じっくりと一か月かけて銀行強盗の計画を練れば順調に進められる──
そんなことはなかった。
「目立ちすぎ!」と誰かの叫び声が上がる。だが銃声にかき消されてしまい、カヨコはその声の主が突き止められなかった。恐らくはアビドス生だろう。(もしくはこんなイカレたプランの中で便利屋だと自称する生徒たち。)とはいえゲヘナ生らの注意は追ってくるマーケットガードに向けられていたため、声を聞き分けることは難しかった。アドレナリンだけがカヨコの足を動かし、肺が焼けるような感覚に襲われていた。そんな状況でも、出来る限りの大声を出せた自分自身に彼女は驚いていた。「ほら!早く床に伏せて!」
カヨコの唇からため息が漏れ出る。いくらブラックマーケットであっても、無茶苦茶にやりすぎだ。空は煙で覆われ、通りは混沌とした様相を呈しており、何よりもあの忌々しい曲のせいで居場所がバレている。最初こそは順調だったのに…どうしてこんなことになってしまったのか。
そう…
去ろうとしたその瞬間に、それが起きた。金は全てあの狼のバッグに押し込まれていて、本命は混乱の渦中にしっかりと抑えていた。何事も順調かのようだった。あとはズラかって終わるのみ。
しかしその前に、アルが髪を掻き上げる。「祈りなさい、二度と私たちの顔を見ることがないように。次に会う時は…地獄の門の前だから。」
つまるところ、いつもの社長だったということだ。便利屋の社長がそそくさと逃げることなく、目を閉じたまま立っていたということ。静寂が一瞬だけ訪れた後、全員が彼女の方を見つめる。アルは『大人』の笑みを浮かべ、手で咳払いをしながら視線を気にしていた。
「はぁ…」とカヨコがため息をつくと、感嘆の眼差しでアルを見つめていた少女をそっと小突いた。
「あっ?え?」とハルカは我に返り、慌ててスマホとスピーカーを取り出した。「すみません!」
「うんうん!」アルは満足げにうなずく。ブルーアーカイブが配信されて以降、便利屋はモモトークで「利敵屋」や「四馬鹿」等々の蔑称の嵐が巻き起こっていた。当然ながら社長はそれを快く思っておらず、ハードボイルドなアウトローは華麗に魅せるものという名目で、ゲーム内でのイメージをプレゼンテーションで挽回することにした。たとえそれが自作のテーマ曲を流すことになったとしても。「コホン、そして──」
「はい!」とハルカが割り込む。
音楽が大音量で鳴り響いた。
「祈りなさ──えっ!?」赤毛の少女は額に汗を滴らせながらスピーカーの方へ向き直った。「どうしてこの曲なの!?」
「あははは!」アビドス最重量の生徒が腹を抱えながら笑う。「ドンピシャですね☆」
「早く私が用意した曲に!」
「は、はい!」
「クフフ!」とムツキが笑う。「それ新しく買った爆弾を起爆するアプリじゃない?」
カヨコの胃が海の底まで沈んでいくような感覚に襲われた。ブラックマーケットの防衛体制の強化に合わせて装備品を新調したというのに…
「社長…あのスピーカーってどこで買ってきたの…」
「へ?」と彼女は瞬きを繰り返した後、両腕を組む。「ミレニアム製最新スピーカーのことね!爆弾が内蔵していてしかもBluetoothも対応しているってあそこの会計の広告に書いてあったからこれこれ!ってなったの。」
「…そう。」
直後、銀行が煙に覆われる。
「すみませんすみませんすみませんすみません!」とハルカは小声で繰り返しながらも、手に持っているスマホを操作し、時折ショットガンで追手を迎撃していく。「すみませんすみませんすみませんすみません──」
そしてもう一度、ハルカがスマホのボタンをタップすれば、他はムツキのバッグに入っていたスピーカーを投げ捨てざるを得なかった。爆発に巻き込まれてしまうからだった。そうして後ろに広がる通りは爆風の嵐に包まれていた。
「クフフ!」と爆発のエキスパートは爆笑しながら、スマホを掲げて自撮りする──燃え盛る銀行を背に。「ほんっと最っ高にたーのしー!アルちゃんはどう?」
