予感は見事に的中した。すぐに私は丁重に陰陽部の部室へと案内された。ここでいう
「お忙しい中、お越しくださりありがとうございます。」とカホは部室に入るなり口を開く。「慌ただしい一週間でお疲れでしょう。ですので、こうしてお越しくださったことに感謝します。」
「どういたしまして。」と私はそう答えながら、周囲を見回す。陰陽部の慣例として、初めは客を休憩室に招くのだが、今回は単刀直入に入るようだ。確かに、そんな空気が感じられた。
何もない部屋なのに、フォーマルな雰囲気が醸し出されるのが不思議でならなかった。他であれば立派な肖像画とかに頼るのだろうが、百鬼夜行の場合は壁に掛けられた絵画数枚と薄暗い照明で十分で、それ以外は不要だった。部室に足を踏み入って畳の香りを嗅いだ瞬間、遥か昔にタイムスリップしたかのような感覚に襲われる。ここが
この部を運営する人物を考えれば、これも意図したものかもしれない。ふと、私の視線は部屋の奥にぽつんと一つ置かれた机に引きつけられる。
カホがこう訊く。「どこかお気に召されないことでも?」
「え?ああ、いえ、そういうことではなく。ただ…」無礼にならない言い方を考え、私はこう答える。「あの太極図が興味深い形になっているなと思っただけで。」
「ええ、そうですね。」金狐はうなずく。「一般的に『伝統』として知られているものとは若干の差異がありますが、あちらも古くから受け継がれてきた太極図です。」
若干どころか大分異なっていた。私が先生をしていた頃のそれは、単なる背景の一部分に過ぎなかったが、こうしてまじまじと見てみると、自然と細部にまでも目が行ってしまう。それは点が一つではなく四つ描かれ、陰と陽の端には今にも崩壊しそうな亀裂が入っている。そして上部と下部からは、それぞれ一筋の線が伸びている。目を細めてみると──
「待てよ。」と私は呟く。狐の尻尾だ。狐に化かされていると勝手に思い込んでいるだけかもしれないが、あの形は狐の尻尾に非常に似ている。「まったく、クズノハめ。」
「どうかしましたか?」
「いえ何も。」とため息をついて私は首を振る。ここに来たのはあの太極図を拝むためじゃない。「ともかく、陰陽部の皆さんとは共にこちらから喜んで協力させて頂くつもりです。弊スタジオと陰陽部との関係は、今後も良好なものにしていきたいと考えておりますので。」
カホは私を睨みつけるように言った。「そうは仰いますが、我らがチセちゃんのお姿をアプリゲームに無断使用したことについてはどうお考えで?」
おっと、これはまずい。そろそろアレの出番だ。「弊ゲームに登場する生徒は全員18歳以上であり、ある種の感情を抱いても問題ありません。」
「え、えぇ!?」突如、カホの頬が焚き火のように「い、一体何のつもりで…!?」
「失礼、舌を噛んでしまいました。」
「舌を噛んだにしては随分スラスラと言ってのけましたね!?」
「このゲームはフィクションです。実在の人物とは関係ありません。似ていたとしても単なる偶然です。」と間髪置かずに私は続ける。
「それは…」金髪の彼女はこの時点で、額を押さえたい気持ちと私を絞め殺したい気持ちの間で葛藤しているようだった。結局はため息をつくことを選んだようだった。「フリーカルチャーにも限度というものがあります。観光業界に多大なる貢献をしてくださったことは認めますが、誰でも無許可でチセちゃんのお姿を利用していいということにはなりません。確実にしなければならない手続きは存在します。まず初めに私たちに使用許可を求めて──」
しかし私は彼女の話を遮る。「では、請求書をお送りください。」
「──から承認するまでお待ちに…はい?」まるで狐につままれたかのように、カホは私に視線を向けた。「すみませんがもう一度仰ってくださいますか?」
「請求書、損害賠償、お好きな名目でお送りください。」これは刑事事件ではない。せいぜい民事訴訟で決着がつく程度のものだ。だからこうしてカホがガミガミ言っても、事態がエスカレートすることはない──私が百鬼夜行に『多大なる貢献』をした人物であるという事実がある限りは。「金額については問いません。必ずお支払いたします。弊スタジオの私書箱へ送っていただければ、可及的速やかに送金いたします。」
「っ…それは…」と副部長はガツンと一言物申したいようだったが、私が言ったことが理路整然としていたせいかただ啞然としたまま私を見ていた。
見よ!これが金に糸目を付けぬ者の力だ!
