奴隷ヒロインって、鉄板だろ?
優しくしたら簡単に惚れてくれる、可愛いキャラクター。
俺は大好きだね。
前世で、そういったキャラクターについて、面白い考察を読んだことがある。
アレは対等な人間関係という物が築けない、あるいはそれにストレスを覚える人間に向けた存在だと。
人を見下していたい。
気を遣ったり、利害の調整を考える必要が無い。
自分より劣っていて、そして裏切らない。
自分を特別なんだと思わせてくれる。
そんな存在が欲しいというニーズに応えた。
逆にお偉い人へ仕えるポジションの物語というのも、本質的には同じなのではないだろうか。
特別な存在が主人公を評価してくれて、その価値を高めてくれる。
神に力を授けられるチート主人公と、根っ子は同じ。
人気の物語は、そういった展開が少なからずあるように思える。
結局は主人公が特別で、そして主人公へ感情移入する読者へ優越感を与えてくれる。
並び立つ、対等な存在を認められない。
何より、見下されることを、受け入れられない。
そんな意見を見て、胸に突き刺さる物があった。
結局俺は、弟子を下の存在として扱っていたのだ。
優しくしてやれば懐いてくれる、都合の良い、見下せる存在。
でも、実際は俺が下だった。
ならば、上位存在である彼女に認めてもらえるよう、媚びなくてはいけない。
特別な存在になるであろう彼女の糧になることで、ちっぽけな自尊心を満足させるしかない。
『正しき心を持つ者よ。貴方こそ――にふさわしい』
誰かの声を、思い出した。
誰の声かを、思い出せない。
『受け取りなさい、受け入れなさい、運命を』
流されることしかできないのを、受け入れたと言うのだろうか?
それは押しつけというのではなかろうか。
何を押しつけられたのかも分からないのに、時々やり場のない憤りが込み上げる。
俺の何を見て、正しき心を、などと抜かすのか。
誰だって、都合のいいように物事を捉えがちだ。
そして、押しつける。
俺だって、何か凄いことができるかもしれないなんて、妄想に浸っていた。
そうやって自分を慰めないと、押しつぶされそうだった。
すがる物が欲しかった。
自分が、これから先も生きていけるのだという保証が欲しかった。
俺をこの世界に産んだ母は、二十代前半で死んだ。
長患いで弱って、弱り切って。
そんなのが、珍しくもない世界だ。
頭の片隅で思い描く中世暗黒時代よりは、遥かに衛生的で餓死者も少ないみたいだ。
この町だって、汚物は集積する施設が有り、糞尿が無秩序にばらまかれるようなことは無い。
それでも、十全でない栄養事情と、多分に発達の余地を残した医療技術では、取りこぼされる命が多い。
母の死ぬ半月前にも、俺と同年代の子供が突然死していた。
その前日、木から落ちたことで騒ぎになっていたから、打ち所が悪くて脳出血していたとか、そんなところだったんだろう。
落ちてすぐに頭をスキャンできれば、助かったかもしれない命だ。
回復魔術では、脳は未だ手出しが難しい領域だ。
少なくとも、俺の習った範囲では。
もしかしたら、何かできたんじゃないかという罪悪感があったから、未だに忘れられない出来事だった。
……最悪よりは、ずっとマシな世界なんだろう。
でも、ここは決して理想的な世界でもない。
木に寄っかかって休みながら、見つめる先では切り株に座っている幼女二人。
「――うわあ、上手!」
「これくらい簡単にこなせてこそ、いい女なの」
練習用の端切れに、質の悪い糸。
弟子のために、自分の物を分け与え、刺繍を教える赤毛。
貴族の女性としても一般的な嗜みだが、今の彼女にとっては生活の糧だ。
将来的には、自分で仕立てた衣装を着て、優しくて財力のあって顔が良い男性に嫁入りしたいとか、はしゃいで言っていた。
上流階級の生活を直に見た経験があるのだろう。
そういった層にもウケそうな、実践的な感性を身につけているらしい。
自慢げに言っていたのは、招かれて挨拶した赤毛の母。
死んだ母と大して変わらない年頃だった。
俺の母とは違う明るい振る舞いが、強がりのようで痛々しく見える、どこか影のある女性だった。
弟子も赤毛も、片親なのも、周囲に距離を置かれる原因なんだろうか。
思いを巡らせながら仰ぎ見れば、木の枝にとまっている青い鳥。
燃えるような揺らめきを見せる羽が、火事の原因にならないか、最初はびびっていた。
よく見てみたら、魔力で電磁波やら何やら出して、放射する熱が制御されているようだった。
この魔物も、弟子を見守っているかのように、度々現れる。
何かを悪さをするということも無い。
弟子に時々いじり倒されても、されるがままだ。
いつかイケメンに化けて、弟子の攻略対象に登り詰めるのではなかろうか。
……だとしても、邪魔はしないでくれよ。
「休憩終わり!」
木から離れて、ワザと足音を立て、二人へ近づく。
「はぁい!」
弟子は、待ってましたとばかりに立ち上がる。
赤毛は不満げに頬を膨らませ、こちらを睨む。
ちょっとかわいそうな気もしたが、黙殺した。
「行くぞ!」
弟子に向かって、木刀を振るう。
以前は狙えなかった、当たると痛そうな部位も容赦なく狙う。
目くらまし以外の攻撃用魔術も、もう使用を躊躇うことがなかった。
どうせ当たらない。
水の弾も、風の矢も、雷さえも。
機を読まれる、制される。
仮に当たっても、死ぬことはないだろう。
確信しながら。
