転生系卑屈ぼっちは今日も行く   作:納豆巻

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閑話1(他者視点)

【辺境伯家・家庭教師の述懐】

 

「……手におえませんよ、あの子は」

 

 執務室の重厚な扉が閉まるなり、私は溜め込んでいたため息を吐き出した。

 上座のデスクで書類に目を落としていた辺境伯様は、ペンを動かす手を止めずに「そうか」とだけ応じた。

 

「『そうか』ではありません。私が近衛時代に心血を注いで修めた剣の型を、一度見ただけで己の物にするのですよ? 魔術の構築理論に至っては、教える側の私を論破しかねない。才能に溢れているなどというチャチな言葉で括っていい生き物ではありません。……閣下があの子を、敷地の隅に押し込め、人前に極力晒さないようにしている理由がなんとなく分かりました」

 

 愚痴っぽく言えば、辺境伯様はようやく顔を上げ、深く疲労の滲む息をついた。

 

「あまり、目立たせるワケにも行かないのだ、今はまだ。才覚だけではない」

 

「……お顔立ちも、ですか」

 

 声を潜めて言った。

 

「あの子の横顔、王都におわす王太子殿下に酷似して――」

 

「不敬が過ぎるぞ」

 

 鋭く、ひやりとした辺境伯様の声が、言葉を途中で断ち切った。

 射抜くような厳しい眼差しに、思わず息を呑み、口をつぐむ。

 

「……申し訳ございません」

 

「……あやつは父親――私の弟によく似た顔立ちをしている。表情の固いところを除けばな」

 

 ――そして弟は、激戦区であった北部の国境で死んだ。

 辺境伯様は視線を書類に戻し、淡々と言葉を紡いだ。

 

「毒矢を受け、死に体でありながら、敵軍であった騎馬民族の族長と一騎打ちを行い、相討ちにな」

 

「お待ちください」

 

 弟君が若くして戦場で命を散らせた事は知っている。だが、毒矢の件は初耳だった。

 そして、かつて近衛で叩き込まれた周辺諸国の軍事知識を素早く頭の中で巡らせた。

 

「あの地には大小様々な部族が入り乱れています。確かに毒矢を好む部族もいますが、弟君が相対したかの部族は、勇猛さを誇りとする戦士の集まりのはず。毒を使うとは……」

 

「……そこまでにしておけ」

 

 辺境伯様の低く冷たい声が、再び執務室の空気を凍らせた。

 

「他部族の放った流れ矢ということになっている。邪推は止せ」

 

 背筋に冷たいものが走った。

 そして小さく息を吐いて肩をすくめた。

 要するに、余計な事をするなという警告なのだ。

 

「ご忠告には感謝します。ですが、ご心配なく。私は上司の不祥事の煽りを食って近衛をクビになり、実家にも切り捨てられた身です。今更、王都の何処へ告げ口する義理も、野心もございませんよ」

 

 執務室を辞し、冷え切った夜の廊下を歩きながら、一人思考の海に沈んだ。

 

 ――王太子殿下に似通った幼子に瓜二つの、亡き弟君。

 そこから一つの答えが浮かんだ。

 双子だ。王家に双子なんぞ生まれたら、ろくな事にはならない。

 ……更にふと、突飛な発想が過ぎった。

 

 今の国王陛下は英明な方だが、王家の発言力を絶対的なものにするため、辺境の力を削ぎ落とそうというきな臭い動きがあるのも事実だった。

 

 そして、二十代後半になられる王太子殿下。あの方の目には、ひざまずく者すべてが、自らを追い落とすべく刃を隠し持っているように映るのだろう。自らの権力地盤を固めるため、弟妹たちの言動をあげつらう事に血道を上げていると専らの噂だ。

 現陛下の未だにその地位を退かないのは、後継者に不安を抱いているからだというのは穿ちすぎた推測でもあるまい。

 

 なぜ、そこまで過剰な警戒心と怯えを抱くようになったのか。

 もしも、王太子が『隠された双子の弟』の存在すら知らされていなかったとしたら?

 そして……後になって、弟の存在に気づいたのだとしたら。かの御方は、戦場のどさくさに紛れて何を目論んだのか。

 ……ともすれば。

 既に、御自らの意思なのか、どこぞの肉親を排除したという『実績』があるからではないか。自ら作り出したその血塗られた前例こそが、殿下の心を「自分も同じようにされるかもしれない」という疑心暗鬼の檻に閉じ込めているのではないか。

 

 もしそうであれば、現王が崩御し、彼の御方が玉座に就けばどうなるか。

 その御気性が変わらないまま、貴族たちの力を削ぐような施策を引き継げば、穏やかなやり方を選ばないのは必至。

 そうなれば、国は荒れるだろう。

 その時、バラバラになった貴族たちをまとめる象徴が求められたとしたら。

 そのための手札として――。

 

「……いけない、いけない」

 

 首を強く振り、思考を強制終了させた。

 王家の闇も、辺境伯様の恐ろしい思惑も、私には関係のないこと。

 

