何が起こっているのかをセリカが理解する間もなく、対策委員会は
「さてと。」ルミは手を叩きながら笑顔になる。「皆無事に、取調室に連れて行かれることなくここまで来られたね!」
レイジョはうなずく。「牢もですが。」
「それもそうだね。ほんとどうなるか分からなかったよ。」
「しれっと怖いこと言わないで!」セリカにとっては牢行きになるわけにはいかない! シフトが支離滅裂になってしまう!「冗談よね、ね?」
「いや、本気で言ってるよ。商会が同行しているのは人質を取られないようにしているんだよね。」
一体何をしでかしたのか。
「…脱獄したことはない。」シロコは独りごちる。
「そこは心配しなくていいかと!」アヤネはため息をついて、ルミに向き直る。「もしかしたら説明が必要なのかもしれません。ネットで調べてみたんですが、見つかったのは──」
「商会の広告だけ。」山海経の生徒である彼女は肩をすくめた。「何も驚くことじゃないよ。山海経は伝統を重視する学園で、生徒会の玄龍門は伝統に固執するあまり、千年経っても何も変えようとしない。当然、料理で革新を目指すあたしたち商会とはいがみ合っているの。」
「しかも毎日、邪魔ばかりしてくるんです…」彼女の護衛役も低い唸り声で付け加えた。
「レイジョは深呼吸。」ルミは彼女を諭した後、話を続ける。「山海経は外部からの出入りを禁止しているけど、キヴォトス全域に位置する商会に招くことは可能なんだ。だけど、他の所で捕まった場合は…問答無用で取調室に連れていかれて、そこは商会も手も足も出ないの。」
アビドス生は皆、背筋に伝う冷や汗を感じずにはいられなかった。不安が募っていくのも知らず、レイジョはそのタイミングでさらに火に油を注いでいく。「あなたがブレードさんと関わりを持っていることも、事態をより一層複雑にしています。強硬派の中には、あなたを人質にして彼女を連れ戻そうとする者もいます。だからこそ、ブレードさんは私たちに護衛を依頼してきたのです。」
「うへ~」ホシノは部屋の中の緊張感など全く気にしていない様子だった。「だからおじさんはね、他の学園とは関わりたくないって言ったんだよ。こういう政治云々かんぬんはややこしくてね。」
「だから備えておけと、ブレードさんは言っていたのですね。」ノノミが小さく唸る。「万が一の場合は…シロコちゃん、あの時はやっつけられそうでしたか?」
「ん。」もう一人の二年生であるシロコはうなずき、バッグからいつでも着けられる――
「絶対ダメ!」セリカが叫ぶ。「バレバレよこんなの!そもそもみんなの顔がもうキヴォトス中に知られてるのよ!」
「…ノノミ先輩がミレニアムの生徒さんたちの前で裸になった時よりも、良いのでしょうか…」アヤネが小声で呟くと、猫耳の少女も思わず同意せざるを得なかった。どうして先輩たちは変人ばかりなのか。「それで、あの、これから山海経の生徒会の方たちとお会いすることになっているのですか?」
「ああ、違うよ。」ルミが微笑みながら言いました。「生徒会長から招待された…のが正しいね。」
エルフの少女は椅子から飛び上がりそうになる。「え…えぇっ!?」
彼女は慌てて準備の言葉を口にし始めるが、会議室の扉が勢いよく開け放たれるまでにわずか5秒ほどしか持たなかった。同じスーツ姿の二人が堂々と歩み出て、大声で叫ぶ。
「門主様の、おなーりー!」
「門主様の、おなーりー!」
「早く隠さないと!」アヤネが小声で言い、急いでシロコのバッグに覆面を押し込む。すると部屋中に、軽い足音が優しく響き始める。セリカは視線を入り口の方へ向ければ、そこは山海経の支配者のために、無数のスーツ姿の女子生徒たちが道を開けていった。
猫耳少女は壮大で威厳のある人物を想像していたが、実際に現れたのは…アビドスのリーダーより少し背が低い少女だった。それでも彼女からは圧倒的な存在感が漂っていた。歩くたびにコートが揺れ、その後を追うように黒いツインテールが下がっていた。金色の龍の紋様のチーパオを身に纏い、鋼灰色の瞳で『客人』たちを見回した後、彼女は判断を下した。
「…其方らが、アビドスの者共じゃな。」彼女は疲れたようにため息をつく。「最近山海経を来訪する者は多いのじゃが、いくら少数であれども、報せも伝えずに来訪する学園はまさしく初めてのこと。であれば、一つ助言をば。いくら姿を偽ろうとも、名を偽ってなくては容易く看破されるぞ?」
