ケイ・ニムロッドは、1.5リットルのコーラを一気飲みしながら仕事の成果を満足げに見上げていた。
G-3ガンダムから、ガンダムNT-1が開発された。フルアーマー化すればさらに強固なものになる。
もう一機のガンダムはヘビーガンダムに換装された。切り札になるパーフェクトガンダムまであと二段階だ。
Dガンダム・ファーストはセカンドに昇格した。一気に戦闘用らしくなり、さらにサードにもなるらしい。
そしてなんと言っても、鹵獲したアッザムとザクから設計したアプサラスⅡである。戦力としても設計素材としても、今後重要な役割を果たすのは明らかだ。
さらに、ノブッシと言う異質の技術を組み合わせてファントマというモビルアーマーが誕生した。
アシュラガンダムやネーデルガンダムなど、よく分からないものもとりあえず作ってある。
しかし……こういう時に真っ先にやってくるはずのクレアがいつまで待っても来ない。
「なにやってんのよ……」
出撃にはまだ時間があるとはいえ、連邦の一大反攻計画オデッサ作戦の当日である。敵味方ともに多数のモビルスーツ、戦車や戦闘機まで動員して大激戦の様相を呈しているのだ。
「まーだかなぁ、クレアちゃんは」
頭に次々と浮かんでくる自慢の台詞を持て余しながら、ケイはごろんと横になった。
「何をやってるんだ?もうすぐ出撃だぞ」
今日はいつになくブリッジの中が寂しい。確認を取ってみたが、モビルスーツデッキにも誰もいない。
「エリスたちはどうしたんだ?」
マリアとネリィの二人は今日もいたので、マークは彼女たちに聞いてみた。
「ショウ君のところだと思いますわよ。ずいぶん落ち込んでいたらしいですわ」
「……反省房に入れたのがか?シスを助けていたじゃないか」
「さあ、それ以上のことは知りませんわ」
ネリィはそこまで言うと、任務に集中した。まだ聞きたいことはあったのだが、艦内で任務を果たしていない人間がこれ以上出てはたまらない。仕方なくマークは通信機を手に取った。
「ショウの部屋か……」
「ショウ、開けてよ!出てきてよ!」
カチュアはずっと呼び続けていたが、扉の奥から返事はない。シスは黙ったまま、じっと扉が開くのを待っている。ユリウスは少し嫌そうに、ミンミは心配そうな顔で見守っていた。そして子供たちの行動を止めているのがエリスとレイチェルである。クレアは実のところ新しいモビルスーツを見に行きたかったのだが、友人たちの手前抜け出すわけにもいかなかった。そこにマークの声が響いた。
『何をやってるんだ、そんな所で!』
「ショウが出てこないんだよう」
カチュアは助けを求めるような顔をした。だが、ここでかまっているわけにもいかないのだ。
『モビルスーツ隊は発進準備にかかれ!あと十五分で出撃だぞ!』
「了解っ!」
これ幸いとクレアが駆け出していく。
「あ、待ってよクレア!」
『レイチェル、おまえも行くんだ!』
「……はい」
まだ不満は残っている様子だが、レイチェルもモビルスーツデッキへと向かった。そしてユリウスとミンミが後に続くと、シス、最後にカチュアもその場を離れていった。
『……エリス、説明してくれないか?』
時間は十五分と区切ってしまった。モビルスーツ隊への指示もしなくてはならない。あまり手間をとる余裕はなかった。
「ショウ君が……死ぬのが怖いって……」
『何?』
「戦いで死んでいく人の波動を感じたみたいなの。それで……」
『そうか……』
それは、マークにも経験のあることだった。死にゆく人の魂が流れ込んでくる感覚。ニュータイプという種が戦争に参加する限り、それは避けることのできない重荷であった。