損失は捕鯨の時期になれば十分にペイできるだろう。
「あなた方にとって、チセさんは特別な存在であることはこちらも承知しています。ですがそれでも、常識の範囲内でお願いします。」私はそういって手を振る。「現在、弊スタジオのリーガルチームは百鬼夜行の校則を徹底的に調べ上げています。たとえ民事でも合理的な理由さえあれば、紛争調停委員会に陰陽部の判決はフェアでないと訴える権利が我々にあります。」
一瞬、沈黙が漂い、カホは肩を落とす。「はあ…本当に破天荒なお方ですね…平和的に関係を築いていくのかと思えば大胆不敵に事を動かすとは…」
部屋の反対側から別の声が割り込んでくる。「だがしかし、それこそが魅力というものなんですよぉ!」
部屋の奥の扉から入ってきたのは、短い黒髪で額に2本の鮮やかな赤い角がある少女だった。常に微笑んでいるも、瞳が覗けないほど細く見開かれているせいで、どこか狡猾な雰囲気を漂わせている。まるでウサギの歩みに合わせて動く蛇のようだった。
彼女は扇子を顎の下へと当て、考え込むように小さく唸って私を一瞥する。「ふぅん、ほぉ…なるほどなるほど…これはこれはこれは…」
「ニヤ様…」カホが抱いていた私への不満は、陰陽部部長の破天荒さに一気に吹き飛ばされた。「招待をお送りしたのはあなたですのに、どうして遅刻してしまったのでしょうか?」
「まあそうカッカせずに。」ニヤは笑い、扇子で副部長をあしらう。「百鬼夜行に関わる大事な用件に我を忘れてしまって。カホなら分かるでしょ!」
「はい。」と金髪の彼女は部長の言葉を信じていないようだった。
「とはいえ、重箱の隅を突き続けていくといつかは飽きてくる。そうでしょう?」とその鬼は私の方へ向き直り、ニヤリと笑う。「おっほん。私の名前は天地ニヤ、陰陽部の部長をしとる。ん?態度がでかいって?そんなことないよ、むしろ逆。」
私の口がその続きを紡ぐ。「器が小さすぎるから、態度が大きく見えるだけ。実際にはかな~り偉い人なんでね、と?」
「御明察!」ニヤはセリフを奪われたとしても、内心で抱いた不快感は表には一切出さないだろう。代わりに黒髪の少女はただ笑い飛ばし、さらに笑みを深めた。「にゃはは!お見事!私が言おうとしていたことが分かるとは!修行部のあの子みたいに読心術を体得しているのかな?それよりも、
「どちらも違います。」私は目を細める。「ですが、ただの同調に対しては言い返したくなってしまう性分ですので。」
「も~」と部長は残念がる様子を演じた。「そこはボケてくださいな~。じゃないと私のかわいいカホみたいに堅苦しくてつまらない存在になってしまいますよぉ。」
「正直に答えてくれるディレクターの方が私としては助かります。」狐はそう反論する。「現に、ブルーアーカイブには過度に誇張されたものが多く露見されていますから。」
まったくもって同感だ。
私が気付けなかった隙へ、ニヤは飛びつく。「そ・れ・に!MXスタジオが倒産しちゃったらチセちゃんの尊いイラストの供給が途切れてしまいます。そうですよねぇカホ先生?」
「ニ、ニヤ様!」さっきの私の意味深な言葉が火種だとすれば、その鬼の言葉は
当然、私はその瞬間、できる限り心を込めて頭を下げた。「弊キヴォトスを楽しんでいただき、誠にありがとうございます。」
「っ…!その、お…!」狐の少女の喉からは、高い声が漏れる。堪忍袋の緒が切れたようだ。私はただ、部屋から飛び出していくカホを見守るしかなかった。「お茶を淹れてまいります!」
しばし静寂が流れた後、私は首を振る。「して、いつまで気を逸らせられると思いますか?」
「ふむ、私を交渉の場へ置いてしまったことに気づくまででしょうかねぇ。」
「そうですか。ではあえてそうさせたと気付くのはいつ頃だと思いますか?」
「私を弾劾するつもりですかな?」とニヤは扇子を広げて口を隠す。「わざと部下に恥をかかせることで、部屋には女の子同士、二人きりにさせておく…そして何も起こるわけがなく…いやはや随分とたくましい想像力をしとりますなぁ。」
