あらゆる決断は下さなければならない。やむを得ず行動せざるを得ない時があるという考えは、単なる甘美な幻想に過ぎない。恐怖──それこそが意志を奪うもの。あらゆる決断の根底には、単純な二者択一があった。恐怖に屈するか、それとも勇気を振り絞って前に進むか。だがどの道、『行動する』という能力がある限り、人はまた自らの運命を決める能力も持っているからだ。それでもなお…
時には、その選択があまりにも残酷で、耐え難いものになることもある。ただただ残酷さから生まれ、長く孤独な道のりの果てに痛みと苦しみをもたらすような選択が。この道を突き進むことが、果たして本当に正しいことなのだろうか? 恐怖に目をくらまされてしまう方が、もっと楽ではないだろうか?苦悩のさなかに、あまりにも多くの疑問が湧き上がり、人はその場に立ち尽くしてしまう。しかし、これさえもまた一つの選択だった。そしてきっと、最悪の選択なのだろう。天国と地獄の狭間にいることなど、永遠の呪いに他ならなかったのだから――
セリカが脱衣所から顔を覗かせた。「着替え終わった?」
「きゃあああ!」アヤネは悲鳴を上げ、床のタオルで裸体をすぐさま覆う。クラスメートを睨みつければ、頬は羞恥で真紅に火照っていた。「ちょっと!?いきなり入ってこないでください!」
「もう10分も経ってるのよ!」猫耳の少女が言い返す。「別に入ってもいいでしょ!女の子同士だし!」
「でも!それとこれとは…!」彼女はタオルを胸の近くへと寄せる。「すぐ出ますので、部屋から――」
シロコも顔を覗かせた。「そろそろメンテナンスが終わるから、早く。」
「うわあっ?!」二人、プライベートな空間に割り込んできたことに、アヤネは叫ぶ。「シロコ先輩も!?」
ホシノが顔を覗かせたことで、羞恥心はさらに募った。というのも、最悪なことは必ず三つが束となってやってくるのだから。「時間掛ける方が好みなのは知ってるけど、これはちょ~っと掛けすぎなんじゃないかな~うへ~」
「全員出て行ってください!」一年生は叫びながらドアまで駆け寄り、招かれざる客たちを外へ突き飛ばした。クラスメイトたちは抵抗せず、風に舞う葉のように吹き飛ばされ、その間ずっとくすくすと笑っていた。バタンと、彼女は脱衣所のドアを激しく閉めた。
「そんなに嫌なら鍵をかけて!」セリカが呼びかける。「みんな待ってるんだから!」
「すぐに行きますから!」さて、キヴォトスで過ごした15年間、その中で最大の試練に立ち向かう時が来た。躊躇いを飲み込み、彼女はゆっくりと、呪われし者の審判へと体を引きずっていった。純潔を喰らい、希望を打ち砕く恐るべき機械――『体重計』として、キヴォトス全土で恐れられている存在に。
脳裏に、とある記憶がよぎる。『アヤネママの下は、見た目よりもずっと立派なものですね!なればドールはもっとソフトに作らなければ!』
ゆっくりと、彼女の手は腰へと滑る。アヤネは優しく臀部をつまみ、時折鏡で確認しながらじっくりと眺めた。「そこまで大きくはない…よね?」
エルフである彼女にとって、体重を気にしたことは一度もなかった。けれど、MXスタジオを訪れて以来、その記憶が頭から離れられなかった。自分はただ、成長期
とはいえ、もしかするとあの狂人は、『アヤネの尻は板みたいに平らだと思われている』と言いたかったのかもしれない。であれば、それは全く別の理由で侮辱していることになるが。
いずれにせよ、この件は彼女の心に重くのしかかり始めていた。そのため、確認する機会が巡ってきたとき…アヤネはその機会を活かさなかった。昼のシャワーを終えた時から、本当に確認する必要があるのか、それともこのまま至福の無知に浸り続けるべきか、決めあぐねてただそこに立ち尽くしていた。実際、あまりに時間が経ちすぎたため、ショートヘアはすでに乾いていた。しかし、この時点でクラスメートたちはしびれを切らしていたため……
タオルが床に落ちる。
深く息を吸い込み、アヤネは底知らずの深淵へと一歩踏み出した。
