今日この日のことをイズナに聞けば、「人生で最々々々々々悪な日」という答えが返ってくるのだろう。事の発端は数日前、狐と主君が出会ったその日だった。彼女は主君を求めていたが、誰からも相手にされず、やっとの思いで見つかれば、喜びのあまり自らを安く売り叩いた。事実、忍びの道を歩み始めた彼女は幸せに浸りすぎて時代劇を三徹して一気見し、寝落ちをすれば忍者として大冒険する夢を見るほどだった。
そして目覚めると、なんと五回も主君から電話がかかっていた!なんという屈辱か!今すぐにでも自戒したかったが、幸い主君は寛大で、初任務で挽回の機会を授けてくれた!どうやら主君の誉に泥を塗るべく祭りを催した不届き者がいるらしく、早急に止めなければ!
そうしてイズナはトーストを咥えたまま現場へと急行したが、先手を取られてしまう。街の至る所にはなんと彼女の姿が映った写真が張り出されて脅しをかけているのではないか!黒幕は邪悪なる浪人、無垢なる少女を辱めるという狼藉を起こしていた!もちろんこの程度ではイズナは動じない。快刀乱麻で成敗致す!
そうして敗北を喫することとなった。
奥義を駆使しても、邪悪なる浪人は成敗できなかった。味方が撤退する中、イズナは心を固くして耐え忍び、決して諦めることなく必ず三倍強くなって戻ると誓った!だが残念なことに主君は快く思っていなかった。
「この馬鹿者があっ!」路地裏の独眼竜、ニャテ・マサムニェは彼女を睨みつけていた。「おぬしのせいであの忌々しい祭りが終わるどころか大盛況になっておるではないか!」
「あ…」と膝を震わせながらイズナは土下座をする。目尻には涙が滲んでいたが、ぎゅっと目を閉じて溢れ出ないようにしていた。「も、申し訳ございません!」
「チッ」という舌打ちと共に、猫男は部屋の中を歩き回る。一歩一歩歩む度に、合流場所として使っていた廃屋の床が軋む音を立てる。「もういい。今更謝っても無駄だ。今頃奴らは儂の素性に探りを入れている所はずだ…」
彼はそう言いながら、低く唸るような声を漏らした。「そうなると商店街会長の座を降りなければ…いや!そうではない…そうか!それだ!」
ニャテ・マサムニェは独り言のようにくすりと笑えば、初めて出会った時のように優しい笑顔を浮かべて彼女の方へ向く。「コホン!イズナ、今日は散々儂の誉に傷をつけてしまったが…まだ挽回の機会は残っておる。」
くすんという声をこらえて、彼女は顔をあげる。「本当ですか?」
「敵の策にはまったせいで、儂は当分の間百鬼夜行を離れなければならない。」ニャテ・マサムニェは思案げに顎髭を撫でる。「新天地で生き抜くには、護衛が必須。そこでだ、忠実な忍者であるイズナに護衛を頼みたいのだよ。」
ほんの一瞬だけ、イズナの心臓が締め付けられる。「それって──!」
彼が一歩踏み出してその言葉を遮れば、懐から一枚の紙を取り出した。「新しく契約書を書いてやろう!だがこれはただの契約書ではない!
「永久契約!」と少女の尻尾が左右に揺れ動くが、背けたくなる現実が彼女の心の奥底に染み渡っていく。「ですがそれだとイズナは退学しなければ…」
「さあ、主君を信じろ。」その言葉と共に彼は一歩近づき、口元から牙を覗かせる。「最高に忍者になりたいのだろう?」
イズナの背筋に寒気が走る。自分のせいで主君の誉に傷がついた。彼についていけばその誉を取り戻すことができる。そしてずっと夢見ていた家臣にもなれる。だが…百鬼夜行は彼女の居場所であった。
春前に、桜の残り香を置いていけるのだろうか?
