第21話 クレアのいた処
多大な犠牲の末に得た勝利。それは珍しい事ではなかったが、この戦いもまた深刻な傷跡を残していた。
カミーユ・ビダン。クワトロ・バジーナ。彼らの他にも数多くの戦士たちが宇宙に散って、帰らぬ人となっていった。
そして、レイチェルもアルビオンに帰って来なかった。
ロザミアの死によって受けた心の傷は深く、しばらくの間シェイドと同じ艦で休養を取らせる事が決定されたのである。無人のサザビーを抱いて帰還したクレアの表情もいつになく沈んでいた。
「大丈夫だよね、レイチェル……」
シャワーが体についた汗を洗い流していく。だが心にまとわりついたものはまだ離れなかった。
部屋の外から何度もレイチェルに呼びかけたが、返事は来なかった。ニュータイプである事が恨めしく思えるほどの暗い闇がドアの向こうにあった。
その闇が離れて行くのが感じられる。カミーユとシロッコの戦いの末、宇宙に鬱積した強圧的な意思のほとんどは雲散霧消していた。だから不謹慎な事ではあるが、クレアは解放感を覚えていた。喜怒哀楽の「喜」や「楽」が強すぎて、哀しみを感じ取るのが下手なのかもしれない。
それに、どこか他人事に思えてしまうところもあった。過去であったり未来であったり、結局本当の歴史ではクレア・ヒースローはそこにはいなかったのだから。
しかし……。
大きく伸びをすると、裸の胸がシャワーに突き出される。ぶるぶるっと顔を震わせると、そこにはいつもの生気に満ちた笑顔があった。
「んーっ……♪ はぁぁぁ……」
体操のように深呼吸をすると、クレアは元気にシャワールームから出て行った。
過去の苦しみを引きずっている場合などではない。そう、今日からは彼女にとっての「現在」なのだ。
アルビオンはドック艦ラビアンローズにたどり着き、激戦による損傷を癒そうとしていた。
合流する予定のアーガマは応急修理のためにサイド1のコロニー・シャングリラに停泊中である。
「懐かしの我が母艦、だねぇ」
ブリッジルームに来たクレアは窓の外を眺めて、巨大な花のような赤い艦影に向けて嬉しそうに目を細める。
「懐かしのって……?」
「もともと、私はあっちにいたんだよ。前のときにここに移ってきたの」
「そうなんですね……」
ショウはクレアの来歴を聞いて不思議な気持ちがした。自分は宇宙世紀0079のサイド7にいた。ずっと同じ艦にいると忘れてしまうが、彼らは時を超えて集まった部隊である。
そんな会話を聞いて、思い出したようにマークが言った。
「しばらくの間、クレアはラビアンローズに移ることになる。帰ってくるのは大気圏突入の時だな」
「また人が減るんですか?」
「なぜなら、クレアは現在ラビアンローズで勤務しているはずだからだ。
まあ向こうからも人が来るから、交代要員にはなるはずだが……」
「あの人が……?」
エリスが心配そうにつぶやいた。
「ラビアンローズから監察官の方がいらっしゃったであります」
ミンミの後ろにいる女性の姿を見たとたん、クレアやエリスは反射的に一歩のけぞった。
「はぁい♪ おひさしぶりね」
短い金髪の鋭い目をした女性は、子供ばかりになっているブリッジを見て嬉しそうに笑みを浮かべた。
「報告は聞いてたけど、なかなか楽しそうじゃない?」
「……あまり、大人が、ハメを外すわけには、行かないですがね」
マークもゆっくり言葉を選びながら話していく。
それを無視するようにショウとユリウスを見つめて、女性は妖艶な笑みを浮かべた。
「ウフフ…… 可愛い坊やたち? よろしくね♡」
優しく頭を撫でられると、ニュータイプのショウはキシリアやシロッコとは異質な邪気を感じ取り、ユリウスも背筋に悪寒を覚えて後ずさりした。
「あ、あの、ラビニアさん……」
エリスが恐る恐る口を開く。
「やぁね、分かってるわよ。何もしないから大丈夫よ」
「それなら、いいんですけど……」
エリスが心配そうな顔は、周りの不安が増幅してしまう。
「この人が、クレアさんと交代で……?」
「そういうこと。ラビニア・クォーツ大尉よ。短い間だけどよろしくね」
ユリウスが腫れ物に触るように質問をする。
