「行けぇ!」
私の得物が空気を斬り、風切り音が耳に響く。私は止めていた息をふっと吐出し、柔らかな吐息の後に鋭く息を吸い込む。身体の中で肺が縮み、そして膨らむ感覚があった。身体はその動きと完全に調和し、私は血気盛んな刀を導いていく。最近までゲームスタジオの運営に伴う雑務に追われていたせいで、この刀を抜くのは日々の手入れぐらいのみ──それも、なんとか時間を捻出して真夜中であっても行っていた。またこうして無刀を振るえたこの感覚は、まるで温泉に浸かったばかりかのようだった。
私にとっては、一番の至福のひと時。
生徒にとっては、悪夢のようなひと時。
「ニンニン!」とイズナが素早く両手で印を結び、煙が巻き上がれば姿は消え、狐の人形だけが残っていた。煙が尾を引いているも、やはりというか姿は捉えられない。私は腕をふりかぶり、無刀の刃でクナイの弾幕を弾き飛ばし、クナイはガキンと地面に突き刺さる。やり過ごしたかと思ったが、大波のようにまた降りかかってきた。
「今だ!」彼女の部長がそう叫びながら突進してくる。紅く化粧された目を輝かせ、得物の刀を抜き放つと、私目がけて突きを放ってくる。「捌け、地獄忍魔刀!」
「なんで日本の妖怪がそんなミームを知ってるんだ?」そう私は呟くが、答えはもう知っている。*1ミチルのノーマルスキルは20秒間続く攻撃バフを30秒ごとに使用するというもの。つまり実戦に落とし込むと、全力で攻撃してきたあとにすかさず退いて再び忍力を溜めるというリズムゲームめいたルーチンになる。この至近距離でミチルの一撃を喰らってしまうと吹き飛ばされる。特にショットガンを使っていたのであればなおのこと。
だが私の目の前にいるその少女は、やむを得ず刀を使っている。つまりミチルの方が明確に不利ということ。
私は足を蹴り上げ、ぐるりと円を描くように回れば、解放された無刀で落ち葉が舞い上がる。タヌキの銀色の目には一瞬だけ混乱が走り、ミチルは振り回されるように構えて防御に徹した。だがそれでも、青輝石の刃は金属音が響かせて忍魔刀を弾き返す。私は息を吐きながら、からかうように笑みを向ける。「こうしてやりあっているのはお前の忍術を確かめるためだ。分かるな?」
「でも花火は聞いてないよ!」とミチルは不満を漏らす。「イズナだってまだクナイしか使ってないし!」
その直後に、「ニンニン!」と視界の隅でちらりと狐の尾が動き、クナイの嵐が降り注ぐ。だが前回の戦闘の後にクナイ対策をしておいたのが功を奏した。私は地面を蹴りあげて跳躍し、刀の重心を利用して空中で回転しながら、イズナが向かってきた方へ移動する。
次第に視界がぼやけていき、何もかもが霞んでいく。見覚えのある赤い線が視界に入ってくる。だが今回は、目で追わずに自分の直感を頼りにして、イズナの動きの流れ方に意識を向ける。私は足を止めることなく、すぐさま刀を上段に構えて、一気に振り下ろす。「一本!」
「きゃん!」と見事なまでにイズナに命中する。その一撃は彼女の防御を貫き、体操服を切り裂いていった。体操服の切れ端が風で舞い散る中、その狐は動きを止めて悲鳴と共に目を潤ませていた。「ししょ~!」
「イズナ、アウト。」と私はニヤリと笑いながら着地して、すぐに次の生徒へと駆け出す。ミチルの顔は驚愕に満ちていて、手を無造作に振り回していたが、彼女の刀は私との間合いに対処するには短かった。
自分の二倍の長さを持つ
「く、くらえ!」ミチルは叫び、三日月を描くかのように短刀を振り下ろす。だがそれは素人丸出しの動き──派手さだけの、殺しの技の本質を理解していない動きだった。私からすれば穴だらけで隙だらけの剣捌きで、まるで砂山の城が超高層ビルと競う合うようなものだった。「ななななんでキビキビ動けるの!?」
「はあ…」と私はため息をつく。つまるところ、私にとっては普通の動作でも、ミチルの感覚にとっては追いつけられないということだった。どうしてここまで不器用に刀を振えられるのかと思うほどだったが、一年前の私もそんなものだった。
