Digimon States~D-1バトラーズ~ 作:宮枝嘉助
「──さて、私から話すんだったわね」
「え? そうなの?」
「順番からしたら祐子さんが先に居なくなったんだから、そういう事にしたの」
「ふ~ん……そっか」
本題に入る為であろうか、祐子は2人に確認するかのように言った。
自分がシャワーを浴びている間にそんな話になっていたとは思わなかった琢斗が疑問を口にしたが、どうやら春菜の言葉を聞いて納得したようであった。
正直な所、春菜が祐子に先に話して欲しいといった理由は、祐子が今まで何処に居たのかが気になって仕方がなかったからでも、彼女の言葉通り順番を考えたからでもない。
自分達の話を祐子にどう話すかを考える時間が欲しかったからだ。
果たして、その意図が正確に琢斗に伝わったかどうかは分からなかったが、春菜は琢斗だってどうやって話すか考える時間が欲しかったハズだと思う事にした。
「それで? 祐子さんは今までどこに居たんだ? 急に居なくなったから、俺はてっきり神隠しにでも遭ったのかと……」
「え、神隠し? やだ、琢斗ったらそんな事考えてたの?」
「あれ? 違うの?」
「もう、そんな訳無いでしょ? ちょっと里帰りしてたのよ」
「は? 里帰り?」
祐子の返答が普通過ぎた所為であろうか、琢斗は思わず訊き直してしまった。
しかし、祐子はその反応を懐疑的に捉えたようで、こう説明した。
「何よ、もしかして疑ってる? あれは確か、オムライス食べて片付けて、次の日の琢斗の勉強の予習をしてた時間だから……9時過ぎぐらいだったかしら。私のスマホが鳴って、実家から連絡があったのよ。お父さんが倒れたって」
「え──た、倒れた!?」
「だ、大丈夫だったんですか?」
「ええ、それは大丈夫。それで私、慌てちゃってね。バッグだけ持って急いで飛び出しちゃったもんだからスマホを忘れてっちゃって。ドジったわ、ホント」
「………………」
琢斗は表面上納得した顔をしていたのだが、その内面では激しく葛藤していた。
神隠しに遭ったのかもしれない、なんて大袈裟に捉えていたからこそ、こっちも正直に大袈裟な話をしても大丈夫だろうと思っていたからだ。
一方、春菜の方はその葛藤が少し表情に出てしまっていた。
とは言っても春菜が琢斗より嘘が下手だとかそういう事ではない。先刻の話の影響で心が落ち着いていなかったのが原因である。
「……でね? ちょっと聞いてよ。倒れたなんて言うから急いで帰ったんだけど、お父さんったら雨で泥濘るんだ道で滑って転んで、たんこぶが出来ただけなのよ? 全く、私ったら何しに帰ったんだか」
そんな2人の様子を見兼ねたのかは判らないが、祐子は実家に帰った時のエピソードを語り始めた。
先程、祐子の父が倒れたと伝えた時に2人がかなり慌てた反応を示していたので、その心配に対する答えだと考えるのが普通であろうか。
「それで帰ったらさ、お父さんの事なんかそっちのけで私の話ばっかりするのよ。やれ1人暮らしは止めて帰って来る気は無いのかとか、男は出来たのかとか、そんな話ばっか」
ちなみに、祐子は琢斗の家に住んでいる事を実家の両親には話していない。
理由はありきたり過ぎるので省略するが、それ以外の事は話している。
それがどんな内容かと言えば、琢斗という子に勉強を教えているだとか、料理が出来るようになったとか、そういう当たり障りの無い内容だ。
「……だから、琢斗に連絡してなかったのは気になったんだけど、昨日は流石に遅かったから1泊だけして帰って来たのよ。まあ、今日も話し込んじゃってこんな時間になっちゃったんだけど……ごめんなさい」
そこで祐子は素直に頭を下げる。
こういう所が彼女の美点であった。
そしてその言葉を聞いて、琢斗の意志は固まった。
誠意には誠意で答える。それがどんなに荒唐無稽な内容であろうと、正直に話すのが筋だと彼は考えた。
余談になるが、祐子は携帯の電話帳に頼り切りになっていた為、琢斗の家の電話番号は覚えていなかった。
「……私からの話は、こんな所かしらね。次は貴方達の番よ」
「──祐子さん、驚かずに聞いて下さい」
「え、江原くん……!」
「…………分かったわ。話して」
琢斗の口調から春菜は瞬時に琢斗の意志を読み取り、息を呑んだ。デジタルワールドに行っていた事を正直に話すつもりなのだと。
