機動探訪記ガンダム・ジェネレーション   作:キャノン娘

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第26話 たった一度の奇跡の歴史

 “ブラック・ジェネレーションズ”基地、ガチャベースは今日も慌ただしかった。新機種への開発が可能になったクスィーガンダムとヤクト・ドーガ、そしてこれからの宇宙での戦いに不要な陸戦用百式改がアルビオンから搬出されていく。

 パイロットたちにはあまり実感はないが、彼らの任務は戦争そのものよりも機体開発とデータベースの完成が目的である。そのため、本当に多くの時間が割かれるのはモビルスーツの開発と設計、そして今後の予定の調整であった。

 パイロット達から見ると、出撃の日の朝に突然モビルスーツが変身しているかのように思えるが、それは彼らが歴史を飛んでいるからそう感じるだけだ。裏舞台では多くの名もない整備士が彼らのために働いている。

 そんな整備士の中の一人が、クスィーガンダムのコックピットに残されたメモを見つけた。サイコミュをオーバーロードさせて完全に機能を停止させた黒いキュベレイが最後に運び込まれて来る。それを横目で見ながら、彼はメモを見て唖然とした。

 

 唖然としたのは一人ではない。ゼノン・ティーゲル少将もまた、前代未聞の報告を受けた。

「分かっていると思うが……それは予定の行動にはない。つまり軍紀違反となる。私は君を軍法会議にかけたくはないのだがね……」

 マークの揺るがない表情を見るのは初めてではなかった。こうなる前の段階では、何か思い詰めた顔のはずだ。話を聞いてくれるのはその時点までだ。シェイドとレイチェルといい、どうしてニュータイプたちは突然とんでもないことを言い出すのかゼノンは困り果てていた。

「厳密に法解釈をすれば、今の我々は軍隊ではありませんよ」

 マークの言うとおり、軍籍どころか集まった時代さえ異なる面々をどうこうできる規律など作れるはずがなかった。便宜上階級などを作ってはいるが、例えば「クレア・ヒースロー中尉」は旅が終わればラビアンローズのパイロット候補生クレア少尉に戻るのである。

 だからとは言え、マークの申し出は快諾できる部類のものではない。

「予定された時間には間違いなく到着できます。そちらは特に行動を変える必要はありません」

「だが、その後はどうするのだ?まさか歴史を変えたまま戻さないわけにはいくまい」

「一つ我が儘を言い出せば、それを押し通すためには何倍もの努力がいるんですよ」

「それが分かっているなら何故最初からあきらめてくれないのかね……」

 そう言いながらも、ゼノンは事態の隠蔽はそう難しくないなどと考え始めていた。この無茶を言いだしたマーク・ギルダー大佐こそはこの戦いの最大の英雄であり、犠牲者であり、その本質を深く知る存在だった。“風雲を呼び起こすもの”トルネードガンダムに記された“フェニックス”と“ギガンティス”の情報を求めての三度目の旅にマークが参加したのも、その存在が否み難い大きさを持っていたからだ。彼が病院から再起したとき、エリスとジュナスも退院を強引に決めてきた。ラナロウ・シェイドが二度の絶望と、その先の挫折から復活してきたのもマークと無縁ではないはずだ。

 アルビオンに残っていたエリスに、マークに代わって今回の任務の指揮を執るようにとの指令が伝えられたのは、この三十分後のことである。

 

 ガチャベースを離れ、宇宙に上がったアルビオンにはいつにない緊張感が漂っていた。

 予定外の長時間に渡って補給も連絡もない航海が続く。しかも艦長のマークが不在であり、モビルスーツの数は半数になっていた。

 だが苦しい戦況が原因ではなかった。今もショウを取り合ってカチュアと喧嘩をしている少女……エルピー・プルの存在から目が離せなくなっていたのである。

 敵が現れない限りは子供たちは常に遊ばせていた。寝るときも入浴も、常に誰かが付き添っていた。そうでもしていなければ、ふと誰かの目が離れた瞬間に歴史が修正されて、プルの存在が消え去ってしまうのではないかという恐怖が頭から離れなかったのである。本当ならプルはこの場にいるはずがないのだから。

 当初の予定ではネオ・ジオンとの最後の決戦の直前まで時間を飛ばすはずだった。だがそうしてしまえば歴史は本来の姿に戻り、プルはあの場で戦死した現実に引き戻されてしまう。マークはそれを救おうというのだ。

 それは彼らの任務や目的を超えた……歴史そのものを度外視した行動である。

 もちろん彼らが歴史の中に介在する以上は、死ななくてもいい誰かを撃墜したことも、死ぬはずの誰かを救ったことも無数にある。だがそれも歴史の精算を受けて、彼らが存在しない正しい歴史に次々に置き換えられていく。

 それを知っている者たちは心配でならなかったが、子供たちは無邪気に遊んでいた。

「ちょっとぉ、そこじゃないってばぁ!」

「うるさいわね、今やってるの私だよ!」

 カチュアとプルがオセロの手番を巡って睨み合う。

 最初はみんなで交代しながら遊んでいたのだが、知力の関係から自然にユリウス対他全員という勝負になっていた。三人寄れば文殊の知恵とは言うが、ユリウスは船頭多くして船山に上るという格言を思い出していた。

 シスはオセロのルールを知らない。知っていたらたぶん強かったのだろうが、彼女は過去にそんな遊びをしたことなどなかった。そしてショウとミンミが何か意見を言う前に、カチュアかプルがどんどん手を打ってしまう。二人はそれをおろおろしながら見ているだけだ。何度か助言した方がいいかと思う局面もあったが、プルたちの勢いはとてもそんな事を言い出せる状態ではなかった。