数分後、そこには空っぽの殻が残っていた。死者の瞳が深淵を凝視していた。
「あ…」セリカは、クラスメイトたちがすでに集まっている宿舎の寝室にある小さなテーブルへとよろめきながら向かう彼女をちらりと見て言う。「…ダメだった?」
「おすすめのダイエットがあるよ。」過失致死罪に問われないかのようにシロコは提案する。「サイクリングは興味ある?」
「いえ!大丈夫です! オペレーターの生存本能が猛烈に首を振らせたが、言葉は灰のように消えていった。「ただ…前回の健康診断から数キロ太っただけ、それだけです。」
「ねえ、健康診断って先週やったばかりじゃなかった?」
アヤネはセリカの言葉にびくりとした。「フォローになってないです!」
「絶対料理のせいだね。」ホシノは名探偵のように指を立てて結論づけた。「ここの学校、絶対おじさんたちを肥えさせようとしてるよ。」
事実、アヤネはそれに同意せざるを得なかった。たとえ食卓が裏では政争の舞台になっていたからだとしても。表向きは玄龍門の賓客として扱われているアビドスだが、元はといえば玄武商会のおかげでここに辿り着いたのであり、その対立が各々のもてなしにまで滲んでいた。
朝食にはルミが手料理を終わることなくご馳走をし、夜にはキサキによって伝統料理店で饗宴…まだ数日しか経っていないのに、アヤネの胃は破裂寸前であった!山海経とそこの料理は一体どうなっている?!お小遣いをなんとかやりくりしていたあの日々が恋しくなっていたのだ!
その上、洗面室に体重計を置いていくとはなんと厚かましいことか!これは風変わりな拷問なのだろうか?MXブレードとの関係を理由にアヤネは嫌がらせを受けているのか?!あまりにも過酷すぎる!
「そんなに気にしなくていいよ。」ホシノはあくびをする。「たぶんただの成長期。おじさんもアヤネちゃんぐらいの時に何回も経験したことがあるからね。」
部屋にいた唯一の二年生が訝しむ。「…ん、そう見えない。」
「証拠見せよっか?」と彼女はスマホを取り出し、自分と髪の短いシロコの写真を見せる。「ほら?違い分からない?」
アヤネは眼鏡を5回も掛け直すが、服装以外は今のホシノとほぼ同じだった。
セリカは目を細める。「…分からないわね。」
「ここだよ!」とホシノは誇らしげに、頭頂部を指差す。
「伸びたのってアホ毛!?」
たわいもない会話が続いていき、時間は過ぎていく。このアビドスの外にある学園で過ごす慌ただしい日々の中、それは心地よい休息となっていた。確かに山海経は神秘に満ちた学園だった。アヤネ自身、百鬼夜行のことを伝統が続く場所だと思っていたが、その奥深さは山と海の地には及ばなかった。より素朴であっても、百鬼夜行は少なくともある程度は現代的だった。しかし、数世紀にわたって全く変わっていないと確信できる場所をアヤネは目の当たりにしていた。
とはいえ、アビドス生らは探索し切れていなかった。主賓として滞在する権利は得ていたものの、活動に関する情報漏洩を防ぐため、山海経では目立たないように振る舞わなければならなかった。生徒たちでさえも、現時点での出来事を知ることは許されなかった。そのため、時間の大部分は六和閣で過ごすこととなり、たまに玄龍門の構成員に護衛されながら外出する程度だった。
加えて、彼女たちは事件そのものの支援に追われていた。骨が折れる作業はすべて玄龍門が行っていたのかもしれないが、だからといってアビドスが完全に蚊帳の外ではなかった。アビドス側は数枚の書類の提出を求められていたが、『ほぼ何も用意していないという』少々気恥ずかしい問題があった。現在の分校に移転する前の書類はすべてが紛失しており、どうやら自治区の法律までもが含まれていたようだった。
キサキは疲れ切った表情で彼女たちを見つめると、眉間をつまんでため息をつく。『…其方らの事情は分かった。じゃが、其方たちの学び舎の息を吹き返したいのであれば、その生還者の思考を止めることじゃ。』
