トリニティ郊外、そこは中心部とは全く異なっていた。綿密に設計され尽くした街並みは消え失せ、気品も優雅さも共に無くなっていた。昇り、沈む陽が、過ぎ行く瞬間を生きる芸術に仕立て上げることはもはやなく、トリニティ分校周辺に位置する自治区のような、郊外の住宅地が持つ近代的な尊厳すらも、そこにはなかった。そしてある場所から一転して、辺り一面は廃墟と化す。道路には焼け焦げたゴミ箱が散乱し、家々は不良達の落書きにまみれていた。学園特有の豪華絢爛さからはかけ離れたその世界は、天使たちが必死に隠そうとしていた、化膿した傷口のように蠢くだけだった。
仲間と同行していくにつれ、ヒフミは自身の鼓動を感じられずにはいられなかった。リーダー格もそれに気付くの無理はなく、思いやりに満ちた目をしたスズミが口を開く。「ここに来るのは初めてですか?」
「えっ?あっはい!」ごく普通の少女であるのなら、一度も足を踏み入れたことがないのは当然のことだった。いくらブラックマーケットの方が大丈夫そうだと感じても、キヴォトスの裏社会に一度も訪れていない以上、ただの憶測でしかなかった。「結構…雰囲気が違いますね。ここがトリニティだなんて信じられません。」
「そう思うのも無理はありません。」と銀髪の天使はほろ苦い笑みを向ける。「郊外に行けば行くほど、正義実現委員会の治安維持は行き届かなくなっていきます。トリニティは大規模ですので、生徒たちを脅かす重大な事件への対応に注力する方が良いと…正義実現委員会側はそう考えています。」
深いため息が口から漏れ出る。「何もしていないと非難するつもりはありません。ですが大事が起きない限り、不良が好き勝手に動けられるということは事実です。その影響は必然的に学内にも波及してしまいます。」
「そこで出番となるのがトリニティ自警団なんです!」とレイサは陽気にうなずく。「正義実現委員会の手が届かない場所で輝き!助けを求める人々と街の平和を守り!巨悪を打ち倒します!」
「レイサさん、声を小さくしてください。周りに聞こえてしまいます。」とスズミは注意するが、目を逸らして頬を赤らめる様子から、彼女の本音が窺えた。「ですが…そうですね、自警団の目的はトリニティの全域を守ることです。裏通りの定期的なパトロールもその一環として行っています。」
「コツを掴めばそんなに悪くありませんよ!」自称みんなの騎士が微笑む。「この辺りには寝るのにピッタリな場所がたくさんあります!」
ヒフミは呟く。「場所というのは格安ホテルみたいな所ですか?」
「路上です!」とレイサは声高らかに言う。「不良が火を着けてくれるおかげで、いつも暖かいんです!ゴミが燃える臭いを気にしなければの話ですが。」
自警団の団長は鼻の頭をつまんだ。「レイサさん、夜間パトロールで生活習慣が乱れているのなら、回数を減らすべきです。このままでは倒れてしまいます。他の方がレイサさんの分を引き受けてくれますから。」
「皆さんに迷惑をかけるわけにはいきませんので…」と普段は快活な少女は浮足立たせて言う。「私も自警団員として頑張らないといけませんし。」
ヒフミは二人の会話を聞いているだけだった。はたして入るべきか。
「レイサさんはもう十分に頑張ってくれています。なのでしっかりと休んでください。」
「大丈夫ですスズミさん!休み時間に寝れば疲れは取れますから!」
天使は片眉を上げる。「授業中に眠っていませんか?」
「ぐはっ!」とレイサは身をすくめる。「それは…その…ちょっとうとうとするだけで…居眠りはしていませんよ!」
「シスターフッドから聞いた話とは違いますね。」話はいつの間にかこんな展開に。きっかけは何だったか。「成績が落ちるのであれば、自警団活動は禁止になりますよ。」
「えっ!そんな!」後輩は叫ぶ。「私がいなければ自警団は違法になっちゃいますし、私も闇落ちしちゃいますよ!」
「そもそも自警団はボランティアですので…」
さて、話が長くなっていることを踏まえると、話題を変えていた方がよかったのかもしれない。
「あの…」と満を持してヒフミが口を開く。少し場違いな気がして周囲を見回しながら。「今更かもしれないですが、今どこに向かっているんでしょうか?」
暫し沈黙を経て、二人の自警団員は同時に咳払いをして、任務へ再び集中し。スズミは遠くを指さした。「えーと、今は近くの廃校に向かっているところです。先ほど倒した不良たちによると、あそこの廃校が偽の覆面水着団の拠点になっているそうです」