「……まあ、どちらでもいいんですけどね、僕は」

 特に思考時間も必要とせずにユリウスが次の手を指す。盤上の黒い石が次々にひっくり返り、プルとカチュアの表情も同じように悪化する。

「あーっ!!」

「だから言ったのにぃ~!」

「なによ、さっきアンタの言うこと聞いて負けちゃったでしょー!!」

 ユリウスはなんとなくいい気分だった。相手の心を読めるはずのニュータイプたちを相手に知的遊戯で圧勝しているのだ。

 以前ならカチュアを相手にオセロで勝ったとしても優越感を抱くことなどあり得ないし、そもそも最初から勝負にならないと分かっていたはずだが、今のユリウスは至極御満悦であった。女の子たちの後ろであたふたするショウの姿を見ていたのも一因かもしれない。

 楽しそうな子供たちをよそに、ブリッジではエリスがクレアの胸に倒れ込んでいた。

「だいじょ~ぶぅ?」

「もう嫌ぁ…… まるで託児所よ……」

 おーよしよし、とクレアは頭を撫でながら、それでも艦長よりは似合ってるよと慰めた。

「それはそうかもしれないけど……」

 涙目を向けたエリスの耳に警報が届く。元気すぎる子供たちも手を焼かされるが、もちろん敵軍の来襲はそれ以上にやっかいだ。マークの目がないせいで気が緩みがちなエリスを抱き締めたまま、クレアはマリアに状況を聞いた。

「正面からモビルスーツが二機と、モビルアーマーが三機!」

「ネェル・アーガマは?」

「ZZ始め、各機出撃しています!」

「よし…… ユーリィ、ショウ、シス、出撃だよ!」

 通信の向こうでどたばたと慌てる音が聞こえてくる。エリスは両手で耳をふさいで聞こえない振りをした。

「もう~。大丈夫だから、ねっ。

 ……ケイ、プルを掴まえて!」

 クレアはブリッジに通信を向けた。黒いキュベレイの足下で丸っこい頭がじたばたするのが見える。

「プル、それはシスのだって!」

『え~!?なんで私のは置いて来ちゃったのよ~!』

「使い物にならないでしょ、あれは…… 今新しいの作ってもらってるから、我慢しなさい!」

『でも、プルツーが来てるんだよぅ!』

 プルの叫びと、マリアがモニターに赤いキュベレイの姿を捕捉したのはほとんど同時だった。

 

 プルツーは最初に出撃してきた黒いキュベレイを攻撃しようとしたが、プルがまだ戦艦の中にいるのを感じ取った。

「何だ……プルじゃないのか?」

 それがプルツーを冷静にさせた。黒いキュベレイの背後から強烈なビームが放たれるのを事前に察知し、機体を待避させる。

 そのビームを放った砲台のようなモビルアーマーの後から、あのサイコガンダムMk-Ⅱを消し飛ばしたガンダムがやってくる。

 ……三対一か。

 不利を悟ったプルツーは定石通り、母艦を攻撃することを考えた。ちょうどいい、プルもまとめて消してやるよ。

 しかし、腕のビームガンを向けたとき、プルツーは別のことを考えた。

 あの艦を落としたら、あいつが帰る場所がなくなっちゃう。

 それに思い至ったとき、操縦桿を握る手が震えた。胸が締め付けられる思いがして、スイッチを押す指が動かない。

 だが、その時すでに敵の攻撃は始まっていた。ファンネルのビームと共にシスの意志が伝わってくる。不意打ちを受けたことや機体の損傷以上に、プルツーはシスの意志に強烈な嫌悪感を覚えた。

 感情の希薄な、機械的な思考。少しずつ芽生えかけている自我。それを支えてくれているのがショウへの思いだという事実……

 自分の中にある認めたくないものを見せつけられたプルツーは激昂したが、すぐにそれを押しとどめざるを得なくなった。Sガンダムが目の前に来たのだ。

「プルツーちゃんなんだろ!戦いなんてやめるんだよ!」

 ショウは機体を肉薄させながらも、ビームサーベルさえ持っていなかった。両手を広げてキュベレイの前に立つ姿は、味方がプルツーを撃たないように守っているかのようだ。

「うるさい!おまえは…… おまえはっ!」

「だめだよっ!プルツーちゃん、言うことを聞くんだ!」

 ショウに向けたファンネルのビームが、その声に押されるようにガンダムの脇を通り過ぎていく。

 苛立つ感情とは逆に、プルツーには彼らの意志が手に取るように分かっていた。読みとられることを拒もうとはせずに、受け入れるかのような温かい視線。

 プルの隣にいる女の子が、敵なんか早くやっつけちゃえと焚きつけている。プルはそれを止めて喧嘩になっている。

 二人は言い争ってはいるが、それがなんだか楽しそうだとプルツーは思った。そして、その輪の中に入れない事を寂しく感じていた。

 なおも攻撃を続けようとするシスの前にショウが割り込み、射線を封じようとする。

「シスちゃん、撃ったらだめだよ!」

「戦える力があるうちは危険よ、ショウ……」

 事実、シスもファンネルポッドを破壊しようとしただけだ。

 戦場だというのに、今プルツーに本気で敵意を向けている者は一人もいない。それがかえってプルツーには重圧だった。

「みんなで……私を仲間はずれにして!」

 赤いキュベレイを反転させて、プルツーは涙をこらえながらその場を逃げ出した。どうして涙が溢れそうになるのか、何を悲しんでいるのか、分かっているのに認められなかった。

「プルツーちゃん!待って、行かないで!」

 呼び止めるショウのコックピットに、追いかけたらいけないと通信が入る。

 正面からの敵はネェル・アーガマのモビルスーツ隊が撃退していた。戦闘はすでに終わっていたのである。

 