しかしここで止めに入るのも不自然過ぎる為、春菜は静観する事にした。
「俺達は、神隠しに遭っていたんだ」
「………………」
琢斗の突拍子も無さそうな話を聞いた祐子だったが、彼女は眉一つ動かさなかった。
琢斗達は逆にその事に驚いたが、祐子は黙って頷く事で続きを促してきたので、続きを話す事にする。
「え~と、最初から話そうか。きっかけは昨日の祐子さんとした神隠しの話だったんだけど──」
順を追って話すという事で、琢斗は昨日春菜にした話とほとんど同じ内容を語った。
ゲームの掲示板の書き込みがきっかけで神隠しを強く意識するようになった事。
それとほとんど重なる状況で祐子が消えた事。
勉強が全く手につかなった事。
そして春菜がやって来た事。
「──それで、弥生に今祐子さんに話しているのと同じ話をしている内に、TVから声が聞こえ始めたんだ」
──☆──☆──☆──☆──
「──うん、大体分かったわ。琢斗と春菜ちゃんは神隠しに遭い、行き先はデジタルワールドだったと。それで、さっきそこから帰って来た。そういう事ね?」
「その通りだ」
「はい、そうです」
「………………」
一通りの顛末を聞かされた祐子は、深い溜息を吐く。
そしてしばらくの間逡巡していた。
更に祐子は目を閉じ、まるで瞑想でもしているかのように黙り込んだ。
正直な話、2人の話は俄かには信じられなかった。
それはそうだろう。
明らかに世間一般で常識とされているモノの範疇をはみ出している。
しかし同時に、2人の話を作り話だと言って切り捨てる事も出来なかった。
これまでの付き合いで、下手な作り話をするような子達では無いと理解していたからだ。
「……それから、このiPhoneで世界を行き来出来るって言ってたんだっけ」
「ああ、まだこっちから向こうに行くのは試してないけどな」
「そのiPhoneには特別な改造がされていて、D-オルタって言うそうです」
そして何より、確かにその話だと辻妻が合うのだ。
琢斗の病状を考えれば、彼が自分から外に出るハズが無く、更にこの家は密室状態にあった。
密室状態が成立している上に、自分から外に出る理由が全く無いのだ。
むしろ神隠しにでも遭わない限りわざわざ外に出る事は有り得ないと言ってしまっても過言では無い。
「はぁ~……分かったわよ。確かにあんた達の話で全ての筋が通るわ。密室トリックなんて思い付かないし、ここで認めないと神隠しを信じる信じないのゲームが始まっちゃうしね」
「……そうなったら、俺は容赦無く赤字を連発させてもらうよ」
程なくして、祐子は琢斗達の話を受け入れる事にした。
神隠しを信じる云々より、先程の状況を説明するのに神隠しを超える合理的な理由が思い付かなかったというのが正確な所である。
そこへ突然、春菜が口を挟んできた。
「──ねえ、江原くん」
「ん? どうした、弥生?」
「そろそろご飯にしない?」
「あ゛」
琢斗は言われてから思い出した。
ずっと夕飯を食べていない事と、今の時間を。
ふと時計に目をやると、既に11時を回っていた。
そして更に、こんな時間まで何も食べていないという事実を思い出した脳が、一気に空腹信号を全身に発信し始めた。
「え!? あんた達まだご飯食べてなかったの!?」
「ああ、家の中には今まで入れなかったからな。弥生から家に来ないか誘われた瞬間に、祐子さんが帰って来たんだよ」
「──という訳なんで祐子さん、台所お借りしますね」
「春菜ちゃん待って! 琢斗がまだって事は、春菜ちゃんもご飯まだなんでしょう? 私は食べて来たから、私が作るわ」
「で、でも──!」
至極最もな祐子の台詞にも引き下がらず反論を唱えようとした春菜であったが、次の瞬間。
食料の受け入れ準備が整ったのであろう胃の収縮音が部屋中に響き渡った。
そして、そんな音を出した胃の持ち主は顔を真っ赤にさせながらも尚、反論を続けようとする。
「ぁ、ゃ……こ、これは──」
「……いいから、琢斗と一緒に待ってなさい。ね?」
「え、と……」
「任せときなさいって。春菜ちゃんが持って来てくれた食材はちゃんと使うから」
春菜はまだ何やら口ごもっていたが、祐子が台所の方に向かって行ってしまったのを見ると、黙って俯いてしまった。
琢斗は春菜に何か言葉をかけるべきなのかどうか悩んだが言葉が見つからず、仕方無く話題を変える事にした。
