綾小路清隆が育ったのがホワイトルームじゃなくて白木屋だったら   作:東頭鎖国

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三年生編②

 試験初日、問題はすぐ起きた。

 

 柴田が客の流れを見て、勢いよく呼び込みを増やした。

 

「今なら待ち時間短いでーす!」

 

 声はよく通る。

 

 人も集まる。

 

 だが、集まりすぎた。

 

 厨房側の処理が追いつかない。

 

 小橋が笑顔で客をなだめているが、列は伸びる。

 

 網倉が女子側の接客を増やそうとするが、裏の作業が薄くなる。

 

 一之瀬はすぐに前へ出ようとした。

 

「私、列整理に行くね」

 

「待て」

 

 オレは止めた。

 

「でも、お客さん待ってるし」

 

「一之瀬が出ると、誰が全体を見る」

 

「それは……」

 

 神崎が在庫表から顔を上げた。

 

「柴田。呼び込みを止めろ。今の客数なら十分だ」

 

「悪い、ちょっと呼びすぎた」

 

 柴田はすぐに声を抑えた。

 

「浜口」

 

 神崎が続ける。

 

「列の最後尾を区切って、待ち時間の説明を入れてくれ」

 

「わかった」

 

 浜口が柔らかい口調で客へ説明に向かった。

 

「申し訳ありません。今から並ばれる場合、少しお待ちいただく形になります。こちらで整理しますので、順番にご案内します」

 

 小橋がその横で笑顔を添える。

 

「お時間かかっちゃってごめんなさい。飲み物だけならすぐご案内できます」

 

 網倉は女子側へ指示を飛ばした。

 

「帆波、裏に戻って。こっちは私が見るから」

 

「でも」

 

「戻って。今、帆波が全部拾う場面じゃない」

 

 一之瀬は一瞬迷い、頷いた。

 

「うん。お願い」

 

 その一言は小さかった。

 

 だが、意味は大きい。

 

 一之瀬が前に出て解決するのではなく、任せる。

 

 任された側が動く。

 

 それができるかどうかが、このクラスの試験だった。

 

 姫野は列を見ながら言った。

 

「柴田くん、声出す前に厨房見て」

 

「悪いって」

 

「悪いと思うなら次から見る」

 

「姫野、刺すなあ」

 

「刺さないと忘れそうだから」

 

 柴田は苦笑した。

 

「わかった。次から見る」

 

 その日の終わり、売上は悪くなかったが、待ち時間の評価で少し減点された。

 

 柴田は明るく反省した。

 

「俺、客集めりゃいいと思ってた」

 

「集めすぎると店が壊れる」

 

 オレが言うと、柴田は頭をかいた。

 

「だよな。白木屋でもそうなのか?」

 

「ああ」

 

「人気店も大変なんだな」

 

「人気だけで回る店はない」

 

 神崎が売上表を見ながら言った。

 

「明日は時間帯ごとの呼び込みを調整する。柴田、君は客数を見る前に、厨房と在庫を確認してから声を出してくれ」

 

「了解。俺、まず神崎見るわ」

 

「俺を見るな。表を見ろ」

 

 柴田が笑った。

 

 一之瀬も笑った。

 

 その笑いは、負担をごまかす笑いではなかった。

 

 小さな失敗を全員で見た後の笑いだった。

 

 二日目は、浜口の問題が出た。

 

 龍園クラスとの仕入れ交渉だった。

 

 龍園クラスは唐揚げ用の材料を多く確保していた。

 

 一之瀬クラスはポテトの仕入れには余裕があったが、唐揚げが足りない。

 

 浜口は交渉に向かった。

 

 戻ってきた時、彼の表情は穏やかだったが、神崎はすぐに眉をひそめた。

 

「条件は?」

 

「唐揚げの材料を回してもらう代わりに、午後の集客導線で一部協力する形になった」

 

「一部とは?」

 

「龍園クラスの店舗前を通るルートでも案内する」

 

 神崎は黙った。

 

 姫野が横から言った。

 

「それ、一部じゃないでしょ」

 

 浜口は苦笑した。

 

「やっぱり、そう思う?」

 

「思う。かなり持っていかれる」

 

 網倉も表情を曇らせた。

 

「女子側の案内も変えなきゃいけなくなるよ。それだと、うちの導線崩れる」

 

 小橋が不安そうに言った。

 

「でも、唐揚げ足りないと困るよね」

 

 浜口は責められても声を荒げなかった。

 

 それが彼の良さだ。

 

