「えっと帽子はこのままこちらで取っておくか…返却してもいいですかね?あっ、便利屋の皆さんは今週はテント暮らしと…ならモモトークを送っても…怒られはしませんかね?個人的に帽子は嫌いじゃないのですが──」
そんなことをぼやくエルフの少女だが、「アヤネ!ただいまーっ!」という大声に彼女は甲高い叫び声を上げる。クラスメイト達が一斉に部室に入ってくる中、アヤネは衣服をバッグへと押し込んでいく。ノノミは席にどさりと座り、両腕を後ろに伸ばす。「ほんっとうに楽しかったです!」
「ん、またやろう。」といつもの席へと座るシロコ。
「新しいターゲットの候補の目星は既に付けている。簡単にいける。」
「銀行強盗はもうムリ!また便利屋と一緒になったとしてもやらないから!」と唸るセリカ。
「そうそう、セリカちゃんの言う通り。」とうなずくホシノ。「お金を奪わなくても、関わるだけでも捕まっちゃうんだよね。」
「そのことは帰る途中に考えていたけど、インディーとしてやれば企業をバックにしなくても済む。」
「大企業の燃え尽きたゲームクリエイターかい!」
ため息をついたアヤネは眼鏡をかけ直し、先輩を軽く睨みつける「シロコ先輩…銀行強盗は
銀色の耳が垂れ下がり、シロコはしぶしぶといった様子で銀行の間取り図をバッグへとしまう。「分かった…」
オペレーターのため息がまた吐き出される。指名手配犯として友人の顔が貼り出されないことをアヤネは願うばかりだった。「証拠の中身は確認しましたか?」
その瞬間、部屋の空気が一変する。ホシノは書類を取り出し、一年生に手渡す。「…確認してみて。」
その内容は予想通り──
「アビドス──788万円受領、カタカタヘルメット団──任務資金として500万円納入…」沈痛な面持ちでアヤネが読み上げた。「…ゲーム内の描写とそっくりですね。」
事はゲーム内よりも深刻だった。ヘルメット団だけでなく、複数の不良集団にも資金が行き届いており、さらに違法な武器も納入されていた。
「あいつら絶対復興に嫉妬してるわね。」猫耳の少女は舌打ちしながら不機嫌そうに言う「いくら復興が進んでも、不良が暴れてたら元も子もないじゃん!」
「本当にカイザーは何もさせたくないんだね。」ホシノの視線には『重み』が込められていた。「
この1ヶ月間で目にした栄華は、もしかしたら蜃気楼だったのかもしれない。希望とはオアシスのような存在──寸前で届かないのが常。水を飲もうとするのなら、自分の吐息で息を詰まらせてしまう。
「でもどうしてなんでしょうか?」ゲーム内の自分のように、ノノミは眉をひそめる。「墓穴を掘っているような気がしてどこか引っかかるんですよね…」
「…他の目的があるのかも。」シロコはアヤネの方へ向く。「でもブルアカで確かめるしか方法がない。メンテナンスはもう終わった?」
「はい。アップデートは済ませました。」一年生がうなずく。「シナリオについてはインターネット上のネタバレも見ていないので分かりませんが…」
「ネタバレを見たら面白さが台無しになっちゃうじゃないですか☆」
「そのネタバレに皆の人生がかかってるの!」
「ゲームとはいえ、開発者の方たちしか知り得ないことがあるのは確かです。」決心を固めて、アヤネはアロナに挨拶をして、次々とメニューの操作をしていく。「ストーリーを読まないと、真相は分かりません。」
「わーい!」とノノミが歓声を上げる。「アヤネ先生が復帰しました!」
「この前もアヤネのアカウントでやってたでしょ。」
「生徒が幸せならノノミ先生はそれでOKです。」
「シロコカワイイ先生ならカイザーと真正面でやり合ってた。」
「誰がやっても展開は同じじゃ~ん…うへ~」
