ブルーアーカイブでブルアカを   作:粋刺@翻訳

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サービス開始(3)

スナイパーとは周囲のありとあらゆる変化を見逃さず、かつ標的のみに意識を向けるという矛盾しきった存在である。正義実現委員会の任務を通して、標的のみに意識を向ける術を静山マシロは学んだ。空腹も、陽が照り付けてくる暑さも、虫も…虫は…まだまだ未熟な所もある。自身の正義を貫き通すための道のりはまだ半ば、とはいえこれはキヴォトスの生徒全員に当てはまる事実であるため問題はない。彼女たちは毎日、少しずつ成長している。そうしていつかは、自らが望む大人へと成長していく。そう願うばかりだ。

 

…集中するという行為の厄介な点、それは集中し終わった途端にあらゆるものが意識に入り込んでくることだ。結局は脳も筋肉の一つ。足が痙攣した後に訪れる強烈な解放感のように、一度落ち着いてからようやく気づくこともある。

 

そんな雑念が静山マシロの頭をよぎっていく午後──誰もいない校舎の屋上にて、彼女は陽の光を浴びながら、下校していく生徒たちを見下ろしていた。ここからであれば、生徒たちが交わすたわいもない話が全て聞こえてくる。とはいえ話題のほとんどが学業、スイーツ、ゴシップ、モモフレンズ、スイーツ──彼女にとってもう聞き飽きたものであった。

 

だが今日は違った。一見すれば昨日と何一つ変わらない一日のように見えるが、意識をしっかり向けてやれば、学園内では変化が微かに巻き起こっている。しかしその勢いは僅かに付き始めたばかりで、嵐には至っていない。今起きている流れに気付いていない生徒が大半だったが、世界の全てを眼下に収めた少女は違った。微かな変化も逃さずに収めていた。

 

たとえその視線が、背後の窓が開く音に引き寄せられても。「あはは、やっぱそこだったんすね。」

 

黒髪の少女が窓の外に顔を出し、にっこりと微笑む。マシロは瞬きした後、息を吐き出す。「イチカ先輩…」

 

「隣、いいっすか?」相変わらず仲正イチカは全く気負っていない様子だった。他の正義実現委員会の委員と比べると対照的なそれだが、学園一の仲裁役として考えるならば、その立ち振る舞いが相応しい。だがしかし、次の一言で疑わしくなってしまう。「今暇なんすよね。」

 

「お仕事の方はやらなくていいのですか?」

 

「え?ああ、いや、今日は非番っす。まあなんというか、非番の日ってやることがなくて暇になりがちじゃないっすか。」

 

そのことはマシロも分かっていた。とはいえ彼女としては、非番であってもやることは特に変わらなかった。狙撃手としての仕事の大半は標的が現れるまで時間を潰すことであり、自身の正義を貫くためにも忍耐力が不可欠である。とはいえ、現在は頭に一発撃ち込むような状況わけではないのだから、断る理由はない。そのためマシロはため息をついた。「…ならいいですよ。」

 

「あざーっす!」トリニティの校舎は屋上を座ることを想定されていない造りをしているため、マシロはただ窓枠に足をかけて慎重に自分の隣へとよじ登っていくイチカを見守るしかなかった。屋上に座るのは校則と正義に反する行為だと思われるが、高所にいる狙撃手に待ったをかける者はいなかった。とはいえ、斜めになっている屋上の座り心地は悪かった。「おっと、ここいっつもズルッて滑り落ちそうになるんすよね…」

 

イチカはレジ袋を「ジュース飲むっすか?」

 

「はい。何味ありますか?」

 

「ポップコーン味とピーチ味っす!」

 

マシロは一度瞬きした後、イチカが何かいたずらをしていないかとジュースのボトルの中身を見てみるが、残念なことに何もなかった。「…変わった味ですね。」

 

黒髪の少女は疲れたようにため息をつき、身体を屋上に預ける。「本当はイチゴ味が欲しかったんすけど、普通の味が全部売り切れちゃって…でもピーチ味も悪くないっすよ。」

 

そうであったなら…「じゃあポップコーン味で。」

 

「そっちすか?じゃ、どうぞ」その名前のイメージとは裏腹に、ポップコーン味のボトルは驚くほどひんやりとしていた。マシロはため息をつきながら一口飲む。特に味の予想はしていなかったものの、"まあまあ"であったらしく、暑い日の任務の時にまた飲みたくなるような味であった。だが普段であればいつも飲む味を選ぶのだろう、恐らくは。