 だが、良さが裏目に出ている。

 

「浜口」

 

 オレは言った。

 

「相手の顔を立てすぎたな」

 

「そうだね。交渉を荒立てたくなかった」

 

「荒立てないことと、飲みすぎることは違う」

 

「うん」

 

 浜口は素直に頷いた。

 

「取り返せるかな」

 

「今ならまだ」

 

 神崎がすぐに言った。

 

「再交渉する。案内導線を譲るなら、時間を限定するべきだ。午後一時間だけ。さらに、向こうの余剰在庫の一部を割引で受ける」

 

「俺が行く」

 

 浜口が言った。

 

 神崎は少し迷ったが、頷いた。

 

「俺も同行する」

 

「いや」

 

 浜口は首を横に振った。

 

「俺が曖昧にした分だから、俺が戻す。神崎は条件だけ紙にしてくれ」

 

 神崎は一瞬驚いたように浜口を見た。

 

 それから、紙に条件を書き出した。

 

「わかった。だが、戻ったら必ず報告してくれ」

 

「もちろん」

 

 浜口は再び龍園クラスへ向かった。

 

 戻ってきた時、条件は修正されていた。

 

 案内導線の協力は一時間限定。

 

 代わりに唐揚げ材料の追加分を確保。

 

 さらに、売れ残りが出た場合の一部返品も通した。

 

「龍園くんには笑われたよ」

 

 浜口は苦笑した。

 

「何て?」

 

「最初からそれを言えって」

 

「その通りだ」

 

 神崎が言った。

 

「だね」

 

 浜口は素直に認めた。

 

「次から、柔らかくまとめる前に、ちゃんと条件を見るよ」

 

 姫野が小さく言った。

 

「浜口くんは、怒らないから怖い」

 

「え?」

 

「怒らない人って、相手に譲りすぎる時があるから」

 

 浜口は少し困ったように笑った。

 

「耳が痛いね」

 

 三日目は、網倉と小橋の役割が重要になった。

 

 女子側のシフトに不満が出た。

 

 表向きは小さな不満だ。

 

 裏方の時間が長い。

 

 接客に出る人間が固定されている。

 

 一之瀬に言うほどではない。

 

 だが、誰かが拾わなければ、後で空気が濁る。

 

 網倉はそれに早く気づいた。

 

「帆波にはまだ言わない方がいいと思う」

 

 網倉は小声で言った。

 

「何でだ」

 

「帆波に言うと、帆波が自分でシフト変えようとするから。まず女子だけで整理する」

 

「それは悪くない」

 

「でしょ?」

 

「ただし、女子だけで抱えるな」

 

 網倉は少しだけ眉を上げた。

 

「それ、私が一番言われたくないやつかも」

 

「言われたくないことほど、だいたい必要だ」

 

「白木屋って嫌な店だね」

 

「よく言われる」

 

 網倉はため息をついた。

 

「小橋、手伝って」

 

「うん。私、空気が悪くならないように話すね」

 

「それだけだと、何となく丸まって終わる」

 

 姫野が横から言った。

 

「じゃあ姫野さんも来てよ」

 

 小橋が言うと、姫野は露骨に嫌そうな顔をした。

 

「面倒」

 

「でも、姫野さんがいないと、たぶん柔らかくなりすぎるから」

 

「……もっと面倒」

 

 結局、三人で女子側の不満を整理した。

 

 網倉が本音を拾う。

 

 小橋が空気を柔らかくする。

 

 姫野が曖昧な部分を切る。

 

 その結果、シフトは変更された。

 

 一之瀬が気づいたのは、その後だった。

 

「私、何もしてない」

 

 少し不安そうに一之瀬が言った。

 

 網倉は笑った。

 

「何もしないのも仕事だよ、帆波」

 

「そうなのかな」

 

「そう。何でも拾われると、こっちも言い出しにくくなるし」

 

 小橋が頷いた。

 

「一之瀬ちゃんが悪いわけじゃないけど、一之瀬ちゃんが全部やると、私たちも頼っちゃうから」

 

 姫野が腕を組んだ。

 

「だから、今回は私たちがやった。それだけ」

 

 一之瀬は三人を見て、少しだけ目を潤ませた。

 

「ありがとう」

 

 姫野がすぐに言った。

 

「そこで泣きそうになるの、重い」

 

「えっ、ごめん」

 

「謝るのも重い」

 

 一之瀬は困ったように笑った。

 

 だが、その笑いは明るかった。

 

 四日目、坂柳クラスが仕掛けてきた。

 