彼女の護衛であるスーツ姿の少女は、目を隠すほど長い紅茶色の前髪を不機嫌そうにかき上げた。「門主様が承諾して下さったことを幸運に思うんだな!お前たちがやっていることは、玄龍門そのものに対する最大の無礼に他ならないぞ!」
「ちょっと!」セリカが叫びました。「そんなつもりじゃ――むぎゅ!?」
「事前にご連絡できなかったことをお詫びします!」アヤネは急いで叫びながら、同時にセリカの口を手で押さえた。「私たちは山海経に初めて来たため、現地の取り決めといったものに詳しくなくて…しかも日程も非常にタイトでしたので、やむを得ず急がざるを得ませんでした。」
「いえ、謝る必要はありません。」レイジョは睨みつけるように言った。「たとえ事前に連絡していたとしても、相手は無視していましたのでしょう。無理やり門戸をこじ開けなければ、玄龍門の耳には届きません。」
護衛の一人が目を細める。「やはり場の弁え方を知らない傍若無人な連中だったか!」
「はいはい、喧嘩はしない。」ルミが手を叩きました。「これはアビドスと玄龍門の会談でしょ?山海経の問題を持ち込んでも、誰の得にもならないでしょ。ここに来たのは事が円滑に進むのを見守るためでしょ?」
「…はあ」赤毛の少女はため息をつく。腕を組むと、アビドス生たちに向かって、見えないスポットライトを渡すかのように、静かに首を傾げた。
「改めて、事前にお知らせできず本当に申し訳ありませんでした。」異議を申し立てるべきか?こんな状況に陥ったのは彼女たちの非ではない。「せめて、こちらの事情を説明させて頂いてもよろしいでしょうか?」
キサキは少しだけ思考したのち、うなずく。「よかろう。」
玄龍門の門主は部屋の最前列に腰を下ろそうとし、護衛たちは全員、壁際に整列する。中にはあからさまに軽蔑の眼差しを向ける者もいれば、無表情を貫く者もいた。キサキは足を組み直すと、再び客人に向かって話し始めた。「アビドスの廃校対策委員会がここに侵入したと聞いた時は、妾も驚いたぞ。」
「うへ~」あくびをするホシノだったが、なぜかいつもより目の落ち具合が控えめだった。「おじさんたちのこと知ってるの?」
「今現在の時世において、むしろ知らないと答えるのは困難ぞ。」と小柄な少女は認める。「小鳥遊ホシノ、砂狼シロコ、十六夜ノノミ、黒見セリカ、そして奥空アヤネ。アビドス最後の五名…そして『ブルーアーカイブ』の主人公たち。」
その名前たちは煙のように次々と流れ出る。そして微笑みかけるかのように、彼女の唇は歪む。「
護衛は瞬きをする。「門主様――」
キサキは手を上げて彼女を制す。「口を慎め、ミナ。キヴォトスでの山海経の評判はどう得ているか、妾は知らないわけではないぞよ。三大校と比べれば、山海経なぞ地図に記された点にもならぬ存在。シュンとサヤが『アーカイブ入り』されるまで、名前すら聞かれることなく、ましてや交渉目的で選ばれるような学園でもなかった。」
彼女はホシノを見つめながら、思慮深げな視線を向ける。「つまり、これは一つの事実を意味する──それは其方らが自らの意思でここへ向かったのではなく、最愛の厄介者が招いた結果として向かったということ。」
「…お見通しかぁ。」ホシノは肩をすくる。「他人の策略に振り回されるのは好きじゃないけど、セリカちゃんの契約は何とかして解約しないといけないんだよね。」
「ほう?」
「ここだけの話、実はね――」
「ちょーっと待ったー!」一年生の少女は身を乗り出す。そんな簡単な話なら、セリカはあちこちに自分のキーホルダーを持ち歩いているはずがない! どれだけ恥ずかしい思いをしていると思っている!?「目的はそれじゃない!ていうか人前でそんなこと言わな――もぎゅ!あままねぇ!!」
「静かにしてください、セリカちゃん…」クラスメイトが心配そうに言いました。
「皆、騙されていない。」とシロコが口を挟む。「選択を与えられて、それを選んだ。」
「誠か?」キサキは小さく唸る。「では、其方らが動いた理由を、妾に見せてみよ。」
「こちらです。」アヤネは胸のポーチから渡されていた封筒を取り出した。「こちらをお読みください。」
金色の龍の頭目は素早くそれを受け取り、優雅に広げて読み始める。彼女の目は滑るように素早く動き、その速さはまるで目の中で文字がぼやけて見えるかのようだった。そして最後の項目にたどり着いた瞬間、彼女は突然動きを止めた。ギロチンのように重い沈黙がその場を支配し、彼女は紙に書かれた言葉をじっくりと吟味する。やがて首を横に振れば、部下たちに向かって指を鳴らした。「パソコンの用意を。」