「……にしても、長い一日だったな」
「うん、そうだね」
「なあ、弥生」
「何? 江原くん」
「俺は明日またすぐ行くつもりだけど、弥生はどうする?」
「え? う~ん、わたしは……」
琢斗からの問いに対して、春菜はすぐに返事を返す事が出来なかった。
祐子にはこうして事情を話す事を選んだ琢斗であったが、春菜の家族にも同じように事情を話すかどうかを春菜は決めていない。
「多分、行けない。今日の事を家で話すかどうか、考えたいし」
「そっか。俺の方はもう片付いたけど、弥生の方はこれからだもんな」
「……ごめんね、フェアリモンによろしく言っといて」
「ああ、分かった。気にせずゆっくり考えろよ、弥生」
「うん、ありがとう江原くん」
先刻顔に上ってきた血がまだ引ききっていないようで、頬が少し赤いままで春菜は笑顔を見せる。
その笑顔はとても可憐で、琢斗も思わずどきりとさせられる程の可愛らしさであった。
その笑顔を見せられて言葉に詰まった琢斗はそれきり、祐子が食事を持って来るまで一言も喋る事が出来なかった。
──翌日。曜日は当然、土曜日である。
昨夜は食事をしてから春菜を見送った後すぐに寝てしまった。やはり色々な事が起きた1日だった事もあって疲れたのであろう。
琢斗が目を覚ました時、時刻は既に午前11時を過ぎていた。普段なら土日でも朝9時までには起きて、祐子とゲームをしたり学校の課題をしたりする所であるのだが。
今日の午前中はかなり変則的なスケジュールになりそうだ。
「あ、起きた? おはよう、琢斗」
「ヲハヨウゴザイマシタ、マスター」
「どうする? お風呂入る?」
「……うん、入る」
朝一番のネタを完全にスルーした後、祐子は琢斗に風呂に入るかどうかを尋ねた。
昨日は食後にすぐ寝てしまったのだから、昨夜は風呂に入っていない。
「あ、やっぱり入る? でも昨日はお風呂場洗ってないから、悪いけどシャワーだけで済ませてくれる?」
「ああ、分かった」
「お昼ご飯は何がいい?」
「昼飯? う~ん……炒飯がいいな」
「炒飯ね? 分かったわ」
昼飯の献立を決まった所で、琢斗は炒飯を楽しみにしながらシャワーを浴びに行くのであった。
琢斗がシャワーを浴び、顔を洗って戻って来た時には、丁度これからご飯を炒め始めようかという所に差し掛かっていた。
「お、丁度いいタイミング」
「琢斗、地下とはいえ、冬なんだからすぐ冷えるわよ。早く服着て来なさい」
「は~い」
下着姿で出て来た琢斗を、祐子は顔色1つ変えず諌める。
琢斗も素直に従って自分の部屋に入って行った。
江原家の炒飯は、玉葱と人参と肉とを微塵切りにして先にじっくりと炒めてからご飯と卵を放り込んで炒める。
そうする事で玉葱の甘味が程よく全体に行き渡り、同時に汁が卵と混ざり合ってご飯を綺麗にコーティングする。
以前、祐子の料理を可も無く不可も無くとは言ったが、簡単な料理に関してはもう太鼓判を押してもいい。
作るのに2時間とか掛かるような料理だとボロが出て来ると言った所だ。
琢斗が着替えて戻ると、丁度炒飯が出来上がった所だったようで、机の上には皿が3つ並んでいた。
「あれ? 3つ? って事はまさか……」
「やあ、久しぶりですね、江原君」
「やっぱりあんたか……山田さん」
普段琢斗が座っている席の右隣りに、その侵入者は座っていた。その山田という人物はさらりとした黒髪にタレ気味の糸目、ゆうに180cmを超えるであろう長身で基本的に微笑みを絶やす事は無いという、万人が抱くであろう“優男”のイメージをほぼそのまま具現化したかのような男であった。
「江原君、そんなに嫌そうな顔をしないで下さいよ。君は、来年度にはウチの学園の生徒になるんですよ?」
「いや、俺まだ願書も出してないんですけど……じゃなくて。俺が嫌なのは土日に炒飯を作る時にあんたが80%以上の確率で出没する事ですよ、山田先生」
余談であるが、山田はその先生という職業柄、琢斗の病状については聞き及んでいた。
山田が居る学園が最も琢斗に合った学校であり、成績についても全く問題無いという事も。
学園長はむしろ奨学生として迎え入れたいとまで言っているとか。
「何せ、今この地区でベスト10に入る味だからね、江原君の家の炒飯は」
「意味分かんないです先生。それと出没率と何の関係が?」
「分からないんですか?」
「はい、全っ然」