 

一方のイチカは、大げさな反応をしていた。

 

「すっごく甘いっすね!」少女は満足げな笑みを浮かべ、好きな飲み物がまた一つ増えた。「もう一個買っておけばよかったっす…」

 

そうして、二人は座ったままジュースを飲み干す。一見何でもない出来事に見えたが、マシロは訓練を受けた正義実現委員会の委員、たとえ心が他のことに逸れたとしても、鷹のように異変を見逃すことはなかった。「…ん?珍しい二人…」

 

「どうしたんすか?」イチカは身を乗り出し、珍しい二人が誰なのかをすぐに把握する。「ハスミ先輩とスズミさんが話し合っているみたいっすけど…まだ何も起きてないっすよね?」

 

「はい。」狙撃手は首を縦に振る。「正義実現委員会(ここ)と自警団の関係って良くない方でした?」

 

「いやーそんなことないっすよ。」隣の生徒は苦笑いを浮かべ、髪を指で巻き始める。「でもまあいざこざが起きた時に頼られる側としては、ちょっとストレスになるというか、その…」

 

そういうことである。両者の間には多少の緊張関係が生じていることはマシロも否定できなかった。自明の理というべきか、両者には共通点が多い。トリニティ総合学園において、警察に該当する組織は正義実現委員会しか存在しない。(なお、英名表記は直訳したJustice Actualization CommitteeではなくJustice Task Forceを用いるのがトリニティ内では一般的である。)とはいえ完璧な組織ということでもなく、その隙間を縫うようにトリニティ自警団が活動している。そして彼女たちは警察官というよりはカウボーイのように、非公式のボランティアとして気が向いた時にふらりと現れ、好きなやり方で事件を解決していくのである。

 

自警団は規模としては正義実現委員会に比べて遥かに小さいものの、それでも自治区内ではその名が知られている。そして加入基準が曖昧で、部長に該当する存在がいないため、二つの組織が衝突するのは必然的である。しかしこれら二組織が吸収合併されることなく今日まで共存し続けているのは──かつて複数の学園が合併して出来上がったトリニティ総合学園の歴史に起因している。

 

マシロとしては、自警団員は皆、一枚岩ではなかった。直近で加入した者の方がトラブルを起こしがちだと耳にしているが、事実上の()()である守月スズミと何度か話した時には好印象を抱いていた。むしろどうして彼女が正義実現委員会に所属していないのかが不思議でならなかったが…あくまでもこれは静山マシロからの視点である。

 

部外者から見ても、自警団と正義実現委員会は何らかの形で互いにいがみ合っているように見えていた。それ故に、純白の盾と漆黒の羽根が校門で立ち尽くしている光景は衝撃的であった。副委員長の羽川ハスミが彼女と何か話し込んでおり、普段であればあの二人がこれほど長く一緒にいるのは有り得ないため、より一層奇妙な一日へとなっていった。マシロは意識を集中させて生徒たちの囁きに耳を傾ける。彼女の予想通り、生徒たちもまた困惑していた。何かあったのかもという疑念と…そしてその中に混じる奇妙な会話の数々。

 

()()()が自警団の団長?」中庭のほぼ全員が聞き取れる程の声で、一人の生徒がそう言った。「ゲームの立ち絵よりもすっごい綺麗。」

 

ピクッと動くスズミの眉を、狙撃手は見逃さなかった。

 

「そりゃそうじゃん。」別の生徒が言う。「絵柄が古臭いし…なんでスズミだけ10年前みたいな見た目なんだろ?予算でもケチった?」

 

再びピクッと動けば、今度はギュッと拳を握りしめていた。

 

どういう話題なのかはマシロには理解できなかったが、彼女たちは自身の生存本能を気にせずに話を続ける。「絆ストーリー見た?音楽のセンスも古臭いよね。」

 

ピクッ、ギュッ。

 

「リアルでも不良にオースティン・ディーバーのBabyを聴かせたんだよ!トリニティ辺りで見たの!」

 

「マジぃ!?時代錯誤すぎ!」

 

ピクッ、ギュッ。

 

