「それでゼレーナ……昨日はどうだったの?」
報道陣への説明を終えて、ミムとゼレーナは二人で話していた。
昨日検査を終えて病院内でリリィが
そして嗅ぎつけた報道陣が好き勝手あれこれデマを流す前に、情報の開示を行なったのがつい先ほどのこと。
ミムの聞いていることは
「戸籍登録と双体検査のことも、昨日さらっと話したけど……その疑問はどこに関しての質問かな?」
逆にいえば、さらりとしか話せていない。昨日はほぼ報道陣への説明の内容を話し合っただけ。
「双体検査と、彼女の性質について……ゼレーナの意見を聞きたいわ」
「りょーかいです大隊長どの」
双体検査の結果は、予想通り……いや、ゼレーナの仮説通りだった。
異常なし。遺伝子情報は人族のみ。そして
現代に生きるすべての人類は
遺伝子情報にも混血を証明する情報が残る。
ゆえにその特徴を持たないリリィは、少なくとも両親が混合人種じゃないことを示している。加えて先祖帰りの場合であれば、ゼレーナの識眼には「集的混合人種・先祖帰り・人族」と出るため、「人族」とだけ表示されたリリィは、混血ではなく純血であることを示している。
ゼレーナの
「それで彼女の性質は? 危険な思想を持っていると思う?」
「ないね。ありえないと言い換えてもいい。なんなら私の魂を賭けようか」
それは彼女の態度と対応、そして
ゼレーナと二人きりになったのは実はわざと。もちろん前提として、単一の人族がゼレーナに刃向かったとしても容易く抑え込めるのは事実だ。
だがその上で本来なら、身元の不確かな人物を非戦闘員の情報官と二人きりにはしない。端的に表現するなら罠。あるいは撒き餌といったところだろうか。
戦闘員でない女性と二人きりになって、暴力的になるか、危険な行動を進んで行うかを見極めるためのもの。
万が一を想定して、すぐに救援を出せるように少し離れた位置で待機していた戦闘員がいたが……彼らを配置したのは結果的に無意味に終わった。
なにせ彼女がそうした行動を一度も見せなかったから。
一番あり得ると思っていたのは逃走だったが、それも外れだった。リリィは突然時代を超えて未来に来たというのに、あっさりとゼレーナの言葉を信じて、なんなら会話すらしてみせた。
疑うことを知らないのか、あるいは疑うに足る否定要素がないから疑わないだけなのかは判然としない。だがもしも自分が突然、別の時代に行って、彼女と同じように警戒心もなく話をするかと聞かれたら……答えはノーだ。
こちらがリリィを警戒するのと同じく……いや、単独で見知らぬ時代に来てしまったことを踏まえるなら、リリィの方こそ、こちら側を強く警戒するはずだと睨んでいた。
見知らぬ時代、見知らぬ人々。
加えて複数人いる部屋で尋問したことも含めるなら、警戒心を刺激して当然だと考えていた。だが彼女は警戒するどころか、自ら歩み寄ろうとするかの如く、積極的に会話をする姿勢を崩さなかった。
それがこちら側に己が無害を主張するための行動だったとしても……警戒心や敵愾心、恐怖心などを一切出してこなかったのは、正直予想外だ。
まるで「人類に対して友好的であるように作られた人形」のようにも思えてしまう。これは少し失礼な考え方だろうか?
そしてあの『
ゼレーナの見立てでは、リリィは時空間移動による記憶障害を持っている。出身地もわからず、大型時空間転移門に入ったことも覚えていない。
覚えているのは名前だけ。
そんな彼女が、初めて出会った女性の話を聞いて
人は皆その種を持って生まれるが、使いこなせる者は多くない。
そして精神体の核に存在するため、本人の性質を強く反映させる。
治癒にまつわる
記憶に障害があり、あまり自分のことを思い出せない。その上で知らない時代に一人だけ。常人なら他人を思いやる余裕などないはずの状況下で、初対面の婦人のために自身の持つ
状況、発言、行動……あらゆるすべてが彼女の性質を無害だと断言している。
「もう疑うことそのものが無駄だよあれ。人畜無害どころの話じゃない。時代が時代なら、彼女こそが聖女だと持て囃されただろうね」
「そう……なら良かった。あとは何か気づいたこととかは?」
「……そうだね。リリィさんの体を見た時のことなんだけど」
「何?」
「すごく綺麗だったよ」
「……今は冗談をいうタイミングじゃ」
「そうじゃなくて、綺麗すぎるんだ。怪我もないし華奢すぎる。時代にそぐわないんだ。あんな体は」
ゼレーナは説明を続けた。
最初の予想では彼女は研究者か、時空間転移門に誤って入ってしまった平民だと思っていた。
けど平民なら肉体労働により筋肉がつくだろうし、研究者も同様。彼女のいた時代を考えれば、当時の研究職はフィールドワーク主体の労働になるはず。そうであれば肉体は自然と鍛えられる。
だが彼女にはそういった痕跡がまるで見当たらなかった。
もちろんだらしない体をしているわけじゃないけれど……その肉体は過酷な労働とは無縁の令嬢。そういった印象を受けた。
そして警戒心のなさや、他者を疑わない人の良さは、まるで外敵を知らない箱入り娘のようにも見える。
「つまり彼女は、外敵から守られて当然の立場にいたんじゃないかってこと?」
ミムの疑問に、ゼレーナは頷く。
「付け加えるなら、大型時空間転移門があった大昔。リナトー皇国の皇族は……みんな鮮やかな銀髪だったみたいだよ」
ゼレーナが言っていたことだ。
時空間転移門の調査と研究は、皇国の最重要項目。おそらく皇族もこれを支援していたはずだと。
そして研究が進んでいるかの確認や視察を、出資者である皇族がしていてもなんら不思議ではない。その最中に転移門に触れてしまい……という事故があった可能性も否定できない。
「じゃあ彼女は、大昔の皇女……ってことなの?」
「確定じゃない。全部仮定で仮説で予想の範疇……でもあの肉体労働を知らない体は、少なくとも貴族令嬢ではある。と私は思ったね」
「なら彼女の身柄は今後……」
「いや、私たち軍の人間で守った方がいい。ここから警察に引き渡して、いろんな手続きを終えて一般人の扱いを受けたとして……知らない時代で知らない人に囲まれて生きていくことになる」
「彼女が受けるストレスが大きいって心配?」
「それもあるけど、一番はあの警戒心や敵愾心のなさだね。人が良すぎる。それに記憶障害を持っていることを踏まえるなら、きっと一人じゃ危険だ」
ゼレーナの発言にミムはため息を吐いた。
「……随分と世話好きになったみたいね。アタシの知ってるゼレーナじゃないみたい」
「あんな状況にいるのにこっちに歩み寄ろうとする姿を見て、はいさよならってのはちょっとね。そこまで悪逆非道じゃないつもりさ」
「……そうね。危険人物でも悪人でもないなら、なんとかしてあげたい気持ちは湧いてくるわ」
「じゃあ決まりだね。軍の治癒師として働く形にしようか……あと、
そうして二人は、謎多き転移者についての話を終えた。