七日七晩にも感じられたが(実際は七秒)、その問いについてイズナは考え続けた。そしてついに答えを見つけ出した。身体を震わせながら、彼女は口を開く──
しかし言葉を発する直前、痛みに満ちた叫び声が上がり、暗闇から呼び声が響く。「おい、毛玉。質が悪い奴とは知っていたが、流石にこれは──」
影から何者かが姿を現す。イズナよりも小柄な少女だったが、その鋭い赤い瞳には、年長ならでは重みがあった。燃えるような深紅の髪は、乱れたポニーテールから腰のあたりまで垂れ下がっていた。見慣れない制服を着ており、背中には自分の体の二倍もある刀を背負い、まるで遥か昔の歴史書から飛び出してきたかのようだった。「昼に猫砂でも食べたか?さっきからずっと汚い事しか喋ってないもんだからな。」
勿論イズナはその姿に見覚えがあった。今日、ついさっきまで戦っていたのだから、気付かないわけがない。「じゃ、邪悪な浪人!なぜここが分かったのです!?」
「だから浪人呼びはするなって…まあいい。」名も無き浪人はため息をつき、彼女の着物に指差す。「一ついいことを教えよう。戦闘中は常に相手の手元に注意しろ。」
「手元に注意しろ?」イズナは自分の服を撫でまわすと、いつの間にか取り付けられていた謎の端末を見つけ、まるで爆弾かのように落とす。「ややっ!これは!?」
「追跡装置だと!?」主君は従者を睨み付ける。「どこまで腑抜けているんだイズナ!」
「申し訳ございませんご主人様!!!」これで二度忍にはなれない。
「まあそうきつく怒鳴るな。子供は失敗する生き物だから。」忍には理由が分からないが、その悪党は彼女を庇い、気絶した路上流を放り投げる。「さてどう動く路地裏のド三流。今、こっちがここを包囲している。尻尾を巻いて逃す気はないぞ。」
「ハッ!路地裏のド三流ではないわ!儂こそが路地裏の独眼竜、ニャテ・マサムニェよ!」彼は爪を露にして、イズナに向ける。「何をグズグズしている!やれ!」
「あー待て。」と浪人はスマホを取り出す。「丁度あのシーンになっている…はず。」
「ああ、幼稚な子供のごっこ遊びだろう?あいつの言う、魔法のような『忍者』なんて、ファンタジー世界の話だ。『雇い主としてご命令を』だとか『ご命令とあらば何でもこなすのが忍びの道』だとか。」スマホのスピーカーからは、その主君の声が流れていた。「笑わないようにするのが大変だったくらいだ。逆に言えば面倒だったのはそれくらいで、ちょっと付き合ってあげればあの通り。」
イズナは身震いすれば、涙ぐんだ目で雇い主の方を向く。「ご主人様?」
「全部罠だ!イズナを騙すための罠に過ぎないのだ!」
しかし、その声は止まなかった。「…夢?何を言っているんだ?あんな夢想とすら言えないバカの妄想を、夢だと?おぬしも付き合いの良いやつだな。」
「なんなんですかこいつ!」百鬼夜行のアイドルが叫ぶ。「今まで一緒にお仕事してきたのがバカみたいじゃないですか!」
「よくも…」路地裏にいる野良猫のように、独眼竜は浪人に向かって爪を振りかざす。「よくも儂の計画を台無しにしおって!なぜだ!なぜ儂の計画が分かったのだ!?」
何の躊躇いを見せずに、彼女は即答する。「ブルーアーカイブに登場する生徒は全て18歳以上です。なのでその手の感情を抱いても問題ないです。」
「な、何のつもりだ!」
「おっと失礼。このゲームはフィクションです。実在の人物とは関係ありません。」彼の困惑は意に介さずに、赤毛の剣士はイズナへ振り返って、じっと見つめる。「どうだ?まだ契約を結ぶ気か?」
「イズナは…良く分かりません…ですがこの方は雇い主です!寝返ることなんで出来ません!」
「…はぁ、約束を守り通すのは良いが、いつかは損切りしておいた方が身の為だぞ。」正体不明の少女は微動だにせず、懐に手を入れれば、イズナへ向けて何かしらの物体を投げつける。
狐の少女は慌ててそれを掴んだが、手にしたものを見て目を見開いた。「こ、これは…!」
「弊スタジオのクレジットカード。アイツが払った三倍の額で雇おう。」ニヤリと、彼女は微笑む。「その代わり…ちゃんと夢は実現してくれ。つまりアイツみたいなチンピラのパシリになるんじゃなくて、本物の忍者になってほしいということだ。」