『ならば考えなければな……』
「えっ?」
『ショウを戦いから離脱させるのか、壁を乗り越えてもらうのか……。どちらにしても七十年後までには結論を出さなければ、我々と同じ悲劇をたどることになる……』
「だから、子供たちを戦いに駆り出すのは反対だって、いつも言っているでしょう!」
『……とにかく、扉を開けよう。ショウと一緒にいてやってくれ』
艦長の権限でロックは外され、エリスはやっと部屋の中に入ることができた。
「ショウ君……」
ショウは布団にくるまって、怯えたように黙っていた。
「ショウ君」
ベッドに腰掛けると、エリスはショウの体に手をおいた。そして、震えているのが分かった。
「エリスさん……」
ショウは顔を布団から出し、涙を拭った。
「戦うのが怖いの?」
答えは返ってこなかった。臆病者扱いされることを極度に嫌うショウだが、今は恐怖を押さえるすべが無いようだった。
「それでいいの……それが普通なのよ」
「……エリスさんも?」
「私やマーク……艦長はね、そうじゃないって信じていたの。自分は戦えるんだって思っていた……。けど……、それは間違いだったのよ……」
「エリスさんが戦いを?」
「そう。あなたやカチュアちゃんより……ひょっとするとシスちゃんよりも上手にやれていたのかもしれないわ。でも……もう、私やマークはモビルスーツに乗ることができなくなってしまったのよ……」
『アプサラスⅡにはレイチェルだ。覚えているな?』
「はい。大丈夫です」
昔から、大型モビルアーマーの担当はレイチェルと決まっていた。
『シス、アレックスに乗るんだ。マグネットコーティングはG-3のままになっているはずだ』
「了解……」
『ギュンター技術大佐はDガンダムを』
「モビルスーツ戦の時くらい、ユリウスでいいですよ」
『それは助かります。ミンミはザクⅡだ。F型とJ型を間違えずに』
「了解であります!J型の方でありますね!」
『それでいい。カチュアはヘビーガンダムを頼む』
「……ショウは?」
『……出撃することがあるなら、トルネードガンダムが残っている。よし、編成は以上だ!』
「かぁぁんちょぉ~!!」
クレアの素っ頓狂な声がデッキにこだました。
「リーダーの私を忘れてど~すんのよ!?」
『ガザB……は、向こうに送ってしまったしな。どれでもいいぞ』
「……絶対、艦長は私の命を軽視している……」
肩を震わせながら、クレアは格納庫を見渡した。そしてある機体が視界に入った瞬間に、恋する乙女のように目を潤ませた。
「出ろぉぉぉぉぉッ!!ねぇぇ~でる!がんだぁぁーむ!!」
高く掲げた指を鳴らすと、クレアの体は風車がついた妙ちくりんなガンダムの中に吸い込まれていた。モビルトレースシステムと呼ばれる独特のコックピットの中で、操縦デバイスを兼ねたレオタード姿のクレアは自分の姿を確認して何度もポーズを決めなおした。
「あーっはっはっはっ!!これよこれ!イカス!さいっこ~!!」
ひざを叩いて大喜びするネーデルガンダムを呆然と眺める仲間たちは、異口同音につぶやいていた。
「一番命を軽視してるのはあんただ……」
「!!」
突然ショウの頭の中に、悪夢そのものの光景が浮かんだ。あってはならないものが迫ってくる。大きな光が広がっていき、戦場のすべてを、敵も味方も巻き込んでいく。ランバ・ラルの発したものと同じ絶叫が、何十人、何百人という数で押し寄せてくる。その中には、十五分前まで自分を心配してくれていた仲間たちの断末魔も含まれていた……!
