Digimon States~D-1バトラーズ~ 作:宮枝嘉助
鳥の鳴き声は地下にある少年の寝床にも届く。
換気の為の設備がきちんと整っており、そこから鳥の鳴き声も入って来るのだ。
そんな、鳥達の囀りが聞こえて来る朝。
目を覚ました少年は、いの1番に同居人の姿を探した。
しかし、居ない。
敢えてTV等はそのままの状態にしておいたのだが、朝になった今も全てそのままの状態だ。
少年──江原琢斗は、諦めてTV等の電源を落とし、机の上を片付け始めた。
教科書類は自分の机に戻し、祐子の筆記用具は筆箱にしまい、スマホの横に並べておいた。
琢斗は有り合わせのモノで適当に朝食を済ませながら黙考する。
果たして祐子の失踪は神隠しなのか否か。
今までの2年間の暮らしから考えると、神隠しだと考える方が遥かに合点が行く。
祐子は琢斗が学校に行っている時間帯以外で出掛ける時は必ず何か連絡を入れていた。
それだけではなく、同じ部屋に居た琢斗に一言も無いのは不自然過ぎる。
声をかけ辛い程こちらがゲームに集中しているように見えたのであろうか。
次第に琢斗の推理は堂々巡りになってしまう。
……やがて、答えの出ない事で延々と悩んでいても意味が無い事に気付いた琢斗は、どちらだとしてもその内帰って来るだろうという結論を出し、今まで通りに過ごす事にするのであった。
本日は金曜日。
これで日付が13日であればどこかでチェーンソーが唸りをあげてもおかしくないかもしれないが、生憎本日は13日ではない。
バレンタインとかいうチョコ会社の陰謀の日はもう経過しており、後は本当に卒業式を待つばかりであった。
ちなみに琢斗の収穫は2つだ。
1つは祐子からで、もう1つはお隣りさんからだ。
その琢斗は今、学校の時間割に合わせて勉強をしていた。
祐子が不在だからといって遊ぶのは、祐子が不在である事を認めてしまう事に繋がると思い、普段通りに勉強する事にしたのであった。
「え~と、『アテネ五輪で日本が男子体操の団体戦で優勝を決めた際、NHKのアナウンサーが言った有名な実況は?』……『富田の伸身の新月面が描く放物線は、栄光への掛橋だ!』……って俺は一体何を勉強してたんだあああぁぁああぁっ!」
全然普段通りに出来てなかった。
そんな問題が出るテストなんて無いだろう。
ちなみに琢斗の台詞が過去形になっているのは、もう今の時間が夕方になっているからである。
琢斗は自らの挙動のあまりの不審さにのたうちまわる。
「あ゛──────ッ!」
のたうちまわっていたら机の脚に自分の脚の脛をぶつけてしまった。
ピンポイントに弁慶の泣き所をやられ、悶絶する琢斗。
意識してない時にぶつけるのは本当に痛いです。皆さんも気をつけましょう。
「おおおぉぉぉ……!」
うずくまって痛みが通り過ぎるのを必死に待つ琢斗。
その時、呼び鈴が鳴った。
何とか立ち上がれる程度に回復した琢斗が部屋に設置されているインターホンの映像を確認すると、そこに映っていたのはクラスメートの姿だった。
『やっほー、江原くん生きてるか~い?』
「……なんだ、弥生か」
今日は休みでは無いので一旦家に帰ったのだろう。
耳より低い位置で髪を括った変則的なツインテールが特徴的な私服姿の女子がカメラの前に立っていた。
ノリの良い性格をしたクラスの人気者で、男女問わず友達が多い。ちなみに弥生というのは名字であって名前ではない。
『なんだとは失敬だな江原くんや。隣人は大切にしないとダメなんだよ』
「貰ったチョコなら大切に取っておいてあるぞ」
『それは大切にしなくていいよ! むしろチョコなんだから食べてよ!』
「……そういえばそうだな。弥生が帰ったら食うか」
『え……?』
琢斗の発言に特に他意は無い。
ただ去年のバレンタインで貰った義理チョコを食べていた時、祐子がニヤニヤしながら見つめてきて恥ずかしかったので、よく考えれば今なら見られずに食べられるチャンスだと思ったぐらいだ。
「……それで? 今日は何の用だ? まさか俺の見舞いに来た等という下らないジョークを言いに来たんじゃないだろうな?」
