ブリッジに上がってきたエリスは疲れた様子で椅子に腰掛けた。物憂げな溜息がその後に続く。
「どうした?」
「こんなに大変だとは思わなかったわ。着替えもお風呂も一人ではできないなんて……」
シス・ミットヴィルは、自分のことを言われているのにも興味がない様子でいる。
「システム対応に必要なんて言うけど、戦争が終わったらこの子はどうなるの?何のために何をして生きていけばいいの?」
「新たなシステムに対応するために再強化を受ける」
抑揚のない声が少女の口から漏れる。それがいっそうエリスの心を締め付けた。
「本当にそう思ってるの?あなたは本当にそれでいいの?」
「いいも悪いもないわ。それが戦争だもの」
「戦争が終わったらどうするの?」
「閣下が勝利すれば戦争は終わらない。新たな時代を探し、新たな敵を探して戦い続けるの」
意思のこもっていない声。それは、まさに機械そのものだった。その肩を抱くエリスの瞳には涙が溢れ出る。
「今は分からないかもしれない……けど、あなたの考えは間違っているのよ……」
シスは黙ったまま答えなかった。
独房の中、無言で何もない時間を送っていたショウだったが、不思議と嫌な気分ではなかった。目を閉じると、カチュアが隣の部屋にいるのがなんとなく感じられたからだ。もっと集中すれば、ときどきはマーク艦長やエリス、クレアやレイチェルの心も感じられた。僕は一人じゃないんだ、そう思う事ができるだけでも負担は軽くなっていた。これがニュータイプという力なら、人はいつかもっと素晴らしい世界を作ることだってできるようになる……そんなことを考えると、楽しささえこみあげてきた。その空想を、ドアを叩く音がさえぎった。
「お食事であります!」
元気のいい、なんだか聞いているだけで楽しくなってくるような声だ。
「確か……」
「自分は、ミンミ・スミス伍長であります!」
扉の下の方にある少し大きな窓から、トレイに載った料理が運び込まれる。これまではほとんどチューブ状の戦時食だったのだが、今日は普通の食事だった。
「この食事、どうしたの?」
「ハイ!今日は砂漠の町の付近に停泊しているので、そこで食料を買い求めてきたのであります!」
ショウは鳥の唐揚げを口に入れた。半月余り忘れていた感触が味覚を刺激する。
「おいしい……」
「そうでありますか!たいへん光栄であります!」
「えっ?……君が作ったの?」
「はい!これでも料理と掃除は得意中の得意なのであります!」
そこで、ミンミは話を変えた。
「ショウさんは、ニュータイプでいらっしゃるのですよね?」
「えっ……。そう、みたいだけど、僕にもよく分からないよ……」
「凄いであります!尊敬してしまうであります!」
ミンミは目を輝かせた。
「自分はユリウス大佐のように頭がよくないでありますし、シス少尉やカチュア少尉のように戦いが巧くもないであります。その自分がなぜ選ばれたのか不思議であります。しかし軍人は上の命令には従うものでありますので、誠心誠意努力あるのみであります!」
扉の外でびしっと敬礼し、ミンミは元気よく立ち去っていった。遠ざかる足音を聞きながら、ショウはなんとなくミンミが選ばれた理由を察していた。人間が機械ではない以上は……特に、感受性の強いニュータイプたちにとっては……ミンミのような者が必要なのだ。ショウはまだ知らないことだったが、それはエンジェル・ハイロウの波動に巻き込まれたかつての最強パイロット達が、軒並み再起不能に陥った事と無縁ではなかった。
「ここは好きだったのよ。強化人間の私にも、ニュータイプと同じように扱ってくれた。戦うための機械なんかじゃないって言ってくれた……。じゃあ、あの子は何なのよ!?」
ガンダムのコックピットで、レイチェルはここ数日ずっと言い続けている愚痴を繰り返していた。聞き役のクレアも、今朝エリスに全く同じ話題を言われたばかりだ。流石に相槌を打つのにも疲れてきた。
「そーだねー……。キャラやマシュマーは確かにおかしくなっちゃってたけど、あんな風に自分をあきらめてなかったよ。わざとやってるみたい」
「だったら、なおさら放ってなんかおけないわ!」
レイチェルの機体の隣にあるG-3ガンダムのコックピットの中で、シスはその会話を聞いていた。そしてこの艦の人達はなぜ、自分を否定するのか考えていた。
『今回の作戦の内容を説明する』
マークの通信がコックピットに伝えられる。