「どうしてショウを止めたのよ!プルツーが行っちゃったじゃない!」

「今はダメだよ、追いかけてみて他の敵がいたらやられちゃうじゃない。こっちには三機しかないんだから……」

「どうしてモビルスーツを降ろしてきちゃったのよ!私のキュベレイまでぇ!」

 プルへの返事は、意味ありげな笑みだった。

「大丈夫よ。今、とっておきの秘密兵器を作ってるところだから。それができたらプルツーともやりあえるよ」

 もっとも、次にプルツーが出撃する時の機体は宇宙世紀を通しても最強クラスの戦闘能力を持つクィン・マンサである。これより未来の機体であるνガンダムやササビーでさえ正面から挑んでは勝てるものではない。

 それを知ってはいたが、クレアの表情はゆるむ一方だった。プルは怪訝そうな目で見ていたが、やがて別の疑問を口にした。

「ねぇ…… いつまで抱き合ってるのぉ?」

 プルに指摘されて初めて、艦長の椅子に座っていたクレアはエリスを抱き締めたままだと思い出した。わずかに顔を赤くして、腕の中のエリスの背中をさする。

「ち、ちょっとエリス、起きてよぉ」

「……にゃ?」

 寝ぼけた間抜けな声を漏らして、エリスが顔を上げる。

「大丈夫ですの、エリスもクレアも……」

 艦の運転を担当しているネリィが心配そうな声をかけ、ちょっと疲れちゃったとエリスが頭をかく。

「心配いらないって。向こうだって似たようなものだから」

 クレアは唯一の友軍であるネェル・アーガマに通信を開く。長年戦いを共にしてきた信頼のあるブライト・ノアの姿はそこにはなく、シャングリラの悪ガキ一味のリーダーであるビーチャが艦長席に座っていた。

「余計に心配よ……」

「常識というルールで測れない世界を忘れちゃいけないよ。

 ネェル・アーガマ、こちらはアルビオン艦長代理補佐クレア・ヒースロー中尉。応答願いまーす」

『こちらネェル・アーガマ艦長、ビーチャ・オレーグだ』

『艦長代理だろ、ビーチャ』

『いいから、ジュドーは黙ってろよ!』

『代理は代理だろ!でさ、何の用なのさ? そうそう、プル、元気でやってるか?』

『しゃべるのは俺だぞジュドー!』

『もう、二人とも何バカなことやってるのよ~!』

 エリスは深く溜息をついた。こちらもひどいが向こうはそれ以上だ。もちろん、クレアは彼らのドタバタ騒ぎを面白そうに眺めていたが。

『……プル?どうしたんだ?』

 ジュドーたちのやりとりを見たプルはいつのまにか泣き出していた。涙が込み上げるのを押さえられなかった。つい数日前まで自分がいたはずの光景がひどく切なく懐かしい。どうしてなのかは分からないが、もう二度と向こうには戻れないのだという気がしていた。

「ジュドー…… 私のこと、忘れてないよね?」

『当たり前だろ、ずっと一緒にいたじゃないか。忘れてなんかないって』

 ジュドーの声は以前と同じく優しいが、プルにはどこか遠くのことのようにしか感じられない。

「うん、うん……」

『どうしたんだよ?なにか嫌なことでもあったのか?』

「ううん…… みんな優しくて、遊んでくれるよ……」

 二人の会話を遮る形で、クレアは強引に本題に戻した。

「ま、まあその話は後でね。それより、これからのことなんだけど」

『ああ、そうだな。ハマーンの本拠地に乗り込むんだろう?』

「こっちはガチャベースで、そちらはラビアンローズで補給を受けて両面から攻撃ってことでいいかな?」

『別々か?』

「こっちは受領してない機体が多いのよ。それをもらってからでないと全面攻撃には出れないよ。

 正面攻撃はやるから、そちらは防衛線の崩れたところから攻め込んでね」

『了解だ』

 通信を切って、クレアは肩をすくめた。ジュドーたちの顔をプルにも見せてやろうと思ったのだが、プルの認識能力は予想以上に敏感だったのだ。

 

 ガチャベースに到着するやいなや、クレアは目を輝かせて通信をかけた。

「出来たぁ~っ!?」

『な、何がですか?』

 あまりの勢いに本部のオペレーター、ラ・ミラ・ルナは椅子の一番深いところまで退いた。

「だからぁ、頼んどいたでしょ、新しいモビルスーツ!」

『もしかして……。あれ、ですか?』

 ミラの頬に冷や汗が流れた。クレアが要求した機体は常識の範囲を超越しすぎて、メモを一目見ただけでボツになっていたのだ。

「そうそう、もうできてるよね?」

『あれ……そもそも作り始めてませんよ』

 ミラの前のモニターに、がつんとクレアが頭突きをする場面が映る。

「なんでーっ!?」

『なんでって言われても…… 無茶ですよ、人間が動かしたら死んじゃいますよ、あんなの』

「私なら耐える!大丈夫だからっ!」

『それにしたってですよ、テストもなにもなしに実戦になんて出せませんよぉ……』

「う~。なら、もうひとつのは出来てるの!?あっちはいいでしょ、改造だって簡単なんだから!」

 無茶な会話が繰り広げられている間にも、新しい機体は搬入されてくる。

 巨大モビルアーマー、α・アジールの原型であるサイコ・ドーガ。簡易サイコミュと強力なメガランチャーを備えたドーベンウルフ。

「これは凄い機体でありますね」

 たいてい良い機体は最後に回されるミンミは初めて触るサイコミュに感動を覚えていた。

「問題は、敵の前衛が全員それに乗っている事ですね」

 ユリウスはさらりと言ってのけたが、それは極めて深刻な事態である。事実、モビルスーツの性能を考えれば、これより後の時代にも今以上の敵軍は存在しない。プルツーのクィン・マンサを筆頭に、ラカン・ダカラン率いるドーベンウルフ隊、量産型キュベレイのニュータイプ部隊、さらにハマーンの軍勢は別に存在する……