生徒たちは皆、恥ずかしさに顔を背けるしかなかった。対策委員会はまともな生徒会ではなく、活動の大部分は閉校を阻止することに費やされていた。判断を下さなければならない稀なケースにおいては、彼女たちは事実上のアビドスにおける政府のような役割を担っていたが、常識に従うしかなく、複雑な事柄は気に留めていなかった――ある日突然、それが気になり始めるまでは。
幸い、旧校舎の廃墟で記録を探索するために、アビドスまで足を運ぶ必要はなかった。連邦生徒会がその写しを保管していたからだ。どうやら、学園が校則を連邦生徒会に提出するのが慣例だったようで(実際に提出するかどうかは当然学園次第であったが)、ほとんどの場合、学園の運営には何の影響も及ぼさなかった。しかし、裁判を行うのはおそらく連邦生徒会側であるため、そこへ保管されている校則が適用されることとなる。
それでも、電話越しに恥ずかしそうに写しを求めると、アヤネは猛烈な羞恥心に襲われていた。電話の向こうの連邦生徒会でさえ、ひどく狼狽していた。一体どこの学校が自らの法典をそのまま失くしてしまうなどと、誰が予想していたのか。
戻ってきたのは、アヤネの教科書2冊分を合わせたよりも分厚い書類の山だった。そこに記された文章は驚くほど濃密で、アビドスの創設者本人が自ら筆を執り、その枠組みを記していた。それに目を留めた瞬間、少女は内容の半分を理解するだけでも丸一年はかかるだろうと確信した。MXブレードも一枚目の手紙の中でいくつか下線を引いていたため、自分用の写しを持っていたに違いないだろう。もっとも玄龍門側としては、カイザーに対抗するために利用できるものがないかを精査している可能性もあったが。実際のところ、楽しみながら読んでいるように見えていた…
いずれにせよ、今日は計画を実行段階に移す日であり、それ即ちアビドス生たちはようやく一息つけるようになる。唯一の例外であるノノミだけは、『スーパーシークレットアイドルプロジェクト』のために一人で山海経を離れ、残りのクラスメイトたちをテーブルの周りで不安げに待たせていた。そして少女たちのスマートフォンはテーブルに置かれ、バッテリーが熱を発していた。
「あと少し、あと少し…」セリカはスマートフォンをじっと見つめながら、貧乏ゆすりをしていた。「もうすぐで…」
「あ!」アヤネが叫ぶ。「もう――」
言い終わる前に、シロコの手が蛇のように飛び出す。それはスマートフォンをぶんどり、画面を素早くタップした。アヤネが瞬きする間もなく、シロコは得意げな顔で投げ返す。そこにはいつものアロナの笑顔があった。「ビクトリー。」
「はい、つっかまっえた!」この中で唯一自称やっていない最年長が後輩の両腕を持ち上げた。「シロコちゃんのアカウントでやってるみたいだね。うへ~」
セリカがテーブルに拳を叩きつける。「もー!やっぱり携帯プランをアップグレードしておけばよかった!」
「まあ、大して関係ないですし。」どうせアヤネが自分のアカウントでこの章をやれば、どのみちアビドスは救われる。「展開は同じになりますよね?」
「ん、シロコカワイイ先生があっという間にカイザーを倒してくれる。」
「…展開は同じになりますよね?」
「いいからさっさと――」セリカは言葉を切り、友人を凝視する。「ってなんでシロコ先輩ってメモロビを自分のにしてるの?」
「シロコ」2年生が自身の顔を指差した。「カワイイ」
ホシノは悟ったかのようにうなずく。「反論のしようがないね。」
「はたして自信過剰なのかナルシシズムなのか…」アヤネは呟く。
シロコはその発言を無視して、素早くメインストーリーの画面を開く。友人の性格からして、普段ならまずカフェを回収してデイリーをこなし、友達が見つからない時は適当な生徒を選んでチケットを使い、素材集めで周回し、スリルを求めてハードのミッションをスキップせずにこなすのだろう…。そう考えれば、シロコカワイイはかなり硬派な先生だったが、今日はカイザーの恐怖政治に終止符を打つ責任が彼女に課せられたため、彼女はすべてを飛ばして、物語が途切れたところからすぐにPMCの理事に立ち向かうこととなった。