そんな会話を交わしながら、アヤネは最新の章を開く。第1章の続き、対策委員会とゲヘナの風紀委員会と戦闘を繰り広げている場面から始まる。しかし戦いが進むにつれ、この風紀委員会の真の狙いが明らかになっていく。
「アコ、あんたの目的はシャーレ。最初から、先生を狙ってここまで来たんだ。」
「シャーレという組織は、とても危険な不確定要素に見えます。これからのトリニティとの条約にも、どんな影響を及ぼすのか分かったものではありません。ですからせめて条約が無事締結されるまでは、私たち風紀委員会の庇護下に先生をお迎えさせていただきたいのです。ついでに、居合わせた不良生徒たちも処理した上で…といった形で。」
「ほんっとなんなのよこいつら!」現実のセリカが両手で机を叩きつける。「せっかくこっちはアヤネ先生に助けてもらっているっていうのに、アビドスとは一切関係ないことで横槍入れてきて!」
「わぁ~」ノノミは微笑む。「セリカちゃんったらもうアヤネ先生にデレデレなんですね。ツンツンしてた頃はもう…ぐすん。」
「それはゲームの方の私!」
一方、先生と同じ名前の生徒は唇をぎゅっと噛みしめていた。「先生が危険というだけでこんな規模の攻撃を…これがマンモス校のやり方なのでしょうか?」
「まっ、当たり前だけど助けてはくれないよね。」苦々しく、ホシノが言う。顔に浮かんだ不機嫌な表情を、あくびでごまかす。「あんなでっかいとこが理由もなくこんなちっちゃいとこを狙わないしね。ほら、ミレニアムもデカグラマトンのために来てたでしょ?」
この現実を突きつけられるも、アビドスの生徒らは引き続きストーリーを進めていく。次々と押し寄せてくる敵を撃退し、風紀委員会の包囲網を突破し……ついには風紀委員長本人が現れて事態は収拾した。もっとも、謎めいた台詞を残していったのだが。
「特に小鳥遊ホシノ…あなたのことを忘れるはずがない。あの事件の後、アビドスを去ったと思ったけど。」
「アビドスの捨てられた砂漠…あそこで、カイザーコーポレーションが何かを企んでる。そう。本当なら、廃校予定のアビドスに教える義理はないのだけど。」
「…」トントンと、現実のシロコは指で机を叩く。「さっきからずっと曖昧なことしか言ってなくて面倒くさい。」
「それを伏線って言うんですよシロコちゃん!」同じ二年生がにっこりと笑う。「あえて謎のままにさせておくことで、続きを見させるようにするんです☆」
残念ながら、ノノミの指摘は的を射ていた。事件が一つずつ解決されるたびに、その背後で蠢く謎が次第に明かされていくこととなった。
「…そうか、君たちは知らなかったんだな。」
「…何年か前、アビドスの生徒会が借金を返せなくて、建物と土地の所有権が移ったんだ。」
「柴関ラーメンが入っている建物はもちろんのこと、このアビドス自治区のほとんどが·…」
「…私たちの学校が所有していることに、なっていませんでした。」
「う、うそです…よね?」ゲーム内のアヤネの言葉に、タブレットを持った現実のアヤネの手が震える。「そんなことが…」
誰も声を掛けなかった。ゲームと同じように資料を少し確認すれば判明するのかもしれないが、これまでの描写が正確さを考えると…調べたところで胃がひっくり返るような衝撃を受けるだけだ。
対策委員は皆、この先の展開を黙って見守るしかなかった。言葉を発する必要などなかった。各々の考えや、伝えたいことはゲームが全て先んじて語っていた。フィクションの存在であるゲーム内の彼女たちは戦い、口論し、先人たちを罵り、現状を嘆き、ついには一つの結論に達した。
「カイザーコーポレーションの狙いはお金ではなく土地だった、という結論で良いと思います!」
低い唸り声が皆の気を引く。砂漠の狼は画面を睨みつけていた。「土地を全部手に入れるまで、カイザーは諦めない。」
