目立たないバンがアビドスを吞気に走っていた。特段珍しいことではない。車種や運転手が代わることがあろうとも、遠く離れた地での船のように、この日のサラリーマンのロボットがこの旅路を辿る。先月も、来月もそうだろう。この先3世紀にわたって、あるいは人が夢の残滓から目覚める世界を完全に手離すその日まで、同じことが繰り返され続ける。
ただし、ほんの少しでも運転手が周囲の状況に注意を払っていたなら、旅そのものは同じでも、道
本来、この自治区の住民であるサラリーマンのロボットは、死にかけていた自治区が息を吹き返す様子に喜ぶべき立場にいるはずだろう。だが実際には、機械の回路にわずかに残っていた感情が、困惑の色を強くさせていた。確かに再開発は避けられないものだが、アビドスがまだ存在していた時期にカイザーがこの地区を買収するとは、当初の計画にはなかったことだった。とはいえ、大企業の怪しい子会社所属の末端社員である以上、事情の説明をされることはなかった。知っている情報は全て偶然社内で耳にした会話から拾い集めたものばかり。だがそのロボットはそんなことは気にならなかった。アパートのテーブルに積まれた請求書の山に比べれば、何もかもが取るに足らないことだった。
目的地に近くなっていくについて謎の視線が感じなくなっていけばいい。生徒に気付かれると、基本的に良いことには発展しない。
ロボットがアビドスに到着した時、彼の中ではそんな考えがさらに強まっていく。正確には、学校の正門のすぐ外郭に到着した時のことだった。突然活発になった自治区がとは対照的に、アビドスの校舎はまるで包囲攻撃を受けているかのような有様だった。以前は普通だった鉄の校門は、今や頑丈な有刺鉄線のフェンスとなっている。正面には土嚢が積まれていたが、そこに人はいない。壁には無数の弾痕が残っており、特に校門のすぐ隣に吊るされた看板の傷は際立っていた。
『予約なしの訪問はご遠慮ください!!!!』
最後に至っては3回も下線が引かれていた。
まだ書かれてからの日が浅いようだ。
バンのドアにノック音が響く。考える間もなく、ロボットは車の窓を下げて、その方向へ振り向く。「あのう、何かご用でしょうか?」
そこには覆面で顔を覆った少女が目を細めていた。「…カイザーローンの人よね?」
「はい、その通りです。」とロボットはうなずく。「何かご用で──」
ロボットが話を続けようとすると、突然銃口を向けられてしまう。
どうもまた、面倒な目に遭ってしまったようだ。
「さっさと済ませましょう。」と少女はカチッと音を立てて銃のセーフティを解除する。バックミラーをちらと見れば、さらに5人の生徒が待ち構えており、いつでも発砲できる状態だった。「目当てはあんたじゃない。5秒以内にここから出ないとチーズみたいに車を穴ぼこにして、あんたもろとも部品を全部ブラックマーケットに売り飛ばしてあげる。」
…ぶっこ抜いたCPUはトースターにぶち込むと脅していない。10点中3点。。
「申し訳ありませんが、その件については対応致しかねます。」とロボットは間髪入れずに答えた。「こちらは公用でこちらに参っておりまして。」
「そうなの?」強盗は唸り声を上げる。「それなら公用じゃなくて私用で言ってあげる──出ていって!」
現金輸送車の防弾性能のストレステストが実施される直前のことだった。突然、遠くから「ストップ!ストーップ!」という叫び声が聞こえてくる。
まるで鷹のように素早くドローンが二人の間に割り込んだ。スピーカーからは聞き覚えのあるエルフの声が聞こえくる。「本当に申し訳ございません!すぐにご案内いたします!」
ドローンはその場に留まって現金輸送車を護衛し、一人の少女が校門の方へ駆け寄る。アヤネはため息をつきながら、バリケードを車が通れる程度にだけ引く。額の汗を拭い、彼女は手を振る。「さあ、どうぞお入りください」
「ちょっと本気!?」と強盗は唸る。
「一生懸命なのはありがたいのですが…」とアヤネは微笑みながらも、目には明らかな落胆の色が浮かんでた。「でもこれはあなたたちが関わっていいことじゃないんです。」