「うわああああっ!!」
「どうしたの、ショウ君?」
「やめて!やめてぇぇ!!」
エリスはショウを落ちつかせようと抱きしめたが、ショウは胸に顔を押しつけたまま泣きわめくばかりだった。
「怖いよ……怖いよぅ……!」
「ショウ君……!?」
固く胸をつかんで放さないショウの頭を撫でながら、エリスはマークに通信をかけた。
「外はどうなっているの?」
『予想の範囲内だ。マ・クベが核ミサイルを発射した』
「……早く、早くそれを止めて!ショウ君がそのプレッシャーをまともに受けてしまってるの!」
『言われなくともそうしている!3ターンで決着を付けるぞ!』
もし、その間にミサイルを落とせなければ自分たちも含めて連邦軍は全滅するということは、マークは伏せておいた。
「来ないで……」
ショウが喉を詰まらせながら、震える声で訴えた。
「来ないでよ……僕の中に入って来ないで……。頭が痛いよ……」
「ショウ君……」
(目を開けるんだ、ショウ……)
怯える心の中に、悪夢ではない意志が入ってきた。
「え……?」
その声に勇気づけられたショウは、エリスの胸に押しつけていた顔を離してみた。いつのまにか、ショウは宇宙にいた。いや……周りの風景がすべて消え去り、星々だけが残っている。そこにショウとエリス、そしてマークだけが浮かんでいた。ブリッジの艦長席があるところに座った姿勢で浮かんだマークは、言葉を選びながら語りかけてきた。
(怖いか……ショウ?人が死ぬのは……)
「艦長はそうじゃないって……」
(いや……。俺も、怖いんだ……)
「艦長も?」
(エリスが言ったこともそうだが……、今は違う。出撃していった仲間が無事に帰ってきてくれるか……それだけが心配でたまらないんだ。俺がモビルスーツに乗れさえすれば先陣を切って飛び込んでいける。最悪の時は敵の射線に割り込んでいけば、命を捨てて仲間を助けることもできる。だが……今の俺は座って見ていることしかできない……)
「…………」
(俺はこうなって初めて、自分が死ぬよりも恐ろしいものがあることを知った。おまえたちのような子供を前線に出して万一のことがあれば俺は自分を一生許せないだろう。だが……それでも俺は動くことができないんだ……)
苦しみとも焦りともつかない感覚……しかしそれは確かに、マーク・ギルダーという一個の人間の偽らざる真実だった。そしてそれを告白されたショウもまた、抱えきれないものを背負ってしまっていた。
「艦長……僕には分かりません。敵の兵士だって生きているのに……。どうして辛くなるって分かってるのに、みんな戦うんですか?」
(俺が今戦えれば戦うさ。何故かは伝えたし、おまえももう知っている……)
「えっ?」
(ひとつはおまえたちのような子供を……自分の命より大切なものを守るために。そして、おまえも気づいている……あの悪夢の光を止めるためにだ)
「あの、光……」
(止める事ができなければ、もっと多くの人が死ぬ。今後はもっと多くの、もっと強い光に何度も出会うことになる。そうなったときに誰かが止めなければいけない。それが俺の戦う理由だ……)
「あの光を止めなくちゃ……!」
(そうか……。愚痴を聞かせてしまってすまなかったな。ここからは俺の戦いだ)
「艦長の?何をするんですか?」
(座って見ているのさ。パイロットでなく艦長としては、そうしなければいけないからな。仲間を信じて、その無事を祈る……それが今の俺の戦いだよ)
その言葉を最後に宇宙の幻覚は消え、再び部屋の風景が戻ってきた。
「マーク……変わらないのね、いつまでも……」
「エリスさん!僕も……僕も行きます!」
「ショウ君……。もし戦うなら……これだけは約束してね。絶対に生きて帰って来ること。あの光に呑まれて自分を見失わないこと。それから……私やマークみたいにならないでね……」
エリスはもう一度強くショウを抱きしめてから、その手の力を緩めた。
戦況は連邦軍有利に展開していた。だが追い詰められたジオン軍司令官マ・クベ大佐は南極条約を破って核ミサイルを発射。一気に戦局の打開を図ったのである。爆発まで、あと3ターン。
「これってさぁ、たしかアムロがミサイル叩っ切ってめでたしめでたし、じゃなかったっけ?」
出撃してみて状況の悪さを知ったクレアは、半ばあきれながらレイチェルに話し掛けた。