私は両手を叩き、もう一度頭を下げる。「ブルーアーカイブの一プレイヤーの名誉にかけて、お二人の横乳に不純な感情を持ったことがないことを誓います。」
「その名誉とやらはどれほどの価値があるのでしょうかねぇ?」
「胸があるというのはあなたの想像以上に価値が高いのです。」結局のところ、ニヤ×2は
「ああ、どうやら波乱万丈の恋慕は悲恋で終わってしまいそうです。」黒髪の少女は大げさにため息をついた後、何事もなかったかのように元の姿勢に戻る。「実に残念です。謎多きMXブレードさんとは是非とも、お熱い一夜を過ごしたかったのですがねぇ。」
※【訳注】恐らく温泉のことを話してます。*1
「さて、ここ最近の百鬼夜行はあなたの話題で持ち切りなんですが、中々情報が集まらなくて。」とニヤは扇子で扇ぎながら続ける。「未来予知をやってのける覇権ソシャゲのディレクター、輝かしい実績を持つ超一流の傭兵、そして何より、キヴォトスで唯一の刀を携えた生徒!おまけに正真正銘の
私は片眉を上げる。「本物?」
「まあ、浪人の
瞬間、私の背筋が凍る。心臓が耳の中で鳴り響き、耳が遠くなっていくようだった。冷気が肺へと流れ込み、無理やり深呼吸をしてから私は言葉を続けた。「そうですか。」
「ええ。百鬼夜行の歴史を支えるのも、陰陽部の役目。長年にわたって、膨大な数の記録を集積しています。」ニヤの代名詞とも言える笑みが浮かび上がる。「あなたの制服は、この学院が設立される前のものですよね?」
「何故そう判断したのですか?」私は冷静に、そう唸った。「その根拠を教えてくれないと、それには答えられません。」
「そんな大昔の記録は残ってないんですよねぇ。」彼女はため息をつく。「百鬼夜行設立前の情報は戦国時代でほとんど失われてしまったんです。唯一残っているのは、古ぼけた写真数枚と僅かながらに残った遺跡だけ。」
…こうして『歴史』は忘れ去られていくのか。
語られることがなかった過去の物語にも、幻影のような傷跡を残こすことができるのかと私はずっと疑問に思っていた。しかし楽園の目からは、朝が訪れれば、心に残る夢も私たちの手から滑り落ちてしまうように見えた。
まあ、私には関係のないことだが。
「一つ訊きたいことが…」と私はポケットに手を入れる。「私の
「ご名答!」と鬼はくすくす笑った。「ほぉ~まるで旧知の知り合いのように当ててくるじゃないですか~」
「幼馴染なら私の髪はここまで伸びていませんよ。」
「一度散髪をした方がいいですよ。こんなにぼさぼさだと日頃から髪の手入れを怠っているのが丸わかりですから。」
まあ、こんな身体になってしまってから数ヶ月が経っても、この毛量にはまだ慣れていない。
私はニヤを冷たく見つめながら、ポニーテールを後ろに払う。「さて、何か言っておきたいことはありますか?一応、私の年齢は百鬼夜行の中央値よりもかなり下ですし、タイムスリップしたと考えているのなら映画の見過ぎです。」
部長は唸る。「ノリを合わせてきたと思えばすぐに外してくる…もしかして茶化しにきているのですか?」
「こうでもしない限り、最後まで主導権を奪われずにあなたと話せませんから。」ニヤの性格を知っていれば、対処は簡単だった。鬼が酒瓶を空けるのと同じように、彼女はその場の雰囲気に酔いしれるタイプだ。他人から楽しみを搾り取る策士だという自己認識が、非常に強く根付いていた。時折、話を狂わせて正気に戻らせる必要があったが、あまり馬鹿真面目にやりすぎると、周りを踊り回るだけの存在にさせてしまう。「あなたと私は似た者同士、だからこそ、挨拶をするためだけに招待したのではないことは分かっています。」
「そうおっしゃるのであれば…」ニヤは扇子で自分を扇ぎながら続ける。「あのゲームがキヴォトス全域でどれだけのお祭り騒ぎを引き起こしているのかは既にご存知でしょう。皆、血眼になってあなたを探し回っていますし、あなた宛の依頼は反応がなければ、すべて
「そしてミレニアムもカイザーも、果てには連邦生徒会でさえも、あなたを引き渡せと圧力を掛けているんです。」と彼女は不満げな顔でそう言った。「引き渡すのは簡単ですが…」