 直接的な妨害ではない。

 

 静かな揺さぶりだった。

 

 橋本が浜口へ接触し、共同販売の条件を持ちかけた。

 

 内容だけ見れば悪くない。

 

 だが、細かい条項を見ると、一之瀬クラス側が在庫リスクを多く負う形になっていた。

 

 浜口はすぐに持ち帰った。

 

 二日前の失敗が効いている。

 

「これ、俺一人で決めない方がいいと思った」

 

「正解だ」

 

 神崎が書類を見る。

 

 姫野も覗き込み、すぐに顔をしかめた。

 

「これ、見た目より嫌な条件」

 

「どこがだ」

 

 柴田が聞く。

 

「売れた時は半分ずつ。でも売れ残った時の処理がこっち寄り」

 

「うわ、マジか」

 

 網倉が言った。

 

「こういうの、普通に見逃しそう」

 

 神崎は頷いた。

 

「坂柳クラスらしい。派手に奪うのではなく、こちらが納得して払う形にしている」

 

 一之瀬は書類を見ていた。

 

「悪い条件なら断る?」

 

「ただ断るだけだと、別のクラスに流れる」

 

 オレは言った。

 

「なら?」

 

「条件を返す」

 

 神崎が言った。

 

「売れ残りリスクを半分ずつにする。こちらが在庫を持つなら、販売場所はこちらに優先権をもらう。さらに、売上集計の基準を明確にする」

 

 一之瀬は少し考えた。

 

「うん。それなら、向こうも損ではないよね」

 

「損ではないが、旨味は減る」

 

「それでも、ちゃんとした取引になる」

 

 一之瀬は浜口を見た。

 

「浜口くん、これで話してもらっていい?」

 

「もちろん」

 

「私も行く」

 

 神崎が少し驚いた。

 

「一之瀬も?」

 

「うん。今回は私が顔として行く。ただ、条件はみんなで作ったものをそのまま出す」

 

 それは、一之瀬の変化だった。

 

 自分が抱えるために前へ出るのではない。

 

 クラスで決めた条件を、顔として伝えるために前へ出る。

 

 坂柳は、交渉の場で静かに笑った。

 

「一之瀬さん、ずいぶん変わりましたね」

 

「そうかな」

 

「ええ。以前なら、こちらの条件をもう少し柔らかく受け止めてくださったでしょう」

 

 一之瀬は少しだけ困ったように笑った。

 

「そうだったかもしれない。でも、今はみんなで決めた条件があるから」

 

「みんなで、ですか」

 

「うん」

 

 坂柳はオレを見た。

 

「綾小路くんの影響ですね」

 

 一之瀬は首を横に振った。

 

「綾小路くんだけじゃないよ。神崎くんも、浜口くんも、姫野さんも、柴田くんも、網倉さんも、小橋さんも。みんなで決めた」

 

 坂柳は少しだけ目を細めた。

 

「なるほど。それなら、交渉相手は一之瀬さん一人ではないということですね」

 

「うん。私一人じゃない」

 

 その言葉は、文化祭の時より強かった。

 

 坂柳は条件を読み直し、微笑んだ。

 

「よろしいでしょう。こちらにも利はあります」

 

 交渉は成立した。

 

 帰り道、一之瀬は小さく息を吐いた。

 

「緊張した」

 

「そう見えなかった」

 

「すごくしてたよ」

 

 浜口が笑った。

 

「でも、ちゃんと伝わったと思う」

 

 一之瀬は頷いた。

 

「私一人じゃないって言えた」

 

「それが一番大事だ」

 

 オレが言うと、一之瀬は少し照れたように笑った。

 

「綾小路くんにそう言われると、何か試験に合格したみたい」

 

「まだ試験中だ」

 

「そうだった」

 

 

 模擬店舗運営試験の最終日、一之瀬クラスは二位だった。

 

 一位は堀北クラス。

 

 堀北は、堀北らしい厳密さで役割を整理し、須藤の体力、平田の調整、軽井沢の女子側管理、櫛田の表対応をうまく使っていた。

 

 山内も呼び込みで妙に働いていたらしい。

 

 あとで山内に会うと、得意げに言ってきた。

 

「綾小路、俺、声出しすぎて喉死んだ」

 

「よく働いたな」

 

「だろ? ポテトも頼めるし、呼び込みもできる。俺、成長してね?」

 

「している」

 

「マジで言ってる?」

 

「ああ」

 

「怖っ。素直に褒められると怖っ」

 

 山内はそう言って笑った。

 