茶色髪の少女は目をぱちくりさせる。「廃校がここに?」
「そうです。昔、トリニティに合併された小さな学園の跡地です。」と団長がうなずく。「裏通りのあちこちにあります。厳密にはまだ学園の所有地なのですが、学校名は誰も覚えてませんし、整備しようとする人すらもいません。」
「だからこそ、悪の組織が拠点として使うのです!」とレイサが口を挟む。「廃校に不良は付き物!ネズミがチーズ好きなのと同じです!ですから、学校を常に綺麗にしておくのは大事ですよ!」
「あっ!毎日机をニコライタオルで拭いていますよ!」
「その心意気です!毎日拭けば、不良も寄り付きませんよ!」
「それで良いのなら苦労はしませんが…」とスズミは笑う。やがて彼女の声は途切れ、目つきが鋭くなる。遠くでは、談笑する声とエンジン音が響いている。「…もうすぐ到着します。皆さん、覆面を着用してください。」
「わかりました!」とヒフミは答え、白い覆面を着用した。意外にも、着け心地は悪くなかったようだ。
角を曲がれば、目的地が見えてくる。かつては暮らしやすかったこの学園も、今でも同じ自治区の建物と同様、時の流れで風化していった。老朽化し、落書きだらけの校舎は、盛んに動く普遍的な制服を着た覆面姿の生徒たちの姿で、かろうじて息を吹き返しているように感じられた。そこは常に慌ただしく、銃を手にして警備に立つ者もいれば、軍用トラックへ木箱を運んでいる者もいた。それ以外、覆面の山を縫いながら、のんびりと雑談に興じていた。
不良のアジトがどんな場所かというのはヒフミの想像につかなったが、イメージしていたものとは明らかに違っていた。「纏まって動いているんですね…」
「…うん?」スズミは唸るように言った。「こんなに規則的に動いているのは稀で、ほとんどは行き当たりばったりです。」
「ですね!」レイサが答える。マスクで顔の大部分は隠れていましたが、目の奥にははっきりとした不満の色が見えました。「ここまで組織的に動いているのは、ペテル広場の抗争が起きる前以来ですね。その時は無敵のスケバンがトリニティにやってきて、地元のヘルメット団支部と抗争を始めたんです!」
「私たちが思っている以上に…計画はずっと大規模なものかもしれません。」リーダーは一度ヘルメット団たちを見回すと、ヒフミの方に向かって言った。「ここからは危険ですので、静かにしていてこちらの指示に従ってください。」
「分かりました…」実のところ、もっと自分にできることがないかとヒフミは思っていたが、ほんの数歩進んだだけで、いかに自分がここと場違いな存在であるかを痛感した。
その不安は、ヘルメット団の団員に見つかったことでさらに深まった。少女たちは一斉に作業の手を止め、獲物を見極める野生動物のように鋭い視線を彼女たちに投げつける。茶髪の少女は緊張を抑えながら、導いてくれる天使の側から離れずに、二人の足は学校の入り口で止まる。
そこには真っ黒な覆面を被った二人の少女が銃をしっかりと握りしめていた。そのうちの一人が笑いながら言った。「新入りの16番、23番、108番か…ようやくデビューする時が来たみたいだな。いやぁ長かったな!」
もう一人が相棒の肩をつつきながら淡々とした口調で尋ねる。「合言葉は?」
三人は顔を見合わせる。ヒフミは不安を募らせながら、「合言葉があるんですか?」と口を開きました。
「あたぼうよ!身元証明的なのをするだけだよ。」一人目は頭の後ろに手を組む。「確かあんた達は星を倒して引き抜かれたんだって?なら、倒した時に合言葉を教えられたはず。」
「…申し訳ないのですが、私は待ち伏せしていたので、教わる前に覆面を取っていってしまいました。」とスズミは言う。
そしてもちろん、ヒフミは貰い物だったので、合言葉など知る由もなかった。そうなると最後の一人だけが残るが、彼女は腕を組み、見えないスポットライトを待っているかのように足をトントンと叩いていた。しばらくの間、緊張した沈黙が続き、彼女は腰に手を当てて口を開く。「
校庭には安堵の空気が流れ、(偽)覆面水着団のメンバーたちはうなずいて同意を示した。
「あいわかった。」と2人目が言う。彼女は銃を下げ、「入っていいぞ。」と告げた。
「ははは!その通り!不良だろうが生徒だろうが関係ない!覆面を被れば、アタシもあんたも皆仲間!」1人目が声高に叫ぶ。「ところで、更衣室は左側から2番目の部屋だぞ。」