ところが実際に目にしたのは、風紀委員が数え切れないほどの反省文を無理やり書かされている光景だった。
『…小鳥遊ホシノ』ゲーム内のヒナが考え込む。『「天才」と呼ばれた、本物のエリート。2年前の情報部の分析では、ゲヘナにとっての潜在脅威の一つとしてリストアップされていた。あの時、あのまま戦っていたらきっと、風紀委員の大半が戦闘不能になったはず。アコ、あなたの早とちりでね。』
「おじさんに相当な圧を掛けてきてるね。」画面に、ずっと幼い頃の自分の姿が映し出されると、例の少女が呟く。「そんな
「ホシノ先輩が最強なら…」シロコが独り言のように呟く。「私は二番目に強い?誰よりも先輩に負けてるから。」
アヤネの頬を汗が伝い落ちる。「そういうことじゃないと思いますが…」
いずれにせよ、場面は再びカイザーのPMC理事との決戦へと切り替わる。もしこれがよりいつものキヴォトス産のゲームであれば、間違いなくボス戦へと繋がり、アビドスの少女たちは弾丸が飛び交う戦場への準備を整えていたになるだろう。だが実際は……。
『だが、口の利き方には気を付けた方が良い。ここはカイザーPMCが合法的に事業を営んでいる場所。まず君たちは今、企業の私有地に対し不法侵入しているのだということを理解するべきだ。さて話を戻そうか…アビドス自治区の土地だったか、確かに買ったとも。』企業の幹部が彼女たちを激しく叱責する。『まるで、私たちが不法な行為でもしているかのような言い方は止めてもらおうか。わざわざ挑発をしに来たわけではないのだろう?ここに来たのは、私たちがここで何をしているのか気になったからか?どうしてアビドスの土地を買ったのか、その理由が知りたいのか?それならば教えてやろう、私たちはアビドスのどこかに埋められているという、宝物を探しているのだ。』
それは完全なる拒絶であり、少女たちが攻撃する正当性を根底から奪い去るものだった。それだけではなく、一本の電話によって、事態は最悪の方向と転落する。『残念なお知らせだ。どうやら、君たちの学校の信用が落ちてしまったそうだよ。』
『きゅ、9000万円!?』
『これで分かったかな。君たちの首にかけられた紐が今、誰の手にあるのか。』
「そんなことしていいの!?」本物のセリカがテーブルに拳を叩きつけ、大きな衝撃音が部屋を揺らす。「完全に卑怯よ!」
「…借金なんて関係ないよ。」先輩たちは険しい表情で言い放ち、スマートフォンが砕けそうなほど強く握りしめていた。「たとえ奇跡が起きたとしても、カイザーはただ支払いを強いらせるだけ。」
アビドスは追い詰められていた。
それ以外に言いようがなかった。
「げ、現実なら何か行動を起こせますよね?」一年生が緊張した面持ちで眼鏡を掛け直しながら尋ねる。
「…んー」とホシノは短く唸るが、微塵も眠たげな様子を見せていなかった。実際、彼女の目は、アヤネが見た中でとりわけ冴えていた。特に、ゲームにて彼女の過去の掘り下げが始まった頃には。
『…ああ、思い出したよ。賢そうな君と一緒にいた、あの全くもってバカな生徒会長のこともな。』
『うええ、だってホシノちゃーん…ご、ごめんね?』
『そうやってふわふわと、奇跡だの幸せだの何だの…もっとしっかりしてください!あなたはアビドスの生徒会長なんですよ !? もう少し、その肩に乗った責任を自覚したらどうなんですか!』
「未来だけじゃなくて、過去もやるなんて…」ピンク髪の少女は、ほろ苦いノスタルジーに漂いながらため息をつき、テーブルに頭を預けた。「…卑怯だね。」
「ホシノ先輩…」アヤネが彼女に呼びかける。「今のは――」
「思い出。先輩とのね。おじさんはね、ずっとこんな調子じゃなかったんだよ。皆みたいに青春を過ごしたことがあったから。」紙が破れる音が部屋に響く。「青くてバカだった頃の。」