「向こうから来てくれるんだからまだありがたいわよ。前は追いかけて行かなくちゃいけなかったんだから」
「そーだったのぉ?うわー、そりゃ大変」
クレアは軽口を叩いていたが、状況はやはりひどいものである。後方撹乱のために敵軍の背後に回ったホワイトベースとガンダムは孤立、さらにアムロはジオンのエースパイロット・黒い三連星の生き残り二人に囲まれていた。復讐の念に燃える二人は凄まじい気合を放っている。そして核ミサイルが飛んでくる正面に彼らは位置しているのである。出撃して布陣するだけで、貴重な時間は費やされた。それもザクやトーチカが待ちうける真っ只中に飛び込んだのである。
「なっ……なんだぁこいつは?」
ジオンのパイロットは前面に風車を搭載した変なガンダムに面食らった。そして気を取り直してヒートホークで襲いかかるが、妙な機体は瞬時に真上にジャンプして回避した。
「う……うわぁぁぁっ!?」
その直後、ザクのパイロットは恐怖と驚愕の入り混じった悲鳴をあげた。高速回転する風車を下にして飛び降りてきた謎の機体は、ザクの装甲をいとも簡単に切り裂いたのである。何がなんだか分からないまま、ザクは閃光の中へと消えた。
「あっはっはっはっはっ!ザクとは違うのだよ、ザクとは!」
「はい!根本的な何かが異なるであります!」
機嫌のいいクレアは、敵と同じくザクに乗っているミンミの返事をいいツッコミだと楽しむ余裕さえあった。残ったトーチカは、近すぎる相手に対しては攻撃できないので仕方なく射程内の敵に砲撃した。しかし、それはレイチェルのアプサラスⅡだったのである。その攻撃は無駄に命を散らせるばかりでなく、レイチェルの戦意を高めていくのに役立つ結果になってしまった。そして、ミサイルが彼らの射程範囲内に入った。
「よおっし!私が止めるからレイチェルやっちゃって!ユーリィとカチュアとミンミはバズーカで援護!シスは回りの敵を警戒して!」
クレアは指示を出すと、核ミサイルの前に一機でずずいっと立ちはだかる。
「ちょっと!何する気なのクレア!」
「……見えた、水のひとしずく! ねぇぇ~でる!たいふぅぅーんっ!!」
ネーデルガンダムの風車が全力で回転し、大気の渦を巻き起こした。突風と言うよりも小型の台風に近い圧力を受け、飛来する核ミサイルすらもその動きを止めた。レイチェルたちも、両軍の兵士も、見守っていたマークたちも、その光景をあんぐりと口を空けて見つめていた。命を、そして連邦軍全体の勝利を救われたレビル将軍も、ただ無言で佇んでいた。だが、マ・クベはそれでは済まなかった。
「そ……そんな馬鹿な!? 風車でミサイルを止めるなど不可能だ……!」
「分かるまい!戦争を遊びとしているマ・クベには、私のこの身体を通して出る力は!!」
アプサラスⅡの巨体から奔流のように噴き出すメガ粒子砲が、Dガンダムとザクのバズーカ、そしてヘビーガンダムのキャノン砲が風に押し返されるミサイルに直撃する。そしてジオン軍の最後の切り札は、誰もが納得し難い方法で失われたのである。
「わ……私の駆け引きが……」
マ・クベは側近に抱えられ、うわごとを繰り返しながら撤退していった。
「よし!残存兵力の掃討にかかる!」
その号令で、両軍の兵士はやっと今は戦争の最中なのだということを思い出した。しかし兵力も戦意も失ったジオン軍にもはや勝ち目はなく、クレアのMVPに花を添えただけであった。かくして、オデッサ作戦は連邦の勝利に終わったのである。
「は……はは……」
全てが終わってから、ショウは全身の力が抜けてへたりこんだ。
「なんか……怖がってたのがバカみたいだ……」
「クレアはいい奴だよ。どんな逆境でも楽しむ事を忘れない。それは俺にない強さだ」
「だからクレアさんをモビルスーツ隊の隊長にしたんですか?」
「まだ戦えるニュータイプの中ではあいつとレイチェルが一番強かったしな……」
マークと話をしているときに、モビルスーツ隊が帰艦して来た。
『わはははははっ!クレアちゃん強いっ!』
『クレアぁ、カミーユが聞いたら怒るわよ』
『大丈夫だって、あいつ噂ほど怖くなかったもん』
そんな会話の中に、カチュアの声が入っていた。
『ショウ!もう大丈夫ぅ?』
「大丈夫だよ!……次からは、僕も戦うから!」
ショウの顔からは恐怖が失われていた。そしてモビルスーツデッキに走るショウを見送るマークとエリスも、わずかだが心の傷が癒えるのを感じていた。