日々を生きることに必死で、夜陰に潜む脅威に彼女たちは気付けなかった。どれだけ借金を返済しても、どれだけ自治区が復興されても、カイザーは密かに策謀を巡らせていた。アビドス自治区の息の根を完全に止めるために。
もちろん、少女たちはそれを良しとしない。フィクションでも、現実でも。
「アビドスの砂漠はうちの自治区なんだから!実際に行ってみればいいじゃん!」
「何が何だか分からないけど、この目で直接確かめた方が早いって!」
「…いや~、セリカちゃん良いこと言うねえ。こんなにたくましく育ってママは嬉しいよ、泣
いちゃいそう。ティッシュちょうだい。」
友人たちに笑われるも、「ねえ!」と現実のセリカは大声を上げる。
「な、何よこの雰囲気 !? 私がまともなこと言ったらおかしいわけ !?」
「よしよし。」と現実の先輩が彼女の背中を撫でる。「リアルのセリカちゃんもいつかは良いこと思い付きますよ☆」
「馬鹿にしないで!」
悲しきかな、この空気は長くは続かなかった。この事件の最中に、ゲーム内ではとある二人の間にトラブルが起きていた。
“退会・退部届…
「…うん。先生も分かってると思うけど …ホシノ先輩、何か隠し事をしてる。」
全員の視線が最年長のメンバーへと集まり、ホシノは目をぱちくりとさせる。「も~リアルでも疑っちゃって~。おじさんがすぐ辞めるわけないでしょ~。お昼寝にちょうどいい場所を手放したくないしさ~」
「ですが、
最初に真相に辿り着いたのはノノミだった。「…あの変な人と約束したことと関係が…?」
エルフの少女は眉をひそめた。「であれば正体は何でしょうか?カイザーコーポレーションに協力しているようですが──」
「そこはおじさんから答えるね。」ホシノはため息をつき、視線を逸らす。「黒服の正体は知らない。いきなり出てきておじさんのことをキヴォトス最高の神秘って言ってるだけ。」
「神秘…」PVPの女王はその単語を口の中で呟いた後、目を細めた。「攻撃タイプや、星を上げる素材のこと?」
「多分それかも。」ホシノは肩をすくめる。「でもなんにも教えてきてない。名前すらも教えてくれないから勝手に黒服名付けてるんだよね。」
名前の由来を理解した時、一瞬だけ静まり返る。子供らしいあだ名に過ぎないそれが、画面で見たあの異世界のことを考えることになった途端に、重みが生まれる感覚があったからだ。
突然、ノノミが口を開く。「ホシノ先輩に持ちかけたことって、まさか…」
「…あっ!」アヤネの目が大きく見開かれた。
「な、何!?」セリカは耳をぴくぴくさせながら周囲を見回す。「いきなり何の話!?」
そのことを口にしたのはやはりシロコだった。「…アビドスの借金を帳消しにする話。黒服が持ちかけてきたのもそれだった。」
「多分ね。」ホシノの口からは苦笑いが漏れていた。「帳消ししてくれるのなら、退部を考えちゃうね。」
「でも取引に乗るのはダメですよ!」ノノミの顔には甘い微笑みが浮かんでいたが、その目には慈悲の色は全くなかった。「ホシノ先輩がいないアビドスなんてアビドスじゃないんですよ!」
「うん。」シロコはうなずく。「先輩だけ出ていくのはずるい。」
「もーそんな目で見ないでよー。まだ何もしてないじゃん。それに、ゲームの展開が正しかったら…」最年長は自分の姿が映った画面を見やる。「まだ退部はしていない。」
せいぜいその場しのぎの慰めに過ぎない。何の理由もなく退部を強調するわけがない。ゲームの方では深く掘り下げることもなく、アビドス砂漠の調査へと移った。かつての自治区の跡を過ぎながら、予期せぬ敵──カイザーPMCと遭遇する。戦車や装甲車、さらにはヘリコプターまでも揃えており、再び終わりの見えない包囲戦を戦い続けることになる…とある人物が現れるまでは。