「すぐにお持ちいたします、門主様!」スーツ姿の少女たちが宣言する。そしてほどなくして、小さなノートパソコンを持って戻ってくる。キサキはそれを膝の上に置き、封筒から小さなUSBメモリを取り出して挿入した。
セリカの胸は高鳴るが、怪しい後ろ盾から与えられた資料を玄龍門門主が熱心に読んでいる様を、邪魔する勇気はなかった。毎分ごとに響く「ふむ」や「ほう」といった小さな声に、彼女たちは身をよじらせた。一瞬、この努力がすべて無駄になり、追い出されるのではないか――いや、彼女たちの態度から察するに、それ
しかし実際には、キサキはパソコンを閉じて部下に返すと、こう言った。「ふふ。この提案を大胆と表するのは控えめであろうな。まるで天に逆らうような、まさしく前代未聞のもの。まったくもって前例がない。山海経だけでなく、キヴォトス全体の歴史書を見渡しても、どこにもこの行為に類することは記されてないの。」
アビドスの少女たちは皆、キサキが何を言っているのか理解しているかのように、うなずき合った。
「…あ奴から、この計画については聞かされておらぬのか?」キサキがそう推測すれば、少女たちからは不安げなうなずきが返ってくるだけだった。
アヤネが補足する。「リスクは避けたいということだそうです。」
「確かにその懸念も理解できようが、しかし――」キサキは顔をしかめながら額をこすり始める。「こんな風に仕事を押しつけてくるとは…ああ、失敬。今しがた手渡された書類は、カイザー諸企業が市民としての義務を怠っていたことを示す証拠でのう。」
「は?」とセリカが言う。ただし、口を手で覆っていたため、「ブワッ」という音に近い声になっていたが。
「妾も『先生』としての立場上、そうかもしれぬと予感を抱いていたが、
当然ながら、生徒たちはまるで銃で撃たれたかのように声を上げる。「え…えっ!?」
ホシノは珍しく悪態をつきながら小声で呟く。「冗談きついね。」
「ということは…今までの努力は…」アヤネの目が回り始める。「すべて無駄だったということですか?!」
「ちょ、ちょっと待って!」一瞬の混乱が解けた隙に、猫耳の少女は再び自由を取り戻す。「固定資産税?!さっきから何言ってるの!?カイザーが全部持っているはずじゃないの!?」
「キヴォトスの学園は単なる教育機関ではなく、政府機関でもある。」と山海経の生徒会長は冷静に説明し始める。「学園が民間事業者に土地を『売却』する場合、それは土地そのものを購入するのではなく、『土地を使用する権利』を購入しているのであり、その対価として民間事業者は税金を支払わなければならぬ。他学園間で土地を取引した前例はあるが、企業に直接売却した例はない。契約書自体を精査する必要があるが、
「…じゃが、前生徒会長はその事実を知らなかった。」会長は重々しくそう結論づける。「故に生徒会は所有権を放棄し、カイザーの言葉を額面通りに受け取ってしまったのじゃろう。」
「百聞は一見に如か――」ルミは言葉を切り、突然合点がいった様子だった。「あっ、そういうことだったのね。」
「そういうことじゃ。」キサキは微笑む。「して、現在の争点はアビドスの所有権の所在。書類上はすべてカイザーコンストラクションとなっておるが、キヴォトスの法律に則れば、依然としてアビドス自治区であり、そのようにして扱われるべき。」
彼女は一呼吸置き、再び書類に目をやる。「じゃがたとえそうであっても、現在の其方たちに主張を貫く力はない。だからこそ、ブレードは其方らをここへと送り、カイザーコーポレーションを相手取った訴訟の代理人としての責務を担わせたのじゃ。」
「門主様!?」ミナを含めた玄龍門の構成員は皆、心臓を一突きにされたかのように声を上げる。
「カイザーコーポレーションを訴える…」シロコがオウム返しをする。「…それって、本当にできるの?」
「『お前はまだそれを見ていない。たとえ見たとしても、実行する力がないだけだ』…」ノノミはディレクターに言われたことをそのまま答える。「つまりこういうことだったんですね!わー!私なら絶対に思いつきませんね☆」
突然、アヤネの目が大きく見開かれ、拳を握りしめる。「だから借金を帳消しにできるのですね!あの土地がすべて借金返済に充てられていたから…!未払いの税金をすべて無視してても、カイザーの土地管理が違法と判断されれば、手続きは全て停止される可能性があるんですね!」