 婚期もとうに逃した私は、ただこの辺境の地で、つつがなく日々の飯が喰っていければそれでいい。

 それだけの、小さな幸せで十分なのだから。

 

***

 

 ……少しして、かの少年が魔剣に選ばれてしまった事を教えられた。

 彼は恐らく、大きな運命のうねりから逃れる事あたわず、これからも平穏とはかけ離れた人生を送るのだろう。

 そう感じたのだった。

 

 

 

【老賢者の決意】

 

 少年が、一人の騎士と共に村を去ってから、数日が経った。

 

 その、寂寥感の漂い始めた開拓村に、一人の青年が訪れた。軽薄そうな笑みを浮かべた、こざっぱりとした容姿の冒険者。かつて、少年が騎士と街道を進むさなかに出会った、あの男である。

 

 彼の目的は、村はずれに隠棲する老人――かつて彼が師と仰いだ賢者を訪ねることだった。

 

 

「師よ、お久しゅうございます。この通り、冒険者稼業も板につきまして……」

 

 

 青年のもったいぶった挨拶を、賢者は皺だらけの手で遮った。

 

 

「本題を言え。お主が儂に会いに来るなど、碌な用ではあるまい」

 

 

 

「はは、手厳しい。ですが、その通り。これは、冒険者として受けた依頼なのです」

 

 

 青年は居住まいを正し、真剣な眼差しで告げた。王都にある高等魔術学府へ、師に戻ってきてほしいのだ、と。

 

 かつて、王国の魔術研究を牽引したその学び舎は、今や政治的な駆け引きが優先され、腐敗しきっていた。賢者は、誰よりも真理に近いと称されながらも、その政争に敗れ、飼い殺し同然の扱いを受けた末に学府を去った。青年もまた、その現状を嫌い、自由な冒険者の道を選んだのだ。

 

 

 だが、近頃になって風向きが変わった。学府の実質的な権力者であった伯爵が病に倒れたのを機に、国の魔術研究の停滞を憂う王家が、改革に乗り出そうとしていた。その象徴として、新たな学府の代表に白羽の矢が立ったのが、賢者その人だった。捜索と説得を任されたのが、かつての教え子である青年というわけだ。

 

 

「師よ。私も、王国で一番であったはずの学び舎が腐り果てていくことに、歯がゆい思いをしておりました。今こそ、かの場所に本来の役割を取り戻すべく、お力をお貸しいただきたいのです。かつて、他国に比して優位を保っていた魔術の発展速度は、ここ数年、見る影もありません」

 

 

 青年の熱のこもった言葉に、しかし賢者は興味なさげにこう返した。

 

 

「――あちらの事情にはすっかり疎くなっていてな。それより、ほれ、魔術の修練用幻想術式や、術式へ紛れ込ませて観測欺瞞に用いる混合疑似式の研究は、どの程度進んだ?」

 

 

 青年は、苦み走った顔で答えるしかなかった。

 

 

「……研究発表の内容を知人に聞きましたが、師が残した研究資料や覚書の内容を、さも自分たちの功績であるかのように小出しに読み上げているだけだったと……」

 

 

 その答えに、賢者は呆けた顔で、がらんとした小屋の天井を仰いだ。

 

 

「ああ……そうか。やはり、捧げられるものが少なすぎる」

 

 

 青年は、師が放った意味不明な言葉に首を傾げた。その視線に気づいた賢者は、どこか虚ろな眼差しを青年に向ける。

 

 

「なあ、本当に、真理への階きざはしを進むべき、素晴らしい御方がおられるのだ。どうすれば、儂はその方の礎いしずえとなり得るのだろうか。……小石のような儂では、まるで足りぬのだ」

 

 

 老人の瞳に宿る、常軌を逸した念。おそらくは崇敬にも似た執着。青年は気圧された。

 

 

 ――だが、ここが正念場だ

 

 そう悟り、声を振り絞る。

 

 

 

「――積み上げるしかないでしょう。一つ一つ、石垣を築くように。様々な分野の碩学たる者を再び育て、集めれば良い。それらを結集し、見比べ、統合する方がいれば、それは成るはずです。そして、それが出来るのは、この国広しといえど、貴方をおいて他におりません!」

 

 

 青年の言葉を、賢者は咀嚼するように、長い沈黙に浸った。

 

 

「うむ、うむ……」

 

 

 やがて、その口から、決意の滲む呟きが漏れる。

 

 

「……急がねばな。やがて、あの方とまみえた時に、少しでも多くを築き上げられているように――」

 

 

 その日、賢者と青年は、静かに村を後にした。

 

***

 

 ――――。

 あの少年のことを思い返さない日はない。あまりに凄まじい成長速度を目の当たりにし、老爺の内には畏敬、いや、崇拝の念すら芽生えていたのだ。

 

 もしも彼がおごり高ぶれば。

 その成長が止まってしまう事を恐れた。

 

 自分の養子にとも考えたが、あの才能を正しく導ける自信がなかった。それでもせめて、彼が将来学ぶであろう魔術の道を、自分が切り拓いておく。学府の代表という地位は、その目的のために利用できる、またとない好機だった。

 

 

 つづくかもわからん

 

 

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