怪縁奇宴   作:なのさま

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2話 三人はどういう関係なんやっけ

 民泊の朝食には、その家ごとの味がある。

 なんていうか、ちゃんと生活の匂いがする。

 独り身、彼女なし。

 食事といえば外食かコンビニ。

 そんな俺みたいな男には、湯気の立つ味噌汁がやたら染みた。

 ああ、これが幸せの味か……。

 

 デザートのリンゴを齧りながら、昨日のことを思い出す。

 

 あの一件の後、襲撃を警戒していたが、拍子抜けするほど何も起きんかった。

 あいつらがK県から逃げた可能性もあるが、まあそん時はそん時や。

 特級が二体もおったんやから、所長も許してくれるやろ。

 

 しかし、あの椎名って子、特級怪異と友達って言ってたな。

 常識的にはなかなか受け入れがたい話や。

 基本的にほとんどの怪異は、人間の恐怖や嫉妬、殺意みたいな負の感情を喰らって、存在を大きくしようとする。

 特級怪異ともなれば人間なんて簡単に殺せるし、そうするのが本能みたいなもんや。

 

 そんな相手と友達て……。

 あったとして、調伏した怪異を式神にしてるとか、家系で代々契約してるとかか。

 友情みたいな感情を、あいつらが持ってるとは思えんけどな。

 

 友達のフリをして、後から裏切って絶望に突き落とす。

 そういうやり方もあるかもしれん。

 けどそんなんせんでも、死の恐怖を与えて喰らう方が早いやろ?

 回りくどすぎるわ。

 

 しかしまあ、特級が二体おって殺し合いにならんかったのは、あの子がおったからやと思うし。

 そう考えるとほんまに彼女らは友達で、ただただ穏やかに暮らしてるだけなんかもしれん。

 

 自分の中の常識と、昨日見た現実がせめぎ合っとる……。

 まじで、分からん。

 嬢ちゃんに何か秘密があるんか?

 天野みたいな……いやいや、そりゃないか。

 これ以上考えてもしゃーないか。

 忘れてったチャリを届けるついでに、もう少し探りを入れへんと。

 でもその前に、ここでも情報収集してみるか。

 

 皿を下げに来た宿のおばちゃんに話しかけてみた。

 

「お姉さんお姉さん、ちょっとお話ええですか?」

 

「お姉さんだなんてお上手ね~。

 何が聞きたいの?」

 

「いやー、実は僕、会社を辞めて自然の多い所に引っ越そうと思ってて。

 この辺り、のどかでええとこやなと思いまして。

 実際に住んでる人の話を聞いてみたくて──」

 

 他愛もない世間話からスタートすると、若い人と喋る機会がないからか、結構饒舌に語ってくれた。

 やれあそこの爺さんはケチだの、やれ役場のあの人とこの人は不倫しているだの、正直聞いてもいないことばかりだったが、「そうなんですねー」と聞いてやると、おばちゃんは上機嫌になった。

 

 聞いた感じ、最近変わったことが起きた様子はない。

 怪異が集まっているらしいが、その影響も今のところないようだ。

 

 さらに椎名という少女についても探ってみる。

 

「そういえば昨日、若い女の子を一人だけ見かけたんですけど、こんな所にも若い人がおるんやなーと思いまして。

 誰かのお孫さんですかね?」

 

「あー。音無さんところの椎名ちゃん、だったかな。

 確か半年ほど前におばあさんが亡くなって、空き家になったからどうするのかなーと思ってたら、三カ月前くらいから椎名ちゃんが一人で住み始めて」

 

 あの様子やと、怪異と住んでるんやろうけど……親はどうしてんやろ?

 

「へえ。でも高校生くらいでしたけど、ご両親はどうされてるんです?」

 

「さあ? こっちに越してきた時から、一人だったみたいだけど」

 

 怪異がらみで家から追い出されたんか?

 見えない親からすりゃ、見える子供が気味悪く映ることもある。

 病院に連れて行かれたり、お祓いを受けさせられたりしても、それで解決なんかせえへん。

 

 運良くうちの機関や、力のある人に拾われればどうにかなるけど、誰もがとはいかん。

 零れ落ちた奴らは大抵、見ないようにして生きるか、怪異に魅入られて死ぬかどっちかや。

 あの子がもし後者なら、助けてやらなあかん。

 

「お姉さんは椎名さんとは交流あるんですか?」

 

「いやぁ、ないけどなー。

 たまにスーパーですれ違うくらいかな?