『ランバ・ラル隊がホワイトベースに奇襲攻撃をかけているので、その援護に向かう。これが一番大きな目的で、最後に行われるものだ。まず、このガチャベース前にギャロップとサムソンが別働隊として接近している。これを討ち果たした後に、後衛にザンジバル級巡洋艦マダガスカルが控えている。そしてマダガスカルには、ジオンのモビルアーマー、アッザムがいるのだ。これを捕獲する事ができなければ、今後我が軍のモビルアーマー開発計画に大幅な遅れが出る事が確実視されている。なんとしても一撃でマダガスカルを撃破し、アッザムを捕獲するのだ』
実はこれこそが、今日の最大の任務とさえ言えた。そのため、空中にいる戦艦に接近するべく部隊はSFSに乗った精鋭三機。一撃必殺の有線爆弾を持ったDガンダムにはリーダーのクレアが乗っている。
『それ以外にも、ザクⅡJ型、マゼラ・アタック、ドップ、ルッグンなど捕獲すべきものは多い。戦艦以外は無視してかまわない!』
「りょ~かぁい」
「了解しました」
「任務了解……」
『では、これより本艦はガチャベースから発進する!外に出たらすぐにモビルスーツ隊出撃だ!』
捕獲用のファット・アンクルを後に従えて、彼らは戦場へと駒を進めた。
「戦うために作られたお人形……それが私……」
正確な動きでザクを射ち落としながら、シスはこの艦に来て初めて生まれた感情を処理できずに考え込んでいた。人に褒めてもらったり、回りの人を喜ばせる方法は笑ったり話し掛けたりすることではない。高い成績を残せばいいのだ。研究所ではそうだった。そして強化処理によって植え付けられたニュータイプ能力は、回りの人々の思考を正確に読み取らせた。どんな事をすれば好きになってもらえるのか、どんな事をすると嫌われてしまうのか、これまでは単純だった。好きなときは褒め、嫌いになれば怒る。それだけだった。だが……この艦の人達は、研究所の人達とは逆のことを言う。正確な答えを……これまでは正解だったはずの答えを返しているのに怒ったり悲しんだりする。そして、自分の事を怒ったり悲しんだりしているのに、なぜ嫌いにならないのだろう?
「よーし、本命来るよっ!みんな待機して!」
クレアの声でレーダーを確認しなおすと、マダガスカルの姿が近づいてきていた。アッザムや戦闘機を出撃させたところに全員の攻撃を一気に仕掛ける手はずだ。距離を測って、マダガスカルが停止すると思われる位置にハイパーハンマーを撃ち込める間合いにSFSを動かす。
「さぁて……とりあえずはこんなので挨拶といこうか!」
マークのホワイトベースからミサイルが連続発射され、マダガスカルもそれに応じてメガ粒子砲を発射する。六発のミサイルのうち五発が命中し、二連装のメガ粒子砲は片方だけが直撃した。艦が大きく揺らぎ、操舵手のネリィが髪型を整えながら体勢を立て直す。
「流石に戦艦同士の撃ち合いですわね……。損傷は25%以上ですわ」
「……力不足だな!その程度のパワーでは致命傷にはならん!」
ネリィの報告も、マークは余裕の笑みで受け流した。
「マーク!モビルスーツ戦とは違うのよ!」
「分かっている。落ちる寸前までは戦えるさ!」
ぜんぜん分かってないわ、とエリスは頭を抱えた。しかし、計算ではモビルスーツ隊の波状攻撃でマダガスカルは落ち、これ以上の攻撃は受けないはずなのだ。
突然、艦が大きく振動し、独房にいたショウは壁に叩きつけられた。
「な、なんだ……この艦に攻撃?戦いはどうなってるの?」
(大丈夫……)
「えっ?」
(私がアッザムを引き付けるわ。その間に……)
(オッケー!行くよレイチェル!!)
ショウの頭の中に、戦場の光景と仲間達の声が広がった。
SFSに乗ったモビルスーツが、敵の戦艦に向かって突撃をかける。その間に存在するモビルアーマーと戦闘機部隊を、灰色のガンダムが一人で引き受けようとしていた。敵艦にあと一撃を加えれば戦闘は終わる。その一瞬を稼げればいい。モビルアーマーにビームライフルが命中するが、大きなダメージにはなっていない。浮遊砲台のようなモビルアーマーから強力なビームが連続で発射され、灰色のガンダムはシールドで防ごうとした。だが、予想以上にビームは強力だった。ガンダムの左腕はシールドごと蒸発し、機体のバランスも失いかけた。
「危ないっ!」
(誘き出すためには勝てると思わせなければ……)
灰色のガンダムはSFSを操り、モビルアーマーの射線から逃れようとした。だが、丁度そこにビームが飛んできた……いや、待っていたと言ってもいい。ガンダムは直撃を受け、上半身が丸ごと吹き飛んだ。
(戦いとは、駆け引きなのだよ!)
