「本当にこれでいいんでしょうか?」
「もう引き返せないんだよね~うへ~」
「わぁ~!尻尾ってこういう感覚なんですね☆」
「クフフ!皆バッチリじゃん!」
「ふふ!やっぱり私のファッションセンスは完璧ね!」
「ん、耳が帽子に入らない。」
「ちょ、ちょっと!?脱がないで!それ絶対にいるやつだから!」
「…はあ。大変なことになりそうですね。」
「ミ、ミレニアムテックウェア!これぞモダンスタイル!」とある会計が声をどもらせながらも高らかに宣言する。「うぅ…やっぱこういうのは無理…えっ!?まだカメラ回っているの!?」
机の上の山積みの書類から、眼窩に深く沈んだ紫色の瞳が鋭く上を向いた。細長い瞳孔が、部下の魂の奥底を覗き込んでいた。「止めて。」
「分かりました!」ゲヘナの新人風紀委員は動画を止める間もなく、慌ててスマホをバッグに押し込みながら叫んだ。ヒナには、あのミレニアムの会計の声がこもったまま聞こえていたが、別に気にするほどではなかった。
「…はぁ…」彼女はため息をつき、しばらくペンを置いた。震える手で、疲れ切った目を休めようと他の風紀委員の方へ視線を向けたが、それによって頭痛がさらにひどくなるばかりだった。陽はすでに沈み始めていたのに、それでもなお、少女たちは仕事に追われていた。机の上に書類の山が積まれていない者たちは、首のないアヒルのように執務室を駆け回っていた。まるで命がかかっているかのように、必死で任務に駆り出されていたのだ。
今現在のように。
「また抗議活動です!」無線から連絡が入る。「場所は正門前です!」
「打倒風紀委員会!」という叫び声も微かに入ってくる。
「またですか?」風紀委員の秘書はため息をつく。普段は非の打ち所がないアコでさえも、この一ヶ月ぶっ通しで続けるマラソンのような状況には完璧に対処することはできていなかった。彼女は疲れた様子で手を振る。「手順は既に分かっているかと思います。発砲が始まったら、すぐに制圧を開始してください。」
「…私ならすぐに制圧できるのに。」褐色のサキュバスがため息をつくと、突然頭を引っ叩かれる。「痛っ!おい!」
「イオリ、あなたへの外出許可が降りないのはちゃんとした理由があってからなのですよ。」チナツは首を横に振った後、再び書類の山をイオリの机の上に積み上げた。「では、こちらの書類もお願いします。」
「うぅ…」イオリはため息をつきながら、再びペンを手に取った。「あのゲームのせいで私は…」
「そうね…」とヒナが小声で呟く。
一つのソーシャルゲームからこんな大騒動へ発展するとは何とも信じがたい話ではあるが、その事実は否定できない。ブルーアーカイブがリリースされて以来、風紀委員会は創設以来最大の危機に直面している。ゲームのオープニングストーリーでの描写が好ましくなかったせいか、評判は地の底にまで落ちている。これまでであれば、混沌とした学園に秩序をもたらそうとすることで存在意義を正当化していた。
なのに他自治区に不法侵入し、挙句の果てに大人を拉致しようとしていたとは…
突如として四面楚歌へと陥ってしまったのだ。
不幸なことに、「そのような行為は絶対に取り得ない。」とヒナは表明したいものの、部下の過激さを重々承知しているせいでそれができない。とはいえ過激さ以外にもその内面も把握しているため、アコが口実を一つも作らずに行動するような真似は絶対にしないと確信はしていた。ゲーム内のアコがどうしてそんな行為をしたのか、その理由を探ることはそれほど難しいことではなかった。
事実、アビドスはもはやかつての
当然ながらゲヘナの他組織はそんなことは信じなかった。