「…お二人とも。」ハスミはため息をついて、長い黒髪をたなびかせながら、その二人に正義として険しい目つきで一瞥する。「正義実現委員会本部に呼び出しを受けたくないのであれば、これ以上は控えるべきでしょう。」

 

「イ、イエスマム!」二人は声を揃えて答え、砂ぼこりを上げてあっという間に姿を消していった。

 

「そこまでしなくても…」とスズミは首を振る。「ああいうのは慣れていますから。」

 

「いえ。」とハスミは同情的な表情でキャンパスの方へ向き直る。「あなただけに起きていることではありませんので。」

 

「はあ、何があったんだろう。」マシロは小声で呟く。

 

「あーもしかしてアレっすか。」意味ありげにイチカはうなずく。「他の委員からは聞いてないっすか?」

 

狙撃手は一瞬言葉を止めて、首を横に振る。「今日はずっと一人で活動していました。」

 

「あっ、まあ確かに任務中でもどこか話しかけにくいっすから…」

自分がそれほど話しづらい人物であるとはマシロは思っていなかった。

「今朝──」

 

残念ながら、その説明はトリニティ中に響き渡る呼び出しによって遮られる。「阿慈谷ヒフミさん、こちらへお越しいただけますか?」

 

「は、はいぃ!?」全員の視線が集まる中、肩にペロロのバッグをかけたごく普通のベージュ髪の少女が姿を現す。これも珍しい出来事だ──マシロの記憶が正しければ。「何でしょうか?」

 

ハスミは一歩前に踏み出す。「いくつか、質問させていただきたいことが。」

 

「あ、はい?」と彼女は緊張した様子で答える。「あの、すぐに終わりそうですか?ナギサ様にお呼び出しを受けていますので…」

 

ティーパーティーのホストの名前──しかも一見平凡に見える生徒から突然その名が出たことに対して、法を執行する立場の二人は顔を見合わせる。そうしてスズミが話を続ける。「それほど時間は掛かりませんので大丈夫です。ブルーアーカイブというゲームはご存知ですか?」

 

「ブルー…アーカイブ…?」ヒフミはその単語を繰り返した後、首を横に振る。「ごめんなさい。知りません。」

 

「いえ、大丈夫です。ではMXスタジオというのは?」

 

「ないですね…?」

 

「ふむ…」とスズミは目を細め、ゆっくりと口を開く。「では…『ファウスト』という名前に聞き覚えは?」

 

「さっきから知らない単語ばかりですね…」

 

「そうですか…」とハスミは腕を組む。「では、銀行強盗をしたことはありますか?」

 

「は、はいぃぃぃぃ!?」ベージュの髪の少女二人の天使を交互に見つめ、何か冗談でも言っているのかと戸惑っていたが、二人とも真剣な表情をしていた。

 

「廃校寸前の学園の生徒たちに攫われて、紙袋を被せられて銀行強盗の首謀者に仕立て上げられたことは?」

 

「ちょっとシチュエーションが具体的すぎませんか!?」

 

好機と見たスズミは、動揺する少女をさらに追及する。「ブラックマーケットに行ってみたいと思ったことは?」

 

「私そういう人だと思われてるんですか!?」この時点でヒフミの全身は震え上がっていたが、それが恐怖か怒りなのかは分からなかった。「もちろんないです!絶対にないです!」

 

堕天使は眉をひそめる。「ペロロの限定グッズが売られていたとしても?」

 

思いもよらない質問だったのか、少女は突然動きを止める。「まあ、ペロロ様のためなら…ってもしかしてブラックマーケットにペロロ様の限定グッズが!?」

 

「どんな理由があろうとも、ブラックマーケットには絶対に行かないでください。」銀髪の天使(スズミ)はため息をつき、相方の方を向いて首を横に振る。「本当に何も知っていないようですね。」

 

「…その通りですね。」とハスミはうなずく。「お時間を取らせてしまってすみません。これで以上です。」

 

「はい…?」巻き込まれてしまった少女は警戒しながらうなずく。「あの、私、どういうことなのかはよく分かっていませんが…お役に立てたのなら嬉しいです。」

 

「お気になさらず。」スズミは苦笑いしながら、どこか哀愁を帯びた眼差しを向ける。「すぐに分かるかと思いますので。」

 

「そうなんですか?」ヒフミは慎重に、周囲の視線が今も自分に注がれている中、ゆっくりと歩き始めていく。

 