『おサボりさんのお見舞いなんてしないよ。先生から願書とプリントを預かって来たの。週明けにわたしが持ってく事になってるから早く書いてね』
おサボりさん、と言ったが、隣人──弥生春菜の家族の中で唯一彼女だけが琢斗の本当の病状を知っている。
春菜は家族に琢斗が本当は重度の花粉症である事を別に話してしまっても付き合いは変わらないと言ったのだが、祐子が口止めをお願いしているのであった。
「そうか、もうそんな日か。分かった、今開ける。今ちょっと祐子さんが居ないから自分で入って来てくれ」
『ん、了解~』
そう言って琢斗は画面の横にある開錠のボタンを押した。
するとドアの鍵が開き、それを確認した春菜はドアを開けて中に入り、中から施錠する。
ちなみに琢斗の居る地下から鍵をかける事も出来るが、春菜は何となくそれを良しとしなかった。
およそ2年前から付き合いのある隣人は迷う事なく地下に下りて来ると、琢斗に願書とプリントを押し付けてTVを点けた。
そして座る前にコートを脱いで椅子に掛ける。
Tシャツとプリーツスカートという出で立ちになった春菜は、琢斗の方を全く見ずに座ってTVを観始めた。
書いてる所を見るような野暮な事をするつもりはないという意思表示である。
「どうせ俺が行ける所なんて一校しかないんだけどな」
「え~と、陽海学園って言ったっけ?」
「俺に妖怪の学園へ行けってか。確かに似てるけどな。陽成学園だ」
「あははは……確か、出席日数はどうでもいいとかいうトコなんだっけ?」
「ああ、大学みたいに単位制を採ってるらしくて、成績さえ良ければ来なくてもいいらしい」
「それで、大学にもそのままエスカレーターなんだよね? 確かに、成績のいいあんたにはピッタリよね」
「まあな。俺はこの時期外に出られないからな。出席率が関係無いそこぐらいしか行ける所が無いし」
その台詞は自分の成績に自信があって初めて言える台詞なのだが、定期テストでほぼ毎回学年1位を取っている琢斗だからこそ言える台詞であろう。
だが、そう言った春菜の成績も悪くない。
全校生徒236名中毎回20位以内には入っている。
テスト勉強の時期はよくこちらの家に来て琢斗と共に祐子から勉強を見てもらっているからであろうか。
ちなみに、春菜は特に祐子に授業料を払ったりはしていない。
春菜は最初払おうとしたのだが、弥生家には生活面でお世話になっていたので祐子が断ったのであった。
「──おし、書けた。おい弥生、願書書いたぞ」
「………………」
「弥生さ~ん、もしも~し?」
「……え? 何? もう犯人が解った?」
『特命係の亀山ぁ~』
TVでは某刑事ドラマの再放送をやっていた。
まだ相棒が1人目の頃のモノだ。琢斗は欠かさず観ているシリーズだが、1シーンだけで事件の概要と犯人を思い出す程のマニアでもない。
「いや、観てなかったから分からんけど。願書書けたぞ」
「あ、うん。そこに置いといて」
琢斗は春菜が指を差した机の上に願書を置くと、ソファーに腰掛けてTVを観る事にした。
目の前には朝片付けた祐子の携帯電話と筆記用具が置かれている。
「……なあ、弥生」
「何? 犯人が解ったの?」
「いや、どんだけ犯人知りたいんだよ。実はさ……」
「知ってても犯人は言わないでね」
「聞きたくはないんかい! 実は祐子さんの事なんだけど……」
「実は祐子さんは全部の犯人を覚えてるって?」
「犯人の話から離れろ! 祐子さん、実は昨日の夜から居ないんだ」
「え……? それって……」
そこまで言って、ようやくまともな反応が返ってきた。
琢斗は昨晩の状況から順を追って説明をしていく。
春菜もTVから目を離し、真剣に琢斗の話に耳を傾ける。
「──という訳なんだけどさ、弥生はどう思う?」
「う~ん、わたしは……」
……琢斗の話が終わった後も春菜はしばらく考え込んでいたのだが、考えが上手くまとまらない。
話の途中、丁度神隠しの真相の仮説を聞き始めた辺りから頭の片隅に靄がかかったような感覚があり、原因は春菜自身にもよく解らなかった。
春菜が真剣に考え込んでいる様子を見て琢斗は辛抱強く待っていたのだが、一向に返事が聞けないまま時間だけが経過していき、遂には刑事ドラマが終わってしまう。