3人はもう一度目をぱちくりとさせる。「え?」
「あんたたちトリニティ生だよな?」と彼女は3人の服装を指し示す。「まさか制服で行く気か?いやあ大胆だねえ。ほんと大胆!確かに、その気持ちは分かる!」
警備員はヒフミの方を向いて言いました。「アタシもあのモモフレンズのグッズを持ってたら、見せびらかしたいんだけどな!でも今持っているものはどれも不良の制服には似合わないんよな。」
「ああ!」ようやく本領発揮だ!「あなたもモモフレンズが好きなんですか!?」
「もちろん好きさ!覆面水着団に入りたいのなら必須アイテムさ!」もしかすると、この不良たちも悪人たちじゃないのかもしれない。「でも見せないのは、防爆仕様のグッズがめちゃくちゃ高いせいなんだよな。特に防火仕様ペロロ様リュックサックがヒフミのせいで実質絶版になってしまった後は!」
「転売ヤーめ。」同行者は唸る。「カイザーよりも質が悪い。」
「まったく同感です!」ヒフミは声を上げる。「モモフレンズはみんなのものです!一部の欲が深い大人たちが独り占めするものじゃないです!」
「ヒフ…108番さん?そろそろ行きましょうか。」スズミは気まずそうに口を挟んだ。「いつまでもここにいるわけにはいきませんので。」
レイサもうなずいて同意しました。「そうですね!
「ああ、あの人ならなら今体育館で活動をしているぞ。」新しく出来たモモフレンズの同志がドアを開けながら言う。「制服のことなら大丈夫。うちには色んなサイズが揃ってるから、ビッタなのがあるはず!ただしクオリティは保証できない。まだスケバンどもはどっちつかずの状態だからな。」
「分かりました。」二人にもう一度軽く会釈して、一行は廃校の中へ足を踏み入れた。床は彼女たちの重みでギシギシと音を立て、更衣室へと進む途中でドアをカチッと閉め、誰も使っていないことを確認して安堵のため息をついた。「…申し訳ありません。覆面以上の対策がされているのは当然でした。」
「いえ、いえ、大丈夫です!」とヒフミは素早く彼女を慰める。「知らなくて当然ですから!」
「私も手に入れるのに苦労したんですよ!」と救世主は言う。「本当に頑固な不良もいて、何度倒しても負けを認めようとしなかったんです!」
スズミは眉をひそめました。「あなたみたいにですか?」
「え?!」とレイサはたじろぐ。「それってどういう意味ですか!?私は正義の使徒なんですよ!簡単に諦めるわけにはいきません!」
「あ、すみません、少し冗談で場を和ませようとしただけで…」
「あ、あははは!そうなんですね!ちょっと、その、私が過剰に反応してしまっただけで…」
軽妙なやりとりから一瞬で気まずい雰囲気へと切り替わるのは見事なものだった。そこで、普通の少女が話題を変えて二人を救う役目を担った。「…それにしても、こんなに簡単に受け入れてくれて驚きました。」
スズミはうなずく。「覆面水着団のルールによるものですね。」
「説明しましょう!」とレイサはヒフミが尋ねる前に解説を始めた。「元々、覆面水着団は謎のファウストをリーダーとする5人組で構成されていました。しかし規模が拡大するにつれ、組織を保つための仕組みが必要になったのです!そこで生まれたのが
彼女は指を鳴らした。「ただし!この順位は指揮官同士で戦い合うたびに常に変動しています!ですから、上位に昇りたいなら、戦闘で敵を倒して星を奪い取らなければならないのです!」
「まさに弱肉強食ですね…」ヒフミは思わず額に汗がにじんだ。「でもそれだと、常に争いが絶えないのでは?」
「決闘にはルールがあるんです!部外者ではない限り、自分よりすぐ上の相手以外には決闘を挑めません!」 往々しく説明した少女はひと息つくと、割れた窓の外をじっと見つめた。「伝説によれば、崇高な運命が星々を導き、時が来ればふさわしい者たちが皆、一堂に会するのだそうです。だからこそ、覆面水着団はこれほど危険なんです!」
もちろん、ヒフミが思わず指摘せずにはいられない、重大な矛盾があった。「ですがまだ結成してから一か月経っていないのではないでしょうか?」
「表向きはそう見えるかもしれませんが、私は確信しています!ファウストはこれまでずっと陰で動き続け、その時を待っていることを!」
「あはは…どうなんですかね…」ファウストではないその少女は、不安そうに笑いながら一歩下がり、リーダーをそっと見やる。
