その会議には、エリス・クロードは参加していなかった。彼女の意見は最初から分かっていたし、それが反映されることもなかったからだ。集まっているのは、ゼノン、マーク、ニキ、そしてユリウスの四人だけである。他の面々は、ジオンの最終防衛線である宇宙要塞ア・バオア・クー攻略戦に備えて眠っている時間だった。
「いよいよ、明日終わるわけだが……」
ゼノン少将は残る三人の顔を順に見回した。
「どうするのだ、あの少年は?」
ニキ・テイラー中佐はあえて発言しなかった。責任があるから出席しているものの、ものを言うことができる材料を持っているわけではなかったからだ。そして、うながすようにマークの方を向いた。
「僕は連れて行くべきだと思います」
発言したのはユリウスだった。
「ショウは、もう欠く事のできない戦力です。それにシスやカチュアちゃんの精神の安定性は実験の予測値をはるかに上回っています。大量の死者が出た場合の精神感知の影響もほとんどありません」
「……ショウが人の魂を吸い寄せている、か……」
マークのつぶやきの正確な意味は、ニュータイプではない残りの面々には分からなかった。そして、それこそがエリスを連れて来なかった原因だった。
シスやカチュアが受けるはずだった心の痛みを、ショウは一人で背負い続けている。そのおかげで他のニュータイプたちは救われているのだし、分かれなければならないと言えば子供達は悲しむだろう。大きな歴史の流れから見れば、戦いはまだ始まったばかりなのだ。悪い影響は与えたくない。そして、ショウがこの苦境を乗り越えてより強力なニュータイプに成長することをマークは確信していた。
「少なくとも、ここまで戦い続けてくれた彼には真実を知る権利があります。全てを話して……その上で本人に決めさせましょう」
「全てを、か……」
ゼノンは深く溜息をついた。
「ふっふっふっ。圧倒的じゃないか、我が軍は!」
居並ぶ豪勢な機体を前に、クレアは笑いを止められなかった。
「そういうのって、不吉なんじゃないの?」
レイチェルはたしなめるが、クレアはこのタイミングで言うのがいいんだと言って聞かなかった。
だが、クレアが笑うのにも根拠がある。
前回捕獲したブラウ・ブロとガザCから設計したサイコミュ搭載機ハンマ・ハンマを筆頭に、レイチェルのアプサラスⅢ、アプサラスとビグロから設計した量産型ビグ・ザム。その他の機体もそれぞれキケロガ、ビグロマイヤー、メガライダーと着実に強化されている。欠点は大艦巨砲主義のものばかり集めたせいで補給が大変なのと、接近戦用のビームサーベルを持っているのがハンマ・ハンマとトルネードガンダムの二機だけになってしまった事だ。
そのため、今回彼らは正面からじっくり攻める役になっている。裏から強襲をかけるのはゼノン少将の艦だった。そちらにはガザCとジオンのモビルスーツから設計され、開発を繰り返したザクⅢ改とズサ・ダイン、さらにパーフェクトガンダムとゴッドガンダムが配備されている。今モビルスーツデッキに並んでいる強大な火力よりも、さらに凄まじい戦闘力を持っているのだ。
「さあて、あとは開幕を待つだけだねっ!」
「楽しそうに言うのはやめなさいよ。また大勢の人が死ぬのよ……」
「レイチェルぅ、なんか最近エリスに似てきたよ。……それよりさ、自分が死んじゃ駄目だよ。待ってるんでしょ?」
「……うん。今度は、絶対助けてみせるから……」
レイチェルは明日の、そして七年後の戦いに心をはせて、アプサラスⅢのコックピットに足を踏み入れた。
「ふう……今度は重装備で機動力に欠ける機体ですか。この弾数では思いやられますね……」
ユリウスは量産型ビグ・ザムのデータをチェックし、カチュアはビグロマイヤーに、シスはキケロガに搭乗する。ミンミのメガライダーはこれ以上の成長は見込めないので今回は待機である。
そうしていたとき、トルネードガンダムの中のショウに強烈なイメージが流れ込んできた。
「あ……あれは……」
(前に出ちゃいけない!あれは憎しみの光だ!)