そしてそのドラマが終わった途端、不意に春菜が立ち上がりコートを羽織り出した。
「──わたし、一旦帰るね」
「えっ、ちょっ……弥生?」
驚く琢斗を尻目に、春菜は琢斗が書いた願書を持って出て行った。
琢斗は思わずその後ろ姿を追い掛けるが、自分が外に出られない事を思い出して思い止まる。
ふとモニターを見ると、やはり本当に出て行ったようでやや急ぎ足で家に帰って行く。
何がなんやら分からず呆然とする琢斗だったが、しばらくすると我に帰り、チョコを食べようと思い立った。
「さて、今年はどんな奴だろ?」
そう言って琢斗は冷蔵庫に保管していたチョコを取り出し、TVの前の机に持って来た。
ちなみに春菜にチョコを貰うのは今回が2度目であり、2年前に食事の件で世話になるまでは互いに隣人であるという認識すら無かった。
2年前から知り合いなら3回貰ってると思われるかもしれないので補足すると、琢斗の両親が海外に出て行ったのが2年前の3月末。
そして知り合ったのが4月なので、チョコを貰ったのは去年と今年の2回という事になる。
「何だこれ? これは……ねこマン?」
春菜の名誉の為に言っておくと、これは●ティちゃんです。
決して某サイトに大量に生息している、とある有名声優が生み出したマスコットキャラクターではありません。
例え不気味なぐらいねこマンに似ていたとしても、これはキ●ィちゃんです。
「去年のチョコボといい、メチャクチャ上手いな弥生の奴。味も申し分無いし」
春菜の名誉の為に言っておくと、去年はウッドストックです。
決して某不思議なダンジョンの主人公をしている鳥ではありません。
例え異様な程にチョコボに似ていたとしても、去年は世界一有名な犬のマスコットと一緒に居る黄色い鳥です。
そしてチョコを丁度食べ終わる頃、再び呼び鈴が鳴った。
モニターには先程帰った少女が映っている。
『ゴメンゴメン、お待たせ~』
「……なんだ、弥生か」
『うわっ、ひっど~い! わたしなんかより年上のお姉様の作ったご飯の方がいいのね……!』
「……開けとくから気が済んだら入って来てくれ」
およよ、と泣き崩れる春菜だったが、どこからどう見ても嘘泣きなので琢斗は相手にしなかった。
鍵を開けてから30秒後、春菜が地下に入って来た。
持っていた手提げ袋の中には今夜の食事に使うであろう食料品だけでなく週末の課題が入っており、分からない時は琢斗に訊く腹積もりであろう。
「放置プレイだなんて、江原くんったらマニアよね」
「……チョコ、美味かったぞ」
「──ぁ、うん、どういたしまして」
急に感想を言われた所為か、少し照れたようで春菜の頬にほんのりと赤みが差す。
琢斗はそんな春菜の事は全く気にせずTVを観ている。
琢斗に喋る気が無いからか、どことなく気まずい空気が流れているように感じてしまう春菜。
このままだと余計な事を考えてしまいそうだったので、春菜はソファーに座って課題を広げる事にした。
……と思ったがやっぱりふと気になって琢斗の方を見ると、呆然とした様子でTVを眺めている。
それを見た春菜は、そんなに呆然とするような番組なのかどうかが気になり、今度はTVの方へと視線を移す。
「ぅ────ん?」
まただ。この頭の片隅に靄がかかったような感覚。
今TVでは神隠しの事件を特集している。そういえばさっきこの感覚が来た時も神隠しの話をしていた。
「ねえ、江原くん──?」
「………………」
もしかして同じ感覚が来ていて呆然としているのかと思い、琢斗に話し掛けてみたが返事が無い。
しばらくすると琢斗は立ち上がり、自分の机の上に置いてあるゴーグルを手に取った。琢斗がやむを得ず短時間の間外に出る時に付けているモノだ。
「江原くん! どこへ行くの?」
「説明してる暇が無い」
「どういう事? ねえってば!」
「──デジタルワールドに行ったのが神隠しの答えだと思ってTVを観ろ」
「え────?」
琢斗は急に訳の分からない事を言い出すと、そのまま靴を取りに上がって行った。
取り残された春菜は、訝しみながらも琢斗に言われたようにしてTVを観る。