ヒフミの表情に気づいたのか、スズミはぎこちなく頬を掻き、その天使は声をひそめて言う。「レイサさんは少し衝動的なところがあって、話を誇張したり、普通の人を犯罪者と勘違いすることもありますが…えっと、とにかくトリニティにおいては、レイサさんほど不良に関する事で詳しい人はいません。ですので真偽を見極めることが重要です。」
「つまりネットでブラックマーケットを調べるようなものでしょうか?」
「まあ、それも不良たちが集まる場所ですので、似たようなものかもしれ──あの」守護天使は言葉を止めました。「…裏社会についてはどこまで調べているのですか?」
「い、いえ、そんなに詳しくは調べてないです!」ヒフミは必死に両手を振り回す。「友達からファウストのことで質問攻めにあって、がっかりさせたくないなと思って、ちょっと調べた程度なんです!掲示板やサイトで見つかる程度のことしか調べてません!」
スズミが追及を仕掛ける前に、別の声が飛び込でくる。「16番!108番!こっちへ来てください!事件です!大事件です!」
二人は顔を見合わせると、レイサのいる箱の前へ向かう。そこにあった箱には「制服はここに保管!番号を忘れずに! ( ˶ˆᗜˆ˵ )」と雑に書かれていた。基本的人権に内包されているであろうプライバシー権などつゆ知らず、青髪の少女は箱の蓋を無理やり開け、中身を覗き込む。
ヒフミも中身を見て、息を呑んだ。「これは!」
違法なものではなかった。それどころか、武器ですらなかった。毎日目にするようなものだった。彼女にとっては平和で平凡な日常の象徴であるそれは、今や体に不安の波を押し寄せるものとなっていた。箱の中に入っていたものは…
「トリニティの制服ですね。」スズミは鋭い息を吐く。「レイサさん、他の箱の中身も確認しましたか?」
「はい!」みんなの騎士はうなずきながら、他二人が衝撃を受けていた間に確認していた箱を全て指し示した。団員全員が着用している一般的なスケバンの制服とは異なり、様々な種類の制服があった。ヒフミには見分けがつかないものがほとんどだったが、トリニティの制服がこれほど多く並んでいるのは目立って仕方なかった。「覆面水着団の影が、純粋無垢な同級生にまで及んでいるなんて…!一体何を企んでいるのでしょうか!二つの世界をこんな風にごちゃ混ぜにするなんて、ルールに反しています!」
「
「シスターフッドも黙ってはいないでしょう。」スズミは呟く。「もしもこれが明るみに出れば…異端審問を受ける羽目になるかもしれません。」
「では、このまま黙るべきでしょうか?」
「相手が誰なのかわからない上に、私たちにはまだ遂行しなければならない任務があります。」自警団の団長は苦々しい表情を浮かべた。「正体が判明するまでは、軽率な行動は慎みましょう。」
二人の仲間も警戒しながらうなず合い、それぞれ制服を手に取り、着込む。ヒフミ曰く、この制服はトリニティの制服と比べて明らかにチープな作りではあるが、ロングスカートの方がなかなか悪くないとのことだった。彼女はスカートをつまんで持ち上げる。「少し違和感はありますが、これならやれそうです!」
スズミはため息をついた。「…わざとやっているわけじゃありませんよね。」
「おしゃべりはこれくらいにして!」レイサは銃を手に取り、高々と掲げる。「今こそ虎の巣窟に踏み込む時です!」
「わっ、ちょっと!」具体的な意味は分からないものの、ヒフミはその意図を十分に理解し、興奮気味に先を行くレイサを追いかけながら、校舎内を駆け抜け体育館へ向かう。覆面姿の覆面水着団員たちの鋭い視線をいなすこと数十秒、三人はついに入り口前に到着する。ヒフミの気持ちなど全く考えず、レイサは勢いよくドアを開け放る。「覚悟はいいですか、覆面水着団!新たな
ヒフミが一歩中に入ると、本日で4度目となる思ってたのと違う光景が広がっていた。
覆面水着団は体育館を占拠し、まるで司令室のような空間に改装していた。至る所にテーブルが設置され、少女たちはノートパソコンを操作や、爆発物の組み立て、覆面を縫ったり、さらに覆面を作ったり──覆面はもう何度も言及している。部屋の半分は裁縫専用スペースになっていた。しかし、ヒフミの注意を引いたのはそれではなかった。そう、その中心に仮設照明の下で行われていたのは──
