綾小路清隆が育ったのがホワイトルームじゃなくて白木屋だったら   作:東頭鎖国

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一年生編②

 中間試験は、なんとか乗り切った。

 

 だが、学校は次の会計をすぐに持ってくる。

 

 須藤の暴力事件。

 

 それは、白木屋式に言えばクレーム処理だった。

 

 体育館裏でCクラスの生徒三人を殴ったとして、須藤は告発された。

 

 須藤は正当防衛を主張した。

 

 向こうから呼び出され、挑発され、手を出されたからやり返しただけだと。

 

 だが、Cクラス側は違う話をした。

 

 須藤に一方的に暴力を振るわれた。

 

 自分たちは被害者だ。

 

 そういう形に話を整えてきた。

 

 Dクラスの教室には、嫌な沈黙が広がった。

 

 誰もが須藤を信じたいような顔をしながら、心のどこかでは「この男一人のために自分たちまで損をするのか」と考えている。

 

 白木屋の会計時に、誰が一番多く飲んだのかを探り合う客たちとよく似ていた。

 

 山内は最初こそ須藤を庇うようなことを言っていたが、退学やポイント減少の話が見え始めると声が小さくなった。

 

 池も同じだ。

 

 須藤本人は怒りを隠さず、机に拳をぶつけるような勢いで自分の正しさを訴えていた。

 

 だが、怒鳴れば怒鳴るほど、周囲の視線は冷える。

 

 白木屋で揉め事を起こした客が「俺は悪くない」と叫べば叫ぶほど、他の客が距離を取るのと同じだった。

 

 堀北は、須藤を救うためというより、クラスの損失を避けるために動こうとしていた。

 

 その姿勢は合理的だった。

 

 だが、合理性だけでは証言は取れない。

 

 相手が嘘をついているなら、それを覆す材料がいる。

 

 目撃者。

 

 映像。

 

 矛盾。

 

 どれでもいい。

 

 ただし、学校側に通る形で差し出す必要がある。

 

 白木屋でも、揉め事の場では「誰が見ていたか」が重要になる。

 

 酔客同士の口論は、当事者の言葉だけでは終わらない。

 

 隣席の客がどう見ていたか。

 

 店員が何を聞いたか。

 

 カメラがどこを映していたか。

 

 そして、その証言者が表に出る覚悟を持てるか。

 

 須藤の事件でも、そこが問題だった。

 

 佐倉愛里。

 

 彼女は見ていた。

 

 だが、表に出られなかった。

 

 人前に立つことへの恐怖。

 

 自分が注目されることへの拒絶。

 

 そして、Cクラスに睨まれる危険。

 

 それらが彼女を止めていた。

 

 堀北は、証人として出るべきだという正論を用意できる。

 

 櫛田は、優しく背中を押すことができる。

 

 だが、佐倉が抱えている恐怖は、それだけでは動かない。

 

 白木屋で言えば、隣の個室で揉め事を見てしまった常連客だ。

 

 その客に「あなたが見たことを証言してください」と言えば、普通は断る。

 

 巻き込まれたくないからだ。

 

 だから、証言者を動かすには、正義ではなく、安全が必要になる。

 

 自分が出ても壊れないと信じられる状況。

 

 自分が見たものを話しても、逃げ場があると思える状態。

 

 それを作らなければならない。

 

 オレは佐倉と接触した。

 

 彼女は、教室の中でも人目を避けるように動く。

 

 声は小さく、視線はすぐに落ちる。

 

 白木屋であれば、宴会の端でグラスを両手で持ち、周囲の笑い声に合わせて小さく笑うだけの客だった。

 

 そういう客に、突然乾杯の音頭を取らせてはいけない。

 

 まず、席を立たせないこと。

 

 次に、自分の言葉が無駄ではないと思わせること。

 

 最後に、証言が必要な場まで導線を作ること。

 

 堀北は苛立っていた。

 

 佐倉が出てくれなければ須藤は不利になる。

 

 その焦りはわかる。

 

 だが、焦った幹事は料理をこぼす。

 

 白木屋で何度も見た。

 

 急いで場をまとめようとすると、声の小さい客の本音を踏みつける。

 

 そして、その客は次から何も言わなくなる。

 

 ◇

 

 裁定の日、空気は最悪だった。

 

 Cクラス側は、自分たちが被害者であるという姿勢を崩さない。

 

 須藤は怒りを押し殺しているつもりで、まったく押し殺せていない。

 

 堀北は冷静に見せているが、内側では焦っている。

 

 茶柱は、どちらにも肩入れしない顔で場を見ていた。

 

 櫛田は心配そうにしている。

 

 そして佐倉は、ぎりぎりまで表に出られなかった。

 

 白木屋の会計時に似ていた。

 

 誰もが自分は損をしたくない。

 

 だが、誰かが口を開かなければ、場は悪い方向へ固まってしまう。

 

 佐倉が証言した時、空気が変わった。

 

 彼女の声は大きくなかった。

 

 堂々としていたわけでもない。

 

 だが、彼女は自分が見たものを話した。

 

 須藤が一方的に暴力を振るったのではない。

 

 Cクラス側にも挑発と接触があった。

 

 少なくとも、Cクラスの言い分だけを全面的に信じることはできない。

 

 それで十分だった。

 

 完全勝利ではない。

 

 須藤が無傷で済むほど、状況は甘くない。

 

 だが、Cクラスの主張を一方的に通すことはできなくなった。

 