一方、先ほどまで良い警官・悪い警官戦術で完璧な尋問をしていた二人は互いに緊張した面持ちで顔を見合わせた。彼女たちが求めていた答えは得られなかったようだ。

 

「…この辺りでやめましょう。」と自警団員は周囲を素早く見回す。「あの部分は完全にフィクションです。」

 

「ですがそれ以外の描写はかなり正確でした。」ハスミが言う。冷静を装ってはいたが、豊満な胸を持つ少女の拳は固く握りしめられ、肩がかすかに震えていた。こんな姿をマシロが見るのは、「ゲヘナの風紀委員会が他学園への侵攻を本気で計画しているのであれば、こちらとしては出来る限りの情報を集めなければなりません。」

 

「あなたから聞いた話では、ヒフミさんはその計画には関わっていませんでしたね。」とスズミは視線を逸らす。「ですが私としてはカイザーも不安です。最近露骨な動きがありますし…」

 

「あの悪魔たちが起こす狼藉を黙って見過ごせとでも!?」

 

「えっ!?いえ違います!」

 

「ゲヘナが侵攻?カイザー?」マシロは全て知り尽くしていそうな少女の方に振り向く。「私、何か聞き逃してしまいましたか?」

 

イチカは呆然とした様子でマシロを見つめた後、肩を落とす。「あー…メインストーリーのネタバレを聞いちゃっただけっす。」

 

「えっ?」

 

「今朝、正実内でキヴォトスの生徒たちが登場するスマホゲームがやっていたんすよ。」黒髪の少女はスマートフォンを取り出し、数回タップする。「授業前にリセマラしてたせいであんまり遊べてないっすけど…ほら!ツルギ委員長をゲットしてるっすよ!これでキヴォトス最強の先生になれるっす!」

 

マシロは画面に目を向ける。どういうわけか実際に対面した時と同じように、画面に映る委員長は威圧感を放っていた。それを見た彼女の頭に浮かんだ疑問はただ一つ──「…面白いんですか?」

 

「多分?どうなんすかね?」イチカは肩をすくめる。「でもまあ委員長と副委員長が出ているから、周りはその話題ばかりで…ほんっと、まさかあんなことになるとは思ってもなかったす。」

 

「すみません、先輩ってあのゲームに関わっていたりはしてますか?」

 

「実は…埃被ってたものをフリマサイトに出品したら、運営元のMXスタジオが格安で全部買っちゃったんす。」イチカがフリーマーケットサイトで出品していた?「百鬼夜行に郵送するのは慣れっこだったんすけど、こんな大量に送るのは初めてで…でも星5評価をもらったっす!」

 

ちょっと待った。「中古で星5って、一度も使ったことがなかったものを出品したのですか?」

 

「はは、まあ、そういうことっす。」とマシロの隣にいた人物が微笑みました。「でも、そこの連絡先は今も残してあるっすよ。もしかしたらマシロもゲームに出してもらえるかもしれないっすよ?」

 

「どうして私が…?先輩が出るのが先では…?」

 

「えーっ? そんなの無理っすよ〜。ちょっと恥ずかしすぎますって!」

 

「じゃあ私ならいいんですか?」

 

会話はやがて他愛もない雑談に移り、またしばらくゲームの話で盛り上がっていた。そうして日が暮れ始め、オレンジ色の空の下、マシロは自宅へと歩く。ようやく帰宅すると、彼女の体は自然と動き始め、気がつくと『ブルーアーカイブ』なるゲームのダウンロードページを見つめていた。

 

しばらく考えた後、彼女は決断を下す。「…やっぱやめよう。」 スマートフォンはぽふんと柔らかな音を立ててマットレスに落ちる。

 

「私には関係ないから。」 マシロはこの謎のスマホゲームに関わることなく、安心して眠りについた。

 

それからわずか数日後、不運にも彼女は『アーカイブ入り』と呼ばれる現象として知られるようになる事件の第一人者として、突然注目を集めることになってしまう。以後、「どうして私が…?」という呟きが絶えず聞こえてきたという報告が複数の正実委員から寄せられてきた。

 

イチカは関与を否定したが、マシロの疑念は消えることはなかった。こうして黒髪の少女は、狙撃手の鋭い視線に常に晒される生活を送ることになってしまった。

 


