機動探訪記ガンダム・ジェネレーション   作:キャノン娘

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第6話 ユリウスの憂鬱

 地球連邦軍の総司令部ジャブローに少年の声が響いた。場違いな存在と声の機嫌の悪さに兵士たちは振り向いたが、すぐに己の仕事に戻っていく。もともとジオン軍が開発した潜水母艦マッドアングラーの製造は完了しつつあり、モビルスーツの搬入も行われていた。ザクを水中用に改修した、ザクダイバーと呼ばれる機体が潜水艦の中に納められていく。

 それは連邦軍の基地としては異様な光景であった。こんなことが許されているのは、独立傭兵部隊“ブラック・ジェネレーションズ”だけである。

「彼はここで降ろすべきです!ジャブローには育児施設だってあるじゃないですか!」

「……よくそんな事を覚えていましたね」

「黒歴史くらい頭に入れています。だいたい、彼はイレギュラーなんですよ!」

「イレギュラーなのは我々全員ですよ」

「僕たちにとって、です!」

 だんだん声が大きくなっていく少年と、話を聞いている若い士官は、大きく腹の出た高官に呼び止められた。

「何の話をしているのかね?」

 二人は高官に敬礼を取った。

「艦に難民の子を乗せていまして……」

「ほう……この子かね?」

 一応連邦軍の制服を着ていた少年は、とうとう怒りを爆発させた。

「話にならないっ!……僕は帰っています!」

「ギュンター技術大佐!」

 大人もおどろく剣幕で、ユリウスは足早に去って行った。

「……大佐?あの子供が?」

「はい。彼の知識と技術がなければ、こうもジオンのテクノロジーを動かせたりはしませんよ」

「ふむ……。まあ、いい。マッドアングラーの出航次第、君たちはジャブロー外郭の、この地点を防衛してくれたまえ」

 高官が渡した地図に指定された地点は、地下秘密基地の入り口からはかなり離れている。

「信用されていない、ということですか」

 マークは嫌そうな顔つきはしなかったが、そうは言っておいた。

「あまりにも君たちの成績が良すぎるのだよ。そして、今度はジオンの潜水艦の情報だ。ジオンのスパイと言う噂も流れているのだよ」

「……まさか。我々は傭兵部隊ですが、ジオンに与することなど誓ってありませんよ」

 エゥーゴやマフティーには参加させてもらいますがね。

 マークは頭の中で考えて、笑いを抑えた。たとえこの言葉が漏れたとしても、何の事か分かる者はこの時代にはいないのだから。

 

 ユリウスはホワイトベースに帰ってきたが、ここでも彼の怒りは治まらなかった。

 パイロットが集まって休息を取っていた部屋では、ソファに座るショウの両隣でカチュアとシスが楽しそうにしていたのである。

「さっすが連邦軍の総司令部よねぇ~」

 カチュアはショウの腕を引っ張って、しきりに話し掛けている。

「でも何?あの潜水艦。かっこ悪ぅ~」

「連邦軍の潜水艦は登録されていないから……」

 反対側に座っているシスがショウに代わって答えた。

「アンタにゃ聞いてないわよ」

「そう……」

 シスは自分も興味はないという風に黙ってしまった。

「だいたい、なんで私とショウがしゃべってるのにアンタがいるのよ?」

「私はショウといると落ち着くから……」

「アンタが落ち着いても私は落ち着かないの!二人っきりにしてよ!」

「この部屋には他にも人がいるけど……?」

 そんなやり取りを、エリス、レイチェル、マリア、ネリィ達は微笑ましく見守っていた。

「やっと子供らしくなってくれたわね」

「このまま戦いなんてなければいいのに……」

「ア・バオア・クー戦が終わったら、一度戻ってショウ君をお母さんのところへ戻しましょう。この後にまで連れて行くのは辛いわよ」

「でも……カチュアちゃんやシスちゃんはどうなさるんですの?」

「……私が、戦えれば……」

「貴女を責める訳ではありませんのよ。貴女だって休んでいるべきなのですから……」

 その2グループの間を、ユリウスはさらに不機嫌そうに通っていった。部屋から出た後に、暗い声が廊下に響く。

「どうしてショウのやつがあんなにもてるんだよ!?」

 ニュータイプだから、僕には分からないつながりができるのか?