 全然話したことないわね」

 

「世間話とかもない感じですか?」

 

「あー、せやね。

 そう言えば、世間話もしたことないかも」

 

 ん? これはもしかすると……?

 

「……他の方と仲が良いとかは?」

 

「ううん、そんな話聞いたことないけどね。

 誰かが椎名ちゃんのことを話してるの、聞いたことないかも」

 

 恐らく、自分への認識を薄くする術か、あるいは怪異の力を使っとるな。

 俺みたいに霊気の制御ができれば効かへんけど。

 

 こうなると、この人からはもう聞けることはなさそうやな。

 いっちょ乗り込みますか、伏魔殿に。

 

「なるほど。色々と聞かせてもろて、ありがとうございました」

 

「また聞きたいことがあったら、いつでも聞いて」

 

 話を切り上げ、宿を出る。

 少女が忘れた自転車を押しながら歩き始めた。

 

『最近、K県のS村というところに怪異が集まっているらしい』という情報。

 三カ月前に引っ越してきた少女。

 昨日のあいつらの反応。

 どう考えても、関連してるやろ。

 

 一次報告をどうするか、非常に悩ましい。

 調査中にするのか、対象発見にするのか。

 あるいは異常発生にするのか。

 

 悩んだ結果、スマホを取り出し、支部に向けて2コール──調査中の合図──だけかけた。

 

 ◆

 

 ──ペシ、ペシペシ。

 

「ん……」

 

 頬がフワフワの何かで叩かれた。

 

 ──ペシペシ、ペシペシペシ。

 

「……きろー」

 

「あと1時間……」

 

「欲張りめ!」

 

 ──むぎゅぎゅ。

 

「ぬあ……」

 

 半目を開くと、猫の前足が頬を押していた。

 

「おじや……まだ早いよー……」

 

 瞼が重く垂れ下がる。

 

「もう十一時ばい!」

 

 ニャーニャーとおじやが騒いでいると、ふいに、長い腕が私を抱き上げた。

 

「もう昼前だよ」

 

「ぬへへ……八尺ちゃん、おあよ……」

 

 そのまま居間まで運ばれると、焼き魚のいい匂いがしてくる。

 テーブルには遅めの朝食が並んでいた。

 

「ご飯、できていますよ」

 

 割烹着を着た女性が言った。

 前髪は一直線に切り揃えられ、一本の簪で髪をまとめている。

 美しく、儚げな女性だ。

 

「いつもありがとう、鶴ちゃん」

 

 彼女はスッと微笑み「冷めないうちに召し上がってくださいね」と言って、下がって行った。

 

 八尺ちゃんは私を抱いたまま、畳の上に正座して、私を自身の膝の上に座らせた。

 

「いただきます」

 

 カチャカチャと食器の音が鳴る。

 時々、後ろから手が伸びてきて、焼き鮭や玉子焼きを一切れ、ヒョイと取っていく。

 

「おいひいね」

 

「さすがは鶴ママ、私はまだまだこの域には遠いな」

 

 鶴ちゃんは、『鶴の恩返し』から生まれた怪異らしい。

 助けられた鶴が女に化けて、若者の嫁になる。

 その逸話のせいか、料理がやたら上手い。

 今では、我が家の三大ママの一人である。

 

 鶴の恩返しでは機を織るけど、うちには機織り機もないし、服ならネットで買えるから特に困らない。

 鶴ちゃんは不服そうにしていたけど、身を削って作られた服とか着れないよ……。

 

「どうしても織りたい」と言うので毛糸と編み棒だけ渡したら、ニットのセーターやマフラーが量産されるようになった。

 使い切れないのでフリマサイトに出すと、そこそこいい値段で売れる。さす鶴です。

 

 鶴ママの料理を食べていると、湯呑を持った橋姫が入って来た。

 

「ようやく起きてきたか」

 

「しゅんふぃん、あふぁふひをおふぉえず、ふぁよ」

 

「これ、口に物を入れて喋るでない」

 

 隣に座って「それで」と続けた。

 

「昨日の男じゃが、ここに向かって来ておるようじゃぞ?」

 

「え!?」

 

 昨日の光景がフラッシュバックする。

 倒れた八尺ちゃん。炎を纏った剣を持つ男。

 

 八尺ちゃんを傷つけようとした人が、ここに向かってる?