 

星空の下、キヴォトスの中心で他の生徒たちが寝床に就き始めた頃、二人の少女が陰ながら熱心に労働を続けていた。

 

「──以上の理由により、囚人移送時の警備強化に関する新たな提案が提出されました。」連邦生徒会副会長、青と黒の髪が混じったエルフの少女である七神リンは眼鏡を直し、続けて言う。「もちろん、実現の可否については防衛室長のカヤ室長次第ですが…七囚人のうち誰かが脱獄する恐れがあるという状態が、彼女の腰が上がる要因となるかもしれません。」

 

「なるほどね…」名も無き会長が机に突っ伏す。「はぁ~今日は本当に大変だったね~リンちゃん。」

 

「全くです。」彼女は疲れたようにうなずく。「あのゲームに関することだけでも何百件もの報告を受けてきましたので。」

 

連邦生徒会という役職自体が、ストレスの塊であることは過言ではない。多数の自治区と生徒たちを統括する名目上、常に火消しに迫られる。学園と学園、生徒と企業、更には組織と組織との問題まで対応せねばならない。そして時折、怠け者が重要な立場に就いてしまうこともある。だがしかし、これらを踏まえた上でリンには一つ、確固たる自信を持って言えることがある。

 

「とはいえ、ブルーアーカイブについては十分対処可能な範囲です。」彼女は独り言のようにため息をつく。「肖像権に大きく抵触しかねませんが、開発側に悪意を持っているように見えていないため、この件を急ぐ必要はないという意見が大多数を占めています。」

 

「それに百鬼夜行に拠点を置いているせいで、下手に手を出すと逆に大変なことになっちゃうし…」そうして、「はぁ…」と彼女の友人は結論付ける。「まあ、このまま運営が続くか、騒動の影響で消えるかのどっちかだね。」

 

「百鬼夜行から出なければいいのですが…」リンは顔をしかめる。「他自治区に足を踏み入れるようなら、すぐに身柄を拘束されてしまいます。」

 

「相手の素性が割れて()()()の話ではあるけどね。」会長はいたずらっぽい笑みを浮かべる。「そういえば調査の方はどんな感じかな?」

 

「現在調査中です。スタッフの大半が偽名を使っている模様です。」偽名というよりはネット上のハンドルネームであった。もちろん、リンにはそのような知識はなかった。「そしてワイルドハント、山海経、ミレニアム等の様々な学園の生徒が…いえ、様々な理由で退学した"元"生徒が関わっています。」

 

そして謎に包まれたディレクターの存在──彼女は書類上ではどれも会社の所有者として記載されていた。明らかにコードネームと分かる名前で、同じ名前を使う傭兵の情報は見つかった。しかし、顔と()()が分かっていたとしても、彼女の存在を示す記録は一つも存在しなかった。小学校の卒業アルバムすら見つからず、まるで存在そのものが抹消されたかのような…或いは幽霊のように突如として現れたかのようだった。

 

とはいえ、幽霊のように現れたという説はあまりにも非現実的なものであり、連邦生徒会の一人が提案したキヴォトスの生徒にしては珍しい武器を選んだという根拠から、カイテンジャーと一時的に共闘した『カイテンブレード』と何らかの関係があるという説ぐらい非現実的だった。「スタジオの住所が書類に記載されているため、家宅捜査やSRTの派遣を実施すべきだという意見も上がっています。ですが──」

 

「しなくてOK。ただでさえ人手不足なんだから、一大事にならない限りは慎重に進めていこう。」会長はスマートフォンを取り出し、しばらくするとブルーアーカイブの心地よい音楽が部屋中に響き始めた。「ふっふ~ん、リンちゃんってこのゲームのことどう思ってる?」

 

「…ここまで堂々と、しかも無断で自分自身が出されたのは参りました。」彼女の声も見事までに再現されており、開発者はどんな手法で再現したのだろうか。ひょっとするとAI技術なのかもしれない。「ですがモバイルゲームとしてのクオリティは十分に高く、ゲーム性もシンプルですのでちょっとした空き時間で遊べますね。」

 

「あっ!リンちゃんもやってるんだ!」と友人はニヤリと微笑む。「じゃあこれからはリン先生って呼んだ方がいいかな~?」

 