「少なくとも裁判が終わるまではね。だけど、その間だけでもそれを気にせずに過ごせる時間があればねー…」ホシノは顎をさすった後、すべての妄想を振り払うかのように首を振る。「無償でやってくれるわけじゃないよね?」
「左様。通常であればそうじゃ。しかし、此度はブレードが依頼料を全額支払うこととなった。」キサキは答えました。「その申し出がどんなに厚かましくても、耳を塞ぐものとはたりえない。」
「え?」護衛の少女は首を傾げる。「今度は一体を何をしでかしたのです?」
黒髪の少女は書類をミナに見せる。数行読んだだけで、彼女の耳から湯気が立ち上った。「あの小娘め――!」
「そう、これが妾達とって問題の初まり。」キサキは何ごともなかったかのように話を続ける。「これに応じるということは、それ即ち問題児と手を携えることとなる。」
「…あまり深く知り合ってはいませんが、印象はそこまで悪くありませんでした。」とアヤネが言うと、セリカもそれに渋々同意せざるを得なかった。あの部下たちは地獄の住人のような連中ですが、戦闘以外では比較的のんびりしていた。「具体的にどんなことをしたのか、詳しく教えていただけますか?」
レイジョは顔をしかめました。「ああっと…」
「当然であるものの、はて、どこから話せばよいものか…」キサキは肩を落とし、まるでその記憶を思い出すだけで魂が重くなるかのように伝える。「ミナ執行部長。」
「はい。」部下の女性は唸り声を上げながらスマートフォンを取り出した。「まず一番重大な点からお話しします。『剣聖』は山海経への不法侵入、無許可の傭兵活動、エンジェル24で長期勤務をしたのにも関わらず適切な就労証明書を取得していなかった――」
「そんなものは最初から渡す気はなかったですよね。」とレイジョが割り込む。
「そこまでひどくはないと思いませんが…」とノノミが考え込みました。
「まだ終わらんぞ。」ミナはぴしゃりと言い放ち、さらに続ける。「幾多も続く玄龍門の業務妨害、京劇部の公演の妨害、公然わいせつ――」
セリカは眉をひそめました。「どういうことなの!?」
「些事だ。」顔を赤らめた玄龍門の構成員が咳払いをする。
「梅花園生に成りすまして教官の精神を追い詰めた。」山海経の生徒たちは一瞬、厳かに頭を下げた。ミナに至っては目から涙を拭うほどだった。「ココナ教官はそれ以来、以前とはうって変わってしまった。」
「…あれは気の毒だったね。」ルミは肩をぎこちなく擦りながらそう認めた。
「オークションハウスの爆破、山海経の蔵書庫から複数の古文書が消失した事件と関わっている、そして最も大胆極まりない罪が――」執行部長のスマートフォンは、握りしめる力が強すぎて今にも爆発しそうなほどだった。「『龍眼』の盗難。」
「『龍眼』とは、山海経が長年収集してきた文化財の一つ。龍を模った像であり、天が妾たちを見下ろす象徴。」キサキは顔をしかめる。「当時、それには価値も、威厳もなかった。事実、その存在すらも知り得ぬ者も多かった。しかし、山海経の創設時まで遡れば、それが持つ歴史は計り知れない。」
もちろん、セリカのクラスメイトで自称銀行強盗の彼女は、とある言い回しをそのままにはしておけなかった。「…『当時』?」
「忘れ去られていた最大の理由として、素材が知られていなかった。」門主は認める。「皮肉なことに、この像が
アビドスの生徒たちは皆、目をぱちくりさせた。セリカは今聞いたことが信じられなかった。「が、ガチャの課金石が!?架空の石じゃないの!」
「残念だが、実在するのじゃ。」キサキは疲れたようにため息をつく。「調査曰く、青輝石は
「何者かに知れ渡ったら、盗んで山海経から金を巻き上げようとするに違いない!」ミナは断言する。「だが、こちらができることは懸賞金をかけて、疑問を抱かずに届けてくれる者が現れることを願うだけだ。ちっ!私が弱くなければ…!」
「彼奴の要求を無視できるような立場ではないからの。」門主は苦々しい表情を浮かべる。「そしてもう一つの問題──それはこの行為自体が伝統に反するということじゃ。」
「ふーん。伝統ってそれほど大事なの?」ホシノは疑問を投げかける。
「大事どころではない。」と彼女は答える。「玄龍門において、遍く正義は伝統から生まれるもの。単なる遺産などではなく、先祖の魂そのもの。天命、本性、価値──人を形作るものは、全ては過去の伝統に由来する。」