どこかから声が聞こえてきた。この衝撃を受けている人が自分の他にもいる、それがわずかな心の支えになった。
そして、人類の生み出した史上最大の兵器がその光を吐き出した。犠牲者たちの痛みと死への一瞬の恐怖が怒涛のように流れ込んでくる。だが、最後にその暴挙を行った者たちのイメージが心の中に浮かび上がった。
「うわああああっ!」
ショウの体の周りに、赤く揺らめくオーラが吹きあがった。その怒りと悲しみを、艦内のニュータイプたちは間近に感じ取っていた。
「マークさん……分かったよ。止めなくちゃいけない光……。こんな事をする人たちを、そのままにしておいたらいけないんだよ!」
そう言い残すと、トルネードガンダムは単機でア・バオア・クーへと突撃して行った。
「どうするんです!?」
「行かせてやりなさいって。ねえ、艦長?」
クレアはユリウスに軽く答えた。
「ショウはどこに行ったと思う?」
「あの子のことだから……ソーラ・レイを落としに行ったんじゃないかしら?」
「そうか。なら、そのまま突き進めば第一部隊に合流できるな」
マークは冷静に、しかし楽しんでいるかのように結論を出した。
「微速前進。予定通り正面からの攻撃を行う。ショウは向こうに拾ってもらおう」
ここに、一年戦争最後の戦いとなる、ア・バオア・クー攻防戦の火蓋は切って落とされたのである。
「ララァ……私を導いてくれ……!」
シャアは集まってくる連邦軍を次々に撃破しながら、求めている敵をめがけて疾走していた。宇宙に拡大した思惟に、少年のこれまでにない強い意思が近づいてくるのがはっきりと感じ取れた。
「見えるぞ……私にも敵が見える!行けっ!!」
有線制御式ビーム砲の立体的な攻撃を、青いガンダムは易々とかわしていく。それが反撃に撃ってくるビームライフルの弾道を察知し、シャアはジオングを退避させた。
「あの少年か……!」
「シャアだな……!」
二人は同時に、互いの思念を知った。そして次の瞬間には、ジオングとトルネードガンダムは宇宙をすれ違い、それぞれの進む方向へとバーニアを吹かせていた。
「何故だ、ララァ……?」
「シャアは……戦う敵じゃないの……?」
己にそうさせた意思に問いかけながら、二人はその距離を広げていった。追う余裕はなかった。シャアにとって戦うべき白い機体が代わってその前に立ちはだかっていた。
「ガンダムのパイロット……アムロとか言ったな!」
運命の歯車は回り始めた。人類の革新という名の歩みは止まることなく、ゆっくりと、確実に進んでいく。
(ショウ君……こっちだよ)
今度はジュナスの優しい声が聞こえてきた。
「そっちにいるんだね?」
(うん……僕たちだけでも落とせるんだけど……)
スペースコロニーを兵器に改造した歪な建造物が近づいてきた。そこに時代を超えた強力なモビルスーツが怒涛の攻撃をかけていき、さしものソーラ・レイも半ばまでは損壊してきていた。
(僕達は強襲してきたから、けっこう傷ついてる。これを落としたら敵を引きつけながら撤退するから、反対側からマーク艦長の艦が攻め込んでいくことになっているんだけど……君はどうするんだい?)
「行かなきゃいけないところに行くだけです」
(そうだね……。もう少ししたら敵の防御も弱まるよ。その時に行くんだ)
「はいっ!」
飛び去るトルネードガンダムを見送り、ジュナスは苦笑した。
「……昔のマーク隊長みたいだね」
「お前もそうだったぞ、ジュナス。だがあの少年はマークやお前ほど戦えまい。一人で飛び出したのは向こうは承知なのか?」
「だと思いますよ」
話している間に、ソーラ・レイの真正面に飛び出す金色のガンダムの姿がモニターに映った。
「いくぞっ!俺と勝負だぁぁーっ!!」
ジュナスは大慌てのジオン軍の姿を思い浮かべて噴き出した。
「あぶないよ、アキラ」
「止めるな!これは俺の戦いだ!!」
「……だってさ、艦長」
ゼノンは顔に手をやりつつ、やらせてやれ、と力の抜けた声で言った。
意を決したのか、ソーラ・レイの巨大な砲身に光が集まっていく。しかし発射に足るエネルギーを集めるには、全ては手遅れだった。
「流派!!東方不敗が、最終奥義ぃぃ!!