「だ、大丈夫なのでありますか?」

「敵の精鋭部隊のひとつひとつとは互角に戦えます。しかし、それが一気に来たり、回復の間もないほどの連戦になってしまった場合は……」

 ユリウスは難しい顔で戦力配置図を確かめた。ハマーンに反乱を起こしたグレミー軍を挟撃する形でガチャベースとネェル・アーガマが分散し、クィン・マンサとキュベレイ軍団はこちらからは遠い。ジュドーがプルツーを食い止めてくれるとしても、残りの戦力を比較すれば圧倒的に不利だ。

「どうしてナイチンゲールあたりを生産しておかなかったんでしょう…… またサイコロでも使うしかないですかね……」

「ねえ、私のキュベレイ、どこぉ?」

 プルの軽い声が、暗礁に乗りかけた思考からユリウスを引き戻す。格納庫に並べられた機体に視線を移すと、特徴的な黒いショルダーバインダーが目に留まった。

 しかし、それは今まで知っているキュベレイではなかった。プルのパーソナルカラーである黒とピンクで彩られてはいるが、その全長はサイコガンダムMk-Ⅱにも匹敵する。両肩のバインダーはIフィールド発生器が組み込まれ、胸部に強力なメガ粒子砲が装備されている。ユリウスが頭を悩ませていたクィン・マンサが、見たこともない形で存在していた。

「キュベレイの……サイコガンダムぅ?」

 確かに、よく見ると口にはスリットが刻まれ、頭部アンテナはガンダムタイプの突起に変更されていた。もともとイメージが似通っていた頭部はそれだけでガンダムのように見える。

「お、よしよし。こっちはちゃんと出来てるね」

 その怪物を見てようやくクレアの表情は軟らかくなった。

「なんですかこれは?」

「プルのために頼んどいたんだよ~。これならプルツーに勝てるでしょ」

「うん!ありがと、これなら……!」

 これなら、プルツーをこちらに引き寄せることができる。その希望を込めて、プルはクィン・マンサの巨体を見上げていた。

 

 マーク・ギルダー大佐は最後の決戦にも間に合わなかった。

 そのため指揮官はエリス大尉か、ラビアンローズから再合流してきたラビニア大尉ということになるのだが、彼女らでは一抹の不安が残る。しかしここまで実質艦を動かしてきたのはクレア中尉である。ニキ・テイラー中佐は一抹どころか大いに不安を覚えて、自分が行って指揮を執ってしまおうかとさえ考えた。

 しかし作戦が始まろうとしている時間となっては、そのまま事を進めるしかないのも事実だった。モニターの向こうに見えるアルビオンのクルーたちは少女や子供たちばかりだ。その中に混じっている金髪の丸っこい頭を認めると、ニキは軽い立ち眩みをしかけた。

 それでも気を取り直して、作戦の説明を開始する。ガチャベースに向かってくるハマーンの軍勢にはゼノンらの部隊が防衛陣を敷き、エリスたちの艦はまずグレミーの反乱軍を攻撃する。ここでまず問題なのは、戦端が開かれると同時にドーベンウルフ隊の砲撃を受けるのが確実だと言うことだ。

「ハマーンの軍がガチャベースに向かってくるので、そちらの援護に向かうことは難しいと思われます。敵機との間合いにはくれぐれも注意して下さい」

 はーい、と声を揃えて子供たちの返事が響く。小学校の先生にでもなった気分がして気が滅入ったが、ユリウスまで楽しそうにしているのを見て少し心が和らいだ。彼に仲のいい友達ができる事など訓練生時代にはなかったのだから。

 

『ラビニア、リ・ガズィ・カスタム、出るわよっ!』

 ハイパービームサーベルを抜き払い、真っ先に飛び出していく機影が見えなくなってからクレアは艦内放送を入れた。

「えーっと、モビルスーツ隊は出撃の際に必ずメガランチャーの射線から外れててね。あとインコムとかファンネルもってるのがあれだけいっぱいいると、攻撃が飛んでこない空間はほとんどないと思った方がいいよ。傷ついたら早めに戻った方がいいね。

 それから、勝負の鍵はプルのクィン・マンサを無傷でプルツーにぶつけることだからね。プルは敵が減るまで出撃したらダメだよ。ショウはプルの援護。

 それじゃあ、ユーリィたちは出撃して!」

『……いいんですか?撃たれますよ、ラビニア大尉……』

「大丈夫、あの人はメガランチャーくらいじゃ死なないよ」

 確かにそうだが、リ・ガズィはとは言わなかった。いろいろと含みを感じつつユリウスが出撃し、慎重に位置を調整する。豪快に出ていったラビニアを除けば全て射界を外れたと安心していたクレアの視界に、メガランチャーの光芒が次々と駆け抜けていく。

「どこ狙ってるんだろ、敵さんは」

 回避する必要もなく横を通り過ぎていく強力なビームを見送り、余裕のつぶやきを漏らす。だが、次の通信がその余裕を消した。

『本部ガーダー、損傷15%です!敵の殲滅を急いでください!』

「うそぉ!あの距離からガーダーを直接攻撃できるのぉ!?」

 ユリウスの量産型ゾディ・アックが、敵に引けを取らない強力なメガ粒子砲を先頭の一機に叩き込む。キュベレイやサイコ・ドーガのファンネルが宇宙に舞う。それと同時に、ドーベンウルフのインコムが激しい反撃を加えてきていた。