「ですが玄龍門は、その伝統を口実にして私たちの自由を縛り上げているではないですか。」玄武商会の護衛は唸り、肘掛けを握りしめるあまり拳が白くなっていた。「ただ伝統に固執するだけなら、毎日同じ食べ物を食べて、毎日同じことを繰り返しているだけの存在になってしまいます!そんなのに生きている意味なんてありません!」
「ちっ!」と玄龍門の幹部の一人が舌打ちをする。「お前たち商人こそ、価値観の重要性を理解していない!前例のない行動を取ることは、天の怒りを買うようなものだ!根の浅い木が倒れる運命にあるのと同じだ!」
「私が言いたいことはそれではありません。そのことはあなた方も分かっているはずです!」
キサキは指先で軽く触れるだけで、まるで火を消すように口論を簡単に鎮めた。「ご覧の通り、容易く解決できる問題ではない。先の出来事だけでも幾多の強硬派が去っていったとはいえ、それでも妾たちには伝統を守る義務がある。たとえ誠でも、誠でなくとも、生徒の中には其方らの学園のことを、憐みからではなく…戒めとして見ている者も多い。」
セリカの体中に血が駆け巡り、目が細くなる。ゆっくりと、彼女は手を銃の方へと近づける。低く、強欲な唸り声が彼女の喉から漏れる。「もう一度言ってみなさいよ。」
「…無礼であった。ここに詫びる。」少なくとも山海経の門主は敬意を表して頭を下げた。「最近、伝統を重んじる生徒らは、アビドスを伝統を捨てた者の末路として引き合いに出しておる。今や灰塵と化した名門校は、禿鷹に食い荒らされ、その伝統と慣習も忘れ去られてしまった、と。」
「こんな事になってほしいと私たちがそう思ったとでも!?」セリカは席から飛び上がろうとするも、同級生たちに激しく制止される。「ちょっと!離してよ!」
「私も同意見ではありますが、怒る相手はキサキ門主じゃありません!」アヤネは友人の激しい抵抗を抑えながら叫ぶ。
「申し訳ないが、今の状況はそうである。」キサキは再び頭を下げる。「強硬派は、かつての権威を取り戻さんと虎視眈々と機を狙っておる。そうであってほしくないのじゃが…」
「…そうであってほしくないのであれば?」ノノミはいたずらっぽく笑みを浮かべる。すると突然、彼女の手はシャツの中へまっすぐ入り、まるで巨大な保管庫のように谷間から紙を取り出した。「ブレードちゃんはこの事態に備えていたんです!」
「「そうなの?!」ですか?!」1年生たちは声を揃えて驚愕した。
「え?」ミナは眉をひそめた後、みるみる顔色が青ざめる。「そんな、まさか…」
ノノミはできる限りはっきりと、紙に書かれた内容を読み上げる。
「えーっと! 時はある王朝の時代――」ん?突然歴史の授業が始まったような…?上級生がわずか数秒話しただけで、セリカは既に眠気に襲われていた。決して勉強が苦手なわけではなく…!きっと旅の疲れが一気に出ただけだ! 歴史の先生がBDで日付や数字の話を始めた途端に退屈で寝てしまうようなタイプではなく…ぅ…zzz…「──ということ、私はセリカちゃんを推薦します!」
「えっ!? 何!?」名前を呼ばれた瞬間、少女は飛び起き――注意を払おうとするも、それもまた不適切であった。会話に意識を戻しながら、どうして全員からじっと見つめられているのか、全く理解できなかった。
玄龍門を除いて、皆、頭を抱えてうめき声を上げており、まるで10時間もソーシャルメディアでネガティブな情報ばかり見ていたかのような様子だった。そんな中、玄武商会側はその惨状にあからさまに笑っていました。
「やっぱり何度見ても飽きないねこれ!」ルミは腹を抱えて笑う。「あの子ってどうやってネタを探してるのかな?」
「一言で言うと……」赤毛の武術家はニヤリと笑う。「
一方、この展開を面白がっているのは、皮肉なことに山海経の門主だけであった。「己が価値を示す試練と…まあ、前例がすでにあるから、躊躇する訳はない。」
「すぐに用意してくるね!」とルミの言葉にセリカは困惑しながら見守ることしかできなかった。ルミが部屋から飛び出すと、レイジョもすかさずその後を追っていった。
猫耳の少女は周囲を見回し、壁に答えが書かれているのではないかと期待した。「な、何が起こっているの?」
シロコは彼女の肩に手を置く。「気にしないで。」
「滅茶苦茶気にしてるから?!」
