グリーンノアからガンダムMk-Ⅱを奪取したエゥーゴは、ティターンズの追撃に備えて態勢を整えていた。エマ・シーンらの投降を経て、彼らの戦力は少しずつ充実していたところであった。
ショウはこの時代に来てから、まだ考え込んだままでいた。
「艦長……クワトロ・バジーナ大尉って、シャアなんですか?」
「知っていたのか?」
「分かるんです、なんとなく……。
だったら、向こうも僕たちの事を気づいてるんじゃないですか?前の戦争で戦ったから……」
「その心配はない」
マークは安心した顔で語った。
「一度歴史を飛ぶごとに、我々がいた影響は修正されるのさ。我々がこうしていなかった歴史に戻る」
「だったら……僕たちは何のためにこうして戦っているんです?
艦長たちには目的があるけど……旅が終わったら、僕は何もかも忘れちゃうんですか?」
「そうなるはずだが……。実は、そうでもない。人の記憶のどこかに、我々がいた場合の事が残ってしまうらしい。
正確な事はまだ分からないが……。どうした?」
とりとめもない会話だったが、ショウは浮かない表情を続けていた。
「いえ……。ちょっと、まだ信じられないんです。みんなが遠いところから来たなんて……」
「それじゃ、イヤなのぉ?」
背中からカチュアが手を回して、話に入ってきた。
「ううん……。そうじゃないけど……」
「ウソつき!」
「え……?」
カチュアは怒ったようにショウをにらみつけた。
「イヤだって思ってるから、そういうこと言うんでしょ?」
ニュータイプ同士である。隠し事ができるわけでもなかった。ショウは素直にうつむいた。
「……そうだね……」
「私は、ショウといられれば今がいいんだよ」
そう言って、手を握りしめてきた。その温かみが、かえってショウには心苦しかった。
「カチュアちゃん……」
もし旅が終わる日が来たら……違う時代に戻って、もう二度と会えなくなるんじゃないか?
その疑問を口に出す勇気は、ショウにはなかった。
「アーガマから警報です!」
「ティターンズか!」
「フランクリン大尉がリック・ディアスを奪って脱走、ティターンズ艦隊も接近している模様です!」
「総員、第一戦闘配備!戦闘宙域までモビルスーツ隊は発進準備!」
指示を受けながら、ショウはマークに尋ねた。
「フランクリン大尉って?」
「カミーユ・ビダン……ガンダムMk-Ⅱのパイロットの父親だ」
「えっ……?」
「今は話している時間はない。早く行くんだ!」
「はいっ!」
モビルスーツデッキへと走りながら、ショウはどうなっているのか分からずに混乱した。
(どうして、悪者のティターンズから逃げてきた人が、自分の子供がいる艦からティターンズのところに戻っていくの?)
(もし戦いになっちゃったら、僕たちがお父さんを撃墜したらカミーユは悲しむよね……?)