「あの借金のせいでみんな──ぎゃっ!」西部劇のカウボーイのように素早く、エルフはピストルを抜いて同級生の額を真っ直ぐに撃つ。虫のように地面に倒れ込み、少女の目は涙が浮かび上がる。「ってダメ!まだアプデ前なのに!」
彼女は必死にスマートフォンを取り出す。「早くロードしなさいよ!もう金封筒は沢山よ!次のガチャが来る前に呪いを解かないと──ってメンテ!?」
「私を呪い扱いしないでください…」とアヤネは眉をひそめれば、少女たちは野良猫のように一斉に後ずさりをする。「別にお金なんて悪いものじゃないのに…」
「こほん」とロボットが咳払いをする。「奥空様、中へ入ってもよろしいでしょうか?」
「あっ!はい!どうぞ!私が抑えているうちにお入りください!」
数分後、生徒数名がしっかりとツケを払わされた後、二人はいよいよ本題に入ることができた。
「本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません。」と一年生は恥ずかしそうに言いながら現金の入った袋を手渡す。「ミレニアムの件が起きる前はこんな状態ではありませんでした。」
「ええ、弊社もブルーアーカイブの影響で風評被害を受けておりまして…」とロボットは答える。回収を担当する銀行員が襲撃される事案は150%増加しており、先月の増加率より5%も増加している。だから目新しいものではなかった。ここではどう受け答えすべきか。そう──「カイザーローンとしては、このような誹謗中傷は決して容認せず、現在加害者に対して法的措置を講じております。我々はキヴォトスの善良なる一市民として、多くのお客様が満足して頂けるよう誠実なサービスをお届けします。」
「多くのお客様が満足して頂けるよう…」その言葉で、少女の顔が歪むのは当然の帰結だった。「あの、MXスタジオに訴訟を起こしているとのことですが、現時点ではどうなっているのでしょうか?こちらからだと連絡が取れなくて…」
そんなこと、到底知ることが出来なかった。
「詳細はまだ公表されておりませんが、現在弊社の法務部が対応中です。」とロボットは母国語で話すかのようにすらすらとビジネス用語を口にしていく。彼はただ自分の仕事に集中して、さっさと終わらせてしまいたかった。「現残高7,883,250円について、変動金利および追加利息を含めた現金によるお支払いを確認しました。特に問題はございません。」
普通であればここで終わるところだが、そのサラリーマンがバンに戻ろうと振り返った瞬間、アビドス高校の外に待ち構えていた、非常に不満げな顔をした生徒たちと再び顔を合わせることになった。彼女たちの指は今にも銃の引き金を引きたがっているようだった。
彼はアヤネの方を向いてこう言った。「…それにしても、今日は珍しくお一人なんですね。同級生の方たちとはご一緒ではないのですか?」
「えっ!?」彼女は飛び上がるように反応した後、慌てて首を振った。「い、いえ、そういうわけでは…今日はブルーアーカイブのメインストーリーが更新されるそうなので、皆さん忙しいみたいです。」
「そうですか。」ロボットはうなずくと、懐から何かを取り出し、「少々お待ちください。」と伝える。
いかなる場合であっても生徒は大人に歯向かってはいけない──それがキヴォトスの常識である。
しかし、切羽詰まった場合においては、やむを得ないこともある。
「手榴弾持ってる!」と一人の少女が叫ぶが、時すでに遅し。閃光弾が炸裂し、強烈な轟音と閃光が放たれる。目が慣れる頃には、すでにロボットはバンへと乗り込んで、猛スピードで走らせていた。「ああもう!追いかけるわよ!」
「カイザーローンをご利用いただき、誠にありがとうございます!」彼は窓越しに叫ぶ。「また来月お会いしましょう!」
「こいつ!」一人の少女がアヤネを投げつけ、生徒たちは大暴走へと狂乱していく。「あんたの努力を無駄にさせるか!」
「あ、いえ、そんな…」しかし時すでに遅し。一年生が話していたそれは、今やただの砂埃と化していた。彼女は突然空っぽになった校門に目をぱちくりさせた後、眼鏡を拭きながらスマートフォンを取り出した。「標的が移動を開始しました。」