「…そのような必要はないかと。」リンはおもむろに振り返り、会長の目を真っ直ぐに見つめる。勘が働いただけだが、それでも…「既に…先生の名前をご存じでしょう?」

 

その瞬間、部屋は一瞬にして静まり返り、張り詰めた空気が漂っていた。背後に広がるD.U.の夜景は徐々に薄れていき、この部屋だけがこの世界に取り残された。そしてあまりにも重すぎる重荷を背負った二人の少女も、直視したくない真実と共に取り残されていた。

 

大半のキヴォトスの生徒にとっては、『ブルーアーカイブ』はただの変なスマホゲームでしかなかった。しかし裏で何が起きているかを知っていれば、話は全く別のものとなる。

 

「サンクトゥムタワーの改修工事は終了段階、エンジェル24のとの契約も締結済み、シャーレプロジェクトも承認され、あとは先生の就任を待つのみ…」リンは信じたくなかった。だが、この立場まで導いてくれた勘がおかしいと叫んでいた。否、以前からずっと叫び続けていたのだが、微かな違和感でようやくその叫びに耳を傾けたのだ。「おかしな話だとお思いでしょうが、知るべきでない事がブルーアーカイブで語られているという事実は否定しようがない。だとすれば、私が持つ疑問はただ一つ…」

 

その疑問を彼女は投げたくなかった。その疑問が頭の中にある限り、全ては偶然が重なり合っていただけと片付けることができた。誰かが金儲けのためにでっち上げた作り話だと。

 

それなのに…

 

それなのに…

 

忌々しい言葉が、リンの口から出ずにはいられなかった。「教えてください…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

一瞬の間が生まれた。全てを元通りにする明確な否定の言葉を、永遠にも感じられるほど連邦生徒会副会長は待っていた。ただ笑い飛ばし、一緒に食卓を囲み、「また明日」といつものように別れるつもりだった。

 

しかし。

 

友人──連邦生徒会会長──キヴォトス全域を掌握する超人は、一言も発しなかった。

 

「どうなんですか!」リンが青い髪の少女の机に手を叩きつけ、彼女の耳元でドンと鈍い音が轟いた。「お答えください!」

 

その友人はただ横目で見る。「…もしそうだとしたら?」

 

「冗談のつもりですか!?」そう叫んでいた。何故叫んだのか、それは思考よりも速く、口が動いていたからだった。「そんなことをすればどの程の混乱が発生するのか分かっているんですか!?ゲームと全く同じ事態に、いや、さらに深刻なものに陥ってしまいます!何もかも置いて逃げ出すことはできないというのに!どうしてそんなことをするのでしょうか!?」

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

その言葉は口から出なかったが、二人の間にははっきりと響いていた。

 

「逃げ出す、か…」会長は小さく息を吐き、目を閉じた。「あなたにはそう──思っているのですね。」

 

ゆっくりと、彼女は椅子から立ち上がり、窓の外を見やった。キヴォトスの街がすべて眼下に広がっている。そして目を凝らせば、無数のヘイローが街路を照らしているのがわかるだろう。暗闇の中、まるで星々のように輝いて──

「責任を負う者について、話したことがありましたね。あの時の私には分かりませんでしたが…今なら理解できます。大人としての、責任と義務。そして、その延長線上にあった、あなたの選択。それが意味する心延えも。」

 

生徒会長は輝く街へと手を伸ばそうとしたが、目の前の冷たいガラスに阻まれた。「たとえどれほど切望しようとも、無償の奇跡は起きません。責任を負うことは、必ずその代償を払う覚悟があってこそ。何故ならその時に初めて──」

 

「先程から──」

 

「リンちゃん。」彼女は言葉を遮った。鏡に映るその表情はほとんど見えない。「もしも、捻じれて歪んだ先の終着点を変えたいのなら、どんな代償を払わなければいけないと思う?」

 

この言葉──リンは以前聞いたことがある。あまりにも多くを知りすぎた物語の反映だ。しかしこれは彼女に向けられた言葉ではない。そうであってはならないのだ。なぜならリンには、その問いに対する答えなどないから。「私には…分かりません。」

 

「今まで、私は最善を尽くしてきましたが、少しずつその代償が追いついてきています。少しずつ、あなたが気付けない形で。ですが願わくは、その代償を払う暁には、充分な形を私は残していたいのです。」

 