顔を上げなかったホシノをよそに、物語は続いていく。ゲーム内の仲間たちは皆、対策委員会の部室で、どうすべきか、カイザーの宝があると言った主張は嘘であるはずだと、(もっとも、
しばらく思い出に浸った後、ゲーム内のホシノはようやく舞台裏で何が起きていたのかを明かした。つまり、この2年間でカイザーコーポレーションから…そして
『アビドス高校を退学し、私共の企業に所属する…その条件を吞んでいただければ、今アビドスが背負っている借金の半分近くをこちらで負担しましょう。』影でできたスーツ姿の人物が微笑んだ。『ククッ、ククククッ…さあ、答えを聞きましょう。もしイエスならば、こちらにサインを。』
現実のシロコが眉を上げました。「半分近く?」
「それでも相当な額ですが――」アヤネがそう言いかけたところで、同じ1年がもう一度テーブルに手を叩きつけ、言葉を遮った。
「そんなの絶対に無理よ!」出来る限りの大声でセリカが叫ぶ。「先輩がいないアビドスはアビドスじゃないわよ!」
「テーブルが壊れたら、キサキさんに弁償しないといけませんよ!」まだへこみ一つなかったものの、もしアヤネより上の生徒だったら、話は全く別になる。「それに…私もそう思います!半分だけなんて少なすぎます!毎月の支払いに影響がありませんし!4人になっているのに状況は同じままになっているんですよ!」
ホシノは顔を上げ、彼女たちに照れくさそうな視線を送る。「もう、分かったって。ゲームの私だって、要求飲んでないじゃん。」
翌日、小鳥遊ホシノの姿は消えていた。残っていたのは、退部届と退学届、そして一通の手紙だけだった。
「うへ~」
「何がうへ~よ!」
しかし、ゲーム内のホシノは、別れの手紙の一言一言で、現実の自分という墓穴をさらに深く掘り続けていた。クラスメイトたちに黒服への権利を放棄する署名を強要し、アビドスを任せたいと頼んでいたのだった。手紙の締めくくりは別れの言葉ではなく、あろうことか、もし再会することがあれば自分のヘイローを破壊してという要求だった。
この時点で、現実のホシノは完全に沈黙していたが、時折顔をしかめていた様子からして、内心では激しく自分を責めていたのは明らかだった。だが、砂埃が収まる間もなく、砂漠は再び混乱に飲み込まれた。
「ついに、条件は全てクリアした。最後の生徒会がアビドスを退学…これで実質的に、アビドス高等学校は消えた!!あとは我らカイザーコーポレーションが、アビドスを吸収合併するのみ!さあ、アビドス高等学校を占拠せよ!」
アヤネの心臓が止まった。
今にも耳元でセリカの悲鳴が聞こえてくるのではないかと、半ば覚悟していた。だがどういうわけか、その少女自身の沈黙の方が遥かに重かった。彼女はシロコの手にあるデバイスを睨みつけ、純然たる怒りに表情を歪めて座っていた。対照的に、銀髪のクラスメイトの顔は完全に無表情だった。感情を一切見せず、そのまま章の残りの部分へと突き進んでいた。
『公的な部活も、委員会も、生徒会も、自治区すらも無いアビドスは、学園都市の学校として自立・存続が不可能だと判断…仕方ないな、この自治区の主人である我がカイザーコーポレーションが、あの学校を引き受けるとしよう。そうだな、新しい学校の名前は「カイザー職業訓練学校」にでもしようか。』
『あなたを実験体として研究し、分析し、理解する。この興味深い実験こそが、私たちが観測を渇望していたもの。つまりは、そういうことです。』
木製のテーブルにホシノの顔面が直撃し、骨が砕けるような鈍い音が響き渡ると共に真っ二つに割れる。「…とんだバカだね、私。」
「ずっとこの時を狙っていたっていうの?」セリカが歯を牙のように剥き出しにして唸った。「ただ借金を払わせるだけじゃなくて
それでも、過去最凶の恐怖が現実になるのを防ぐ術はなかった。これまで自分たちがやってきたことがいかに無益か、それが止まることのない雨のように降り注いでいた。法的な正当性もなく、借金を解決する方法もなく、どうすることもできない。容赦ない絶望が、ついにアヤネの心に、最悪で、救いようのない考えをねじ込んだ。「本当に…ハッピーエンドになるのでしょうか?」