ああ、これが彼女がしたいことか。「あなたの道理に反する──いえ、
「ピンポンピンポン。」とニヤはいつもの笑顔を取り戻す。「連合となった理由に、外部の脅威から結託して守るためというのがあります。あの忍者のイベント以降、観光業の収益が増加の一途を遂げていることを考えると、あなたとそこの不良の皆さんは確かに守られていると言えます。ですがですがですが!」
彼女は扇子をパチンとはじいて閉じる。「外部の方に対してできることには、どうしても限界というものがあります。」
「…はぁ。」オチは最初から分かっていた。「つまり『お前も百鬼夜行にならないか?』ということですか?」
「その通り!」とニヤはパチンと指を鳴らす。「今後百鬼夜行はブルーアーカイブを支援することになり、あなたたちは再び学校に通うことができる!いやぁ妙案だと思いませんかねぇ?ただしあなた方のスタジオは部活用にリフォームして頂く必要があります。部名は『現代文化鑑賞部』なんてのはどうでしょう?」
それだとアニメ同好会にそれっぽい名前を付けただけだ。とはいえ確かに紙面上では妙案に見える。二度と家賃を心配しなくて済む。だが…「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます。」
ニヤは片眉を上げた。「おや?何かお気に召さないことでも?」
「いえ、そういうことではありません。百鬼夜行にとっては弊スタジオに加わってもらうのが一番だということは把握しています。」それにこちらも生徒たちから多大な支援を受けられるし、百鬼夜行には生徒会が存在しないため自由に動ける。「ですがそれだと、私が成し遂げたいことの妨げになってしまいます。」
「ほぉ?もしかしてカイザーに並ぶ大企業になるという立派な夢をお持ちだったりします?」
「ブルーアーカイブが生み出している収益を考えれば、それは不可能ではないのですが。私が成し遂げたいことはそれではなく──」私は懐に手を伸ばし、持参していた封筒を取り出した。「実際に見ていただいた方が早いでしょう。」
陰陽部部長はあからさまに期待に満ちた表情を浮かべて、私の提案書を読み始める。最初は興味本位といった様子で軽く読んでいたが、内容を一気に読み進めるにつれ、彼女の表情は次第に変化していった。最初はかすかに眉をひそめる程度でしたが、次第にページをめくる手が早まり、不安げな様子が見て取れた。そうして読み終えたら、部屋には重い沈黙が流れていた。
「ぷっ…」
そうして、ニヤは爆笑した。
「にゃはははは!」まるで世界で一番のジョークを聞いたかのように、その鬼は文字通り抱腹絶倒した。その間、私は何も言わずにただ座っていた。永遠にも思えるほど長い時間の後、彼女はようやく息を整える。「ほ、本当に
そしてここで初めて、彼女の目が微かに見開かれて、笑顔の奥に潜む琥珀色の瞳が現れる。「まさかカホと同意見になってしまうとは…
「噓偽りなく、私はこの学校のことが好きです。」この想いを言葉にするのならば…「今までなかった故郷のような場所なんです。」
「おぉ、ありがとうございます!ですがお世辞だけでは簡単に靡きませんよ?」
「とはいえ全面的に反対してはいないと。」私はいたずらっぽく微笑む。「なぜなら
「あー流石に通す訳にはいきませんよ。」ニヤは指を立てる。「意見は完全に対立していますから、これ以上議論しても袋小路のままなんですよぉ。残念ながら却下ということに。」
「本当に?」と私は片眉を上げる。「そういう風に見せているだけでは?」
「私がそのような手を使うと思っているんですかねぇ?」
「私が同意しないのは最初から分かっていたから、予め別の取引を確保していたのでは?」
「いやぁ、私に足りないものをお持ちで…」ニヤはどこからともなくスマートフォンを取り出し、メッセージを打ち始める。「少々お待ちを…」
しばらくすると、戸をノックする音が響く。「どうぞ!」