モビルアーマーのパイロットは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「シスちゃん!」
(まだ大丈夫……ぎりぎり持ち堪えているわ)
そのはずだった。また、確かにそうでもあった。しかし、上半身のメインカメラを失ってからの姿勢制御まではシスの計算に入っていなかった。
「あぶない!後ろっ!」
(…………?)
盲目のままSFSの行くままに流されていった先には、ジオンの戦闘機ドップがあった。ジオンのパイロットも必死で回避しようとしたが、そのときには手遅れになっていた。空中で接触した二機は爆発を起こし、完全に制御を失ったガンダムはSFSから落下する。そしてガンダムを救う余裕は、マダガスカルに直行するクレアとレイチェルにはなかった。
だが、その中に生きる意思はまだショウの心に届いていた。
(こんなものなの……!?こんなに……あっけなく……?)
「ダメだよ!」
ショウは気を失いかけたシスに叫んだ。
「脱出するんだ!このままじゃ死んじゃうよ!」
(怖くはない……でも死にたくはないの!)
落下するガンダムが分離し、同じく灰色をしたコアファイターが飛び出した。
マダガスカル撃破を無事に完遂したクレアとレイチェルはモビルスーツデッキで待機していたが、機体を失ったシスはブリッジに戻って来ていた。
「艦長……申し訳ありません……」
「無事でよかったな。よく脱出したぞ」
マークはシスを抱き上げると、自分の娘にするように優しく微笑んだ。マークだけではない。エリスもマリアもネリィも、同じように安堵の視線を向けてくれていた。その温かさに、かえってシスは混乱していた。
「私は……撃墜されたんですよ?」
「そうだ、だからこそだ……。よく帰って来た」
マークはシスを下ろして、ショウに会いに行くように伝えた。どこにいるのかは言わなかったが、シスは迷うことなく歩いていった。
「ショウ……」
「シスちゃん?生きてたんだね!」
「戦いの間……あなたがずっと呼び続けてくれた……」
「やっぱりあの声は君だったんだ?」
シスは答える事ができなかった。胸から湧き上がってくる奇妙な思いが、声になることを阻んでいた。
「……強化された事が、あなたとこうしているためなら良かったのに……」
「心で話せる事が辛いの?」
「私には、戦うことしか許されていないから……」
「そんな事ないよ!」
ショウは精一杯背伸びをして、扉の窓からシスの姿を直視した。
「戦いしかしない人なんているわけないじゃない。君が帰ってきたときに、みんな喜んでくれたじゃないか!」
「ショウ……」
シスは混乱していた。こんな感情を抱くのは生まれて初めてだった。だが、何かとても大切な思いである事だけは、おぼろげながら確信していた。
「私……泣いてるの?」
涙が溢れてくるのは痛かったり悲しかったりするときだと思っていた。しかし……それだけではないことを少女は知った。それは彼女が戦うだけの存在ではないことの証明でもあった。
マークたちが、包囲を受けているブライト率いるホワイトベース隊の援護に駆けつけたときには、すでにアムロ・レイの奮戦で戦線を押し返していた。
「さっすが連邦の白い悪魔。ぜんぜん攻撃が当たらないじゃん」
クレアとレイチェルはジオン軍の背後から襲いかかった。挟撃を受けたジオン軍は混乱し、マゼラ・アタックやザクが次々と撃破されていく。
「謀られたというのかッ!?このワシとした事が……!」
ランバ・ラルは最後の死力を振り絞ってガンダムに挑むが、ヒートサーベルを持つ腕を斬り落とされてしまった。
「よく見ておくがいい!戦争に敗れるとはこういう事だーッ!!」
グフの爆発と共に、また一人戦士が戦場に散った。
「……!!」
ショウの脳裏に、誰かの叫び声が聞こえた。敗北の屈辱、残された者達への思い、任務を果たせなかった無念、そして死への恐怖……それらが凝縮された思念。
「戦争に負けること……。死ぬって……こういうこと……?」
「ショウ?」
シスが呼びかけたが、ショウは返事ができなかった。ただ恐怖に震えて、歯を鳴らして泣き出していた。