「あの……物資搬入の管理をする方なんじゃないんですか?どうしてパイロットの代わりに……」
「趣味よ、シュミ♡
……そうそう、アタシのガンダムデスサイズはどこに行ったのよ?」
「もう一度最初から作り直すことになったんですよ。いずれ手に入るはずです」
「何なのよ、それ……。気に入ってたのにねぇ、あの肌触り……」
クレアの方がマシだったかもしれない、そんな思いが子供たちの間に広がっていた。
「や~れやれ、入れ替わりで助かったよ」
機体ごとラビアンローズに移動したクレアは気楽そうにあくびをした。
ちょうどモビルスーツデッキにはエゥーゴの新型機が分離した状態でならんでいた。
カミーユかクワトロ、もしくはアムロ・レイのために作られたのだろう。彼らが全員アーガマにはいないという状況下で、もしもシャングリラにあれほどのニュータイプが待っているという偶然がなかったとしたら、この機体で歴史を動かしたのはクレアだったかもしれないのだ。
目立ちたがり屋のクレアだが、その事に後悔はしていない。“ブラック・ジェネレーションズ”の旅も、歴史の主人公の座と同じほどの楽しみなのだから。
その新型のコアファイターが出撃しようとしていた。パイロットはクレアの友人だった。
「ルー、どこ行くの~?」
「クレア?帰ってたの?」
水色の髪の少女は回線の向こうのクレアに笑顔を向けた。
「うん。アーガマと合流するまでこっちにいるよ」
「そのアーガマを迎えに行くの」
「じゃ、私も行こうか?」
「機体の整備大丈夫なの?来たばかりでしょう?」
「大丈夫大丈夫。換装したばかりだから新品同様だよ~」
二人は宇宙に機体を躍らせ、シャングリラへ向かっていく。
「凄い速さじゃない、そのガンダム。何よそれ?」
「Hiνガンダムって言うんだよ。ZZより強いから期待しててよ!」
「ZZよりぃ~!?」
「サイコフレーム搭載で操作感もバツグン、フィン・ファンネルも補充が楽になってね」
「いったい何の事だか分かんないわよ!?
あ、そうだ。お父さんが怒ってたよ。連絡くらいしろって」
「げっ、パパがぁ!? え~っとぉ、あと60年くらいしたら……もっとかなぁ、今度は?」
「さっきから話が見えないわねぇ……?」
「パパは自分の心配してりゃいいのよ。こんなことだから部下に信用がないんじゃない」
「それ、アンタに言われるとこたえるわよ、きっと」
「私の方が部下を掌握してるってばぁ…… あれ?」
「えっ、戦闘始まってるぅ!?」
雑談の末にシャングリラの中に到着した二人が見たものは、砲火を交えるアクシズの戦艦エンドラと、そのモビルスーツ隊に包囲されたZガンダムだった。
「やることが早いなぁ。
ルーはアーガマに連絡しててよ。私がやっつけるから」
「オッケー!」
コアファイターが離れ、周りには敵しかいなくなる。この方が暴れやすいとさえクレアは思っていた。
乱射されるビームをフィン・ファンネルの盾で防ぎながら突撃する。
「コロニーの中でビームなんか撃つんじゃなーいっ!」
もともとガザCやガザDなど相手になるはずがない。一瞬の剣戟で小隊を壊滅させると、クレアはエンドラに向かってバーニアを噴かせていった。
「凄いよこのHiν!さすがはνガンダムのお兄さんだぁーっ!!」
クレアの勢いとは反対に、エンドラのゴットンは怯えていた。この艦には対モビルスーツ戦で弾幕を張るための機銃がないのである。モビルスーツに取り付かれてしまったらおしまいなのだ。
「さあ、さっさと後退しなさい!ブリッジをつぶしちゃうぞ!」
クレアはハイパーバズーカを構えて脅しつける。
『マ、マシュマー様~!』
『ええい、人質を取るなど卑怯千万!正々堂々と戦わんか!』
「ちょっとあんた、さっき同じ事してなかった?」
いったんアーガマに退却したZガンダムから、元気な少年の声が聞こえてきた。
『来たか、Zガンダム!』
アクシズの司令官マシュマー・セロは気を取り直して、少年の乗るZガンダムに向き直った。
『マ、マシュマー様~!こっちはどうするんですか~!』
『ええい、それくらい自分で何とかしろ!』
『そ、そんな~!』
これだよ、これ。こうでなくっちゃ!