全員が凍りついた。
これまで誰も、疑問に思うことなどなかった。普段接していたメディアはハッピーエンドがほとんどであり、『ブルーアーカイブ』がそうした類の展開を辿らないことを、ほとんど忘れかけていたほどだった。実在の人物をキャラクターに起用したという衝撃以上に、キヴォトスに存在するどんな物語よりも深く、傷口を抉ることを厭わないストーリーだった。
あとは、それによって致命的な結果を招くまで、どれほど深く突き刺さるかということだけだった。
「ブレードさんはそんな人ではないように見えたけれど……」アヤネは言葉を重ねるたびに、自らを呪うように言い続けました。
「…ハッピーエンドがないなら──」キヴォトスの恐怖、シロコカワイイが宣言する。「作ればいい。」
「お願い…お願い…」と友人のかすかな囁き声が、会話が進むにつれて大きくなり、ついには――
『目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く…それが、あなたたち覆面水着団のモットーじゃなかったの?』よりによってアルがステージに上がった。『何をすればいいのか分からない、どうすればいいのかも分からない。やる事なす事、全部失敗に終わる…ここを潜り抜けたところで、この先にも逆境と苦難しかない…だから何なのよっっっ!!!!』
『「え、えっ…?」』アヤネは気づかぬうちに物語の中の自分と息を合わせてそう口にしてしまった。
『仲間が危機に瀕してるんでしょう!?それなのに、くだらないことばっかり考えて、このまま全部奪われて、それで納得できるわけ!?』
『いやいや、アルちゃんその辺で勘弁してあげなよ。メガネっ娘ちゃんは繊細なんだから、こういう時もあるって。』
「え?!」
『さあ、今こそ協業の時よ!合わせられるわよね、先生!?そこの
「行こう、便利屋!」シロコが珍しく叫んだ。
「シロコちゃん、感情移入しすぎじゃない?」ホシノが軽く笑うも、いつものエネルギーはなかった。
キヴォトス中で未曾有の混乱を巻き起こしたゲームが、一時的に地獄のような大混乱を鎮め、束の間の休息をもたらしたというのは、なんとも皮肉なものだった。
だが、一部にとっては、たとえ一際静かになったとしても、仕事は止まらない。
「情報部から返答がありました。」アコは委員長の机にフォルダを置きながら言う。「カイザーコーポレーションに関する全資料はこちらです。」
「…早かったわね。」ヒナが依頼してから、まだ15分も経っていなかった。
「ええ、今日は
「ああ…」元情報部員であるヒナには、見当がついていた。「ゲヘナの危険因子として、正式に認定されたのね。」
こうした件に関しては、電光石火で動くことを彼女自身の実体験から知っていた。vol1の最終回が出てからまだ1時間しか経っていなくとも、わずか数分で駆け抜けたとしても不思議ではなかった。
「まあ、そうなるのも無理はありませんね。」とアコが唸る。「自分たちの学園を作ろうと企んでいるなんて…トリニティでさえ、姿勢を変えているはずです!すぐに行動を起こさなければ!」
「落ち着いて。」ヒナにとって彼女の言い分は理解できるが、『スマホゲームにそう書いてあったから』というのは、SNSの噂に基づいて判断することと変わりなかった。むしろ、そのせいでパニックになるゲヘナ生たちを止める方に、時間を費やすことになるだろう。「この『ゲマトリア』とやらは?何か掴んだかしら?」
「…申し訳ございませんが。」アコがため息をつく。「情報部でさえも、虚を突かれたようでして…実在するかどうかさえも判明していません!」
「ふぅん…」そう、ヒナも責められない。外部の大人の組織が生徒を誘拐して実験を行うなんて、変な映画の設定みたいなのだから。ゲームの中の話だったという事実も、火に油を注いでいた。それでも、デカグラマトンの件を経て、誰も油断はしていなかった。ゲームの中でのメンバーの描写が、ひときわ不気味だっただけに。