 堀北クラスは確かに強くなっている。

 

 オレがいなくなった後、自分たちの卓を自分たちで見ている。

 

 それは二年生の終わりに期待した通りだった。

 

 模擬店舗運営試験の後、一之瀬クラスは初めて、負けても崩れなかった。

 

 一之瀬は悔しがった。

 

 神崎も悔しがった。

 

 柴田は「あそこ呼び込み抑えなきゃ勝てたかな」と言い、浜口は「交渉の初動をもっと早くすべきだった」と反省した。

 

 網倉は女子側のシフトを見直し、小橋は「でも、楽しかったね」と言った後、姫野に「それで終わらせない」と刺されていた。

 

 全員が、自分の分の伝票を見ていた。

 

 それだけで、この試験には意味があった。

 

 夏が過ぎ、秋に入る頃、四クラスの差は詰まっていた。

 

 堀北クラスは攻める力をつけている。

 

 龍園クラスは荒さと統制を両立させている。

 

 坂柳クラスは神室の不在を抱えながら、以前より隙が減っている。

 

 一之瀬クラスは、善意に条件を添えることを覚え始めている。

 

 どの卓も、最後の会計へ向かっている。

 

 その中で、オレ自身の席も変わっていた。

 

 一之瀬は、以前より相談するようになった。

 

 神崎は、正論を出すだけでなく、それをクラスに通す方法を考えるようになった。

 

 姫野は、面倒がりながらも漏れを口に出す頻度が増えた。

 

 柴田は勢いの前に一度確認するようになった。

 

 浜口は曖昧にまとめる前に、条件を紙に出すようになった。

 

 網倉と小橋は、女子側の空気を守りながらも、一之瀬だけに寄らないよう気を配るようになった。

 

 変化は小さい。

 

 だが、積み重なる。

 

 白木屋でも、店が回るかどうかは大きな改革だけでは決まらない。

 

 皿をどこに置くか。

 

 レモンを別にするか。

 

 会計票を誰が見るか。

 

 その小さな積み重ねで、最後の揉め方が変わる。

 

 

 龍園は相変わらず人の少ない場所を選ぶ。

 

 ただし、以前のようにただ威圧するだけではない。

 

 相手が逃げにくく、なおかつ完全に閉じていない場所を選ぶ。

 

 白木屋で言えば、店の入口近くで声をかけるようなものだ。

 

 出ていくこともできる。

 

 だが、無視もしにくい。

 

「よう、白木屋」

 

「その呼び方はまだ続くのか」

 

「卒業まで続けるに決まってんだろ」

 

「迷惑だな」

 

「褒めてんだよ」

 

「わかりにくい」

 

 龍園は喉の奥で笑った。

 

「一之瀬の店、思ったより持ってるじゃねえか」

 

「潰れると思っていたのか」

 

「半分はな」

 

「もう半分は?」

 

「お前がどう料理するか見たかった」

 

「料理はしていない」

 

「してるだろ。あの甘い連中に条件を出させるなんざ、普通じゃねえ」

 

「一之瀬たちが自分で変わっている」

 

「ククッ。そういうことにしといてやる」

 

 龍園は壁にもたれた。

 

「だがな、白木屋。ああいう連中は、最後の最後でまた甘くなる」

 

「可能性はある」

 

「そこを刺されるぞ」

 

「誰に」

 

「俺に決まってんだろ」

 

 龍園は笑った。

 

「最終試験で一之瀬がまた全部抱えようとしたら、その時点で終わりだ。お前が止めるのか?」

 

「止めない」

 

「あ?」

 

「止めるべきなのは、オレではない」

 

 龍園の目が細くなった。

 

「神崎か」

 

「神崎だけでもない」

 

「クラス全員ってか」

 

「ああ」

 

 龍園は楽しそうに笑った。

 

「綺麗事くせえな」

 

「一之瀬クラスだからな」

 

「お前が言うと気色悪い」

 

「よく言われる」

 

「だろうな」

 

 龍園は立ち上がった。

 

「まあいい。最後の会計で、その綺麗事ごと叩き割ってやる」

 

「皿を割ると会計が増えるぞ」

 

「踏み倒す」

 

「出禁だな」

 

「クハハッ。最後までそれかよ」

 

 龍園は去っていった。

 

 彼の言葉は脅しだ。

 

 だが、同時に正しい。

 

 一之瀬クラスの弱点は消えたわけではない。

 

 少し見えるようになっただけだ。

 

 見えることと、克服することは違う。

 

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