半ば、やけくそだった。
ここ最近、魔力が使いにくくなっている。
他の何かに持っていかれているような。
――いや、刀が無くなったからなのだろう。
俺はそう判断した。
俺が弟子と戦えたのは、全部あの刀のおかげなのだろう。
刀が無くなってから、身体強化の魔術が弱まり、体のキレも無くなったような気がする。
少し前まで、お屋敷にいた頃より成長できたような錯覚もあった。
きっとあの刀は、俺の魔力や体力を増幅してくれていたのだろう。
全部、あれのおかげだったに違いない。
うざくて仕方なかったが恩恵もあったのか。
だから、俺はもう、あの子に着いていけない。
俺はもう、うんざりだ。
……分かってる。
弟子の練習台にも、役にも立てなくなるのが惨めで、その前に逃げ出したいって思っているのは。
分かってるんだ。
けれど、まだ出し切っていない。
餞別は、まだ。
……今更になって、今世の母が何を思っていたのか、解ったような気がした。
姿勢だとか、貴族の礼儀にも通じる基礎をたたき込まれたのは。
俺の勘違いかもしれないけど。
できることは全部やってから、別れたい。
例えあの子に嫌われようと。
いや、元々好かれてるのかも微妙なところだが。
あの子、どうもこの辺の子供らに距離を置かれているらしいし。
他にいないから、仕方なく俺で遊んでいた節もある。
今は、赤毛もいる。
二人なら、うまくやっていけるはずさ。
だから、大丈夫だ。
――と、決心したは良いけどさあ。
やっぱり萎えるんだよなあ、コヤツ見てると。
「どう、うまく出来た?」
そう問いかけてくる弟子は、風の魔術は筋が良い。
だから、特定の魔術に絞って教える事にした。
魔力によって掌握した空気を、鎧のように纏う魔術。
安直だが、通称『風の鎧』。
戦場で騎士が矢を逸らすための魔術だが、ちょいとアレンジした。
特定の気体しか操れないよう、制限した術式を教えた。
「これから試すよ」
俺はそう言いながら、魔術を発動した。
炎の魔術を不完全にした物。
二酸化炭素を発生させる魔術だ。
一酸化炭素は何度も試して、極力省いた。
自分で試して、一度死にかけたのは笑い話だ。
後遺症が残っていれば、笑えない話ではあった。
弟子の周囲、二酸化炭素の濃度を上昇させる。
吸えば、頭痛がひどくなるくらいまでに。
そこそこに練り上げられた風の鎧は、二酸化炭素をはね除ける。
そして分かった。
やはり弟子は、天才だ。
剣に限った物じゃない。
自分に必要な物を、直感的に理解している。
だから、総合的な魔術の素質が優れなくとも、必要ならば貪欲になれる。
酸素と窒素以外を操れない、他の魔術師から見れば不完全な風魔術をどう応用するか、気付いている。
搦め手で、その呼吸を妨害しようとしても、もう弟子には通用しない。
この調子で励めば、そこらの魔術師では、その魔術を妨害出来ない領域まで持っていけるだろう。
俺も含めて、な。
「これ凄い! あんまり苦しくなくなった」
他には例えば、剣術の練習時に酸素濃度を少し上げたりなんて。
前世で胡散臭いと思っていた酸素療法は、弟子には効果抜群のようだ。
剣術の訓練へ、教えるまでもなく併用してみせた。
それだけじゃない。
呼気に混じる二酸化炭素も、はじき出している。
また時々、こっそり弟子の周囲に二酸化炭素をばらまいてみた。
「先生ってば、また変なことするー」
自分の周囲へ干渉されたことに気付き、風の魔術を調節する。
周囲の気体をコントロールして、適切に空気の成分を調整する。
俺が差し向けた、有害な気体の入り込む余地を無くすのだ。
俺のように、そういった害物を利用はできない。
……それでも、おかしいって。
そりゃ、魔術の概要は教えたし、呼吸はそもそも大気中の酸素を取り込む行為だってのも教えたさ。
最終的には、そういう運用をするよう教え込むつもりでもあった。
でも、度を超してる。
長時間維持できるよう言ったら、運動するとき以外はいつの間にか、高地トレーニングの要領で若干空気を薄くしているし。
いわゆるリビングハイ・トレーニングロー方式を、教えるまでもなく自然に取り入れている。
その辺について詳しい知識は持ち合わせていなかったが、きっと弟子は自分の体を鍛えるのに適していると判断したのだろう。
それを禁じたりはしなかった。
俺が余計な口出しをすれば、かえって良くない方向に転びそうな気がしたから。
そしてある時、俺が酸素を奪い去る方向へ攻撃をシフトすれば、当分活動するのに必要な酸素をしっかり魔術で確保する。
「えへへー」
そして、得意げに笑うのだ。
……そう、これは攻撃だ。
剣術で敵わなくなった俺が、卑劣な行為を駆使し、弟子を負かそうとする攻撃だ。
弟子は、ニコニコと笑いながら、それをはね除ける。
その繰り返し。
ここまで来ると、弟子がチート転生者だとネタバレされない限り、納得できないレベル。
きっと、おっさんの性別変化転生モノに違いない。
なんて、内心で茶化しながら。
何故か、それは無いという根拠ゼロの確信もあったのだが。
これが弟子への餞別というのは言い訳だ。
これからの日々は、俺が未だに浅ましく、未練がましく勝利へ執着する、その繰り返しだ。
成果については、言うまでも無いけれど。
頼まれたはずの赤毛については、ぶっちゃけそっちのけだったけど。
そうやって俺は、ようやく色々なことを諦められるようになったのだ。
つづくかもわからん