ヒナはイベント自体を最後までプレイする余裕がなかったため、黒服と先生の対決を目撃するべく、半狂乱で引きずり出されることとなった。顔と呼ぶ黒い殻に開いた白い穴をじっと見つめ、ナイフの刃先で塗りつぶされた彼の蜜のような甘い言葉を耳にした。
『それを否定はしません。私たちの行動は、善か悪かと問われればきっと悪でしょう。』ニャテ・マサムニェやカイザーPMCの理事のような強欲さとは異なり、黒服はスマートだった。自らの凶悪犯罪を完全に認めながらも、親しみやすい態度だった。だが、そんなことは関係なかった。なぜなら――『しかし、ルールの範疇です。』
頭上に見えないヘイローをはっきりと感じることができたのと同様に、彼がキヴォトスに存在することはできず、また存在すべきではない男だと、ヒナは分かっていた。
心の底で、彼が存在しないことを祈っていた。
「なるほど。」と彼女は涼しい顔で言った。「残りはどうなっているの?」
「はい、残りは囚われている地下研究所から小鳥遊ホシノを救出します。」風紀委員会に新設された偵察部門(主にブルーアーカイブのガチ勢)が、各自の端末の前で泣き崩れている横を二人はちらりと見やる。「対策委員会と便利屋68が強襲し、トリニティのティーパーティーと我々が共に砲撃支援をしています」
ヒナは片眉を上げた。「風紀委員会まで参加してるの?先生はどうやって参加させたのかしら?」
アコは手で口を覆い、頬を鮮やかな赤に染めた。「あ、あー、その…」
「あああああああああ!」と耳をつんざくような悲鳴が彼女の言葉を遮った。イオリがドアを勢いよく開け放ち、ヒナのデスクまで駆け寄った。「ぶっ殺す! 全員ぶっ殺す!」
風紀委員長が何が起きているのか尋ねる間もなく、部屋の隅から、褐色の悪魔と瓜二つの声が聞こえてくる。『はあ?風紀委員長に会いたい?ゲヘナの風紀委員長に、そんなに容易く会えるとでも思ってるのか?そうだな、じゃあ土下座して私の足でも舐めたら…ひゃんっ!?ちょっ、まだ話しの途中…んっ!ちょっと!?大人としてのプライドとか、人としての迷いとかは無いのか!?』
「止めろ!」本物が叫ぶ。その顔は、地獄の深淵よりも熱くなっていた。部屋にいた全員が一斉に身震いし、音を出していた者は慌ててスマートフォンの音を消した。しかし、人間の心がピンク象の亡霊に苛まれるのと同じように、彼女たちの視線は自然と、流れるような銀髪、黒いミリタリースカート、引き締まった褐色の脚、そして歩くたびにカツンカツンと音を立てるヒールへと追いかけられていき――「どこ見てるんだ!」
「あ! 一応伝えておきますが、先生が参加したのはイオリの足を舐めたからではありませんよ!」本当にやりやがったのか?!一体どんな人間なのだろうか!?「反省文を書く代わりに先生が提案したんです!」
「えっ!」ヒナは自身の恥ずかしさという炎に、さりげなく扇ぎをかけた。「そうね、そうね、そっちの方がずっと合点がいくわね…これで風紀委員会への抗議が収まるといいけど。」
「これ以外なら何でもやったのに!」イオリは絶望して嘆く。「今後入ってくる新入りがさらに変な奴らになるじゃないか!」
ヒナは…反論の…しようがなかった…
「すみません。」とアコは沈黙せず謝るが、優雅に髪を耳の後ろにかけながら言う。「ですが、風紀委員会のために、あなたの足を犠牲にする必要があるようです。」
「裏切ったなアコちゃん!」
「報告が終わったのなら、席に戻りなさい。」ヒナは眉間をつまむ。「本編を読み終えた今夜は、忙しくなりそうね。」
「はい」と二人は答え、席へと戻った。
これから増える仕事にすでに重圧を感じていたヒナは、ただ椅子に深くもたれかかり、目の前のファイルを手にした。情報部がこれほど迅速に動いたのであれば、その情報は不可欠なものに違いない…
彼女の目が大きく見開かれる。「これって――!」
[訳者あとがき]
次回は31日に投稿します