陰陽部部室の色褪せた雰囲気とは対照的に、鮮やかな青髪の少女が戸を開けて入る。「部長、連れてきたよ。」と軽やかな声でそう発し、どんなことを考えているんだろうと、そう思わせるような不思議な雰囲気を漂わせていた。
彼女の後ろには、明らかに緊張した様子の三人の少女がいた。一人は私が良く知る人物──イズナだ。もちろんイズナも私のことを覚えていて、明るい笑顔で手を振った。「あっ!浪人さん!」
私の目はピクリと動く。「今何て言った?」
「し、信じられないや…」灰色の髪の友人は息を呑む。「まさか陰陽部の部長が私たちに会いたがっているなんて!」
「噂で、聞いたことが、あります…」背丈が大きい友人は恥ずかしそうに髪をいじっていた。「陰陽部の部長は──」
私がその言葉を続ける。「話術だけで魂を抜くことができる、と?」
「ひいっ!」と彼女は叫び、たった今気づいたのか、まるで私をちょこまか動くネズミを見るかのような視線を向ける。
「ああ、すまない。ついやってしまった。」
「そ、そう…ですか…」と彼女は周囲を見回した後、うなずく。「…大丈夫、ですかね?」
「その先を読む技術、いつかご教授くださいな。」とニヤは微笑む。「それはさておき、チセ!お客様に挨拶を!」
そう呼ばれた鬼の少女は私をじっと見つめてくる。チセの視線はボーっとしていたのだが、勿論それでいい。私は座ったまま、Blooming Moonな彼女の思案を待ち、やがて彼女の口は開かれる。「煙霧から 突然出会いて 驚いて」
「ふぉぉ…!」とタヌキの耳がぴくぴく動き、銀髪の少女は驚愕の視線を投げる。「チ、チセ様の俳句を、生で…!」
カホがまだ我に返ってなくてよかったと、ふとそう思う。でなければ、自前の一句を用意している私に対して羨望の眼差しを向けられることになるからだ。多分耐えられない。とはいえ、何も返さないつもりはない。この場合の返歌は…そうだアレならどうだ。
「コホン。」と手で口を覆い、私は咳をする。「わたの原 漕ぎ出でて見れば 久かたの」
チセは首を傾げた。「雲ゐにまがふ 沖つ白波?」
パチンと、私は指を鳴らす。「百人一首第76番。伝わるとは思っていましたが、如何せん確信が持てなかったのです。」
「詠んだことはあるよ。」夢でも見ているかのように、彼女はうなずく。「時々…カホやニヤと一緒にカルタをするから。」
「ああ成程?」と私は肩をすくめる。「どちらかというと私は和歌派なので。ここだと俳句がメジャーなので少し骨が折れてしまいます。」
「実はかなりのご長寿さん、だったりします?」からかうような笑みを浮かべて、ニヤはそう言った。
目を細めて、私はこう言い返す。「そう言うあなたはノーブラですか?」
もちろん、それに対する彼女の反応は、脇の下の肉を指で押し込み、ほんの少しだけ肌を露出させることだった。「お体に触って、確かめますか?」
「な、何か邪魔でもしちゃったかな…?」と忍者トリオの狸のミチルは慌てふためき、視線を左右に動かしていた。
「いえいえ、途中参加にちょうどいいタイミングで来たんですよぉ!」
「と、途中参加!?」とツクヨの頬はますます紅潮していくが、彼女の長髪で隠れていた。
「
「それは二週間前のことでして、今では誰も話題にしていません。何せあなたが件のイベントを開催して以降、百鬼夜行は空前の忍者ブームを迎えていますので!」とニヤは再び扇子を開く。「私たち陰陽部もそれにあやかりたいのですが、如何せん忍術研究部は非公認の部、それで少々困っているのです。認可を貰うための最初の条件すらも満たしておりませんから!」
「ぐっ。」とそのことを思い出したのか、そこの部長は胸を押さえる。「コミセンの後だったら完璧だったのに!そこで忍術書を出せれたのに…!」
「そうは問屋が卸さなかったのですが、鉄は熱いうちに打て!」とニヤが答える。「忍術研究部の認可を早めるため、陰陽部は特別に忍者ショーを開催することにしました!」
「つまり、そのショーを成功させるために私に協力してほしい、と?」
「キヴォトスでただ一人の剣士であるあなたであれば、忍術研究部のお力になれると踏んだのです。」