しかし彼女は「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」という悲鳴を上げていただけだった。シャッター音と共に全世界に自分の顔が晒されていることに気付く余裕すらないほど、気が動転していた。角からマーケットガードが飛び出してくるも、銃口が向けられる前にはアルの得物が撃ち倒していた。どういうことか、止まらない曲に合わせて指が勝手に引き金を引いていた。
これにはカヨコも感嘆せずにはいられなかった。普段のアルは不器用すぎるせいで、まともにリズムを刻めないのだから。
「曲止めなさい!」アビドスの猫娘は素早く、作動する前に再び爆弾を後ろへ投げ捨てた。「違うボタン押しなさいよ!」
「すみません!!!」ハルカは叫びながら、再びタップする。
轟音とともに爆風が街路を駆け抜ける。遠くでは、煙柱が空高く噴き上がっている。
「さっきのは予備の逃走ルートを爆破するボタン!」ムツキは得意げな笑みを浮かべる。どういうわけか彼女のバッグは、今すぐにでも爆発しそうなほどに揺れ動いている。「設置作業はほとんどハルカがやってくれたんだけど、封鎖ができるように私の方で手を加えておいたよ!」
「手際が良いね。」シロコがうなずく。
「えっへへ~ありがと!」
「これで本当に任務を遂行してるの!?どう見てもテロよこれ!」
「あーもういいわ!ちょっとそれ貸しなさいよ!」セリカはハルカからスマホを奪い取ると、ボタンをタップする。すると一か所…いや、二か所…いや三ヶ所に仕掛けられた爆弾が一斉に爆発した。「一体どんだけ設置したのよ!?」
「て…敵がアル様に指一本触らせないようにしたかったので…」ハルカは小さな声で答えた。
スマートフォンを弄り倒して苛立ちが募っていくうちに、いつの間にかその一年も周りと同じ被害額の器物損壊罪を犯し、やがて叫び声を上げてスマホをハルカに投げ返した。「UI設計した人誰!?ごちゃごちゃしすぎ!」
突然、ドローンが空を横切る。そしてオペレーターが慌ててスピーカー越しに叫ぶ。「こちらです!」
女子生徒たちは素早く近くの路地に駆け込み、驚いた様子で見つめる不良たちをすり抜けていく。だが反対側に辿り着く前に、突然壁が崩れて、スマートな出で立ちのマーケットガードが立ちはだかり、銃を構える。彼女たちの足は急停止し、後ろを振り返れば先ほど通って来た道も塞がれていた。
残された選択肢は3つ──捕まるか戦闘かそれとも…
「カヨコさん!」アヤネが叫ぶ。「EXスキルを!」
「アヤネ先生の指示にはちゃんと従って!」
「ムツキさんは無茶しすぎです!」
「はあ…」彼女はため息をつくと、ピストルを空に向ける。ゲームではまるで手品のような演出になっていたが、実際にはそんなに生易しいものではなかった。敵を睨むだけでいいのだ。疲れた様子で引き金を引く。その結果、爆弾が起爆した時よりも酷い有様と化していた。たちまち、全てのマーケットガードが戦慄した後、踵を返して路地から一目散に逃げ出した。
こんなものが「EXスキル」などと言えるだろうか。ただ彼女が悪役のように睨むのが怖かっただけなのだ。
「あれが伝説の…」路地にいた不良の一人が小声でつぶやく。「あ、あの、自分──」
「ごめーんサイン無理なんだよね。」ホシノは首を振って遮る。カヨコが与えたバステが消える前に、少女たちは再びブラックマーケットの入り組んだ路地へと駆け出す。同時に、まるで熱いジャガイモを持つかのようにスマホを回し持ち、間違ったボタンを押すたびにさらなる混乱を招き、事前に仕掛けておいた爆弾が次々と爆発した。追っ手を振り切るほど遠くへ逃げ出した頃には、複数の煙柱が空に立ち上っていた。「ここをポチっとな…最近のピコピコは複雑になりすぎてておじさんの頭じゃわかんないや。」