「目の前に出されたお料理を食べればいいだけですよ。」ノノミがウインクしながらそう言う。「いいですか~?」
「え?それだけ?」彼女は一気に肩の力が抜ける。それなら自分にもできそうだ。今のセリカは腹が空いているあまり馬一頭でも食べられそうな気分だった。
あっという間に、ヤクザっぽい生徒たちは部屋の中央に長いダイニングテーブルを設置する。廊下からは食欲を刺激する香りが漂ってきて、蓋付きの皿を二つ手にしたルミが部屋に戻り、躊躇うことなくテーブルの上に皿を置けば、すかさず蓋を外し、ハーブとスパイスの強烈な香りが部屋中に広がる。「さあ! こちら出来立てほやほやの獄辛四川麻婆豆腐だよ!」
「こちらからも挑戦者を出す必要があるのう…」キサキが部下たちの方を向くと、彼女たちはあからさまにサングラスの位置を直したり、視線を逸らしたりし始めた──ただ一人を除いて。「ミナ。」
彼女の副官が前に進み出る。「仰せのままに、門主様。」
レイジョはアビドスの少女たちの前に進み出て、真剣な表情で申告する。「ミナには注意してください。」
シロコは目を細めた。「そんなに手強いの?」
「想像以上には。」
「改めて自己紹介を。玄龍門の執行部長、近衛ミナだ。」なぜか遠くでアコースティックギターの音が聞こえそうになるも、セリカの『対戦相手』は自信たっぷりに椅子に腰を下ろし、芝居がかった仕草で脚を組む。「この時代に、信頼を得るのは容易なことではないが、玄龍門は違う。我々の心は門主様と一心同体。たとえ燃え盛る炎の中に飛び込めと命じられたとしても、私には恐れるに足らず。なぜなら私は既に…」
ポケットから食事券を取り出したミナは、パチンと火をつける。「…心頭滅却──火もまた涼し。」
「ただの阿呆ですね。」レイジョはそう締めくくる。
「ですね。」アヤネも同意する。
「それなら、こっちも恐れるに足らずだね。」ホシノは拳を握りしめる。「セリカちゃんなら負けないよ!」
セリカはムッとした様子で言い返す。「ちょっと!何を言ってるの先輩!?」
「さあ、挑戦者のお二人さんの準備はいいかしら!」ルミはテーブルをバンと叩く。「早く料理を食べ終えた方が勝者!アビドスが勝利すれば、山海経の協力を得られる。そうでなければ即刻退場!制限時間は2分。ただし、気絶すると即失格になるから気を付けてね!」
「バラエティ番組みたいな始まり方ね…」セリカの顔に汗が流れ落ちる。これから何度も流れることになる汗が。「…って最後の即失格って何?」
「それじゃあ!よーい!スタ…ちょっと待ってね、これを用意するから…」料理人はスマホを取り出し、ボタンをタップする。するとスピーカーから音楽が大音量で流れ始めました。「スタート!」
「なんでブルアカのBGMがスマホに入っているの!?」セリカは叫ぶ。前回誰かが曲をかけた時の恐ろしい記憶が脳裏に蘇り…あっ!しまった!相手はもう一口目に入っている!「もういいわ!行くわよ!」
彼女は目の前の料理を適当にすくい上げ、一気に口に放り込む。
完全なる失敗だった。
「むぅぅぅぅぅ!」太陽の最も熱い地点は中心部で、その温度はなんと1500万度にも達する。もし太陽の中心部まで旅したとしたら、全身が1フェムト秒――作り話のような数字だが、実際にはナノ秒の100万分の1という極めて短い時間でこんがり焼き尽くされてしまう。だが少なくとも、一瞬で大量の放射線に晒されて、臓器は溶け、DNAはイオン化され、苦痛を感じる間もなく即死するはずだろう。ところが獄辛四川麻婆豆腐は、その辛さがセリカのかわいそうな舌を容赦なく焼き尽くし、昼休みに見たミーチューブの動画の記憶までよみがえらせるほどに強烈なインパクトを与えたのだった。
まるで彼女の口を炉として世界中のあらゆる炎が放り込まれたかのようだった。必死に飲み込もうとするも、濃厚な香辛料のせいでむせ返った。震える手でスプーンを口から引き抜き、必死に水の入ったコップを探すも、目に入ったのは涙でぼやけた輪郭だけだった。
「あの…」アヤネは彼女のすぐ後ろに立っていたが、その声はあまりにも小さかった。「もしかしたら受けたことが間違いだったかもしれません…」
「ハァ…それが…ハァ…どうした…」顔は燃えるように赤くなっていたにもかかわらず、ミナはそれでも得意げな笑みを浮かべようとしていた。「一口食べただけでもうギブアップか?アビドスがそんなに惰弱とは思いもしなかった。」
「こんの!」セリカは唸り声を上げるが、あまりはっきりとしていなかった。