『──招待しよう、我々の事を信じる者達よ。だがこれは強制ではない。来たくなったらいつでも来るがいい。意志が固まったら、デジタルゲートオープンと言えばいい。我々はいつでも待っている。──そなた達を我々の世界へ招待しよう、──』
「──────!」
最初は途切れ途切れに声らしきモノが聞こえるような気がしただけだった。
TV番組の出演者が喋っている後ろからかすかに聞こえて来るようなモノで、琢斗から聞いていなかったらがやだと思ってしまっていたかもしれない。
しかし声に集中した所為か、段々はっきりと聞こえ始め、やがて普通に聞き取れるようになった。
そこで初めて、春菜は先程の感覚の正体に気付いた。
この声が小さな雑音となって聞こえていたからであると。
それで後は琢斗が言った通り、神隠しはデジタルワールドに行ったのが原因だと思えば思う程、謎の声のボリュームが上がって行く。
実際に声が聞こえている以上否定のしようも無いので、きっとそういう事なのだろう。
そんな事を考えたりしている間に琢斗が自分の靴を持って上から戻って来た。
すぐに下りて来なかった所を見ると、もしかしたら靴を洗っていたのかもしれない。
「ねえ江原くん、本気なの?」
「勿論。祐子さんが実際居ないんだ、信じる理由としては十分だろ」
「祐子さんを探しに行くの……?」
「それもあるけど、こんな体験そうそう出来ないだろうっていう好奇心の方が強いかな。その台詞を言ってみてダメならただの笑い話になるだけだし」
琢斗の答えを聞いて、春菜は自分に聞いてみた。
目の前に一生モノの体験が出来そうなチャンスが転がっていて、それに対して興味が無いのか否かを。
「……分かった。わたしも行く」
「え? 弥生も? マジで?」
「わたしだって声が聞こえたんだもの。そりゃ気になるわよ」
「……そっか。じゃあ待ってるから早く準備してくれ」
「うん、ゴメンね」
春菜は玄関まで戻り、自分の靴を持ってまた下りる。人を待たせているのでわざわざ靴を洗う気にはなれなかった。
「お待たせ~」
「早かったな。トイレはいいのか?」
「ん? 江原くん、今なんて?」
「わ、分かった。じゃあ言ってみようか」
ただならぬ気配を感じた為、琢斗は余計な事を言うのを止めた。
春菜はこれ以上無いというぐらいに満面の笑顔だったが、あれ以上言えば命は無かったという確信が琢斗にはこれ以上無いというぐらいにあった。
琢斗は1つ深呼吸をし、春菜の方を確認すると同時にその言葉を発した。
「「デジタルゲート、オープン!」」
その瞬間、2人の意識は暗転した。
意識が飛ぶ直前、TVから『ようこそ』という声が聞こえたような気がしたが、さっきの声だったのかTVの声だったのかは既に朦朧としていた意識では判らなかった。
目を覚ましてみるとそこはデジタルワールドだった。
琢斗はふと、とある有名な小説の冒頭みたいな事を思ってみたが、別に意識を失う前の事前情報からそう思い込んだ訳では無い。
目の前にデジモンが居たのだから間違いようがないだろう。
「あ、目が覚めた?」
「いや、多分覚めてない。きっとこれは夢だから」
目の前のデジモンに即答すると、琢斗はまた目を瞑った。
その黄色い着ぐるみのようにしか見えないデジモンは、琢斗の言葉に困りながらも穏やかに話し掛けた。
「キミが合言葉を言ったからここに居るんだよ? 夢な訳が無いじゃないか」
「いいや夢だ。こんな最初に会うのがもんざえモンだなんて微妙過ぎる。やっぱり最初に会うべきなのはパートナーデジモンか可愛いデジモンだろうよ、普通」
「パートナー? 可愛いデジモン? 何言ってるの? ワガママ言ってるとスカモンやナニモンに起こさせるよ? それともレアモンにしようか?」
「す、すすすいませんでしたもんざえモン様! 今すぐ起きます!」
黄色い着ぐるみのような生物の一言で、琢斗は手の平を返したように態度を一変させて飛び起きる。
飛び起きて周りを見回してみると、そこはベッドが8台並べられた医務室のような場所であった。
靴はベッドのすぐ下に置いてあり、琢斗はベッドに腰掛ける形で早速靴を履いた。