「皆出来てると思っているの…?」カヨコがため息をつく。
「クフフ!なら私の番だね!」ムツキは空中でスマホをキャッチすると、画面を見ずに軽くタップした。すると突然、音楽が途切れた。「…つまんないのー。爆発量10倍イベントを期待してたのに。」
「いやガチャじゃなーい!」とセリカのツッコミが冴え渡る。
カヨコ自身、正直便利屋がこんな依頼を引き受けるかは半信半疑だった。銀行強盗なんてサメのいる水槽で泳ぐような危険な賭けだったが、アルはゲーム内の仲間たちの冒険を目の当たりにし、「本物のアウトロー」になることを決意した。地元の生徒たちと共に計画を練り上げていくにつれ、その狂気はますますエスカレートしていった。
「…追跡は止まったみたいですね。」ドローン越しにアヤネが声を上げる。「一度ここで分かれた方がいいかと思います。」
カメラがクラスメイトたちを映した後、周囲を見回す。「あの、近くに着替えられる場所は…?」
「ここならすぐに着替えられるよ!」仲間の小悪魔が微笑む。「着替え中はカバーしてあげるから──」
「駄目です絶対に駄目です!」
「近くにトイレがあるよ。」ホシノがあくびをしながら言う。「まあでも、中の状態は想像したくないけど…あそこぐらいしかないかぁ。」
渋々といった表情で、アビドスの生徒たちはぞろぞろと離れていった。数分後、再び戻ってきたら、元の制服姿に戻っていた。手には今回の事件での決定的な証拠が入ってあるビニール袋がぶら下げられている。キヴォトスにおける最大のタブーの一つが、他校の制服を着用することである。だからこそ、不良や中退者は地元での汎用性のある学校指定外の制服を着る傾向がある。当然というか、しれっとムツキはゲヘナの制服の予備を用意しており、アビドス生たちにぴったり合うようにサイズを調整するのに時間はかからなかった。
「帽子はそっちが付けて。」とシロコがそう言うとバッグをハルカに手渡す。「バンダナは私が。」
「お土産欲しかったのかな?」とホシノがくすくす笑いながら、自分のバッグを便利屋の最年少へ放り投げる。「帽子は目立っちゃうからやめとくね。」
「角貰いますね!」と先ほどまで身に着けていた安物のプラスチック製ヘッドバンドを掲げた。「可愛い悪魔に見えますか?」
「それくらい自分で買いなさいよ…」とツッコミを返すセリカは、どんどん増えていくハルカの荷物に自分のバッグを押し込んだ。「あんな服装は二度御免だわ。尻尾が妙に邪魔でしょうがないの。」
「クフフ。」とムツキは一人で笑い声を漏らした。「猫ちゃんだから尻尾が生えても平気だと思ってたんだよね。」
「そんなわけないわよ!てか知ってるでしょそれ!」一年生の少女は不機嫌そうに言う。「気が抜いたら抜け落ちそうでほんとヒヤヒヤして嫌だった…何で尻尾の付け根にでっかいジュエルみたいなのがあるのよ!?」
猫の少女が放った言葉が通りに響くと、一瞬の沈黙が流れた。周囲は皆、哀れみと、あるいは一部は愉悦の視線を彼女に向けた。
「…え?」セリカは目をぱちくりさせた。「な、何?なんで皆そんな目で見てるの?」
カヨコは鼻頭をつまみながら「ムツキ。」と呼びかける。
「今回は私じゃないから!デザインを考えたのはアルちゃんだから!」
問題の少女は目をぱちくりさせながら、一斉に自分に向けられた視線に気づく。「ジュエルで飾り付けて何が悪いのかしら?便利屋の社長として、貴方には最高に美しくなってもらわないとね!」
「見えないとこに飾り付けても意味ないでしょ!」尻尾を付けさせられている本人からのツッコミは止まらない。「ずっと引っかかって本当邪魔だったの!」
「なるほど!」ハルカは目を輝かせて叫ぶ。「流石ですアル様!私にもジュエルが付いた尻尾をお付けください!」
ムツキはくふくふと笑う。「アルちゃんってそういうのに詳しかったんだ。」
「え?と、当然よ!尻尾に付けるジュエルはいつも最高級のものにしているの!」