クレアは先日と180度急転した雰囲気を堪能しながら、マシュマーのズサとZガンダムのドタバタ騒ぎのような決闘を観戦した。
だが、その隙に。
『ええ~い、こうなりゃヤケだぁ!振り落とせ~!』
エンドラの艦首が大きく動き出し、完全に油断していたクレアは足元をすくわれて転落した。
「きゃ~っ!? ち、ちょっとぉ~!」
だがモビルスーツは飛べるのである。だからこそ安心していたと言ってもいい。
頭から落ちていく姿勢をなんとか取り戻し、バーニアを吹かせて勢いを止めつつ着地しようとしたとき、真下にモビルスーツの姿を発見した。
「あぶな~い!ちょっとそこどいてー!?」
『なっ、何だとー!?』
がっつぅぅぅん!!
「あっ、あいたたたた……」
『ぐ、ぐぬぬぬぬぬ……!』
Hiνガンダムのお尻の下敷きにされたズサはジャンクの中に情けない格好でめり込んでいた。
『バラが!バラが折れてしまったではないか!?』
マシュマーは天を仰いだ。ハマーンから拝領したバラの花は彼にとっては命よりも大切な品なのである。
怒りを込めてズサを勢いよく引き起こし、上に乗っていたHiνガンダムをどでんと振り落とす。
怒りと興奮で荒くなっていた呼吸を整えるのに数秒かけて、マシュマーはびしっとZガンダムを指差した。
『ジュドーとやら!今回は邪魔が入ったが、この決着は騎士の名にかけて必ずつける!
ゴットン、ズサを収容しろ!後退だ!』
『は、はい~!』
ズサが帰艦すると、エンドラは全力で飛び去っていく。
小さくなっていくエンドラの後姿を眺めて、クレアは頭をかいていた。
「ありゃりゃ…… ま、勝ったんだからいいかぁ」
尻餅をついていた機体を起こすと、出港するアーガマに合流しようと、クレアはジャンク山を登っていった。
もはや何事もないと思っていた矢先に、いきなりジャンク山の中からモビルスーツの手が伸びてきた。
「ぬははははははぁ~!捕まえたぞνガンダム!!」
ジャンクにまぎれて潜んでいたモビルスーツ・ゲゼのコックピットから、もう当分聞くことはないと思っていた声が轟いた。
「うげっ、ヤザンっ!?」
「ここであったが百年目、落とされた恨み今こそ晴らしてやる!」
「ひっ、人違いだよっ!?Zはあっち、あっちぃ!」
「ちょっと変わってやがるが、あの時俺を落としたのはνガンダムだろうが!Zはその後だ!!」
「どーしてそれ覚えてるのよ~!?」
Hiνガンダムをじたばたと暴れさせて、なんとか掴まれていた腕を振り解く。
「歴史はリセットされたはずでしょーがっ!」
フィン・ファンネルを飛ばしてゲゼを撃つが、混乱した思考で放たれたビームは目標には当たらずジャンクの山を崩していってしまう。
「ぬぅおおおっ!?」
「きゃあああ~!?」
足場を失ったHiνガンダムとゲゼはそろって転倒し、ジャンクの雪崩に巻き込まれる。
「ええい動けっ!Hiν、なぜ動かんっ!」
クレアはバーニアを全開で吹かせて、なんとか空中に難を逃れた。その眼下で、物凄い勢いで流されていく二体のゲゼが悲鳴をあげていた。それを見下ろし、クレアは大きく息を吐いた。
「ヤザン、聞こえているなら君の生まれの不幸を呪うがいい……」
「だからさぁ、心配ないってば!今日だって勝ったんだから!
ん? もー楽勝楽勝。あんなのに負けるわけないって…… ち、ちょっと、ウソじゃないってばぁ!」
通信の向こうの父親はニュータイプではないのだが、娘の事になると鋭い直観力を見せていた。
「えー、モビルスーツ隊の隊長やるの? いいよ、今やってるから。
どこの部隊だって、そんなの自分で調べりゃいいじゃない!」
一方的に通信を切ると、クレアは気を取り直して伸びをした。
レイチェルに連絡しようかと思ったが、きっとまだシェイドと二人の時間を過ごしているのだろう。シェイドの顔が浮かぶと、こんな時代があるなんて事自体が信じられねぇ、と言っていたのを思い出す。だが、クレア・ヒースローが生きていたのは、まさに今ここに流れている時代なのである。
「アニメじゃない♪ アニメじゃない♪ ホントのコトさぁ~♪」
笑うように歌いながら、クレアは上機嫌でベッドに入っていった。
宇宙世紀0088……シェイドが信じられないのも無理はないのだが、本当にこんな時代が始まってしまったのである。