 

「は、早く逃げないと!?」

 

 慌てて立ち上がった私を、姫が制止した。

 

「落ち着け。昨日も言うたが、あやつが本気であれば、わえらは無事で済まんかったじゃろう。

 異祓師──今は怪退師だったか。奴らは怪異を祓うためなら、犠牲者が出るのも厭わん。

 例えそれが自分であってもな」

 

 姫が湯呑を持ち上げた。お茶を啜る音が、彼女の落ち着きを物語っている。

 

「よく鍛えられた霊気じゃ、十分に戦えたじゃろう。

 なのに、逃げたわえらを追撃せんかった。

 それに、今のあやつからは殺気も感じられん。

 警戒するに越したことはないが、敵対する必要はあるまいて」

 

「でも、来たら一発お見舞いしてやるんだから!」

 

 八尺ちゃんがシュッシュッ、と拳を突き出して見せた。

 彼女が怒っている所は、なかなか見られない。

 可愛い。

 

「見える者からすれば、八尺ちゃんが椎名に取り憑いているようにしか見えんじゃろ。

 祓われそうになって、怒る気持ちも分かるが──」

 

「違うよ! 私が怒ってるのは、私が咄嗟に手を離さなかったら、椎名も一緒に落ちて怪我したかもしれないからだよ!」

 

 八尺ちゃん……。

 彼女はいつも私を守ってくれる。私の一番の友達で、頼れる姉的存在だ。

 そして大事な家族を傷つけようとした人に、私も段々と怒りが湧いてきた。

 

「わ、私も、殴らないと気が済まない!」

 

 私も八尺ちゃんを真似て、シャドウボクシングする。

 

「こちらの事情を理解してもらうためにも、あまり事を荒立てて欲しくないんじゃが……」

 

 ◆

 

「田舎暮らしに車が必須って言われんのも分かるわ……」

 

 宿を出て一時間は歩き続けていた。

 その間、遠巻きにではあるが何種類も怪異を見かけた。

 一反木綿、化け狸、かまいたち、くねくね、河童、メリーさん、唐傘小僧、鬼、天狗……。

 額の汗をぬぐいながら空を仰ぐと、三本足の鳥が飛んでいた。

 

「八咫烏もおんのね。

 逆におらん奴探した方が早いんちゃうか?」

 

 ほんまどないなっとんねん。

 山ン本五郎左衛門でもおんのか?

 一生分の怪異を見た気分やで。

 頼むからこれ以上増えんといてくれ。

 しかしやっぱ変やな。

 どいつもこいつも、殺気がない。

 普通、メリーさんとか鬼は「いつでも殺れます!」って感じなんやが。

 

 やがてポツンと建つ一軒家が見えてきた。

 見た目は普通の家だが、怪異の気配がそこかしこに漂っている。

 一匹、二匹なんてものではない。

 数十、下手をすれば百を超える気配が混じっていた。

 

 家の前まで行くと、俺を待っていたと言わんばかりに橋姫が立っていた。

 表札には”音無”とある。

 ここが少女の家で間違いない。

 

「随分汗だくじゃのう?

 せっかく自転車があるのに、乗らんかったんかえ?」

 

「ええか、年頃の女子のチャリに成人男性が乗る。

 それだけで現代では何らかの罪に問われる可能性があんねん」

 

「難儀な世の中じゃのう……」

 

「それで……逃げへんと待ってたってことは、俺に何か用か?」

 

「お主らに追われるのは嫌じゃからな。

 わえらについて、理解してもらおうと思うてな」

 

 そう言って橋姫は家に入り、玄関から手招きした。

 

「おいおい、こんな怪異だらけの家に入れ言うんか?」

 

「別にわえはここでも構わんが……自転車を届けてくれた礼に茶でも、と思うたが不要かえ?」

 

「罠でもあるんちゃうやろな?」

 

「そんなもの、必要と思うかえ?」

 

 神気がドッと溢れ出す。橋姫は笑っているが、大気がひりつくのを肌で感じた。

 

 経験上、神は卑怯な手を使いたがらへん。

 人間相手にそんなもん使えば、自分が格下やと認めるようなもんや。

 神としてのプライドがそれを許されへん。

 せやから罠はないと思うが……結局、虎穴に入らずんば何とやらか。

 

「聞いてみただけや。

 ほな、邪魔するでー」

 

 玄関を上がると、廊下の奥から三つの頭がこちらを覗いていた。

 みんなオカッパで赤いちゃんちゃんこを着ている。

 

 座敷童か。

 一軒に三匹もおるんは、豪邸でも見たことないな。

 ……内緒で一匹持って帰ったらあかんかな?