「ユーリィ、被害どれくらい出たっ!?」

『損傷、40%…… まずいですよ、これは!このまま撃ち合っていたら落とされます!』

 クレアはどうするか判断を迷った。放置するわけにも行かないが、出撃したモビルスーツ隊をいきなり撤退させれば前線が崩壊し、今度はアルビオンが直接敵の攻撃に晒されてしまう。

『みんなやられちゃうよ!私、出るよ!?』

「よし…… プル、出てっ!ショウ、プルツーに気を配っててよ!」

 ここで消耗させるはずじゃなかったんだけど、とクレアは愚痴を漏らす。それをどこかでプルツーが聞いていることを祈りながら。

 

 ネェル・アーガマを目の前にして、プルツーのクィン・マンサは動きを止めた。

「プル……!苦戦してるのか……?」

 頭の中に傷ついた仲間たちの盾になるプルの姿が浮かぶ。すぐにバーニアを噴かせて、プルツーはその方角へと向かっていた。

 どうしようとしているのかは自分でも分からない。プルを助けたいのか、消し去りたいのかも判断できなかった。あるいは、その両方なのか。

 機体のセンサーが黒いキュベレイを見つけたが、確かプルとは別のパイロットだった。視覚とは別の感覚が惹き付け合い、求めている相手を捜し当てる。それは想像もしていなかった機体に乗っていた。

「黒いクィン・マンサだと?私と対等にやる気だね、プル……!」

 迷っていた心は、攻撃的な意志を爆発させた。ファンネルを射出し、激情の赴くままにビームを叩き付ける。それはクィン・マンサを包囲していたドーベンウルフ隊を次々に閃光に変えていく。

 背後から撃破されたラカンは最期の瞬間まで何が起こったのか分からなかった。

「なぜだッ!なぜやられたのだッ!」

「そいつは、私の……!」

 姉さんなんだ……

 もう少しで喉の奥から出かかった言葉を飲み込むと、プルツーは必死で黒いクィン・マンサに憎悪の視線を向けた。

「プル!なんでそんなのに乗ってるんだ!」

「あなたを止めるためじゃない!プルツー、言うことを聞いて降りなさい!」

「おかしいんだよ!そんな機体があるはずが……おまえがここに生きているはずがないんだっ!」

 プルツーはビームサーベルを構えて、巨大な機体を突撃させる。同じ機体でプルを相手に負けるわけにはいかなかった。

「……プルツー、あぶない!」

「なに!?」

 突如、プルツーの機体に襲いかかる相手が現れた。クィン・マンサのように巨大な機体ではないが、それの放つ気迫はプルとプルツーをも圧倒していた。

「ハマーン様を困らせる敵……!貴様かぁぁ───ッ!!」

「くっ……!な、なんだ、こいつっ!?」

 ザクⅢ改の中でマシュマーは昂揚していた。その身体から溢れ出る輝きに包まれた機体はプルツーの攻撃を寄せ付けず、打ち合わせたビームサーベルはクィン・マンサの巨体を押しやっていく。

 プルは妹の名を叫んでその後を追いかける。だがショウのSガンダムは別の危機を感じ取っていた。背後から拡散ビーム砲が激情と共に浴びせかけられる。プルのクィン・マンサはIフィールドで防ぎきり、ショウはビームの間をすり抜けるように敵機に接近した。

 オレンジの機体にはショウにも見覚えがあった。以前レイチェルが使ったサイコガンダムの後継機ゲーマルク。簡単に落とせる機体ではないことにショウは苛ついた。

「こんな時に邪魔しないでよ!」

 Sガンダムは真横にビームサーベルを薙ぎ払う。だが、それはゲーマルクに受け止められると、相手の精神の波動をショウに送り込んできた。

「私を誰だと思ってるんだい!猫目のキャラ様と知ってかい!?」

「あ、あなたっ……!」

 会ったことは一度しかないが、その強烈な体験は忘れてはいない。鼻腔に残る匂いのようなものを夜中に思い出して恥ずかしく思ったことさえある。

 だが、今の彼女はショウの知っている、肉体の躍動感を満面に現したキャラ・スーンではなくなっていた。

「ええい、おどきな!」

 ゲーマルクの前面にあるハイパーメガ粒子砲に光が集まっていく。ショウが慌ててその場を飛び出すと、サイコガンダムに劣らぬ破壊の光が駆け抜けていく。その中に自分をときめかせた胸の鼓動が存在しないことに一抹の寂しさを覚えながら、その場にインコムを残していく。逃げたと見せておいて、そのビームで落とすつもりでいた。

 だが、Sガンダムの左右に巨大なファンネルが追ってきていた。マザーファンネルの中から無数のファンネルが飛び出し、一斉にビームを乱射する。ALICEシステムがガンダムの軌道を変えたのはその一瞬前だった。

 反射的にビームサーベルを目の前にかざす。ゲーマルクのコックピットが寸分違わず正面に存在する。

「ア…… アタシは…… キャラ・スーンだぞ!」

 光の中に消えていく叫びの中に、ショウは肉感的な幻影を見た気がした。そして、安心したように息を吐いた。死ぬ間際ではあったが……もしかしたら、死ぬことによって……キャラが本来の自分に戻れたのかも知れないと思っていた。

 

「こっ、この……!離れろっ!」

 プルツーは必死でビームサーベルを叩き付ける。だが性能において明らかに劣るザクⅢ改を追い払えず、逆に戦線からどんどん遠ざけられてしまっていた。

 ザクⅢ改にはファンネルのようなサイコミュ兵器はなかったが、バイオセンサーが搭載されていた。そしてマシュマーは、あのカミーユが戦場の魂を集めて放った無敵の光と同じ力を、自身一人だけで現出させていた。その根源となるものは強化される以前から抱いていたハマーンへの想い……だが、それはもはや情熱的な若者の夢想に近い純粋な恋慕ではなくなっていた。

「ハマーン様がいる限り!私は無敵だ!」

「こいつ……おかしいよッ!」

 マシュマーの波動を正面で受けたプルツーは背筋に冷たいものを感じていた。身に覚えがない事ではないからだ。

 冷凍睡眠で眠っているとき。サイコガンダムで出撃したとき。自分自身がそうではなかったのか?