「私を倒したくば、心臓に銃弾を撃ち込め。」相手も同じく震える手で無理やりもう一口食べるが、その瞬間、顔が真っ赤に染まる。
一年生は再び目の前の料理に目を向ける。しかし、手は動かない。あの感覚を再び味わうかもしれないと思うと、気持ちが沈む。悪魔の尻尾が振るわれた幻影が、今も彼女の味覚を支配していた。ありとあらゆる筋肉が硬直し、身を守るように全身が凍りついた。
突然、ノノミが彼女に声をかける。「ネバーギブアップです、セリカちゃん!何のために戦っているのか思い出してください!」
「ぁ…」…そうだった。これはただの食事ではない。躊躇を振り払い、一年生の少女は無理やりもう一口食べ、胃の中で起きている炉心溶融のような不快感に耐える。「ぜんぜん…」
ミナが唸る。「ん?」
「全然辛くなんかないって言ってるでしょこのヤロー!」体中の水分が蒸発するほどの勢いでセリカは絶叫する。「アビドスの夏の方がこれよりずっと辛いんだから!やってやるわ!」
ちょうどエンジンに火が入ったように、彼女の勢いは止まらなくなる。セリカは必死に目の前の料理を平らげていき、一口食べるごとに目に涙が浮かび上がる。かつてビナーを追跡していた砂漠での日々──オアシスなどどこにも見えない終わりのない砂漠の中、それでも進み続けたことを懐古した。
「子供だと思ったが、意外と根性があるな。」しかし相手はすでに彼女を大きく引き離していた。「だが、お前はここでもう限界だ!」
「誰が子供ですって!?」相手はせいぜいセリカより2歳年上くらいのはず!「いや、その、私は頭がいい方じゃないし…それにミスもよくするけど…でも私だってアビドスの一人なんだから!」
みんなこれまで必死に頑張ってきた。完済など到底叶わない借金のために、日が経つにつれて遠ざかっていく故郷のために、毎日汗を流してきた。今ようやく好転させる機会が訪れたのに、それがすべて自分の手にかかっているとすれば…
「私はセリカ!」礼儀など完全に捨て去り、彼女は丼を両手で抱え込むと、熱々の麻婆豆腐を勢いよく喉に流し込んでいく。「廃校対策委員会所属の黒見セリカよ!」
「…成程。お前の覚悟は認めよう。」ミナも丼を持ち上げる。「しかし玄龍門にも誇りがある!」
そう宣言すると、彼女は相手の動きを真似て、麻婆豆腐をできる限り口いっぱいにすくい上げる。
もはや競争ではなく、持久力を試す試練でもない。これは生存をかけた試練であり、二つの熱い魂が、人知を超えた偉大なる何かのために、身を賭して戦う場である。二人は泣き、叫び、咆哮する。
「玄龍もおおおおおおおおおおおおおおん!!!!」
「アビドオオオオオオオオオオオオオオス!!!!」
もちろん、口がすっかりふさがっているため、周囲からは、山海経で最も辛い料理を食べようと奮闘する女子高生二人の意味不明な叫び声しか聞こえなかった。
時間は、異常なほどに伸びる。数秒が数分になり、一分が一年のように感じられた。セリカが皿の底を覗き込めた頃には、魂が今にも卒業してしまいそうだった。だがその時……
どんぶりがドン!とテーブルにぶつかる。
「そこまで!」ルミが音楽を一気に止めて宣言しました。「結果の確認といこう。」
全員がテーブルの周りに集まる。ミナはすでに目を閉じ、椅子に深くもたれかかっており、空のどんぶりがあった。しかし、全員の視線がセリカのどんぶりに向かったその時…
「あっ!」アヤネが息を呑む。
まだあと数口分、残っていた。
「ごべん…なじゃい…」彼女は言う。舌が完全にしびれていた。
「よしよし。」ホシノが後輩の頭をそっと撫でながら、優しく声をかけた。「頑張ったね。」
「アビドスも、張子の虎だったか。」玄龍門の生徒がぼそりと呟くも、死そのものの怒りを湛えたシロコの睨みに凍りついた。
「結局、こんな風に終わるんですね…」ノノミが悲しげに呟く。
「…別の顛末に転がれば良かったが、結果は明白。」キサキが悲しげに首を振る。「ミナに外へと案内させよう。」
一瞬の静寂が流れる。
「…ミナ?」
部屋に声が響く。「まだ終わっていません。」
「レイジョ?!」護衛が玄龍門の執行部長のすぐ目の前まで詰め寄り、ルミは目を瞬かせる。しかし、勇猛な武術家である彼女が大胆にミナへ手を伸ばし、額を思い切り弾いたとき、誰も彼女を止められなかった。
緑色の髪の少女は席から弾き飛ばされ、キヴォトス全土を揺らす衝撃とともに地面に崩れ落ちました。彼女の表情が緩み、朦朧とした声が口から漏れました。「えへへへ…」