唯一できたことといえば、出費を限界まで抑えながら運営し、もう一方の問題が浮上するのを待つぐらいだった。
「開発者たちを非難するのも駄目なのか!?」切り込み隊長は今週5回目となる不満を漏らした。「こんなことが許されてたまるか!」
これまで何度もこの話題を繰り返してきたため、執務室では全員が再び仕事に戻っていた。それでも、不満を漏らす彼女を誰も責めることはできない。何故ならイオリこそ、ブルーアーカイブによる風評被害がとりわけ大きかった生徒だったからだ。常に作戦の最前線に立ち続けていた彼女だったが、謂れもない噂や環境キャラで目立っている以上、少しでも姿を出してしまえばゲヘナ生らは熱狂の渦を形成してしまう。そのため、彼女は他の委員よろしくデスクワークに回されている。ゲームの配信前に終わらせるべきだった書類に取り掛かっている。
だが原因は他にもあった。
「あっ。」とアコがからかうような笑みを浮かべる。「またイオリの脚が写っている写真を売って逮捕された人が出ましたよ。」
「またぁ!?」褐色のデーモンは机を叩く。「どこでそんなのを撮ってきたんだあのヘンタイどもは!」
「もしかしたらコスプレイヤーなのかもしれません。」チナツは小さく唸る。「モモトークで私含めて皆さんの格好を寄せて写真を投稿している人もいるらしいです。」
「…そっちの方がやばくないか?」
「おしゃべりは…」ヒナは自身の鼻筋をつまむ。「休憩時間にやってくれるかしら。」
「すみません!」
「ごめん。」
こうして時間はねっとりと流れていく。書類仕事はただ終わらせるだけでなく、ミスが一つもないよう三重にチェックしなければならない。そうしなければ、すでに最小限だった予算がさらに削られてしまうからだ。ヒナの髪が雪のように真っ白でなかったなら、このストレスで白髪が何本か出ていたに違いない。やがて太陽は地平線の向こうに沈み、執務室に残っていた委員も次第に帰り始めた。
「皆さん大丈夫ですか?」救急医学部の一人が心配そうに尋ねる。「もう何日も帰宅していないようですが。」
「大丈夫よ。」ヒナは疲れたため息をつきながら答える。「徹夜は初めてじゃないし、今回もいつもと変わらない。」
「今回ばかりは異常事態だと自覚しているはずでは。」
だが、ここでそんなことを認めてしまったら、きっと倒れてしまうだろう。
「とにかくしっかりとお休みください。」最後にもう一度心配そうな表情を浮かべ、チナツは執務室を後にした。「それでは、失礼します」
「また明日。」ヒナは首を横に振りながら、夜通し働く委員らに向き直った。「…何をしてるの?」
普通であればアコが最後に執務室を出るが、最近は毎晩どこに行っているのかわからない。
最近ではイオリも最後まで残るようになっていた。仕事が終わるとすぐにタイムカードを打刻し、小学校時代の卒業アルバムを高値で転売している転売ヤーを捕まえるため、ゲヘナのブラックマーケットにある支店へ駆け込んでいた。
迷子になった子犬のようにヒナを見つめている二人の少女は、新人風紀委員であり、紙の束を2つ掲げていた。「お手伝いしに来ました!」
「もう夜も遅いわ。帰りなさい。」
「ですが委員長のお仕事はまだ沢山残っていますよ?」
「私だけで対処できるわ。」むしろ新人にやらせたら、かえって彼女のストレスを溜めるだけだ。「二人とも、もう寝なさい。」
「寝るって、どうしてですか!?」そのうちの一人が弾むような足取りで答える。「委員長がいたら24時間がお昼ですよ!」
「そうですよ!」もう一人は力強くうなずく。「言うなれば私たちは植物!