「おっそ~い!」部屋全体に響き渡る声とともに、小さな少女が駆け寄ってきた。「あんたたち、遅すぎだっつーの!いったい何してたの?! あーしらはもう5時間もやってんの!」
ヒフミは目をぱちくりさせました。「子供…?」
「こどもって言いやがったんな~~~!?」と、問題の少女は叫ぶ。確かに覆面で顔は隠れていたが、客観的に見てもこの少女は明らかに年下だった。特にオレンジ色の髪をふわふわツインテールに結んでいる姿は…まあ、いずれにせよ、この少女は覆面水着団の中でもひときわ目立っていた。短丈でルーズないわゆるギャルファッションだったからではなく、彼女だけが番号を授かる特権を持っていたからだった。
額には「72」という数字が誇らしげに刻まれていた。
「あーしは16歳以上ですっていうところはちゃんとクリックしてやったの!」彼女は存在しない胸を張り、人差し指を立てる。もしもヒフミより背丈が大きいのであれば、説得力はあったのかもしれない。「つまり法律上あーしは高校生になってんの!」
…覆面水着団の基準は変わっている…
「そ、そういうことじゃないと思うのですが…」と普通の少女は宥めようとする。
しかし、これがかえって彼女の逆鱗を逆撫でする事態に。「それで何がわかるってんの?!パンピーの臭いがプンプンしてやんの!」
「あ、ありがとうございます!」
「あー!褒めてないの!」
「…申し訳ございません。」とスズミが仲裁に入り、頭を下げる。「あなた方を待たせてしまっているとは知らず…」
不良の首領?はくるりと向きを変え、それまでの怒りが嘘のように消え去っていた。声は一転して甘えた調子になり、スズミにさらに近寄りながら、まるで純真無垢な少女のように頬に手を当てる。「すいませ~ん!新しい星が現れたって
タイミングを見計らったように、縞模様のドローンが空に舞い上がる。ドローンの上部では、様々な色のライトが素早く点滅している。「ほら!リスナーの皆もこんなに喜んでやってんし?ニシシ!」
「えっ!?今、撮影しているんですか!?」配信にヒフミの姿が映っていたと!?配信に!?いかん!まずい!よせ!「すぐに止めることってできませんか!?」
「は~~~!?なんであんたの言うことを聞かなきゃなんないの!?」
「あはは…」こんな敵意に満ちた態度に、少女はぎこちなく笑うしかなかった。「意外と声量が凄いんですね…」
「人は見かけによりませんよ、108番!」レイサが叫びながら、ポーズを決める。「この方はただの不良ではありません!
「わあ~!すごーい!」跳澗虎はその口上に興奮し、パチパチと拍手する。「きゃ~!先輩、配信の才能アリアリです!経験とかってありますの?!絶対向いてますって!」
「えへへ…ほ、本当ですか?配信とかはしたことないんですが…」おっとまずい!すでに一人が口車に乗せられている!ヒフミは必死に手を振り回すも、そのジェスチャーがどんな意味か、誰にも分からなかった。どうやらレイサだけは別だったようで、彼女は素早く気を取り直し、手で咳払いをした。「いえ!私はお金や名声のためではなく、己の正義のために動いているので!」
「あっ!そういうタイプの人なんですね!」不良は正義に特に動じる様子もなく、むしろそれが後押ししているようだった。「そういうコンセプトも悪くありませんよ!スパチャがどしどし集まりがってやんの、になること間違いなしですよー!」
「本当ですか?」
「ですです!すごく簡単ですよ!面白いことをするだけで──」ドローンから小さな音が響く。するとすぐに、小さな主はニチアサのアニメのキャラかの如く踊り始める。「あっ!スパチャありがとうございます!ハッピーうれぴーハッピッピー!いぇ~い!」
72は何事もなかったかのように話を続ける。「どうかな?」
「うーん…」レイサは顎に手を当てる。「考えておきます!」
「やめた方がいいかと…はあ…」スズミはため息をつき、再びカメラに目をやる。「…このまま配信を続けてもいいのでしょうか?自身の活動を配信するとなると、私としては少々気が引けてしまって…」
「あ、もちろん嫌なら止めますが…」このギャル、何故スズミに対してはゴマすりが止まらなくなるのか。「バレやがるのが不安なら、ご心配なく!今やっているのはプライベート配信で、VIPメンバーしか見てないってやんの!」
「そうですか。」スズミはカメラのレンズを見つめる。しばらくして、視線を外す。「それなら大丈夫です。」
本当に大丈夫なのか?