「……違う!私は、私はこんな奴とッ!」

 全力でクィン・マンサのバーニアを噴かせて、互角の押し合いに持ち込む。

「私は違う……こんなのじゃない、私は……!」

 プルツーは、その光を見るのが苦手だった。かつてプルがキュベレイMk-Ⅱに纏わせて向かってきた光。それをショウが右手に受け取り、自分に向けて輝き叫んだ光。

 否定の言葉を吐きながら、しかし思い浮かんでくる光景は、謎の赤いガンダムの隣を飛ぶプルの姿。

 そこにいるのは私じゃないのか……やっぱり、あいつに選ばれるのはプルなのか?

 勢いを失いかけるプルツーに、脳裏の中のプルが優しく微笑みかける。

 ……私はあなたで、あなたは私なのよ。

「プルツーを離してよっ!」

 本当のプルの声で、幻想の世界から引き戻される。黒いクィン・マンサが二人の後を追いすがり、ザクⅢ改の背後からビームサーベルを叩き付けるところだった。

 しかし、プルもプルツーも、マシュマーの異常な高まり方は予想できなかった。プルツーとビームサーベルを押し合いつつ、プルの振るったビームサーベルを素手で掴み取る。

「……ふははははッ!私は不死身だッ!!」

 哄笑するマシュマーに愕然としながら、二人はなおも攻撃を続けた。左右からビームサーベルで押さえる形のまま、プルツーのメガ粒子砲が至近距離のザクⅢ改を直撃する。プルの放ったファンネルが流星のように襲いかかる。

 

【挿絵表示】

 

 ザクⅢ改を包むマシュマーの命の光がさらに急激に膨れ上がっていく。二機のクィン・マンサの猛攻を凌ぎ切るために、マシュマーはザクⅢ改の限界を超えるエネルギーを放ち続けた。そしてついに、カミーユがその精神を飽和させてしまったのとは逆に、ザクⅢ改がマシュマーの力に耐えきれなくなった。その事をマシュマーも気づいたが、彼はもはや自身の力を抑えようと考える事はなかった。

「私はやられんぞ……!このマシュマー・セロ、己の肉が骨から削ぎとれるまで戦う!

 ハマーン様ァ!万歳───ッ!!」

 マシュマーの最期の波動と共に、クィン・マンサの巨体を揺るがす大爆発がプルとプルツーを襲った。最強の機体はそれだけで沈むことはなかったが、その時二人は悟っていた。

 ダブリンで戦ったあの日、今のマシュマーと同じように、プルはあの場で死んでいくはずだったという事を。

 

 アルビオンに一時撤退し、損傷の修復を終えたユリウスたちはグレミー・トトの座乗艦グワンバンに向かって進撃していた。

「ラビニアさん、ハマーン軍の二機はお願いします!」

「うふふふふ…… 任せておきなさい、坊や……!」

 ガズアルとガズエルに打ちかかるリ・ガズィに背筋の寒さを覚えながら、ユリウスは混戦が終結しつつある事を確認した。

 ガチャベース前での、ハマーンの軍隊との戦いは劣勢を跳ね返したようだ。

 こちらも、敵の先陣ドーベンウルフ隊はすでに全滅。割り込んできたハマーンの部隊も撃破されている。予定外の戦闘はあったがプルとプルツーも交戦状態に入った。すでにグワンバンの周りには量産型キュベレイと幾隻かの戦艦だけになっていた。

 ここに至って、ネェル・アーガマの部隊も前進を始めた。ニュータイプ部隊をこちらが引きつけている間に彼らがグレミーを倒してくれればそれでいい。そうなれば、残りはまだ出撃してきていないハマーン・カーン一人だけだ。

 ミンミのドーベンウルフが放ったメガランチャーを契機に、敵味方のファンネルが戦場を乱舞する。アルビオンと共に援護射撃に徹するユリウスにカチュアの声が駆け込んできた。

「……プル!?」

「ええっ?」

「プルだよ、プルがいっぱいいる!この敵、みんな……!」

 確かに、それを思わせる黒いキュベレイの集団だった。そして、そのパイロット達はプルツーのように、プルと生き写しの容姿を備えていたのだ。しかし、シスはそれを違うと言った。

「入れ物は同じでも…… 心は……プルじゃない……」

「え……?」

 カチュアも量産型キュベレイの中にいる心に触れ合おうとしてみた。だが、そこにあるのは冷たい機械のようなグレミー・トトへの盲従だけだ。

「な、なによ、この子たち……!」

「プルに似せて作られた……ただのお人形よ……」

 本当にプルと同じなら躊躇してしまうだろうが、カチュアもシスも同情心は湧かなかった。むしろ歪な鏡像を見せつけられた怒りを燃やし、より闘志を増していく。

「私は……あなたを、倒します!」

 サイコ・ドーガの有線ハンドビームで量産型キュベレイを落としていくカチュアの胸に、相手の最期の意志が飛び込んでくる。それすら虚偽に満ちた洗脳から解けていないことを感じ取ると、怒りの矛先はそれを仕向けた人間に向いた。そのグレミーの元へ、ネェル・アーガマのガンダムチームが襲撃をかけるのが見えた。そしてファンネルの乱舞する戦場の中、サイコ・ドーガの横をSガンダムが駆け抜けていく。

「グレミー!あなたは、プルちゃんやプルツーちゃんだけじゃ気が済まないのかっ!」

 グワンバンのグレミーは、それに良心の痛みを感じるそぶりは見せなかった。

「リィナやプルが愛おしいから戦うというのなら、それは私情にすぎん!私には成さねばならぬ大義がある!

