「──というわけで、その、しばらく休むことになったの。」セリカは顔をしかめながら、電話を耳元に押し当てていた。「ほんとごめんなさい、ごめんなさい!」
「なあに大丈夫さ。」幸い、柴大将は従業員に対して小言を言うタイプではなかった。その一年はほっと胸をなで下ろしたが、周囲の騒がしさの中で、セリカは声を聞き取るために集中しなければなりませんでした「しっかし、山海経かい?アビドスから随分と遠い所に行ったもんだね。」
「本当になんて言ったらいいか…」こうしてあちこち移動し続けるのは、体にかなりの負担がかかっていた。もしセリカが百鬼夜行をもっとゆっくり観光できていたら、もっと楽だっのたかもしれない。しかしカイザーとの戦闘、怪しい契約を結ばされるトラブル、そして翌朝早く起きて次の目的地まで複雑極まりないルートを進まなければならない状況では、猫耳の少女が休める時間など全くなかった。「来週まで戻れないかもしれないけど、戻ったらすぐに倍のシフトを入れるから!」
「そんなことしなくても大丈夫さ。」と大将は鼻を鳴らす。「今週いっぱいで店じまいするから。」
セリカの筋肉は急にアドレナリンが切れたかのように硬直した。「…え?」
「聞こえなかったか?柴関ラーメンは今週いっぱいで店じまいになる。」
「で、でもどうして!?」彼女の存在がそれほどまでに重要だったのか? それとも──「カイザーが何かしたの!?」
「早とちりしすぎだ。」柴大将はため息をつく。「そう考えるのも無理はないが、違う。カイザーは何もしていない。ただ商売繫盛になりすぎているだけだ。」
「商売繫盛になり
とある狐の耳がぴくりと動く。少女が気づく前に、いつの間にかその案内役が彼女の隣の席に滑り込み、ニヤリと笑う。「お~、面白い話をしてるじゃない。」
セリカの目がぴくっと動く。「盗み聞きは失礼よ!」
「それに、食事中に電話するのも失礼だと思うけどね。」主催――朱城ルミと名乗る山海経の生徒は、からかうような笑みを浮かべる。「ほら!一度も料理に手をつけようともしていないし!」
大将は低い唸り声を上げる。「セリカちゃん…」
「食べる!食べるから!」猫耳の少女は慌てて叫ぶ。「まず電話しなきゃいけなかったの!」
彼女には不当に思えていた。山海経に入るや否や、アビドス生は突然レストランに引き込まれ、メニューを頼む間もなく、セリカが今まで見たこともないような豪華な料理が目の前に並べられたのだからだ。ここの料理の量は、セリカの給料で頼める量の5倍は軽く超えるほど──その考えが彼女の頭をよぎった瞬間、柴大将にスケジュール変更を伝えていなかったことに気づき、急いでスマホを取り出す。一方、他の友人たちは大いに楽しんでいた。
「ん~!」ノノミは目の前の料理に舌鼓を打つ。「わ~!とっても美味しいです~☆」
「ん。」シロコは言葉を返す余裕もなく、次々と皿が運ばれてくるのに箸を動かし続ける。鴨肉を箸で刺し、あっという間にその旨味を余すところなく味わい尽くしていた。
「おじさん、全部食べきれなさそうや。」ホシノはお腹を撫でながらあくびをしていた。
「
「うへ~!」彼女は声を上げるが、疲れたような弱々しい声であった。
「あなたが巷で話題の柴大将さんだね。」ルミは何事もなかったかのようにセリカの電話に割り込む。「素晴らしいと料理って評判の!」
「あ、私も聞いたことはあります。」他の料理人もうなずく。「私自身は訪れたことはありませんが、キヴォトスの料理人であれば、どこかで一度は玄武商会の名前を聞いたことがあるはずです。」
セリカの額に汗が伝う。「そんなに有名なの?」
「あー、ちょっとそれは色々と事情絡んでいるけど、もちろんそうだと思いたいね。商売は絶好調だし。」三年生の彼女は一人でに笑う。セリカは緊張しながらも内心の思いを隠し、同意を示す。彼女自身はこれまで玄武商会について何も聞いたことがなかったからだ。アヤネは電車内の時に何か伝えようとしていたものの、その頃にはすでに彼女は眠りかけていた。「そういえば、余計なお世話かもしれないけど、繫忙期真っ只中に閉店するなんて、柴大将はかなり大胆だね。」
「あのゲームのおかげで客足は一時的に増えたかもしれないが、俺にとってはそんなのはどうでもよかったんだ。」 セリカの上司は答える。「大事なのは客が満足してくれるかどうかであって、売り上げじゃあない。まずいものを出し続けるよりも、一度頭を冷やした方がいいってもんさ。」