「…へ?剣士って…待って?」ようやく忍者研究部の三人は私が銃を持っていないことに気付いたのか、もう一度私を一瞥した後、ミチルが叫ぶ。「イズナが言ってたことって本当だったの!?あなたが浪人で、ブルーアーカイブのディレクターなの!?」
「そうです!」とイズナはポケットから私の会社のクレジットカードを取り出した。ちなみにこのカードの使用履歴は沢山の忍者映画の購入しか記録されていない。「イズナが言った通りです!」
「お前たちがこれ以上ここで叫ぶ前に、少し時間がほしい。」と私は唸り、取引相手へと向く。「可能ではありますが、いくつか条件があります。」
「分かりました。」とニヤはうなずく。「ではその条件を教えてください。」
「一つ目、弊社のスケジュールに支障が出ない時間帯のみで活動をします。」私は人差し指を立てる。「二つ目、彼女たちを鍛え上げる方法はこちらで決めます。」
「もしや極秘訓練!?」
「そうだイズナ、極秘訓練だ。」私は忍術を教える先生ではないが、自分が持つ技術が広まると厄介な事になりかねない。「三つ目、MXスタジオはイベント会場でブルーアーカイブの関連グッズを販売することができ、事前に取り決めた収益分配率が適用されます。四つ目、チケットの販売数や参加者の好意的な反応等、中立的な第三者や客観的な指標からイベントは満足にいったと判断できた場合、私に提案に関する交渉を一週間以内に開始させていただく。」
ニヤは眉をひそめる。「用意周到ですねぇ…」
「経験の賜物です。
「ほぉ?」と彼女の唇が引き締まる。「私を信用していないと?」
私は鼻で笑う。「ただ単に、ニヤニヤの手の内を把握しているだけです。質問スレに書かれた不良の質問には答えないタイプとだけ言っておきます。」
「…ふぅ。」と彼女はため息を漏らす。「いいでしょう。交渉成立です。」
「陰陽部部長として?」
「うぇ、印鑑もいるんですか?」
「印鑑は弊社のリーガルチームから送付される契約書にお願いします。」私はうなずき、立ち上がる。しばらく伸びをして筋肉をほぐし、新入りの弟子たちの方へ振り向く。「三人とも私についてきてくれ。」
「うぇ?ふえ?」とミチルは呟く。「なに?どういうことなの?」
「せ…先生に、なってくれるのですか?」
「浪人──いえ!」とイズナの目はキラキラ輝き、私を見つめる。「師匠が!本物の忍術をイズナたちに教えてくれるんです!」
「余計に悪化してる!」と私は唸る。そしてすぐに首を振って、部屋の入り口の方へ歩きながらこう言う。「まあいい。時間がないからスケジュールは早めに決めるぞ。」
「訓練の成果が楽しみですねぇ!」とニヤは期待に満ちた手振りで言う。
「あっ、そうだ。」突然、私は足を止める。そして意気揚々な彼女へと振り返り、ポケットからスマートフォンを取り出す。「内容は最初から録音していますので、カホ副部長にどやされる直前に条件を変更しようと考えても無駄です。すでに契約は成立したも同然ですから。」
彼女の笑顔が、初めて崩れ落ちる。「に゛ゃ゛あ゛!?」
こうして小さな勝利を噛みしめて、私は部屋を後にする。
さて、ここからWe are Fighting Dreamersな三人をどうやって本物の忍者へと育て上げていくか…
まあ、何とかなるか…
一方、ロールケーキと天使の地では、茶葉以外の何かが醸され始めていた。
「ナギサ様?お呼びしましたか?」
「はい。少しヒフミさんにお話しておきたいことが…」
【作者あとがき】
遅れたことの一つとして、このストーリー全体が完結するまでAO3への投稿を待とうかと考えていたことでした。展開が複雑で、更新を立て続けに公開した方が読みやすいかもしれないと思ったからです。しかし結局のところ、これも単なる先延ばしに過ぎず、元のQQスレッドではとっくにその話題が過去のものになっていることに気づきました。
……つまり、おそらく章は立て続けに公開されることになるでしょう。
本当に私の脳は2つ同時に稼働しているようです。
【訳者あとがき】
訳注に自分が書いた訳注じゃないという訳注を付けるってなんだよ
次回は25日に投稿します