辺りには自分以外の人間は誰もおらず、流石にここには祐子の姿は無いようであった。
……とそこで琢斗は自分1人でここに来た訳ではない事を思い出す。
「……あれ? もんざえモン、俺と同時ぐらいにもう1人女の子が来なかった?」
「ん? ああ、ハルナの事かな? ハルナなら先に外に出てったよ」
「そっか、じゃあ俺も行くか。……なあ、もんざえモン」
「ん? 何だい?」
話を聞いてすぐに出て行くのかと思いきや、琢斗は立ち止まって黄色い着ぐるみのような生物が居る方を振り返った。
そいつはその意図が全く分からなかったようで、首を傾げて言葉の続きを待つ。
「ひょっとしてお前が俺のパートナーって事は無いよな?」
「……そうだったら楽しいだろうけどね。残念ながら私は忙しいからキミのパートナーにはなれないよ」
「……そっか。ありがとうな、もんざえモン!」
黄色い着ぐるみのような生物の返事を聞いて琢斗は少し俯きながら呟いた後、元気良くお礼を言って外に出て行った。
「──さて、歓迎の準備だ」
少年の後ろ姿を見送った後、黄色い着ぐるみのような生物は一言だけ呟くと裏口から部屋を出て行くのであった。
「うわ、凄え……!」
部屋を出ると、どこぞの王宮と見間違えてしまいそうな程にきらびやかな内装が琢斗を迎え入れた。
床には赤い絨毯が敷き詰められ、天井にはいくつものシャンデリアが光り輝いている。
その時になって、ようやく琢斗は自分がゴーグルを付けていないのに平然としていられている事に気付いた。
どうやらデジタルワールドでは花粉は飛んでいないらしい。琢斗はそれが単純に嬉しかった。
先に出たという春菜は回廊の突き当たりに立っていた。琢斗の同じように内装に見惚れているのか、目が少し虚ろだ。
「お~い、弥生~!」
「……ふぇ? あ、た──江原くん! 遅~い!」
琢斗の呼び掛けが聞こえたらしく、春菜は一瞬素っ頓狂な声を出してしまうが、すぐに我に帰って琢斗に呼び掛けを返す。
変な声を出してしまったのが恥ずかしかったのだろうか、少し顔が赤かった。
「悪い、かなり待たせたか?」
「ううん、そんなに待ってないよ。5分ぐらいじゃないかな?」
「そっか。じゃあ、弥生ももんざえモンに起こされたのか?」
「違うよ。確か羽根が4枚だったから……ダルクモン、だったかな」
「そ、そうなんだ……」
琢斗はこの待遇の違いは差別なんじゃないかと思ったが、春菜には関係の無い事なので黙っておく事にした。
この件は後でこの建物の主にでも訴えるとしよう。
「さて、とりあえず祐子さんを捜して、そしたら少し観光でもして帰ろうか」
「そうね。でもまずは外に出ようよ」
春菜の言う事は至極最もだったので琢斗は頷くだけ頷いて適当に歩き出した。
春菜もそれに黙ってついて行ったのだが、この西洋風の城のような建物の構造を琢斗と春菜が知っているハズも無く。
実際は適当に歩いてみるしかなかったというのが正しい。
それにしても歩いてみればみる程、この建物はどこかの王宮なのではないかと思えてくる。
それ程にこの建物は広々としていた。
中庭だと思われる広場には大きな噴水があり、大小様々なデジモン達が憩いの場に集まっている。
中には人間の姿もあり、その人数から恐らく神隠しの人数に入っていない人間も居るのであろう。
そんな事を思いながら歩いていると、やがて大きな門の前に出た。
門の大きさは凄まじいモノで、奈良の大仏なんかでも楽々通り抜けられそうな大きさだ。
……当然、そんな大きい門は重過ぎて人間には開けられない訳で。
試しに2人がかりで押してみたがビクともしなかった。
「……やっぱ無理か」
「うん、とてもじゃないけど……」
「どうしたの? そっちは外だけど、出たいの?」
「ああ、人を捜してるんだ」
「でも、その人って力あるの? 普通の人間じゃ重くて開けれないから出られないと思うよ?」
「あ、そっか。それもそうだな。ありがとう……って、え? 誰?」
「わ、可愛い~」
2人は驚き振り返ってみると、そこに居たのは中型犬ぐらいの大きさをした青紫色の獣型デジモン。
額に赤いマークが付いているのが特徴的であった。