 

 橋姫に付いて行く間、色々な怪異が目に留まった。

 

 あれはのっぺらぼうで、これは……小さいが鵺か。

 んであっちのが魑魅(ちみ)で、こっちは魍魎(もうりょう)か。

 こんだけ怪異が集まって、誰も襲ってこんのが逆に不気味なくらいや。

 

 俺が通されたのは畳の部屋だった。

 中には八尺様が少し屈んで立っており、その後ろに少女がいた。

 八尺様の大きさのせいで、少女がさらに小さく見える。

 

 八尺様から漏れ出る霊気が、テレビ台に置かれた達磨をカタカタ震わせていた。

 

 八尺様が、俺を見た。

 次の瞬間、長い腕がしなった。

 

「──っ!」

 

 反射的に防御術を展開する。

 だが、拳は俺に届かなかった。

 

 俺の鼻先、数センチ。

 そこに、一本の扇子が差し込まれていた。

 

「こやつとは話し合うと言うたじゃろ。

 そしてわえは客人として迎え入れた。

 その客に手を挙げるとは、わえの顔に泥を塗ったわけじゃが、覚悟はできておるんじゃろうな……?」

 

 橋姫が、八尺様を睨んでいた。

 鬼の形相、という言葉がある。

 だが目の前にいるのは、比喩ではない。

 

 柱が軋む。

 障子が震える。

 家中に満ちていた怪異の気配が、潮が引くように遠ざかっていった。

 

「ぽ、ぽぽ……」

 

「言い訳は無用。

 そこに直れ。

 せめてもの慈悲じゃ、一思いに介錯してやろうぞ」

 

 静かだが、芯から冷えるその圧に、八尺様は膝から崩れ落ち、少女は泣き出してしまった。

 しかし、一切表情を変えることなく、橋姫が扇子を持つ手を振り下ろす。

 

 そこで俺は彼女たちの間に割って入った。

 本気か脅しかは分からん。

 けど、止めなければ取り返しがつかない。

 そう思わせるだけの圧があった。

 目の前で扇子が止まる。

 

「ま、まあ待ちいや!

 俺も昨日祓おうとした、八尺様も殴ろうとした。

 やけどどっちも未遂やし、これで相子や!

 な? な?」

 

 橋姫と八尺様を交互に見る。

 

 何で俺が庇ってんねん……。

 でもここで動かんと、話どころじゃなくなりそうや。

 

「……お主はそれでよいのか?」

 

「も、もちろん!

 ほら、何か話があるんやろ?

 早よ聞かせてぇな!」

 

 静寂が居間を包む。

 家中にあった怪異の気配が、今はこの部屋にしか感じられなかった。

 

 やがて、ぽつりと一言。

 

「……客人に感謝するんじゃな」

 

 そう言って、橋姫はちゃぶ台の前に座った。

 

 ◆

 

 南場さんが止めてくれなかったら、八尺ちゃんはどうなっていたんだろう。

 

「お、お茶です……」

 

「お、ありがとうな」

 

 湯呑をお兄さんに渡して、八尺ちゃんの膝の上に腰かけ、三角座りになった。

 

 お兄さんが「あ、そこに座るんや」と小さく呟いた。

 

「先ほどは家人が失礼した。

 お主の寛大な心に感謝する」

 

 私の隣に座った姫が頭を下げた。

 その所作はとても美しかった。

 

『さすが姫って言われるだけあるなー』とぼんやり考えていると、姫が横目にこちらを見てきた。

 慌てて私たちも頭を下げる。

 後ろの八尺ちゃんに押されて、少し苦しい。

 

「い、いや、俺も昨日のことはすまんかった。

 言い訳にはなるんやが、俺は君が取り憑かれてるんやと思ってな。

 やから君の友達に刃を向けてしまった。

 知らんこととは言え、申し訳なかった」

 

 他の見える人からしたらそう見えるのかな?

 私は小さく頷いた。

 

「これにて互いに禍根は一切なし。

 良いな?」

 

 全員が同意した。

 張り詰めた空気が少し和らぐ。

 

「話を始める前に、まずは互いに自己紹介しておこうかのう。

 わえは橋姫──お主は知っているじゃろうが、嫉妬の鬼にして、宇治橋を守る神じゃ」

 

 姫は続けて、私たちを指した。

 

「こっちの大きいのは八尺様。

 最近生まれた怪異じゃが、現代の知名度はわえより上じゃろう。

 そしてこっちの女子(おなご)が音無椎名──わえらの友達じゃ」

 

「俺は南場焔──特級怪退師や」

 

 怪退師って何だろう?