「ミナさんは…気絶していた!?」アヤネが叫びました。「ということは、失格ですか!?」
つまり…セリカは…
「アビドスの勝利!」ルミが宣言すると、砂漠の少女たちが歓声を上げ、玄龍門の面々は騒然となった。
「そ、そんな!ミナ執行部長が負けた?!」
「有り得ない…こんなことが起こるなんて…」
「天地がひっくり返ったッッッッッッ!」
「静粛に。」とキサキが言い放ち、部下たち全員を強制的に黙らせる。「では、伝統に従い、これよりアビドスは、山海経の賓客となり、我らの盟友となろう。それが玄龍門の門主である妾の勅命ぞ。」
彼女は倒れている護衛に目を向ける。「…ミナ執行部長を医務室に。賓客だけで話がしたい。」
立場が変わったせいか、部下たちは皆、即座に「はい!」という返事だけで作業に取りかかる。ほどなくして、スーツ姿の少女たちは皆姿を消し、ようやくアビドスの生徒たちと門主とだけになる。最後の一人が去るやいなや、キサキは目に見えて安堵した様子を見せた。「…今日は、実に濃い一日じゃった。」
「うんうん。若い子たちの活気で本当に年を感じちゃったよ。」ホシノはあくびをするが、目を閉じる代わりに、アビドスで最年長の生徒である彼女は、小柄な少女の方を値踏みすることにした。「でも、これで山海経も手を貸してくれるということかな?」
「賓客であれば、生徒たちからの異論は未然に封じられた。」キサキはうなずく。「事実、今となって其方らを見捨てる行為は、とんだ不名誉となろう。」
「そう言ってるけど、本当は助ける口実を探してただけよね。」とルミが茶目っ気たっぷりに口を挟む。
二つの組織は対立していたが、玄龍門門主は、やれやれと長いため息をつきながら案内役を睨みつけるだけだった。「妾の本性を暴こうとしているのなら…そうじゃ。山海経は外界から身を隠しているかもしれぬが、だからといってキヴォトスの者共が放っておくような真似はしない。カイザーコーポレーションがその一例じゃ。」
「あ奴らは過去に、山海経に強引に押し入ろうとしたことがある。」彼女は言葉を続け、遠い記憶に視線を彷徨わせた。「その時は追い払ったものの、投桃報李、そしてそれは恨みも同様。山海経は、挑発されたからといって逃げ出すほど脆弱ではない。それに、噂が本当であれば、あ奴らも長くは留まらん。それに…」
キサキは頭を下げる。「其方らと協力することで、山海経の心が開かれることを妾は心底願っておるのじゃ。」
「…たとえそれが、ブレードさんの計画に従うことになるとしても?」
「あの小娘には手を焼かされたが、嫌いではないぞ?」龍は微笑む。「むしろ、あの奇行の矛先が逸れると考えるだけで、なかなか愉快なものぞ。」
「じゃあ決まりですね!」ノノミが手を叩く。「これでみんな友達です! 一緒に頑張りましょう☆」
「そうじゃな。調整はすべて玄龍門の済ませておこう。」キサキは考え込むような表情でノノミをちらりと見る。「計画の後半については…」
まばたきをするアヤネ。「はい?」
「…なんでもない。」小さな門主が答えました。「一泊出来る宿を手配しよう。それまで、山海経を楽しむこと。」
「まあ、本当にいい方向に転がっているね。」ルミが微笑みながら彼女たちに向く。「お祝いに、ご馳走でもしようかしら?」
「うへー…それはちょっと…」
セリカが遠慮がちにシロコの肩を叩き、狼は眉を上げてまばたきをする。
「あ…
先輩たちは数秒間考え込み、うなずく。「ん。」
「あ…」もはや現実に留まる必要はなく…
セリカは意識を失った。
数日後、遥か遠くの百鬼夜行にて…
「準備はすべて整った。あとはお前を待つだけだ。」
「あらまあ、本当にやり遂げてくれるなんて。まあ、約束は約束ですし、私みたいな小童めはあなたの計画に乗るしかなさそうみたいですね~」
「誰がこんなに面倒な事態にしたと思っている?」
おかしなものだ。私ごときが入手することなど到底できない、大量破壊兵器の発射コードを肩に背負いながら座っていた世界の指導者は数多くいた。それなのに、どういうわけか、私が今まさにやろうとしていることは、核ミサイルが引き起こしうるもの大混乱よりも大きいものを招くような気がしていた。
…まあいい。
ガチャは回さなければならない。
その日、ボタンひとつで、vol1第2章の最終パーツが実装された。
[訳者あとがき]
次回は22日に投稿します