「ん? ボクはドルモンだけど?」
「あ、ああ、確かにお前はドルモンだな、うん」
「へえ~この子ドルモンって言うんだ? 詳しいのね、江原くん?」
「まあね。家でやってるゲームでは俺のパートナーデジモンだし」
琢斗の答えを聞いて、その獣型デジモン──ドルモンは興味を持ったようだった。
目が星になっている。
「ボクと同じデジモンをパートナーにしてるの?」
「ああ、そうだ。……じゃあ、お前も俺とパートナー組むか?」
「うん、いいよ」
「うわっ、軽っ!」
その会話を聞いていた春菜が思わずツッコんだ。
……が、自分が知っている作品を思い浮かべてみても、結構どれもあっさりパートナーを組んでいた気がしたのでそれ以上は何も言わなかった。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は江原琢斗。で、こっちがミルフィーユ・桜葉」
「も~、ウソ教えちゃダメですよ、タクトさんったら……じゃなくて。わたしは弥生春菜です。よろしくね」
「うん、よろしく。……でもタクト、ボクはいいけど本当に組むの? 組んだら戦わなきゃいけなくなるよ?」
琢斗は物真似とはいえ春菜に名前で呼ばれて悪い気はしなかった。
……それはともかく、琢斗にはドルモンに問われた言葉の意味が上手く掴めなかった。
ニュースで全員が無事に帰って来ていると聞いていたからであろうか、ドルモンの暗に危険があると言っているその言葉には酷く現実味が感じられなかった。
「ん? ドルモン、それは一体どういう意味だ?」
「え~と、それは──」
「それはワシから話そう」
琢斗の質問に対してドルモンが答えに窮していると、ドルモンの後ろから老人のような嗄れた声が聞こえて来た。
声がした方に視線を移すと、そこに居たのはデジタルワールドの古代より鋼を司るとされている十闘士と呼ばれるデジモン──エンシェントワイズモンであった。
緑色のマントの中から見える体の部分は鏡になっており、生命体としては非常に不可解な姿である。
「江原くん、あのデジモンは?」
「え~と、確か……あ、コウメイモン?」
「あ、って何じゃ、あ、って。しかもそんなデジモンおらんわ! ワシはエンシェントワイズモンだ」
胸の部分の飾りには“孔明”と書いてあり、恐らく琢斗はそこを見て答えたのであろう。
分からなくてその場で考えて答えたのがバレバレであった。
「……それで、エンシェントワイズモン。さっきのはどういう意味なんだ?」
「……うむ。来たる半年後に世界の覇権を賭けた戦いが控えているのだ。名をD-1トーナメントという」
「それがどうかしたの?」
「……つまり、パートナーを組んだ者はその戦いに参加しろって事か?」
「その通りだ」
「嫌だと言ったら?」
「臆病者に用は無い。記憶を消して、さっさとリアルワールドにお帰り願うだけだ」
至極あっさりと言われた鋼の十闘士の言葉。
神隠しから戻って来た者の記憶が無いのは、この十闘士が皆の記憶を消していたからだと言うのであろうか。
「……考える時間はあるのか?」
「江原くん!?」
琢斗の言葉に驚く春菜。
まさか参加する気なのではないだろうかと考えてしまう。
もし本当に琢斗が戦いに参加するとなったら、自分は……。
「勿論だ。戦いが始まるまでなら好きなだけ悩むといい」
「……答えを出した時にはあんたに言えばいいのか?」
「いや、この城の主に言ってもらいたい。あれでもこの国の王だからな」
そしてその王の間に来る時はドルモンに案内してもらえ、と言ってエンシェントワイズモンはその場を去ろうとする。
だがその前に琢斗が呼び止めた。
「待ってくれ! 1つ訊きたい事がある」
「何だ? ワシのマントの中身は企業秘密だぞ」
「い、いや、それも気になるっちゃなるけど、……喜多川祐子という人間がこの世界に来なかったかどうか知りたいんだ」
「む? ……いや、そういう名の人間は少なくともこの国には来ていないが?」
「────え?」
鋼の十闘士の口から聞かされた答えは琢斗も春菜も全く予想していなかったモノで。
2人の思考は完全に停止してしまうのであった……。