 怪異を祓う人っぽいから、陰陽師みたいなもの?

 気になる……けど、知らない人と喋るの怖い!

 

 私は姫に耳打ちして、代わりに質問してもらった。

 

「怪退師って陰陽師みたいなもの? だそうじゃ」

 

「まあ惜しいかな。

 陰陽師()うたら怪異退治、星詠み、(まじな)い、神との交信、政治、都市建設……まあいろいろやっててん。

 その中でも怪異退治を専門としてるんが【晴明機関】。

 そこで働いてるんが怪退師や。

 これでも国家公務員やで!

 世間には非公開やけど」

 

 怪異退治が仕事って……怪異の敵じゃん。

 そんな怖い人、さっさと追い出した方がいいんじゃ……?

 

「特級とはなんじゃ?」

 

「強さの指標やな。

 一番下が三級。

 そっから一級まで上がって、さらに上に特級がある。

 特級の上もあるにはあるが……事実上、一番上が特級や。

 つまり、俺はちょー強くて頼れるお兄さんやで!」

 

 南場さんがニカッと笑った。

 目を合わせないように、下を向いた。

 

 薄々感じてたけどこの人、陽キャだ……。

 怪異(ともだち)の敵で、私の敵だ……!

 

「で、色々と説明して欲しいわけやが」

 

 せ、説明?

 

 私がオロオロしていると、姫が代わりに話し始めた。

 

「うむ。お主が昨日言っておった”怪異が集まっている件”じゃが……椎名の能力によるものじゃ」

 

「引き寄せ体質か?」

 

「ああそうじゃ。

 それもただ引き寄せるだけではない。

 怪異は椎名の傍にいると、心が凪ぐ。

 人間への()()も、()()も、()()も薄れる。

 だから皆、安らぎを求めて椎名のもとへ集まってくる」

 

 この力のおかげで怪異(みんな)と仲良くなれたから、私の全てと言っても過言じゃない。

 

 それを聞いた南場さんは、絶句していた。

 

 私みたいな人、珍しいのかな……?

 

「……そ、それは凄いな」

 

「ゆえにこの辺にいる怪異は椎名と出会って以降、人を襲った者は一匹足りともおらん」

 

「それがほんまなら、この国に革命が起きるな」

 

「じゃが椎名にはもう一つ、傍にいる怪異を成長させる能力もある。

 これが厄介でな」

 

「ん? 何でそれが厄介なん?」

 

「そこにいるだけで害がある怪異は、敵対的か否かは関係ない。

 そんな奴が成長すれば、どれだけの被害を出すか分からんじゃろ」

 

「お、おい、さっき外にくねくねがおったぞ!?

 あれも見るだけで影響あるからやばいんちゃうか!?」

 

 くねくね君は本当は、ただゆらゆら揺れてるだけなのに……。

 人間が弱いのがいけないと思います!

 

「くねくねは水面越しにしか見えん場所に留まらせておる。

 水の屈折で輪郭を歪ませ、本体を直視できんようにしてな。

 とは言え、全てに対応はできん。

 せいぜい人間に近づかぬように気を付けさせるくらいじゃ」

 

 人に近づいても良いことないからね。

 

「なら、そういう怪異は祓ってもうた方が──」

 

 祓う!?

 そんなの──

 

「だ、だめ! ……です」

 

 身を乗り出して声を上げた。

 

 くねくね君を見たら人は狂ってしまう、ということは知ってる。

 でもそれは、ただそういう性質を持ってしまっただけで、本人がそれを望んだわけじゃない!

 彼は結構お茶目で、音楽を流したらリズムに乗って踊ってくれるし、鶴ちゃんの包丁のリズムに合わせて身体をくねらせたり、本当はただの陽気な子なのに!

 

 心の中では叫んでいても、自分の口から伝えることができず、姫に耳打ちして私の気持ちを伝えてもらった。

 

「……うむ。椎名にとって怪異は隣人で、友達で、家族じゃ。その性質が人間に害があるといっても、それは本人の意志ではない。

 そう生まれてしまっただけで、一方的に排除するのはおかしい、と言っておる」

 

「……嬢ちゃんは怪異と仲良く暮らしてきたから、大事にしたい、守りたいって思うんやろな。

 その気持ちを尊重してやりたいとは思う。

 でもな、嬢ちゃん。

 友達に悪気がなかったら、傷つけられた人間は納得するんか?