琢斗は当然の疑問を口にしたつもりだったのだが。
山田は既に完璧な解答を提示したつもりだったらしく、本気でキョトンとしている。
そこへ、今まで2人の会話を傍観していた祐子が口を挟んだ。
「──ただ単に、その日に他の家が先に美味しい炒飯を作り始めたりした時は、ウチに来ていない。ただそれだけの事ですよね、先生」
「ええ、そうです。匂いから料理の段階と距離を推測し、出来上がりに間に合うかどうかを計算した結果、間に合わないので辞退したというケースもありますが」
他の家にも突撃してんのかよ。
と琢斗は1番無難そうな所にだけ心の中でツッコミを入れておいた。
「……さあ! 炒飯が不味くなってしまいます。早く食べましょう」
「はい、そうですね。じゃあ頂きま──」
「江原君」
「「────ッ!」」
山田が早く食べようと言うので、琢斗が早速食べ始めようとした瞬間。
部屋全体が凍り付くような冷徹な声が響き渡った。
声そのものは非常に静かなモノであったハズなのに、他の音が全て遮断されてしまったかのように耳に響いた。
その声だけで、琢斗の顔は青ざめ、全身から嫌な汗が止めどなく流れ落ちる。
琢斗は恐る恐る山田の表情を確認するが、その表情は普段と変わり無かった。
「は、はい……」
「早く食べたい気持ちは良く解りますが、まずはこの至高の食物に感謝の祈りを捧げなくては。ね?」
「はい、そうでした……」
「よろしい。では、祈りましょう」
良かった、まだレベル1だ。
琢斗は心の底から安堵し、山田の言葉に従って炒飯に祈りを捧げた。
ちなみにフリではない。フリだと山田に見破られる恐れがある。
この男は、普段は見掛け通りの優男であるが、一度炒飯が絡むと性格ががらりと豹変する。
その異常性たるや、1km先で囁かれた炒飯の話題を聞き取り、5km先で作り始めた炒飯の匂いを嗅ぎ分ける。
とりわけ炒飯の事となると人間の領域を超えて神の如き力を発揮するのが、恐らく春から琢斗が通う事になるであろう陽成学園に在籍している講師、山田孝一郎という男であった。
そんな彼の異常性の詳細を、そのエピソードを交えて語ると原稿用紙20枚を費やしても足りなくなってしまう為、ここでは割愛させて頂く事にする。
「──はい。では、頂くとしましょう。炒飯様、失礼致します」
「「炒飯様、失礼致します」」
琢斗達は決してギャグで言っている訳では無い。
この男が居る前ではそう言わないと血の雨が降る可能性がある。
そんな男が居る前ではテンションが上がる訳も無く。
琢斗達はまるでお縄についた犯罪人のように、神妙に炒飯を頬張るのであった。
だったら食べさせなきゃいいんじゃないのかと思われる事だろうが、断ろうとすると今にも自殺するのではないかという程に絶望した目で見られるので、断るに断り切れないというのが本音だ。
「いやあ、やはり江原君の家の炒飯は美味しいですね。確か、喜多川さんが作ってるんでしたよね?」
「ええ、そうです」
「それにしても本当に上達しましたよね。最初は殺してやろうかと思ったんですが」
「あ、あははは……」
「それが今や、この地区のベスト10に入るんですから、大したものです。今後も期待していますよ。それでは私はそろそろ失礼致します。江原君、喜多川さん、2人に炒飯神チャオハーンの加護があらん事を」
山田は、食う物だけ食うと机の上に千円札を置いて早々と去って行った。
後には、苦笑いをしている2人の姿だけが残されていた。
「……ねえ、祐子さん」
「何、琢斗?」
「炒飯神って、何?」
「さあ……?」
息の詰まるような食事が終わって一息ついた後、早速琢斗は簡単な身仕度を始めた。
D-オルタを持ち、玄関で靴を履く。
ゴーグルは戻って来た時の為に持って行く事にした。
……とそこへ、祐子が見送りにやって来た。
「あら、早速行くの?」
「ああ、戦うからには勝ちたいし、その為には地道に鍛えていかなきゃ」
「じゃあ早速見せてもらおうかしら。D-オルタの性能とやらを」
今回、琢斗は玄関から出発する事を選んだ。
TVの前に居る必要が無くなったという理由と、この方が“出発”っぽいからだという理由もある。
ちなみに琢斗が“戦う”事についてだが、祐子は案外あっさりと受け入れた。
物事には危険が付き纏うのが当たり前だと、説得される側であるハズの祐子が言ったのであった。