これまで友人と苦楽を共にしてきたリンだったが、今までとは違った。こんなに弱々しい姿を見せたのは初めてだ。心の奥底では、今にも目の前の少女が消えてしまうかのような不安に襲われていた。必死に手を伸ばし、友人を掴もうとするが、リンの指先は一本たりともその純白の衣服に触れることなく止まってしまった。「…一体()()?」

 

非有(ひう)の真実は真実であるか。」二人の距離はほんの僅かしか離れていないのに、その間には大きな宇宙が広がっているかのようだった。「最近、そのことをずっと考えて続けていたのです。」

 

「古則、ですね?以前私に尋ねた、『理解できないものを通じて、私たちは理解することができるのか』と似たようなものですね。」

 

「ふふ。覚えていたのですね。その古則に対する答えは見つかりましたか?」

 

「いえ、まだです。」

 

「いつか、その答えが見つかる日が、あなたにも訪れます。」友人は振り返り、悲しげな微笑みを浮かべる。「ですがその日が訪れるまで、私が代償を払うその瞬間まで──あなたはそばにいてくれますか?」

 

リンは一瞬たりとも考える必要がなかった。たとえ光年単位で離れていようとも…二人の少女の心は、いつも並んで立っている。「もちろんです。」

 

「ふふ。ありがとう、リンちゃん。本当に…」会長の笑みはさらに大きくなり…そしていきなりいたずらっぽくなれば、パチンと指を鳴らした。「カット!!」

 

「えっ!?」とエルフは驚きのあまり飛び上がり、目をぱちくりさせた。

 

「どうだったリンちゃん?完全にゲーム内の私だったでしょ?」とくすくすと彼女は笑う。「この調子で行けば、実写版が決まった時にワンチャン本人役としてやらせてくれるかもしれないよ?」

 

突然の声のトーンの変化に驚いたリンの目は、ただぐるぐると回るばかりだった。「え…はい?」

 

友人の視線が優しくなり、背中をぽんと叩いてくれた。「もーリンちゃんったら気にしすぎ。ブルーアーカイブはただのゲームなんだから。」

 

副会長が何も言う前に、会長はすでにオフィスを横切り、ドアの外へと飛び出していた。「はい!今日はここまで!あまり遅くまでいちゃだめだよ?働きすぎているとすぐにシワが出来ちゃうよ!」

 

カチッという音がした後、優しいエンジン音が鳴り、リンは会話が終わったことを悟った。今は誰もいないオフィスに一人取り残されている。

 

「働きすぎなのはあなたの方です。一人で全部背負う必要はありませんのに…」そう、小声で呟く。

 

しかし彼女の言葉を聞くべき相手の耳には、決して入ることがなかった。

 


 

流れ星が夜空を横切るキヴォトス。無数の星々の中に紛れ、その輝きに気づく者は少ない。しかし天上の存在である以上、近づきすぎた者は必ずその軌道に引き込まれてしまう。その輝きに触れた者の中には、運命の流れから外れ始める者もいた。

 

夢のない砂漠では、銀行強盗の是非について意見を交わす少女たちが。

 

地獄の深淵では、万魔殿(パンデモニウム)を謳歌する者たちと、聞き慣れた混沌の呼び声を感じながらゲヘナの龍に従う者たちが。

 

一方、楽園の陰に潜むのは、新展開がどこへ着地するのかを面白がりながら固唾を飲んで見守る大人たちが。

 

そしてこのスーパーノヴァを起こした私自身──今現在、かつてないほどの試練に直面していた。

 

「それで!」茶髪の少女は、表面上は愛らしい笑顔を浮かべているが、その下に潜む小悪魔の存在を私は知っていた。「うちの方でお祭りを開催してほしいんですか?」

 

「そういうわけではなくて…」私はお茶を一口すすった後、机の上に一通の封筒を差し出す。

 

「コラボイベント、というのを聞いたことは?」




[訳者あとがき]
Justice Task Forceはゲーム公式で使われている名称で、Justice Actualization Committeeは日本語訳をベースとした有志訳(そのため多少のブレがあり)です。
Justice Actualization CommitteeではなくJustice Task Forceを用いるのがトリニティ内では一般的である。というくだりについて、どうしてそうなったのか、その英訳が適切なのかを私なりに考えたので、興味があったら見てください。(異論大歓迎)
次回は13日に投稿します
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