ヒナの目が細められる。
「ってバカ!」もう一人の新人が彼女の脇腹を小突いた。「それ言っちゃ駄目なヤツ!」
「あんたが変なこと言ったせいじゃん!」
「私のは誤用じゃない方の忖度をしただけ!」
「二人とも…」ヒナはため息をつく。ほどなくして、風紀委員長の小柄な身体から放たれた強烈な投げ技で、二人は文字通りドアの外へ放り出された。「明日からは真面目に仕事をすること。いい?」
「あっちょっと待ってくださいヒナ様ー!」二人は叫ぶも、時すでに遅し。ヒナはすでにドアを力強く閉め、しっかりと鍵をかけていた。
彼女は疲れ切った体をデスクまで引きずり、ようやく椅子に倒れ込む。風紀委員会の予算も評判も底を突いているこのタイミングで、かつてないほど新人が入ってくるとは皮肉なものだ。正直なところ、普通なら人手が増えるのは大歓迎だが、信頼できる人間でなければ仕事は任せられない。あの二人は…何をするつもりだったのだろうか。たとえあの『ゲーム』を通じて彼女を好きになったとしても、ヒロインのように甘美な笑顔を作ることがヒナの役目ではない。
肉体・精神をただ摩耗するだけの、報われない仕事だった。どれだけやる気があろうとも、一度でも全力で取り組んだが最後、燃え尽きて辞めてしまうのは目に見えていた。変に希望を抱かせるよりも、まずは自分自身を大切にしてほしいとヒナは考えていた。
それに、最近の彼女は一人で過ごす夜に喜びを見出すようになっていた。
そっとスマートフォンをデスクに置き、ブルーアーカイブを起動する。
不思議なことだった。元凶は全てこのゲームだというのに、気づけば毎晩、癖になったかのように起動していた。彼女の取り巻く状況とは違い、このゲームの明るい雰囲気は変わらない。そしてこのゲームに勝るものはなかった。最近では、タイトルBGMを聞くだけでドーパミンが分泌されるほどだった。
それにしても、どうして開発者たちの才能はヒナを利用した金儲けへと発揮されたのか。
そう、MXスタジオは何を考えてこのゲームを制作したのかは永遠に謎のまま。数日前のデカグラマトンの後でさえ、開発者たちの出自は依然として謎に包まれている。ヒナが確実に知っていること──それは先日の桜花祭の映像より、『MXブレード』なる人物は、数ヶ月前に発生した「山海経事件」と言われる事件に関与していた刀を振るう生徒と同一人物である可能性が高いということのみ。
その事件の詳細も、いまだに謎が多く残されている。裏社会の噂話から推測する限り、何らかの強盗が制御不能な域へと発展したとのこと。ただし、山海経側は、盗品を公表したくないようだった。当時、風紀委員会側にもこの件の報告が届いていたが、後にMXブレードとして知られていく女性を含む、容疑者と推定される人物の中にゲヘナ関係者は一人もいなかったため、最終的には保留となった。
しかし今のヒナには、たとえ興味があったとしても、その件を調べる時間さえなかった。
その実、興味自体は抱いていた。というのも、これまで一度も悪魔の国に足を踏み入れたことのない名も無き傭兵が、風紀委員会を緻密に再現し、ゲームのキャラクターとして出すことが出来たからだ。とはいえ、今の彼女にはそれを解決する手段がないため、ひとまずブルーアーカイブを純粋に楽しむことにした。
プレイする時間はなかったものの、一つだけ成し遂げたことがある。
深夜、スピーカーからmidnight dreamsが流れる中、ゲヘナ学園の風紀委員長は椅子にもたれかかり、再びゲーム内の自分自身と向かい合った。相変わらず自由気ままな様子で、疲れ果てた目ではなく、むしろ優しいひとときを楽しむような穏やかな眼差しでヒナを見つめている。
時折ヒナは、自分を見つめ返すもう一人の自分が本当に存在するのかと考えることがあった。もし今の自分の姿を見られたら、彼女は一体何を思うのか。