事態をよく把握できないまま、ショウはトルネードガンダムに乗り込んでいった。
こんな雰囲気の中でも、変わらずに活気のある場所がここにはある。モビルスーツデッキに並ぶ新型機だ。
「レイチェル、ハンマ・ハンマは任せたよー」
「えっ?アプサラスは?」
「いいじゃん、もう成長しないし、今なら楽勝だし」
「あなたは何に乗るのよ?」
言ってみて、レイチェルはクレアが拳を震わせて見上げるガンダムを確認して転倒しかけた。
例によって今まで見たこともない奇抜なデザイン。こんな変なものはモビルファイターでしかありえないのだが、搭乗者と同じ動きをするモビルトレースシステムで、一体どうやってこれを動かすのか真剣に問い質したい気持ちでいっぱいになった。
「じゃ、頼んだよっ!」
大喜びでマンダラガンダムの中に消えるクレアの後姿を見ながら、レイチェルは体から力が抜けていくのに必死で耐えていた。
それはジオングとスカルガンダムから設計されたものだが、ジオングもドムと組み合わせて脚部を増設、パーフェクト・ジオングとなっていた。ジオングから引き続き、シスが使っている。
ビグ・ザムとガザCから設計されたジャムル・フィンにカチュアが乗り込む。これは将来、さらに大型のモビルアーマーに発展していく予定だった。
ミンミは前回と同じくメガライダーに乗っている。
そして、リック・ディアスのコックピットに座るユリウスはご満悦であった。二部隊に分けられたモビルスーツ隊のうち、一つの指揮を任されたのである。
クレア、レイチェル、ショウの組はどちらかというと単独行動が得意なパイロットたちだ。クレアとレイチェルは二人で一組、ショウは一人で。きちんと連携を取って戦いそうなパイロットはユリウスの組だけである。訓練学校で一緒にシミュレーションをやってきた仲間だけに、特性もよく知っていた。
「ようやく僕の本領を発揮できそうですよ。ニュータイプが作戦無視で突出するだけが戦いではないんですから……」
「ちょっとユーリィ、それは違うよ」
クレアから横槍が入ってきた。
「どう違うんですか、クレア中尉?」
「ニュータイプが突出して戦況を一変させるのは作戦の範囲内なのよ」
「それは中尉がニュータイプだからですよ!」
笑いと悲しみを乗せて、アルビオンは戦場に手ごろなアステロイド帯に陣形を構えた。そして奇しくも、二つのチームを率いるリーダーは機嫌よく戦いを迎えていた。
いつもの台詞をそのままに、戦況はユリウスの計算した通りに動いていた。
七年の歳月が過ぎたとはいえ、量産型のモビルスーツではパーフェクト・ジオングには太刀打ちできなかった。アステロイド帯に接近した敵部隊を先頭に立って迎え撃ったシスは簡単に敵の攻撃をいなし、ビーム砲で反撃していった。残りの面々は後ろに待機していたので、敵はどうしてもシスに向かっていくしかなかった。
そして敵の注意がシスに向いている時に、メガライダーやジャムル・フィンの強力なビームがアステロイド帯を引き裂いた。混乱したところに、横合いからガンダムMk-Ⅱとリック・ディアス二機の小隊が襲い掛かる。
「ジオング?誰が完成させたのだ?」
Mk-Ⅱのクワトロは苦笑した。それは余裕である。ジオングのパイロットからは確かに強い力を感じるが、ララァのように包んでくれる温かさはない。それを淋しく思うことさえできた。
戦場に到着するまでにほとんどの敵機は半壊状態になっていたからだ。しかし、どれも撃墜までには至っていない。
「手柄を譲ってくれると言うことか?」
「そうですよ」
リック・ディアスから少年の声が届いた。その幼さにクワトロは驚いたが、戦況を見てその実力に納得した。アステロイド帯から前に出ない冷静な判断も気に入った。
「ですから、噂どおりの活躍を期待していますよ、大尉」
「やってみるさ!」
短く答えると、傷ついた敵機をビームサーベルで撃墜していく。赤い彗星の実力は今も衰える事はなかった。
一方、ショウたちはフランクリン・ビダンの乗るリック・ディアスを射程に捉えていた。時を同じくして、もう一機のガンダムMk-Ⅱが追いすがった。カミーユがビームライフルを何のためらいもなく向けるのを見て、ショウは仰天した。
「ダメだよ!あなたのお父さんなんでしょう!?」
「邪魔をするなッ!あんな親だから……俺がやらなくちゃいけないんだ!」
「そんなの無茶苦茶だよ!?」
絡み合いかけた二機のガンダムを閃光が引き裂いた。リック・ディアスからの攻撃である。
「ど、どういうことなの……?」
「分からないのか!戦争なんだぞ!」
そう言い切るカミーユの心からは、ショウが知っている限りの子供が親に向ける感情はひとつも含まれてはいなかった。そして狂気に駆られたようにビームライフルを乱射するフランクリンからも、信じられない思考しか読み取れなかった。
愛情も信頼も意思の疎通もない……息子の憎悪と父の殺意はモビルスーツと言う力を得て、宇宙にその惨たらしい姿を晒していた。
「どうして…… どうして……?」
ショウは戦う気力を完全に失っていた。今すぐにでも、母親か父親か……今いる人の中からなら、エリスかマリアの胸に飛び込んで目を閉じて震えていたい。それだけしか考えられなかった。
ガガガガガガガガッ!!