 それが見えぬのであれば……我が眼前から消え去れ!」

 グレミーの意志を乗せるかのようにメガ粒子砲が放たれ、ガンダムチームは散開して距離を取る。

「心の痛みが分からない人が大義なんて言って、一体誰を救うんだよっ!シロッコと同じだよ、あなたは!」

「人類全体がやり直さなくちゃいけないんだよ!人間の可能性を……ちっぽけな自己満足のために潰されてたまるかッ!」

 離れた距離をインコムが詰め、ハイパービームサーベルを構えたZZが突撃する。

 それを間近に見ながらも、グレミーは自分が間違っているとは微塵も感じていなかった。

 

 巨大なビームサーベルの打ち合いが何度も続いていた。戦闘宙域から少しずつ離れる方向に流され、そして戦線はグレミー軍を押す形で移動している。いつの間にかプルとプルツーの周りには敵も味方もいなくなり、最強の機体が戦場の趨勢に関与しない場所に来てしまっていた。だが、二人は相手に集中しきっていた。同調と反発を繰り返し、ファンネルの軌道を悟り、メガ粒子砲をIフィールドで受け止める。装甲が削れ、両肩のメガ粒子偏光器は徐々に出力を失っていく。

「なんで……勝てないんだ、こいつ!」

 二人は互角のはずだったが、プルツーの機体は消耗が少しずつ蓄積の度合いを高めていた。外見は同じ機体でも、プルのクィン・マンサにはサイコフレーム改を始めとした革新的技術が盛り込まれていたのである。

「プルツー!どうして言うことを聞けないの!」

「うるさいっ!おまえが……!」

 果てしなく続けられた押し問答を繰り返そうとしたとき、プルとプルツーの間に電光のように一つの意志が駆け抜けた。二人の動きは止まり、一瞬の喪失感が戦意を失わせていく。

「死んだの……グレミー……」

 プルツーはぽつりとつぶやいた。ショウもジュドーもここにはいない。グレミー・トトが死んでしまった今、いったい何のために姉と戦わなければいけないのだろう?

「寂しかったんだね……グレミーも……」

 プルは自分を機械のように扱い、他の者に対してもそうだった人間が、最後は恋した女性のことを考えて死んでいったのを知った。許せないのか許してあげたいのか分からず、肩の力が抜けていくのをそのままにするしかなかった。

「プル…… 私の負けだよ……」

 全てをあきらめてしまったように、プルツーの瞳に薄く涙がにじんでいた。

「プルが生きてここにいることがおかしいって言ったよね……」

「それは、私も感じたよ。でも、いくらヘンでも……」

「そうじゃないんだ……。私も……グレミーと死ぬはずだったんだよ……」

 プルもプルツーも、その場面が頭の中にデジャヴとして甦っていた。もしもプルがクィン・マンサでプルツーを押し止めていなければプルツーはグレミーの元に逃げ込み、最期は二人を巻き込んだものになっていたはずだった……

「これが……本当のことなの?私たちは夢を見てるの?」

「もしも刻を見てるなら…… あいつが私たちを……」

 そのとき、ようやくプルツーは理解できた。あの赤いガンダムのファンネルを操っていたのは、二人の力だったという事に。

 

 グレミー・トトの戦死により、その方面の戦線は雪崩を打ったように崩壊。最後まで残っていた残存部隊も白旗を揚げるか、その死を戦場に捧げていった。だが、少年たちにはまだ暗黒の呼び声が聞こえていた。

「ハマーンが呼んでる……」

「分かるの……?僕も聞こえるよ……」

 ユリウスたちを回収していたアルビオンに話をすると、クレアの返事は補給が必要かどうかだけだった。

「まだ大丈夫だよ。損傷はしてないから……」

『ハマーン軍はガチャベース前に集まってるから、私たちはそこに横から突っ込んでくよ。そのとき敵軍は混乱するし、たぶんそれで決着が付くよ。タイミングを見て突入してね!』

「はいっ!」

 アクシズの中で待つハマーンは黒いオーラを放出し続けていた。それが根ざすものは何であるのか、まだ少年たちには想像もできず、理解するには幼すぎた。ただ分かっているのは、そのために地球を破壊することは許されないという真理だけだ。それが、純真な心の強さでもあった。

 最後の戦場を避けて進む二機のガンダム。かつてア・バオア・クーに突入したときよりもはるかに重い力を感じながら、ショウはジュドーと共に市街地を飛んでいった。その奥にそびえる壮麗な宮殿の前に待つ機体は、なぜか悲しげな光を放っているように見えた。

「ハマーン……!」

「ジュドー・アーシタ…… ショウ・ルスカ……

 分かるか?ここを決戦の場に選んだ理由を……」

「センチメンタルだよ、あんたの!」

 ジュドーのZZはためらわずに、純白の機体にハイパービームサーベルを向ける。

 おぼろげながら、ジュドーにはハマーンの意志が分かりかけていた。だからこそ、それは拒否しなければならない誘惑なのだ。それができることは少年の強さであり、その誘惑に屈することが大人になると言うことなら、それは人の成長ではない。

「戦っちゃいけないって……なんにもならないって、分かってるんじゃないのか!