「とにかく!」ヒフミが声を上げました。「今何をしているのかを教えてくれませんか?何も分かっていなくて…」
「へえ…」とギャルはまた怒鳴られるのかと思うも、代わりに手を振って軽くあしらった。「本当に教えてもらいたの?」
「え…はい?」自信を持って答えたいヒフミだったが、何か予感を感じていた。
「ほんとに~~~~~~?」
「教えてくださらないと何も出来ないんです!」
「あーそうだよね!じゃ、やることはきちっとしてやらんとね!」オレンジ髪の少女はくすくす笑う。「ではまず…!」
パチンと、指が鳴る。
その瞬間、三人はいくつもの銃口に突きつけられる。覆面水着団のメンバー全員が一斉に立ち上がり、鋭い音を立てて武器を構えていたからだ。ヒフミは体育館中を見回すも、逃げ道は見当たらなかった。
スズミは歯を食いしばるかのように一言放つ。「これは一体!?」
「そんな!」とレイサは星柄のショットガンを抱える。「最初から罠だったんですか!?」
「せ~んぱい!」とその配信主はヒフミの仲間たちを指さす。「こっちです!先輩たちは大丈夫ですよ!」
その赤い瞳は細められる。「なら、先に計画を教えてください。」
「もちのロン!リスナーの皆も気になっているやんし!」ブーンという風切り音とともに、ドローンが72番の前に飛んできて、カメラの前で跳ね回り始めました。「ここで伏線回収!ナインちゃんがやられた時、
話の流れを悟ったヒフミの額に一筋の汗が伝う。「そんな…」
「そして108番は一番下の番号、それがどういうことかはもう分かりきってんの!」加虐的な笑みを浮かべるその少女は、カメラをヒフミに向け、指を差す。「誰でも決闘を挑めやがれるってんの!」
指を向けられた少女は不安そうに一歩後ずさるも、背後に何かが押し当てられたのを感じて、飛び上がった。ゆっくりと振り返れば、そこには今にも引き金を引きかねない、鋭く飢えた視線を向ける群れが待ち構えていた。
「ほんっとうにごめんね!」と72番は謝罪する。(ただしヒフミに対してではなく)「先輩の友人だっていうのは分かってんのだけど、ルールはルール!邪魔をするなら、たとえ上位であっても撃たせてもらってやがんの!」
「…流石にこれは」スズミは歯を食いしばる。「分が悪すぎるのでは…」
「なんと卑怯な!」とレイサが唸る。「みんなの騎士として、見逃すわけにはいきません!」
「あ、それがあんたの称号?」
「いえ…というか!あの、その」青髪の少女は言葉を止める。「いえ、ちょっと違うというか…?まあいいです!私は──」
「あの、大丈夫です。」ヒフミが割り込んだ。「私がやりますので。」
「…え?」レイサは目をぱちくりとさせる。
「皆さんだけに苦労させるわけにはいきません。私もこのチームの一員ですので。」緊張しながらも、彼女は
レイサは涙ぐんだ目で彼女を見つめ、声を震わせた。「108番…」
「ちぇっ…」主は舌打ちをし、一方へと歩き出せば、部下達が道を開けた。「はいはい。最下位のくせに主人公気取りになってやんの…」
「それがヒフミさんのやるべきことであるのなら、仕方ありません。」とスズミは名残惜しそうに、他の少女の後を追った。最後に一瞥を投げてから、うなずく。「…ご武運を。」
「信じていますからね!」とレイサが声援を送ると、彼女の姿は信者達の群衆の中に消えていった。
「…はあ」ヒフミは目を閉じる。「ああ…どうしてこんなことに…」
深呼吸をして、再び目を開く。
そして銃撃戦が始まる。
【訳者あとがき】
生主な跳澗虎ちゃん、元ネタの水滸伝の英訳ではStream Leaping Tigerとなっていて、Streamの意味である澗(水の流れ)とライブ配信を掛けているから、生配信をやってるのだと思います。ギャルは虎要素だと思います。たぶん。
そして大分変わった喋り方になってやんのは原文でyanno!(言っていることを強調するために使う"~~, you know!"がスラングとして訛ったもの)が口癖めいていたので、私なりに解釈して誇張してできる限り韻を踏んだ結果こうなってやんの。
次回は3日に投稿します