とはいえ、いくらなんでもやりすぎでは?銃弾にはついていけるミチルだが、この程度の動きで苦戦している。まったく最近の若いのと来たら…
「何度も言っているが、この訓練についていきたいのならもっと全力でやることだ。」息がかかるほど、互いの顔は近づいていた。これほどまでに近づいてきているのにフェアじゃない。ミチルの神秘が薄れる兆候が見え始める。彼女も本能的にそれを感じ取っているはずだ。「要するに楽をしようとするな。」
「でも!初心者にこれは無理だって!」とミチルは異を唱える。
「やらないと一生上達しないぞ!」
「うぅ…それなら!」ミチルは不機嫌に言うも、両手を空けて慌てて印を結ぶ。「ミチル流忍法!」
二本の指を唇に当てられ、火炎が吐き出される。
「その意気だ!」と私は微笑み、黒煙の下を潜り抜ける。土埃が背後で舞い上がり、上段に構える。「一本!」
「これのどこがフェアなのー!?」とミチルは叫び、体操服がバラバラに破れる。そこに追い打ちをかけて、私は柄で背中を打ち込んで、地面に倒す。「ぐえっ!」
「これで残るは…」視線を、ひときわ目立つ忍者の方に向ける。「お前だけだ。」
「ひえっ!」ツクヨは悲鳴を上げてその場で立ち尽くしていた。訓練中、ツクヨが一番苦戦していた。彼女が目指していたのは隠密方面だったが、そもそも仲間を援護する手段が不足していた。ミチルには攻撃するための刀がある。だがツクヨのクナイ捌きはイズナには及ばなかった。そのため、彼女はずっと横で攻撃が出来る機会を伺っていたが、私の足さばきが少しだけでも変わってしまうだけで、その機会は完全に逃していくのであった。
ようやく攻撃できる機会が訪れたその時、彼女にできたのはただ一つ、必死に両手を叩き合わせるだけだった。「ツ、ツクヨ流忍──」
「遅い!」私はそう叫びながら、無刀を一振りして彼女に向かって投げつける。大柄な体格を考慮すれば、正確に狙う必要はなかった。無刀は見事にウサギの妖怪の胴体に命中し、忍法を中断させる。だが予想外なことに、忍法が発動してしまった。煙が一瞬立ち上った後、風に吹き飛ばされて現れたのは、木のハリボテとなって呆然としたままの少女だた。どうせ無防備だったので…「一本!」
派手なことはなにもなく、ただ刀を手に取り、基礎中の基礎である斬り方を一つだけ繰り出すだけ。準備が中途半端だった忍法も、服の残りを吹き飛ばすのには十分だった。
満足げに唸り、私は無刀を鞘に収め、微笑んだ。「そこまで!三人共悪くはなかったぞ!」
あらぬ姿の少女たちへと振り返ったが、そこで足を止めた。
「あわわ──ひいっ!み、見ないでください!」
「バ、バケモノ…!」
「イ、イズナは全力で参ったのですが…」
…そう、わざわざ遠回しに言うつもりはない。まるで犯罪現場みたいだ。
実際アーカイブ入りとなった女の子たちを素っ裸にするのはやめておいた方がいいかとは思っていた。裸体を隠そうとする彼女たちの姿を見て、脳内では同人誌のシーンがちらほらとフラッシュバックしていた。ああもう!どうして私の脳内に過酷なイラストが焼き付いている!?
だが男でなかったことが救いだった。ペニスがなければ、勃起して自分の本心を露呈することもない──なんで錆びた匂いがするんだ?
「クソッ!」と私は悪態をつきながら、鼻から流れ出る血の滴を拭い取った。
おのれ美少女ボディめ!
「制服に着替えてこい!」私は慌てて叫び、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
…コホン、考えていることは分かる。『なんかかわいそうなことになってるけど忍術研究部に何を教えてるの?』、と。まあそう考えるのは当然といえば当然だろう。とはいえ、それを説明するには授業の冒頭までさかのぼらなければならないのだが。
【訳者あとがき】
次回は5日に投稿します