 あなたはクワトロ大尉を倒せるくらいのニュータイプなんでしょう!」

「ショウ……!夢を言うッ!」

 キュベレイのバインダーから射出されるファンネルのひとつひとつに、悪霊のような憎悪が渦巻いていた。それを自力で避けられたのはジュドーだけだった。それも、ハマーンの怒りがZZガンダムを無視しただけだ。

 ファンネルのビームがSガンダムを砕いていく。ALICEが圧倒的な意志の力に凍り付く。

 だが、その時に、ショウはデジャヴを感じていた。

(ファンネルは私たちがやってあげるよ!)

(ショウはあいつらを撃つんだ、早く!)

 二機のクィン・マンサが放ったファンネルがSガンダムの背後から飛び交い、ハマーンのキュベレイを牽制する。それがハマーンには、見たこともないガンダムの両翼から湧き出る羽毛のように見えた。

「なんだと…… この私が、刻を見たとでも言うのかッ!」

 ハマーンは二人のプレッシャーに押されていた。その強さにではなく、純真で汚れのない魂のまぶしさに目を奪われていたと言ってもよかった。押し寄せるファンネルから待避しようと機体を動かした時には、ただ一人幻像を見ることのなかったZZのハイメガキャノンがキュベレイの半身を包み込んでいた。

「ハマーン……!」

 ジュドーは自分が討った相手に、たとえようもない悲しみを感じていた。愚かだとさえ思った。

 最初に出会ったときから、心を開けば感じ合うことだってできたはずだ。それを拒んだハマーンの心の壁を作ったのはジュドーではないのに。今見せている、疲れ切ったハマーンの心は、決して地球を滅ぼす悪人のものではないと言うのに……。

「その潔さを何でもっと上手に使えなかったんだ!?持てる能力を調和と協調に使えば、地球だって救えたのに!」

「フフ……アステロイドベルトまで行った人間が戻ってくるって言うのはな、人間がまだ地球の重力に引かれて飛べないって証拠だろ……?」

「だからって、こんな所で戦ったって何にも……!」

「そうさ、賢しいお前等のおかげで地球にしがみつく馬鹿どもを抹殺できなかったよ……全てお前達子供が!」

 ハマーンは漏電を始めたキュベレイの中から、自分を倒しに来た戦士たちを順に眺めた。皆痛々しいほどに幼く純粋だ。

 立ち並ぶクィン・マンサの中にいるプルツーに、私のような女にはなるなと告げた。

 運命を超えて生き残ったプルに、好きな男と一緒に幸せになるのだと伝えた。

 そしてショウとジュドーに心の鎧を脱ぎ捨てた姿を垣間見せると、微笑みとも憂いともつかない複雑な表情のまま、キュベレイを包む閃光の中に溶けていった。

「帰ってきてよかった…… 強い子たちに会えて……」

 その光景を見つめながら、子供たちは引き返すことのない大人への階段を登っていくのだった。

 

 ジュピトリスⅡが木星に向かう日がやってきた。戦争はすでに終結し、かつての戦士たちはモビルスーツを降りて新しい人生を歩もうとしていた。

 旅立ちを見送る仲間たちの歓喜の輪に囲まれ、ジュドー・アーシタの腕の中で泣きじゃくる少女は、エルピー・プルでもプルツーでもなかった。二人はそこから離れた場所で、もう一つの別れを待っていたのである。

 マーク・ギルダーの計らいで、プルとプルツーはシャングリラの寄宿学校に入学することになっていた。戦災孤児という名目と、毎月匿名で送られる生活資金……それが戦士として育てられ、死んでいくはずの二人を運命の輪から解放する手助けになることを誰もが祈っていた。

「本当に……これで、いいんですか?」

 感情を抑えるのに必死な様子でユリウスがつぶやく。彼は知っている。この歴史はかくあるべき史実ではない。

 だからこの時代を一度離れれば、再び訪れたときにはやはり悲劇は繰り返されるのである。

「やだよぉ…… 離れたくないよ!ねぇ、プルたちも一緒に行こうよ……!」

 最初に泣き出したのはいつも喧嘩ばかりしていたカチュアだった。次に涙をこぼしたのがユリウスだったことに気付かないほど、誰も悲しみを押さえることはできなくなっていた。

「みんな……大人になるということはな、自分のしたことには責任を持つことなんだ。何が何でもな……」

 マークはなだめるように言い聞かせながら、泣きじゃくるプルとプルツーの手に餞別を握らせた。

「Pletwo : Black Generations Code 01-4733510……認識票なのか?」

「お守りのようなものだ……それを持っている限り、俺たちはいつも一緒だ……」

 プルツーは固くそれを握りしめ、プルは願いを込めるように両手に包んだ。

 そして二人は、運命を変えてくれた人の顔を見上げた。彼も泣いている。だが、二人はもう涙を流すのをやめていた。

「ショウ……行っちゃうんだよね……」

「う……うん……」

 言いたいことが溢れすぎて、何から言い出せばいいのか分からない。沈黙のまま、三人は宇宙に浮かびながら心を交わらせていた。

 やがてプルが一歩前に歩み出た。プルツーも遅れないように、すぐに続いた。

「ショウ……好きだよ……」

「ありがとう……忘れないよ、ショウ……」

 二人の唇を同時に両方の頬に受けて、流れていたショウの涙はようやく止まった。そして、彼の初めてのキスを、二人に順番に交わしていった。

 カチュアは少し悔しそうな顔をしたが、今日だけは許してあげることにした。シスは自分にも同じことをして欲しいと密かに願った。

 

 報告では通常と変わらぬ戦いが繰り広げられたとされ、彼らが時代を動かした事実は封印された。しかしその奇跡を体験した者たちの心の中で消えることなく輝き続けたのである。

 誰かの手で文字と映像になってしまう歴史ではなく、永遠に色褪せることのない思い出として。

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