「ん。」
「アヤネちゃんもノリノリですね☆」
「当然ですよ!逮捕されてしまったらどうする気なんですか!?」彼女は鼻頭をつまみながらため息をつく。「ですがこうしないと本当に闇銀行かどうか判明しません!あとは皆さんにお任せします!」
「大丈夫だよメガネちゃん!」最近加わった協力者の一人が笑いながら言った。「面白くなってきたしね!」
「ますます不安になってきました…」彼女は電話を切ってタブレットを取り出す。するとすぐに、ドローンが街の上空へと飛び立つ。「これでいいのでしょうか…」
闇銀行の窓口業務はひどく単純だった。
利益が見込める案件ならローンを承認する。
そうでない場合は却下する。
どんなに懇願されようが、この流れは変わらない。
「お願いします…」銀行員の目の前には生徒が身体を震わせて、両手で顔を覆いながら涙をこぼしていた。「今回だけは、どうか…何卒…」
「申し訳ございませんが、お客様のベーカリーは当銀行の基準を満たしておりません。」受付のロボットは微笑んだ。「別の銀行で改めてお申し込みになることをお勧めします。」
「他にどこへ頼めばいいというんですか!?」彼女は拳を握りしめ、泣き叫んでいた。「話を聞いてくれたのはここだけなんですよ!」
そう、確かにその通りだ。ブラックマーケットでベーカリーを始めようとする元不良など、誰が相手するのだろうか。「こちらは少々職務規程に反することではありますが…カイザーローンはご検討されましたか?」
「カ、カイザー…?」生徒は椅子の上で震えました。「あんなの搾取されてしまいますよ。」
「残念ながら、他の選択肢をご検討いただくしかありません」受付用ロボットは間髪入れずに答えました。「なお、これ以上は、警備員を呼ばせていただくことになりますのでご了承ください。」
「…わかりました…」彼女はゆっくりと椅子から立ち上がり、ドアの方へと這いずっていった。「ひぐっ!」
ああ、子供というのもは…
じきに忘れられる。
「ご来店ありがとうございました!」ロボットはデスクの下からティッシュ箱を取り出しながら言った。大切な書類に涙の跡が残ったら大変だ。「はい、これで完璧ですね!」
こうして彼は休憩に入る。さっそく、スマートフォンを取り出してモモトークを起動する。普通は高性能な処理能力を活かして、短時間でデイリーを終わらせるはずだが、メンテナンス中の今は、SNSでトレンドを追うしかない。
「最新のミレニアム製魔法瓶!」普段より華やかな服装を着たユウカが、おしゃれなカップを掲げながら叫ぶ。「これを使うと水の味が…水を超えた水の味に!?えっ誰がこんな設計にしたの?というかアイドルみたいに宣伝させるつもりならもっと普通の商品にしなさいよ!」
ロボットはうなずいて感心していた。
それからしばらくして、彼の月給の半分が消えていた。
立派な先生だった。
そう、キヴォトス随一の犯罪地帯のど真ん中にある闇銀行での仕事は、実に気楽なものだった。
何せここでひと悶着を起こすには、並外れた愚かさが必要となるから。
建物中に爆発音が響き渡り、明るい声が響く。「クフフ!どもどもー!」
受付のロボットがオフィスから顔を出すと、見覚えのあるゲヘナ生たちが新築の入り口を、銃を構えながら堂々と歩いていた。
「ん、袋にお金を入れて。」覆面をかぶった生徒がそう要求する。
ブルーアーカイブに出る生徒の顔は全て受付のロボットの頭に入っていたが、それを認識している人数をはるかに超える生徒だった。会社の重役たちは一目で分かるが、その背後では、ノワール風のスタイルで顔を隠したゲヘナ生たちが控えている。そして中央には、顔を完全に晒したとある赤髪の悪魔が、髪を後ろでかき上げながら立っていた。「ごきげんよう。キヴォトス随一のフィクサー──便利屋68よ。一日一惡、一銭一惡。お金をもらえば何でもするわ。そしてありがたいことに…今日、たんまりとお金を払ってくれるクライアントがいらっしゃるようね。」
そう──
この手に限る。
[訳者あとがき]
最近忙しくなってきたので次回は26日に投稿します。