一緒にゲームを楽しむ仲なので、琢斗の“冒険心”に理解があったという事も理由に入るであろう。
琢斗は昨日の操作だけで大体慣れたのか、中々手慣れた様子でD-オルタを操作し、行く準備を整えた。
後はもうあの言葉を言うだけでいいハズだ。
「それじゃあ行って来ます、祐子さん」
「ええ、行ってらっしゃい、琢斗」
「────デジタルゲート、オープン!」
その言葉を発した瞬間、D-オルタから青白い光が発生し、琢斗を青白い球体が包み込む。
しかし、世界間の接続に少し時間がかかっているのか、すぐには飲み込まれなかった。
「あれ? すぐには飛ばないのか」
「──琢斗」
「ん? 何?」
「晩ご飯には帰って来てね」
「ああ、出来るだけそうする。……お? 始まったかな?」
琢斗がそう言い終わるや否や、琢斗はお腹を強く押されて吹っ飛ばされたような感覚に襲われる。
その直後、景色が圧縮されたかのように歪み、琢斗はこの世界を離れて行った。
「凄い、本当に行っちゃった……」
琢斗が消えた後には、感心したように呟く祐子の姿が残るだけであった……。
琢斗の姿が消えた直後、祐子のスマホが鳴った。
電話では無く、メールの方だ。
祐子はリビングに戻り、画面ロックを解除。
メールを読んでみる祐子だったが、すぐに顔をしかめる。
まずは送り主のメールアドレスだが、数字しかない。
アドレスには必須であるハズの『@』等が全く無く、数字しか書かれていない。
念の為、メニューを開いてメールアドレスを表示させてみたが、やはりそれも数字のみのモノだった。
次に文面だが、件名は何も無く、本文には『準備はよろしいですか?』とその下に『はい』と『YES』だけが書いてあり、その『はい』と『YES』はクリックが出来るようになっている。
「何かしら、これ……新手のワンクリック詐欺かしらね」
本当にクリックしてしまったとしてもお金を払う義務は特に無いのだが、文面からではどんなサイトに飛ばされるか全く読めなかったので、祐子はそのままメールを削除する事にした。
「──さて、TV……はあの声が五月蝿いし、今日はまだクリアしてない村クエストでもやろうかしらね」
そして祐子はそのままいつも通りゲームを開始した。
この世界は、デジタルワールド。
そしてこの場所は、エリテリス城内の中庭。
そこに突如青白い光が発生したかと思うと、すぐにその光は霧散し、1人の少年が姿を現した。
少年の名は、言うまでもなく江原琢斗である。
「ふう……また気絶するかと思ったけど、今回は普通に来れたな」
安堵の溜息を漏らしながら、1人ごちる琢斗。
辺りを見回してここが城の中庭である事を確認すると、琢斗は王の間の方に向かって真っ直ぐ歩き出した。
「──さて、まずはエンシェントワイズモンに会わないと……ん?」
そう呟きながら歩き始めた琢斗だったが、ふと立ち止まった。その視線の先には木にもたれ掛かって足を放り出すようにして座っている1人の青年の姿がある。
180cmはありそうな長身で、金色に染められた長めの髪に髑髏を思わせるプリントがされている黒いTシャツ。
かなり筋肉質の体をしているのか、そのTシャツはぴんぴんに張っていた。
その青年は前髪が長いのか、前髪は頭の上で纏められており、その下の眼は鋭く虚空を睨み付けている。
その鋭い視線の先が気になった琢斗は、その青年が見据えている方向に目をやるのだが、特に何も見当たらなかった。
「お~い、何見てるんだ~?」
「………………」
あまりにも真剣に見据えてるように見えたので、琢斗は思わずその青年に話し掛けていた。
だが、返事は返って来ない。
「お~い! 一体何を見てるんだ~!?」
「…………あ゛?」
半分叫ぶような声で、琢斗はもう1回だけ声を掛けてみた。
今度は耳に入ったようで、鋭い視線がそのままこちらを向く。
その人を射抜くような視線に琢斗はわずかに身が竦むが、構わず話し掛けた。
「何を見てたんだ?」
「…………失せろ」
「は?」
「………………」
変な事を訊いたつもりは無かったにも関わらず、いきなり失せろと言われてしまった。
思わず訊き直してしまったが、もう向こうはまた元の虚空へ視線を戻してしまっており、返事は返って来なかった。
「何だ、あいつ……?」
これ以上は話し掛けても無駄だと感じたのであろう。
琢斗は視線を前に戻し、王の間へと歩を進めるのであった……。