胸の奥にこびりついて離れない。
袋を一枚取り、持ち手を揃える。結ぶ。形を整える。
完璧だった。
前よりも、ずっと正確に、迷いなく結べる。考えなくても、同じ形になる。きれいに揃う。
揃いすぎる。
視線を落とす。レジの上に、袋が一つ置かれている。
いつからそこにあったのか、分からない。
誰も受け取っていない。それでも、ここにあるのが正しいという、奇妙な確信があった。
自動ドアが開いた。
冷たい風が店内に入ってくる。
客が一人、入ってきた。若い男だ。
飲み物を一つ手に取り、レジへやってくる。
「……お願いします」
「はい」
バーコードを通す。
ピッ。
電子音は正常に響いた。
袋に入れ、結んで差し出す。
男は袋を受け取り、何事もなかったように店を出て行った。
普通のやり取り。何もおかしくない。
それなのに、レジの上には、まだ袋が一つ残っている。
見なかったことにする。そうするしかない。
スマホが震えた。
ニュース速報の通知。
『未確認災害存在、新規出現』
画面を開く。
街の一角が映し出されている。ビル群の間に、空間が歪んでいる。
しかし、そこに“何かがいる”とは、はっきりと言えない。輪郭がない。ある瞬間には巨大な影のように見え、次の瞬間にはただの空虚な空間に変わる。
『対象は視認が極めて不安定です。観測するたびに形状が変化しています』
アナウンサーの声は落ち着いているが、内容は異常だった。
『被害状況は――』
映像が切り替わる。
ビルが崩れた。
しかし、壊れた瞬間は一切映っていない。
気づいたら、すでに崩壊している。
人がいるはずの場所に、誰もいない。記録も、ひどく曖昧だ。
『一部住民の所在が、現在も確認できていません』
胸の奥が、ざわついた。
何かを思い出しかけて、すぐにやめた。
考えても、出てこない。
配信アプリを開き、戦闘の様子を映す複数の映像を同時に表示した。
上空、地上、遠距離。
しかし、どれも一致しない。
ある視点ではいる。別の視点ではいない。
息を深く吸う。
分かっている。揃えれば、当たる。これまでは、そうだった。
視線を高速で切り替え、タイミングを探る。
だが、今回の対象は明らかに違う。
揃う場所が見つからない。
フレームとフレームの隙間。時間と時間の狭間。そこにあるはずの重なりがない。
もう一度集中する。
店内の音が遠ざかり、映像だけが意識に残る。
探す。
揃う瞬間を。
しかし、見つからない。
代わりに、別の映像が混ざり始めた。
白い蛍光灯。レジ。袋。この店の光景が、戦闘画面に重なってくる。
「……なんで」
思わず呟いた。
その瞬間。画面の中のそれが、こちらを向いた。
輪郭のない、形が定まらない存在。
しかし、確かに目だけがあった。
こちらを、じっと見ている。
「……っ」
指が止まる。
次の瞬間、映像は切り替わり、何もない空間だけが映し出された。
建物が崩れる。
理由は分からない。
ただ、そうなったという結果だけが存在する。
『攻撃、無効!』
『照準が固定できません!』
通信が乱れ、叫び声が飛び交っている。
誰も、当てられない。
観測が揃わない。
スマホの画面を見つめながら、胸の奥が激しくざわついた。
何かが足りない。
前は、できた。
あのときは、誰かが、いた。
思い出せない。
しかし、確かに二人で見ていたような気がする。
その時。世界が、わずかに揺れた。
音が完全に消える。
ほんの一瞬だけ。何かが、揃いかけた。
息を止める。
今なら、当てられる。
そう思った。
だが、同時に分かった。
足りない。何かが、決定的に足りない。
指が、動かない。撃てば当たるかもしれない。しかし、その先が分からない。
画面の中で、それが崩れるように見えた。
次の瞬間、何もいなくなる。
最初から、そこにいなかったかのように。
『対象、消失……?』
通信が途切れ、誰も確信を持てないままだった。
スマホの画面が暗くなる。
店内に、再び重い静寂が戻ってきた。
レジの上を見る。
袋が一つ、置かれている。
結び目が、完璧に揃っている。
それを見て、初めて気づいた。
一人では、揃わない。
口を開き、何かを言おうとした。しかし、言葉が出てこない。
誰の名前を呼ぼうとしたのか。それすら、もう分からない。
ただ。空白だけが、静かに、深く、残っていた。