「商人としての立場よりも料理人としての本分を優先するとは、羨ましい限りだね。」ルミは小さく唸る。「あたしもそういう風にできればいいのだけど。」
「気にしないでくれ。あんたはまだ若いから、今は自分がやりたいことに専念すればいい。」大将は面白がるような口振りで答える。「俺くらいの年齢になれば、少しはのんびりできるようになるさ。」
「あーあ、直接会えればよかったのにね!」
「いつか会えるかもしれないな。それまでは、セリカちゃんのことをよろしく頼むよ。あの子は真面目だけど、肝心なところでは不器用なんだ。学園とのトラブルで、こっちは待ちぼうけされたくはないしな。」
「ちょっと!」話に割り込まれた当人である少女は言い返す。「お父さんぶらないで!」
「あいよ~!」とルミはそう答えると、当然のようにセリカの電話を一方的に切った。
「いつもこういう風に会話に割り込むの?」
「たまにやる程度かな。」ルミは微笑みながら答える。「地獄耳じゃないと、商人として食べていけないからね。」
「あー…もうお腹いっぱい…」セリカが空腹に耐えている間に、同じ一年生は目の前の料理をあっという間に平らげていた。アヤネは不安そうに主催者の方を振り返り、眼鏡の位置を直しながら尋ねる。「あの、本当に代金は支払わなくていいのでしょうか?」
「もちろん!」ルミは答える。「あなた達はお客様じゃないし、それに玄武商会は『おもてなし』をしない恥知らずって言われるわけにもいかないしね。」
三年生の少女は一瞬考え込んだ後、ある考えが浮かび上がり、くすくすと笑い出す。「そうだ、チャーシューにツケといておこうかしら。今ならお金にもかなり余裕がありそうだし。」
アヤネは目をぱちくりさせる。「チャー…シュー…?」
「ブレードのことです。」別の山海経の生徒が口を挟む。流れるような赤い髪の、キヴォトスでの長旅のきっかけとなった小悪魔が成長したような姿をした、気取らない少女、セリカが名前を正しく覚えていれば──鹿山レイジョは駅で彼女たちを出迎え、現在の場所まで案内してくれた人物だったが、宴が始まるとすぐに姿を消してしまっていた。「…あ、今はMXブレードでしたね。忘れてました。」
あの少女にはいったい何通りの名前があるのだろうか。些か多すぎるような。
会長は頬を指で叩く。「うーん、別にどっちでもいいじゃない。」
レイジョは目を細めました。「いえ、呼び名は重要です。」
「はあ……また武侠モノの見すぎかしら?」とルミは小声で『あの子』が悪影響を与えていると言いつつ、再びアヤネの方を向く。「とにかく、代金のことは気にせずにじゃんじゃん食べて!チャーシューの友達は、玄武商会の友達なんだから!」
「あ、私はもう――」すると、厨房から熱々の料理がエルフの目の前にドサッと出される。彼女は目を見開き、慌てて何か口ごもる。「って!?ブレードさんと友達なんですか!?」
セリカは同級生の視線に向き合い、思わず顔が歪みそうになるのをこらえる。「絶対わざとでしょ!」
「もう限界なんです…」アヤネは目だけでそう嘆いた。
「おかわり。」と、シロコのペースはとどまるところを知らない。
「んー、『友達』というのはちょっと違うかな。」と狐の少女は目を輝かせ、いたずらっぽい笑みを浮かべる。「どちらかというと可愛い弟子かな!ビジネス関連の知識はすべて私が教えたの!」
「仕事の愚痴ばかり言ってましたけどね。」とレイジョは雇い主に反論する。彼女は胸の前で腕を組み、ニヤリと笑う。「師事しているのは私です。稚拙な剣術を本物の武術に鍛え上げたのも私です。」
セリカは身をすくめ、空中では火花が散っていた。
「確か、その『指導』の大半は模擬戦ばかりだった気がするけど。」とルミが先に軽いジャブを繰り出す。「公園で二人がふざけ合っているってクレームも来たことがあったし…」
レイジョは身を反らす。「あの時は実践こそが最大の学びでした。」
「『三拝』とかいうのをしてくれないって文句言ってたじゃない。」
「玄武商会の校外学習では、私の方が教えてましたよ!」
「それを言うなら、厨房の使い方を教えたのはあたしよ!」
「え、いや、あの時は野菜の切り方だけでは…」
「あー」セリカの小さな先輩はうなずきながら独り言のように言う。「山海経生だったの?」
レイジョとルミは同時に手を止めて顔を見合わせる。すると突然、レイジョは自身の口を押さえ、会長は笑みをこぼした。「いや、違うよ。」