 ……そんなことはない!僕はエリートなんだ。凡人とは違うんだよ!

 それこそ、近くにニュータイプがいたら怖がられそうなことを考えながら、ユリウスは次の扉を開けた。

「天才の考える事は、凡人たちには分からないんだよ!」

「はい!大佐のおっしゃる事は難しすぎて、自分はなにがなにやらちんぷんかんぷんであります!」

 突然答えが返ってきたので、ユリウスはつんのめった。

「……おまえには言ってない」

「了解であります」

 扉の向こうにいたミンミはびしっと敬礼を取る。ユリウスはなんだか馬鹿にされたような気分になって、無言で廊下を歩いていった。

 自分の研究室に閉じこもると、かねてよりの新発明に取りかかる。

「天才の僕が、あんな凡人に負けるわけがないんだ!サイコミュ兵器よりずっと凄いものがあるってことを分からせてやる!これでカチュアちゃんの心を掴んでみせるよ!機体の性能を理論限界値を突破するレベルまで飛躍させ、洗脳装置の精神安全性も高めた……この、バーサーカーシステムⅡで!!」

 

 基地から離れたところに存在するガチャベースに警報が轟いた。

「ジャブロー基地内にジオンのモビルスーツが潜入しました!」

「そうか。……ならこちらにも来るな。

 いいか!今日の任務は、まずジオン水中用モビルスーツを一通り捕獲する事。その後、降下してくる敵モビルスーツ部隊を殲滅すること。

 水中部隊は敵潜水艦を優先して攻撃。空中部隊は索敵を怠るな!

 よし、マッドアングラー発進!」

 ガチャベースから出航したマッドアングラーのレーダーには、すでに目の前に来ているユーコン級潜水艦二隻と、こちらと同じマッドアングラーが映っていた。

「シス・ミットヴィル、ガンダムNT-1、出ます」

「カチュア、フルアーマーガンダム、いきま~す★」

 SFSに乗ったモビルスーツが出撃し、上空に待機する。

「……敵はぁ?」

「現在は水中にしか確認されていないわ」

「なーんだ。あ~あ、ヒマだなぁ」

 のんきにあくびをするカチュアに、レイチェルのアプサラスⅡから叱責が入る。

「カチュアちゃん!真面目にやらなくちゃ駄目じゃないの!」

「は~い」

「カチュアちゃん、一応援護しなくちゃいけないかもしれないんだから……」

 今回はショウもトルネードガンダムで参加している。

 彼らの機体はビーム兵器が主兵装なので、水中に対してはあまり戦力にならなかった。

 その隣で、ユリウスがぶつぶつ文句を言っていた。

「どうして僕だけ別のチームなんだ……。結局SFSに乗ってるのは変わらないじゃないか……」

 Dガンダムセカンドはバズーカやグレネードランチャーを装備しているので、援護射撃程度ならできるのである。

 そして問題の水中では、ファントマとガンダムNT-1から設計された新型モビルファイター・ライジングガンダムが先陣を切っていた。水中での機動力も落ちる事もなく、ビームボウはなぜか水中でも発射可能である。

「ふふふ……集まれ集まれ!鈴の音に惹かれて、その首を差し出しに!」

「クレア中尉、あぶないでありますよぉ~」

 その後からミンミのザクダイバーが随行する。

「大丈夫大丈夫!ちゃんとレーダーは見てるよっ!」

「……あぶないの意味が違うであります」

 景気よく叫んでいたクレアはあっさりと敵のレーダーに引っかかり、近くにいたマッドアングラーとユーコンが浮上してモビルスーツ隊を展開する。ゾックを先頭に、ズゴック、ゴッグ、ザクマリンなどが次々と現れた。その数、実に十三機。