石破ぁ!!天驚ぉぉぉぉぉけぇぇぇぇぇん!!!」
ソーラ・レイにも匹敵するかと思われた巨大な光弾が宇宙を貫き、問答無用の大爆発を引き起こした。
「やったんだね……!」
戦場の空気が変わりはじめたのをショウは感じ取っていた。
ジオングを落とされたシャアはア・バオア・クー内部に撤退、キシリア・ザビが総統ギレンを暗殺、その混乱を突いてアムロとホワイトベース隊は要塞内部に侵攻した。マークたちもじりじりと攻勢に転じ始めている。ドロス級第二番艦ドロワが轟沈、後に再起をかける将星たちも戦場から姿を消した。
だが、依然としてア・バオア・クーの守備には多くのモビルスーツが存在していた。
一人特攻をかけるトルネードガンダムを、真紅に彩られたゲルググが迎え撃つ。ビームサーベルとビームナギナタを打ち合わせた瞬間に、彼らは互いの技量に戦慄した。
「ちっ……なかなかやるじゃねーかよ!」
「ニュータイプじゃない……なのに、こんなに強い……?誰!?」
ゲルググのパイロットはにやりと笑い、その名を自慢げに叫んだ。
「戦場を駆ける赤い稲妻……そう!俺がジョニー・ライデンだ!!」
ビームナギナタは変幻自在に襲い掛かり、トルネードガンダムを追い詰めていく。
しかし、以前シャアに押されていたときとは別人のように、ショウは冷静に回避していた。背中を向けて全力で引き、接近戦の間合いを外す。
「強いな、あの人は……」
背中を向けた事で、全天周囲モニターの死角にライデンはいた。
その機を逃さず、ライデンはロケットランチャーを構えた。ただ背後からではなく、機体を上方に移動させてからの不意打ちだった。
「そら!ミサイルのプレゼントだ!ありがたく受け取れ!」
それを待っていたかのように、トルネードガンダムはまっすぐゲルググに向き直った。
「……見えた!次はそこだーっ!!」
拡散ビーム砲の斉射がゲルググを直撃し、機体に深刻なダメージを与えていく。
予想外の動きと被害に、ライデンは驚愕した。
「な……なんだって!?この俺がこうも……!」
そのとき、キシリアの脱出を援護せよとの指令がライデンの元に届いた。この強敵と功を争っている時ではないと判断し、ライデンも撤退の意思を固めた。
「……チッ!連邦軍もやるじゃねーか!ここは一旦退いてキシリア様の守りに回るかッ!」
後退するライデンを追って、ショウもア・バオア・クー内部に突入して行った。
「キシリア……?その人なんだね、倒さなくちゃいけないのは……!」
迷路のような要塞内部には、もうジオン軍もほとんど残ってはいなかった。
(……そこを右だ!)
「艦長!?」
(曲がったら、そのまままっすぐ行くのよ……)
「エリスさんも……?」
ショウの心の中に、戦っている人たちの声が聞こえてきた。
(そっちにいったらね、リック・ドムが隠れてるよ)
(顔を少しあげて撃てばいいわ……)
声の導くままに、ショウは崩れ落ちるア・バオア・クーの中を進んで行った。その奥で、ノーマルスーツにバズーカを携行している男が同じところを目指すのに巡り会った。
「少年!?」
「シャア!」
二人はすぐに、成そうとしている事が同じなのだと悟った。
「ここはもう崩壊する!脱出しろ!」
「あなただって逃げなきゃいけないでしょう!」
「ならば……行くか?」
ショウはトルネードガンダムの手をさしのべ、シャアを拾いあげた。そして進んだ先に、キシリアの乗るザンジバルが出航しようとしていた。
「ガルマ……私の手向けだ……。
姉上と仲良く暮らすがいい……」
シャアのバズーカがブリッジを撃ち抜き、トルネードガンダムのビームライフルが動力炉を破壊した。
そして爆風に包まれる要塞の中を、二人を乗せたトルネードガンダムが駆け抜けて行った。
ア・バオア・クーを脱出すると、シャアを迎えにきたジオンのモビルスーツに囲まれた。銃口を向けられはしたが、シャアは部下たちを制して言った。
「少年、私と共に来い!」
「えっ!?」
「君には何かを感じるのだ。この世界を変えうる大きな力を!」
「僕が……?」
「ララァは死に、アムロは拒んだ。だが少年、君も見ただろう!」
ショウの耳に、かすかにララァの声が聞こえたような気がした。しかし彼女がなんと言っているのかは、聞きとる事ができなかった。
「僕は……」
「おっと、そこまでよ!」
メガライダーにまたがったハンマ・ハンマが、シールドのメガ粒子砲を向けていた。
「クレアさん!」
「ショウ、シャアを放して帰って来なさい。それでいいでしょ?」
ハンマ・ハンマの後ろに、仲間たちのモビルスーツが追いついてくる。ジオンも仕方なしに兵を引く姿勢を見せた。
「じゃあね、クワトロ大尉」
「クワトロ?」
シャアがその言葉の意味を聞く時間はなく、両者はそこで分かれて行った。
トルネードガンダムは無事にホワイトベースに帰艦し、戦闘は終わった。
宇宙世紀0080年1月1日、長かった一年戦争はここに終結した。しかしショウの心の中には、この戦いを通じて出現した奇跡の人種、ニュータイプたちをめぐる戦いが始まる予感だけがはっきりと浮かんでいた……。