「本物の…忍者…」この時点で、真実の語り手がどちらなのかはイズナにはさっぱりだった。しかしそれでも、カードを胸の近くで握りしめて離そうとはしなかった。
「おぬしらにはもうたくさんだ!何が忍者だ!いい年してるくせにまだごっこ遊びに興じるつもりか!」
まだ疑念は残っていたのかもしれなかったが、その時に、彼女の混乱は全て晴れ渡った。そして残ったのは自分が騙されていたという事実だけだった。「最初からイズナを信じていなかったのですね!ごしゅ…いえ!ニャン天丸殿!」
「ニャテ・マサムニェじゃ!」独眼猫は服を整える。「もういい。囲まれているのはおぬしらの方だ。路上流!」
クスクスと笑い声と共に、面を被った少女たちが駆け寄ってくる。瞬く間に、イズナと浪人は無数の銃口を突きつけられて完全に包囲されていた。かつての主君は独り笑うと、新たに形成された敵陣の後方へと身を引いた。「まったく、のうのうと儂の本丸へ押し入るとはどこまで馬鹿なんだ?」
だがその状況下であるのにも関わらず、浪人はただ周囲を見回し、唸る。「中々に盛り上がってきたようだが…どんちゃん騒ぎは起こさないのか?」
「いや、本番はここからだ!」何千もの銃口が並ぶ中、何者かがトリガーを引いた。瞬間、浪人は手を動かし、イズナが瞬きする間もなく、銃弾は赤毛の少女の鞘に跳ね返り、盾代わりにしていた刀身に焦げ跡を残した。トリガーを引いた人物は剣士と同じ背丈をした少女だった。彼女は顔を露わにし、トリガーハッピー特有の笑みを浮かべていた。「その汚い面見せつけながらあたしらの縄張りにずかずかと入ってきた時からずっと待ち構えていたぞ!」
「アラタ…」イズナの救世主は路上流のリーダーに向かって唸る。「なんでお前が…?」
「知ってるか?玄龍門が『刀を携えた生徒』に賞金を懸けたっていう噂が裏社会で流れてんだ。」アラタはそう答えると、浪人に指を突きつける。「そしてキヴォトスにいる『刀を携えた生徒』はお前だけだー!
しーんと、しばしの間静寂で満たされ、そして一人の不良が口を開く。「あの、リーダー?名前間違えてませ──」
「
アラタの顔が真っ赤になり、足を踏み鳴らす。「うるさい!その口、鉛でギッチギチにしてやる!」
「あの…」イズナは銃を掲げて、周囲を見回す。「流石に多勢に無勢では!?」
「いや、大丈夫だ。」彼女より小柄であるにもかかわらず、ブレードは狐の肩に手を伸ばすと、驚異的な力で彼女を無理矢理座らせた。「じっと座って見物しておけ。お前の夢は思っているほど遠くはない。」
「撃──」アラタが命令を下す前に、目に見えない波動が部屋を駆け抜け、イズナの尾の毛がすべて逆立った。彼女を重圧が押しつぶすように覆い、鼓動が耳元で鳴り響き始めた。
かすかに、救世主が何か呟くのが聞こえた。その言葉は、彼女が聞き取れない速さで紡がれていった。剣士はまるで無我の境地に入るかのように、目を閉じた。
彼女が刀を振るえば、手にした鋼が鳴り響く。まるで生きているかのように刀は動き、速すぎるあまり刃の輪郭がぼやけ、刃の終端と世界の始点の見分けがつかなくなっていた。振り下ろされる度に、空気に傷跡を残し、まるで現実そのものが血を流しているかのような、赤い痕跡が残る。たとえそれが微細であっても、一つ一つが凝集し、まるで花びらのように空に舞い上がった。
名も無き剣士は身体で円を描くように回転させながら、軽やかに足を舞わせた。突風は彼女が残した修羅の痕跡を散らし、銃弾の嵐が花びらにぶつかれば、爆ぜる雨となって炸裂した。そうして、少女は傷一つ負うことなく誇らしげに立っていた。
「な、なんだこれ!?なんなんだよこれぇ!?」
赤毛の少女は仰け反って笑う。「ハハハハッ!青輝石で出来てるんだからこのぐらいは楽勝だよなぁ!」
花びらが舞い落ち、地面を触れるたびに粉砕していく中、彼女は刀を掲げた。「では路上流よ、
[訳者あとがき]
ちなみに最後の
次回は27日に投稿します
実家の宗派が天台宗なので、禅宗(狗子仏性)関係はさっぱり分からずひたすらググりました。
ちなみに、訳者が小学生の頃にお坊さんに聞いた一隅を照らすについての話は今でもぼんやりと頭に残っています。