動きが止まったトルネードガンダムにハイザックのマシンガンが激しく叩き付けられる。幸い装甲を抜くことはなかったが、その衝撃でショウの精神は限界を超えてしまった。
「あ……ああ……」
「危ないっ!ショウ君っ!」
背後から有線制御式ビーム砲が飛び出してハイザックを押し返した。
「何してるの!ぼうっとして!?」
「う、うん……でも……」
レイチェルにもショウの動揺は伝わってきた。それは恐怖というより混乱である。目の前で起こっている事態が信じられないのだ。叱責する気にはならなかった。こんなものを間近で見せられて、おかしくならない方がどうかしている。
「クレア!なんでもいいから敵を追い払って!」
「ラジャー!」
下半身が釣鐘になっている無気味なガンダムはぐるぐる回転すると、七色に輝く光の龍神を次々と撃ち出した。
「クレア殺法!曼荼羅円陣ーっ!極楽往生───っ!!」
虹色の龍神の突撃を受け、南無阿弥陀仏の文字とともに爆発するハイザック。
いったい何が起こったのか、敵味方共によく理解できなかったが、とりあえずティターンズのモビルスーツ隊はひるんだ。そしてその注意は行動を止めたトルネードガンダムから、謎のマンダラガンダムへと移った。その隙にレイチェルか敵陣に切り込み、クレアは火炎放射器で宇宙を混乱に陥れる。
そしてその間に、息子の放った運命の矢はフランクリンの機体を撃ち抜いていた。
「なぜ……!私はただ……!」
言い残す言葉さえそこまでに、フランクリンは宇宙に散った。
「父さんッ!」
カミーユの心に、呪いに近いものが湧きあがる。
「こんな事をやるから……みんな死んでしまうんだ!
ティターンズが……ティターンズがいなければこんな事にはならなかったんだ!」
虚しさ、遣る瀬無さ、無力感、喪失感……そうした感情を敵にぶつけても、その手で殺した父が帰ってくるわけではない。そしてさらに追い打ちをかけたのは、もしも父が帰って来たとしても、それは幸福を意味するものではないという事だった。
「カミーユ君、ここは戦場だ!落ち着け、カミーユ君!」
クワトロの言葉も、ただ悲しみを理解できない他人が無責任な事を言っているようにしか受け取れなかった。
そして、そんなカミーユを見ながらどうしていいのか分からずに、ショウも呆然と戦場を見ていた。撃墜されたモビルスーツの閃光も、何も感銘を与える事のないただの情景のようにさえ思えた。
戦いは終わった。彼らはまた勝利したのである。
「クレア、あなたのガンダムどうなってるのよ?」
「レイチェルもやってみる?けっこう面白いよ」
「遠慮しとくわ」
気軽に話す二人の横を通り過ぎながらも、ショウの耳には会話は聞こえていなかった。
沈んだ表情を見つけて、カチュアが袖を引っ張った。
「ショウ、どうしちゃったのぉ?」
「カチュアちゃん……お父さんのこと、好きだよね?」
「……?うん、パパは大好きだよ。会えないからさびしいけど……」
「そう……。なら、よかった……」
それだけぽつりと言うと、ショウは自室に戻って行った。そして自分は何に感情を向ければいいのか、答えが出ることのない自問自答を繰り返していた。