 見るだけで狂う。

 聞くだけで呪われる。

 近くにいるだけで命を削られる。

 そういう怪異を、俺らは“友達やから”で見逃すわけにはいかん」

 

 そんな質問、ずるいよ……。

 私は別に()()()()も死んで欲しくなんかない。

 だから怪異(みんな)には『人を傷つけたり、呪ったりしないで』ってお願いして、怪異(みんな)もそれを守ってくれてる。

 なのにまだ足りないの……?

 

 怪異が危ないことくらい分かってる。

 くねくね君を見た人が、おかしくなってしまうことも。

 八尺ちゃんを怖がる人がいることも。

 姫が、ただ優しいだけの存在じゃないことも。

 

 でも。それでも、みんなは私の家族なのに。

 

 どうして、危ないからってだけで、いなくなっていいことになるの?

 人間だって、怖いことをするのに。

 人間だって、誰かを傷つけるのに。

 

 私の友達が、どうして祓われなきゃいけないの?

 

 でも、それを言う勇気はなくて。

 どうしようもなく自分が情けなくて、感情が目から溢れ出してしまった。

 

「ぽぽ……」

 

 八尺ちゃんが私を優しく抱き寄せてくれた。

 彼女のお腹に顔を埋める。

 

 その時だった。

 廊下の向こうから、爪が畳を引っ掻くような音がした。

 次の瞬間、障子が勢いよく開いた。

 

「椎名!」

 

 おじやだった。

 

 いつも眠そうな目をしているおじやが、毛を逆立て、尻尾を太くしている。

 

「ど、どうしたの?」

 

「大変ばい! 鎌助が──かまいたちの鎌助が、知らん怪異に襲われとる!」

 

 襲われている。

 その言葉の意味が、一瞬分からなかった。

 

「鎌助が……?」

 

 鎌助はいつも庭で薪を割ってくれる働きもので、鎌を綿で拭いてあげると可愛く鳴く。

 その鎌助が襲われている?

 

「知らん怪異って、どんな奴じゃ」

 

 姫の声が低くなる。

 

「分からん! でも、普通の怪異じゃなか!

 声もせん! 匂いも変ばい!

 鎌助ば捕まえて、食おうとしとる!」

 

 南場さんの表情が変わった。

 

「怪異が、怪異を喰う……?」

 

「場所はどこじゃ」

 

「裏山の竹藪! 水場の近くばい!」

 

 姫が立ち上がる。

 

 八尺ちゃんの腕に力がこもった。

 

「椎名はここに──」

 

 姫が言い終えるより早く、私は八尺ちゃんの腕から抜け出していた。

 

 膝が震えている。

 怖い。

 知らない怪異も怖い。

 昨日、八尺ちゃんを斬ろうとした南場さんがいるのも怖い。

 

 でも。

 

「助けなきゃ」

 

 口から出た声は、自分でも驚くほど小さかった。

 それでも、足は止まらなかった。

 

「椎名!」

 

 八尺ちゃんの声が後ろから聞こえる。

 

「おい、嬢ちゃん!」

 

 南場さんの声も聞こえる。

 でも振り返らなかった。

 

 廊下を走って、玄関へ向かう。

 裸足のまま外へ飛び出すと、春の空気が冷たく足裏を刺した。

 

 庭の向こう。

 裏山の方。

 そこから、黒く濁った何かが立ち上っていた。

 

 煙じゃない。

 霧でもない。

 

 それは、私の知っている怪異の気配とはまるで違っていた。

 怒っているわけでも、泣いているわけでも、寂しがっているわけでもない。

 そこのない穴に、全てを投げ入れようとしている──そんな風に感じられた。

 

「……なに、あれ」

 

 呟いた時、背後で南場さんが息を呑んだ。

 

「何や、あの霊気……」

 

 軽い声ではなかった。

 

 姫が私の隣に立つ。

 八尺ちゃんが、私を背後から包むように腕を広げる。

 おじやが前を向き、低く唸った。

 

 裏山から、また一つ。

 黒い霊気が、どろりと空へ滲んだ。

 

「鎌助……今行くから!」

 

 私は、震える足で一歩踏み出した。

 

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