「わあ、すごい数。こりゃ大変だぁ」

「そんな調子でいいのでありますかーっ!?」

 大量の敵が出現したのは、SFSに乗っている空中部隊にも分かった。

「カチュアちゃん、下!下!敵が来たよ!」

「だいじょーぶだよ、私にはなんでもお見通しなんだから★ それより、ショウ……」

「もう、僕は攻撃するからね!」

 トルネードガンダムやガンダムNT-1からガトリングガンが打ち込まれるが、普段使っているビーム兵器ほどの効果はなかった。一番頼りになるアプサラスⅡはビーム兵器しか搭載していないので援護のしようがない。

「まったく……。援護射撃なら、こういう風にやってくださいよ!」

 ユリウスの放ったバズーカが比較的装甲の薄いザクマリンに命中する。そこにライジングガンダムのビーム・ボウが続き、ザクマリンは回避するまもなく撃沈した。

「当然の結果だよ!全てが僕の予想通りだったんだから!」

 ユリウスはかっこつけてみるが、残念ながらカチュアはまったく聞いていてくれなかった。

「ねぇ、ショウ!どーして私の事見てくれないのぉ?」

「今は戦闘中でしょ……あぶないっ!」

 トルネードガンダムは突然水中に飛び込んだ。カチュアやレイチェルたちはすぐに何が起こったのか悟ったが、彼女たちの機体は水中には行けずに立ち往生していた。ユリウスが一人、レーダーで確認するのに時間を取られていた。

 クレアとユリウスの組が攻撃した後に、ミンミとクレアがジオンのマッドアングラーを攻撃し、反撃に放たれた二発のミサイルをミンミが避け損ねたのである。ザクダイバーの装甲はもろくも破壊され、悲鳴とともに沈んでいく。

 マッドアングラーの中で、マークは一瞬背筋に冷たいものを感じた。だがすぐにそれは高揚感に変わった。ザクダイバーがすぐには爆発しなかった幸運と、ミサイルが命中する前からショウが動き出した事に対する感嘆である。

「やはりあいつは、凄いニュータイプだよ……」

「ミンミちゃんがあぶないっていうのに、まだあなたはそんな事ばかり!」

 エリスはあきれたように怒った。

「ユーリィ!私たちは攻めるよっ!」

 クレアは落ちていくミンミを振り返りもせずに敵陣に突撃した。それとすれ違うショウの心の中に、ザクダイバーは動けなくなってはいるが爆発はしない、ミンミも無事に生きている、トルネードガンダムの機動力なら追いつけるはず……という判断が流れ込んできた。

「そっちは任せるからがんばってね。私はショウに弾が飛んでこないようにするから」

 ショウにクレアの声が聞こえた。通信を介して耳に聞こえたのか、心に直接届いたのか、必死の最中ではよく分からなかった。

「ぬぅぉぉおおーっ!!貴様らがぁぁーっ!!」

 今度は、完全に口からの叫び声だ。ユリウスの援護を受けつつ、ライジングガンダムはビームナギナタで敵を次々と薙ぎ倒していく。その勢いに押されてゴッグやズゴッグが退いた瞬間、マッドアングラーに向けて一直線の道が開けた。