自然と口をついて出る、練習を重ねた言葉。あまりにも深く記憶に刻み込まれたため、もはや舌が勝手に動くようになっていた。「…ふふっ。考えてみれば…どこか神秘的な夜ね。」
ブルーアーカイブのプレイヤーは主に二種類に分けられる。一つは主人公に自己投影するタイプ、そしてもう一つはゲーム内の自分自身に自己投影をするタイプ。
ただし、ヒナはストーリーには自己投影するタイプではなかった。小学生の頃も、甘いロマンスを楽しむためだけに少女漫画を読んでいた。現実とフィクションを明確に区別するタイプだった。しかし…まるで重力に捕らわれたかのように、不思議とこのゲームの魅力に抗えない自分がいることを自覚していた。
「こんな時間に、執務室で先生と二人っきりなんて。」一人の少女しか、ここにはいない。「このまま倒れて寝てしまっても…それもいいかもしれない。ふふ…うん、それで…悪くはなさそう。」
だがしなかった。仕事の山はまだ消えていない。
「眠くて…ホッとする…」
ゲヘナの夜は冷える。エアコンが全開だったせいか、とりわけ冷えていた。長時間座り続けていたせいか、ヒナの椅子の座面が擦り切れ始め、ざらざらとした感触が彼女の肌にも伝わるようになっていた。椅子を買い替える予算なんてない。それに、彼女が話すたびに続く静寂は、肌を刺すように鋭かった。
こんな状態では眠れるはずがなかった。
「先生…」
しかし彼女は背もたれに寄りかかり、まるで眠るかのように振る舞った。小さなスマートフォンの画面の中に閉じ込められた夢から目を離すことはなかった。
「そんなにじっと見られたら…いくら私でも恥ずかしい。」
これで何度目だろうか。ヒナにはもう数えられなくなっていた。『ヒナ』のメモロビを開放したのはせいぜい1、2週間前のことだった。それなのに今では何回もこのひと時が繰り返されているような気分だった。
「不思議だね。先生と一緒にいるとなんだか安心する。」
一人きりだった。この言葉は自分自身に向けられたものではない。別の誰かに向けた言葉だった。決して実現されることのないひと時を、何度も繰り返すだけの行為ではなかった。
ただの作り話に過ぎないと、少女は分かっていた。
だがそれでも、彼女は呟いた。
なにせ…
龍はおとぎ話を求める存在なのだから。
「実は…先生のそういう顔が好き。」
現実にも先生がいてくれるのなら…
自分のそばに大人がいてくれるのなら…
頼れる誰かと共に時間を過ごし、悩みを分かち合えるのなら…
心の底から笑い合えるのなら…
心から誰かを愛せるのなら…
夜空へ──
「はぁ…このままふわふわ飛んでいきそう…」
──飛び立てるのなら…重しとなっていた思考を手放し、ゲヘナを越えて高く舞い上がっていくのなら…
先生と二人だけの世界へ。淡い月光だけが照らすその場所へ。悩みは春の雪のように全て溶け去っていき、ただ過ぎゆく刻を純粋に楽しめる、そんな日々。
指先が画面に触れる。夢と現実を隔てるのは、ただ一枚のガラス板。「はあ…。何も考えたくない。」
…しかしヒナはただのゲームに心を奪われるような人物ではない。風紀委員会の腕章を着けている限り、重い責任が彼女の肩にのしかかっていた。そう、時には辞めたいと思うことも、逃げ出したくなることも、背負っている重荷を誰かに打ち明けたくなることもあった。それでも彼女はいつも、必ず立ち直ることができた。
頼れる先生が欲しいと思うのと同じように、彼女を頼りにしている人たちもたくさんいた。
「仕事に戻らないと」という独り言をつぶやきながら、ヒナは渋々ブルーアーカイブを閉じた。再び訪れた執務室の静寂に、今度は少しばかり耐えられるようになった。「明日のアップデート前に片付けないと…」
その時が来れば、またしてもキヴォトス中が大混乱に陥るのは間違いない。
そんな考えがどれほど正確なものだったか、彼女は知る由もなかった。翌日、メンテナンスが終わる前に、最悪とも言える報告が彼女の耳に飛び込んできた。
「…便利屋が何を
【訳者あとがき】
次回は13日に投稿します