「…まさか私のことを知らないとは。アビドス、君たちならよく知っている相手だと思うがね。」
「私は、カイザーコーポレーションの理事を務めている者だ。」
「そして君たち、アビドス高等学校が借金をしている相手でもある。」
「…嘘っ!?」
「では、古くから続くこの借金について、話し合いでもするとしようか。」
「つまり理事が黒幕だったと…」現実のアヤネが呟く。そしてTo Be Continued...が表示されただけで次の話に移ることはなかった。「えっ!?」
「噓っ!?」と叫ぶセリカ。「ここで終わり!?」
「告知ではPart1は10話までのようでしたし、クリフハンガーを残したとすれば…Part 2は来週、ですかね?」と呟くノノミ。
「ん、」とシロコはスマホを取り出す。「メンテナンス後。」
「果報は寝て待て、ですね。」一年生はため息をつき、ストーリーを終らせるが、いつものメニュー画面に戻らなかった。ボタンが全て消え、アロナがいる教室はいつもの青空からオレンジ色に染まり、夕日が地平線に沈んでいる様子に変わっていた。アヤネは数回、タップする。「…あれ?変ですね。フリーズでしょうか?」
その予想を否定するかのように、まさにその瞬間にアロナの姿が画面に戻り、いつもの笑顔で現れた。スピーカーからは合成音声が流れた。「アビドスの皆さん、こんにちアロナ!」
「うわぁ!?」と五人は一斉に席から飛び上がり、身を寄せ合った。そしてセリカが叫ぶ。「アロナが喋りかけてきた!?嘘でしょ!?」
「流石に話しかけてきてないでしょ。」くすくすと笑う。「録音したのを流してるんでしょ。」
「わ、分かってるわよそんなこと!当然でしょ!」
「ふっふっふー」と微笑む少女。「忙しい中でも、ブルーアーカイブを楽しんで頂きありがとうございます!そこで今回…」
突然、画面にポップアップが表示され、住所と画像が表示された「最新ストーリー配信のお祝いに、MXスタジオさんが特別にアビドスの皆さんをご招待することになりました!」
「あははっ!」ノノミは微笑む。「やっと開発者の人たちとお会いできるんですね!」
「うん。」シロコはうなずく。「環境は変わらないといけない。」
「やっと答え合わせができるね。あのタイミングで切ったのはおじさんたちを誘うつもりだったのかな?」
「違います……よね?」アヤネは否定をする。
「対策委員会の皆さんにはたっくさんの出来事が待っていますので、是非お早めに来てくださいね!第二章が終わる頃には忙しくなりますよ!」まるで会話を全て聞いていたかのように、彼女は続ける。「またお会いしましょうね!」
そして一瞬で姿を消した。教室は元に戻り、何事もなかったかのようにアロナは机に突っ伏して寝ている。
「MXスタジオって百鬼夜行のずっと奥にあるよね?」ホシノが呟く。「かなりの長旅になりそう。アビドスから出たのはかなり前かあ…」
「早く荷造りしないとですね!」
「ん、バッグ取ってくる。」
「本当に行く気!?って今から行くの!?」
「ですね…」おそらく宿泊費も先方持ちだろう。そうでなければ、アビドスは今月の資金繰りが少し厳しくなる。アヤネは最後に画面を一回ちらりと見てから、アプリを終了する。「開発者さんたちは何を考えているのでしょうか…」
もちろん、それを知るには、何キロも離れたキヴォトスの反対側へ行くしかない。
「イズナ、準備完了です!師匠!」
「だからその呼び方はするな!」
[作者あとがき]
現時点で最も長くなる編で、現在も連載中です。とはいえ、あと数章で本編に追いつくところなので、大した話ではありませんが。
この編のタイトルは、すぐに意味が分かってきます。
[訳者あとがき]
お久しぶりです。リアルが落ち着いてきましたので次回は17日に投稿します