 場は五分に近づいた。

 

 白木屋で言えば、片方の客だけが悪いという空気を、隣席の証言で崩したようなものだ。

 

 その後の交渉では、Cクラス側にも引く理由ができた。

 

 完全に押し切ろうとすれば、彼らの虚偽や誘導も掘られる。

 

 学校側も、処分を重くしすぎれば不公平になる。

 

 結果として、須藤は退学を免れた。

 

 処分は軽くなり、Dクラスは致命傷を避けた。

 

 事件が終わったあと、須藤は不満そうだった。

 

 自分は悪くないのに、なぜ完全に無罪にならないのか。

 

 そういう顔をしていた。

 

 だが、それもまた未熟さだった。

 

 白木屋では、自分に理があっても場を荒らせば損をする。

 

 正しいことと、損をしないことは同じではない。

 

 須藤は、それをまだ理解していなかった。

 

 堀北は少し疲れた顔をしていた。

 

「結局、完全には勝てなかったわね」

 

「負けなかった」

 

「同じことじゃないの?」

 

「違う」

 

 堀北は少し考えた。

 

「……あなたは、こうなると思っていたの?」

 

「可能性の一つとしては」

 

「ずいぶん曖昧ね」

 

「揉め事は曖昧に終わることも多い」

 

「白木屋で?」

 

「ああ」

 

 堀北は呆れたように息を吐いた。

 

「居酒屋の経験が役に立つ学校なんて、ここくらいでしょうね」

 

「そうかもしれない」

 

 だが、オレは少し違うと思っていた。

 

 学校が白木屋に似ているのではない。

 

 人間が集まる場所は、どこでも白木屋に似ている。

 

 教室でも、体育館裏でも、無人島でも、船の上でも、最後には誰かが注文し、誰かが遠慮し、誰かが会計を押し付けようとする。

 

 だから観察する価値がある。

 

 事件後、佐倉は以前より少しだけ顔を上げるようになった。

 

 須藤は相変わらず粗いが、クラスに借りを作ったことは理解しているようだった。

 

 堀北も、正論だけでは人は動かないと学んだ。

 

 Dクラスは、また少し変わった。

 

 変化は小さい。

 

 だが、小さい変化しか残らない。

 

 白木屋の客も、そうだった。

 

 翌日から別人になる者はいない。

 

 だが、前回より少しだけ店員への声が柔らかくなる。

 

 前回より少しだけ会計時に財布を出すのが早くなる。

 

 その程度の変化が、長い目で見れば場を変える。

 

 ◇

 

 夏。

 

 無人島特別試験が始まった。

 

 船に乗った生徒たちは浮かれていた。

 

 海、森、サバイバル。

 

 多くの生徒にとっては非日常だろう。

 

 だがオレにとっては、白木屋の週末深夜帯より秩序がある場所に見えた。

 

 ルールがある。

 

 資源が見える。

 

 騒ぐ人間の数も限られている。

 

 問題は、やはり人間だった。

 

 Dクラスはすぐに不満を漏らし始めた。

 

 暑い、虫がいる、食べ物が少ない、トイレが嫌だ。

 

 白木屋で言えば、料理が遅い、席が狭い、ビールがぬるいと文句を言う客たちだ。

 

 文句そのものは問題ではない。

 

 文句が感染することが問題だ。

 

 須藤には力仕事を与えた。

 

 池には探索を任せた。

 

 山内には、女子の前で格好をつけられる程度の役割を渡した。

 

「山内。薪を集めてくれ」

 

「えー、めんどくせえな」

 

「女子に見える場所でやれば、多少は見直されるかもしれない」

 

「マジかよ。任せろ」

 

 山内は大量の枝を抱えて戻ってきた。

 

 半分は湿っていた。

 

 だが、ゼロよりはましだ。

 

 役割を与えられた人間は、完全に不満側へ回りにくくなる。

 

 文句を言う客に、あえて注文の取りまとめを任せる。

 

 すると、その客は文句を言う側から、文句を受ける側へ少し移動する。

 

 立場が変われば、発言も変わる。

 

 堀北は体調を崩していた。

 

 それでも強がる。

 

 白木屋で言えば、明らかに酔っているのに「酔っていない」と言い張る客だ。

 

 最も危険な部類に入る。

 

「堀北。休め」

 

「必要ないわ」

 

「必要ある」

 

「あなたに判断されることではないわ」

 

「倒れられると困る」

 

「私は倒れない」

 

「倒れる人間ほどそう言う」

 

 堀北は睨んできた。

 

 だが、限界は近かった。

 

 彼女を休ませるには、弱さを認めさせるのではなく、クラス全体の合理性として扱う必要があった。

 

 人間は、自分の弱さを認めることを嫌がる。

 

 だが、役割のために休めと言われれば受け入れられることがある。

 

 無人島試験の本質は、リーダーの読み合いだった。

 

 誰を見せるか。

 

 誰を隠すか。

 

 どこまで使うか。

 

 誰を囮にするか。

 

 白木屋で言えば、誰に会計票を持たせるかに近い。

 

 見えている幹事が本当の幹事とは限らない。

 

 声が大きい者が支配者とは限らない。

 

 最後に場を動かしていたのが誰かは、会計時になって初めてわかる。

 

 Dクラスは、危ういながらも結果を出した。

 

 堀北の名前が前に出る。

 

 それでいい。

 

 オレが目立つ必要は、ない。

 

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