さて……そろそろぼくは気付き始めてきた。
(これもしかして……夢じゃない?)
というのも、さっきのルード隊員と小隊長の会話。
ぼくが理解した状況下で、理路整然と説得を成し遂げた金髪の彼の話し方。
あれはどう考えても夢の中のクオリティじゃなかった。
夢の中の会話ってもっと支離滅裂だし、あんなにも緊迫感のあるものじゃない。
加えて、夢はもっと場面転換が激しかったりする。学校の中と思いきや次の瞬間は病院にいたりして、しかもそのことになんの疑問も抱かないのが普通だ。
でもぼくはここにきた瞬間からずっと疑問まみれ。もはや疑問の擬人化とすら言えるかも。クエスチョンマンだ。
そして極め付けが……
「……やっぱり痛い」
この痛覚。
夢の中では痛みを感じない。それは人体における危険信号だから。
痛みを検知した瞬間、ぼくはインフルに侵食された体に鞭を打って飛び上がるはず。でもそれは夢の中ではなく、実際の現実においての話。
痛みを感じている時点で、夢の中ではなく現実であることの証明でもある。
そしてさらに付け加えていうなら……痛覚を無視したとしてもこの五感が言っている。
間違いなく現実だと。
舞い散る砂の匂いに、わずかに血が混じった嫌な匂い。
視界に映る黒紫の獣と武装した人の戦い。時折り聞こえる声には、夢とは思えないほどの現実味が纏わりついている。
五感を圧迫する現実味が、今のぼくを包み込んでいた。
ただ、現実であると仮定するなら、一つの疑問が残る。
それがこの体だ。
ぼくの名前は
生まれてこのかた22年、紛れもなく男として生を受け、生を全うしてきたつもりだ。
それが、なにをどういじったらこんな体になるんだろうか?
ぼくの知る限り、少なくとも地球上に黄金の気を纏う超サ○ヤ人みたいな人物は存在しないから……ここがぼくの知る世界ではないとしても。女性に変わるのはちょっと理解できない。
(いや、世界が変わったから、肉体もそれに適応するために変化したのかも……?)
一応それで辻褄は合うだろうか。
この世界には魔力と魔法があるらしい。現にぼくの視界に映る兵士さんたちは、魔法のようなもので
実際のところ、環境などの要因で性別を変える生き物は地球上にも存在するし、なにもおかしいところはないのかもしれない。
(それにぼくが女の子なら、面倒なことも……)
いや、これはぼくの都合か。これが作用するはずがない。
だったらもっと……性別が変わっていい人が、変わるべき人がいるはずだ。これは考えるべきことじゃない。
なんてことを考えていると、ルード隊員がぼくの方に駆け寄ってくる。
「今終わりました。すぐに結界を解除しますね」
どうやら魔晶獣を片付け終わったらしい。
耳に手を当てて、さっき言っていた司令室からの報告を聞いているみたいだ。
「……はい。了解しました。第一大隊・D小隊所属。ルード・アルファニウスが、責任を持って対象を作戦基地まで連行することを約束いたします」
どうやらぼくのことを話しているみたいだ。
戦場に突如現れた謎の女。魔晶獣との関連性は? それともまた別の勢力?
きっとぼくならこう考えるし、友好的になれると楽観視する状況でもない。
(……ど、どうなるんだろ?)
でも思考を巡らせるには情報が少なすぎるし、楽観的になるには状況が厳しすぎる。
八方塞がりの気分だ。友だちと人狼ゲームをした時ですら、もっと情報を集めることができたのに……これじゃ目隠しでパズルを解くようなものだ。
「安心してくださいリリィさん。俺がついてますから」
そんなぼくの心境を表情から読み取ったのか、ルード隊員が励ましてくれる。
「ありがとうございます……?」
(確かに助かるけど、なんでこんなに好意的なんだこの人は? ぼくのこと好きなの? 見た目が好みとか?)
ルード隊員を利用するようで悪いけど、もしもの時はがっつり頼りにさせてもらおう。
まあいい、とりあえずの方針は決まった。
これからきっとぼくは彼に連れられて、この場の……戦っていた彼らの上司に会うことになるんだと思う。
色んな質問をされるだろうし、ぼくが危険人物かどうかの判断もされるはず。
特に重要なのは後者だ。ぼくはいきなり戦場に現れた第三者。魔晶獣……と呼んでいたあの結晶で作られた獣の仲間か? というのが彼らの視点でのぼく。
最初にぼくを発見したB小隊の隊長さんも、警戒心を最大にしてぼくを睨んでいたし……おそらくこれから会う人も同様のはず。
まずはその警戒を解いてもらうことが先決だ。…‥けど、ぼくも同じ立場ならそう簡単に信用できないし、警戒を解くためにはそれ相応の態度と対応……何より信頼を勝ち取るための時間が必要になる。
だからまずは、せめてぼくが無害であることを知ってもらう必要がある。
なにせ平和ボケのアジア代表……いや、地球代表とすら言える現代日本人だ。精神から肉体まで丸っと無害である自信がある。
その証拠にぼくを助けてくれたルード隊員は、ぼくが無害であることを理解している。……でもなんで?
「……あの」
「なんですかリリィさん?」
やっぱりそうだ。ぼくのニックネームを呼んでくる。でもぼくには当然、こんな金髪イケメンの友人はいないし、なによりぼくに女の人だった記憶はない。
というよりも、なにもわからないままこの戦場にいきなり来た……ということしかわからない今、欲しいのはとにかく情報だ。
現状では唯一友好的な彼に聞くほかないだろう。まずは当たり障りのない質問からしようかな。
「ここは……どこなんですか?」
「ここはセルムの町の北にある平野です。魔晶獣の侵攻を迎え撃つため、俺たちは駐屯地より出撃し、これを討伐。そして事後処理と帰還の段階に移行しました」
セルムの町、とりあえず現在地はわかったかな。
でも聞いたことのない地名だし……彼の言葉には、魔力や魔法という単語からは想像もできないほど、文化的な背景を感じさせる。
ぼくの知る魔法が存在するフィクション作品は、どれもそこまで文化や文明が発展していないものが多くて、とても想像がつかない。
だけど地名を理解できたのは一応の収穫かな。
「その……ルード隊員は、どんな職業なんですか?」
「俺は軍人です。その中でも戦闘員という分類をされる部隊で、直接戦場で敵や危険性の高い魔物を討伐するのが主な仕事です」
軍人という物々しい職業と、魔物というファンタジー要素が一つの文章に混在している……なんだろう、やっぱり変な感じがする。
アンバランスというか……現代あるいは近未来のような彼らの服装や文明レベルと、魔力や魔法といったファンタジー要素が、ひどく相容れないような感覚がする。
とはいえこれで大体は理解できた……はず。
この世界は魔力があって魔法がある。そして魔法技術で現代もしくはそれ以上に発展を遂げた世界ということなんだろう。
「あと……」
「あっ……はい。了解しました。……すみませんリリィさん、これ以上の会話は禁じられてしまいました」
クソ、会話は傍受されていたのか!?
なんでぼくのあだ名を知っているのか……とかもっと色々と聞いておきたかったけど、仕方ないか。
一応彼らにとって今のぼくは警戒対象。
ルード隊員だけがぼくを一方的に知っているみたいだけど、ぼくはその理由を知らないし、知るはずがない。
(これから会う人はたぶん、軍人であるルード隊員の上司……きっと穏やかに話は進まないだろうな)
そう思いつつ、ルード隊員に連れられたぼくを迎えたのは……
巨大な戦車のような基地。それは……とてつもない大きさの大砲をのっけた建物だった。
わお、前衛的?