「サイズも出来る限り大きくしてるよね?」
「その通り!私の尻尾についているジュエルが一番大きいわよ!」
最年長の少女はため息をつきながら、同じ三年生のそばへ歩み寄った。「ねえ、本当のことを言うつもりなの?」
「いや、大人になったら分かると思うよ。」ホシノは微笑む。「おじさんはね、あのままのセリカちゃんでいてほしいんだよね。」
「そう…」突然、あることを思いついた彼女は尻尾がついたもう一人の少女の方を向く。「ねえ、全部ジュエルが付いてあるのならどうやって付けているの?」
「秘密です☆」最重量の少女が微笑む。
「そろそろ本題の方に入りましょう。」アヤネが割って入る。「今は大丈夫ではありますが、いつまでもここに留まるわけにはいきませんので…」
「ん。」シロコはうなずいて同意して、ゆっくりとアルの方へ近づき再びうなずく。「証拠はある?」
その瞬間、自称アウトローはいつもの調子に戻る。「もちろんよ。カヨコは?」
「はい。」とカヨコはポケットから決定的な証拠を取り出す。「皆、現金はある?」
「もちろんよ。」アルは微笑み返す。報酬についてはもう少し議論が必要で、ゲーム内で出たものと全く同じ意見もあったが、最終的な結論は──「7,883,250円までの報酬は手数料として受け取って、他はキヴォトス各地の活動の寄付に回すわ。」
ブルーアーカイブとは異なり、現実のアビドスは毎月の利息支払いに頭を悩ませる必要がなくなっていた。必要なものは証拠のみ。金銭の受け取りは道徳的なグレーゾーンが伴う上に、便利屋への報酬も必要だった。結果として双方はカイザーを裏切ることに決めた。カイザーローンは今朝到着する前から、通常ローン返済に充てられるはずの資金を、便利屋への報酬として流用することで合意していたためである。
道徳的観点から見て問題があるかといえば、恐らくそうであり、、双方が納得できるギリギリの線だった。カイザーローンの従業員を含む多数の目撃者が、彼らの支払いが確かに完了したことを証言していたため、会社側が何かを証明できる余地はなかった。
「共に任務を遂行できて光栄だったわ。」胸を貼る社長。「また困った時にはいつでも依頼してくれると嬉しいわ。」
「ほ、星5レビューもお願いします!」ハルカは荷物を一切落とさずに頭を下げた。
「流石にそれは…」
「今日は本当に楽しかった!」ムツキは笑いながら言う。「また一緒に銀行強盗でお金ゲットしようね!」
「…ん。」
「めっですよシロコちゃん。」ノノミが叱る。
共に笑い合った後、少女たちはやがてそれぞれの道へと歩むことになる。アビドスは故郷と呼ぶ砂漠へ戻り、便利屋は再び街を彷徨う。
「…さて、これからどうしよう。何か食べに行く?」ポケットに手を入れながら、カヨコが言う。
「お腹が空いてきたわね…」とアルは独りごちる。「そうだ!報酬をたんまり貰ったのだから、ここは打ち上げといきましょう!」
「雑草を食べなくていいんですか!?」最年少が叫ぶ。
「せっかくだから、柴関ラーメンはどうかしら?確か便利屋の名が付いてあるメニューがあったはずよ!」
「よりにもよってあそこなの…何時間待ちの状態が基本だから外でずっと待たされることになると思う。」
柴関ラーメンへ歩きだしたその矢先、突然声がかけられる。「あ、あの!」
「あら?」とアルが振り返ると、カヨコは反射的にピストルのグリップに手を回す。しかしそこにいたのは、マーケットガードの残党ではなく、一人の不良で、息を切らしていた。そうして社長は首を傾げながら尋ねる。「どうしたのかしら?」
「はぁ…はぁ…あの、えっと…」不良は躊躇いを飲み込み、大声で叫ぶ。「うちのパン屋さんへ投資してくれませんか!!!」
「…へぇ!?」
かくして、キヴォトスで七番目に美味な料理が生まれることとなった。
アルのパン──陸パン魔が。
[訳者あとがき]
今が忙しさのピーク直前なので次回は10日に投稿します