「ははは!そもそもチャーシューは生徒じゃないよ!」生徒じゃない!? つまり学園には通っていない!?一回も!?「元々パートの傭兵で、時々商会のお仕事をしていたの。山海経生だったら、今頃間違いなく退学処分になってるよ!」
セリカの胸の奥に重い感覚が広がり、商会全体がそれに爆笑する中、アビドスはもはや引き返せないほど深く関わってしまっていた。それでも、出発直前にその少女が警告していた言葉が、どうしても頭から離れなかった。
「あたしも同行したいけど、実は今山海経ではあんまり歓迎されてないらしくて…」赤い髪の少女はぎこちなく頬を掻く。「ひとまず皆は最悪の事態に備えた方がいいよ。」
「え……」アヤネは緊張した様子で喉を鳴らす。「具体的にどんなことを?」
「それは──」ルミが答えかけた瞬間、突然玄関のドアを激しく叩く音が響く。「あら、時間切れか。」
「開けろ商会のペテン師ども!」と外から甲高い叫び声が響いてくる。
「え?」セリカの背筋に悪寒が走る。今度は何が起きているのやら。「時間切れ!?って何の時間切れ!?」
「礼節を知らない小人め――少し待ってください。」湧き出す怒りを抑えきれないレイジョは席から立ち上がり、ドアの方へ歩く。不機嫌になりながらドアを開ければ、そこにはヤクザモノの映画から飛び出してきたようなサングラスをかけたスーツ姿の少女たちが大勢集まっていた。それにもかかわらず、会長は動じていなかった。むしろその光景を見たことで、彼女の拳はさらに強く握りしめられていた。「静かにしてください。ここで食事をしているお客様もいますでしょう。礼節というものがないのですか?」
リーダー格の少女は舌打ちした。「今回は公用で来ている。お前がよその犯罪者を隠していることはわかっているぞ!」
「犯罪者──!?」アヤネは驚きのあまり小声で呟く。
シロコは最後の肉まんを食べ終えると、ドアの方へ視線を向ける。銃に手を伸ばしかけたものの、ルミに首を振られて制止され、耳が垂れ下がった。「私ならやれるのに…」
「どうやら誤解しているみたい。」ルミはいつもの笑みを浮かべながら会話に加わる。「外からのお客様はよく来るの。それにお客様に食事を提供すること自体、特に変じゃないでしょ?」
「お前ら玄武商会が自由に山海経へ出入りさせていること自体が、玄龍門の規則に反している!」リーダーは険しい表情で言う。「まっお前らのようなネズミどもは、そんな規則など気にも留めないがな。」
レイジョの表情が曇る。「…どうぞ。適当な言いがかりでもつけてください。…
「いきなり暴力に訴えるのは気が早い。店の修理には費用がかかるし。」会長は店前の手下たちに向き直る。「公用で来たということは、キサキ様の命令で来たのかな?」
「そうだ!」構成員はニヤリと笑う。「門主様から、よそ者に『特別』な歓迎をしてこいと命じられたのでな!」
「『特別』なんて言い方、ほんっと好きじゃない。」セリカは小声で呟く。
「なら、どうする?」すぐに、スーツ姿の少女たちは皆、銃を取り出して、銃の安全装置を解除する。「私たちと一緒に来るか、『伝統』に則った歓迎を受けるか、どちらか選べ。」
「ああ、あたしは邪魔する気はないんだけどね。むしろ、今回は協力するよ。」ルミは手を叩き、アビドスの生徒たちの方へ向き直る。「それじゃあ皆、そろそろ目的の時間が来るよ。お料理は美味しかった?」
「本当に美味しかったです!」ノノミは今にも戦闘が始まりそうな状況にもかかわらず、席から立ち上がる。「いろんな所の特色が混ざり合ってて最高でした!」
「みんな朝っぱらから元気だね。おじさんはもうお昼寝がしたいよ~」
「ん、、テイクアウトできる?」
スーツ姿の少女の一人がびくりと反応した。「よそ者って本当に変な奴らばかりだな…」
セリカのクラスメイトでまともな感覚を残しているアヤネは、不安そうな表情で彼女を見つめる。「あの、そろそろ出発した方がいいでしょうか?」
「ああ、そうよね…」セリカはそう答え、彼女の後についていく。椅子から立ち上がった瞬間、猫耳の少女は恐ろしい事実に気付いた。「ちょっと待って!」
「時間がもったいないです!☆」ノノミは笑顔で手を伸ばし、セリカを引きずりながら一緒に歩き出す。目に涙を浮かべた一年は、どんどん遠ざかっていく料理に必死に手を伸ばす。その間、彼女はただ一つの思いを嘆き続けていた。
どうして私が食べようとする前に行くの!?
[訳者あとがき]
次回は17日に投稿します