「今だっ!いっけぇぇーっ!!」

 クレアの意思とマークの作戦がひとつになった。ニュータイプの感応はなくとも、ユリウスも確実に戦機を捉えていた。

 マッドアングラーのミサイルと援護射撃、Dガンダムのバズーカが次々と敵艦に撃ち込まれる。そして必死で切り開いた射線を通して、ビーム・ボウの光が駆け抜けた。

 水中を伝わる爆発の振動を受けて、ショウは味方の戦果を知った。

「クレアさん……凄い……。艦長やエリスさんは、昔はクレアさんより凄かったのかな……」

 そう考える余裕があるのも、ザクダイバーに手が届く距離まで来れたからだった。

 しかしようやく手が届きそうに思えたとき、再度脳裏に警鐘が響いた。

 水面から遠い、光も差し込んでこない暗闇からミサイルが襲い掛かる。回避もままならないトルネードガンダムにそれが全て逸れてくれたのは、もはや幸運と言う他なかった。

「ミンミちゃん!大丈夫なの!?」

「ま……まだまだぁ!自分は根性だけならエース級であります!」

 強がってはみるものの声は震えている。ザクダイバーの重量を抱えたトルネードガンダムも浮上するのが精一杯で、分かっていても回避行動は取れそうになかった。

「たっ……助かりそうでありますか?」

「分からないよ!やるだけやってみる!」

 上だけを見てメガブースターを吹かせたショウの目の前に、突然ガンダムの顔面が迫った。次に顔の輪郭、さらに薙刀を構えた全身が出現する。

「こ、怖いですよクレアさん!」

「怖くないっ!男の子でしょ!」

 二人のガンダムは上下にすれ違いつつ、互いの無事を確認した。

「安心してないで早く行く!」

「クレアさんはどうするんです!?」

「一矢で仕留める!」

 ライジングガンダムが弓を引き絞る。ショウの頭の中に、なぜか袴姿で矢をつがえるクレアが浮かんだ。

「必殺必中ぅっ!

 ラァァァイジング!アロ───ッ!!」

 絶叫に合わせて、まだその姿も見えないマッドアングラーから強烈なビームが降り注ぐ。異常な距離からの援護射撃と必殺の一撃を受けて、ユーコン潜水艦は抵抗の暇もなく沈んだのだった。

「やったあ!これでスコア更新っ!」

 ガッツポーズを取るライジングガンダムを呆然と見つめ、ショウはぽつりと言った。

「……今の、どこから撃ったんですか?」

「あっち」

 ライジングガンダムは上の方を指差した。

 その上の方では、レイチェルやカチュアが喜びシスも安堵のため息を漏らしていた。ユリウスは一人、水中に沈んだモビルスーツたちが無事母艦に戻るまで何が起こったのか分からずにいた。

「……あ!」

 帰艦したショウが、小さく叫んだ。

「シャアが遠くなっていく……逃げたの……?」

「あ……あれがシャアって人?」

「うん。まだいるのがアムロ・レイ……」

 ニュータイプにしか分からない会話をカチュアとショウが続けている間も、やはりユリウスは取り残されたままだった。

 

 目の前の敵を掃討し、戦闘は一段落した。

 先ほど活躍した対水中部隊はマッドアングラーの中で小休止し、その間にモビルスーツの修理や補給がなされていた。

 ガウ攻撃空母から降下してくるジオンのモビルスーツ隊を相手に、今度は飛行部隊が激戦を繰り広げている。その映像を虚ろな目で眺めながら、ユリウスは暗く沈んでいた。

「どうしてだ……?どうして僕だけ、こうなるんだ……?」

 ニキ・テイラー中佐のもとで戦術や戦闘の訓練を受けていたときは、ある意味楽しかった。それは高度な理論で構築された世界であり、正解には必ず合理性があった。ユリウスの出した答えが正当と認められなかった時でも、欠点を指摘され正答を示されることで、その合理性に納得できればひとつ階段を上ったという実感を覚えることができた。

 しかし、ここにはそういったものはない。少なくとも、ニキの出した課題にはニュータイプの概念が含まれることはなかった。

「ユーリィ、元気ないじゃん。いい動きしてたのに、どしたの?」

「……その呼び方、やめてくれませんか?」

 クレアを振り返りもせずにうつむいていた。

「なんで?そう言うってニキ姉に聞いたんだけど」

「に、にきねぇって……?」

 ユリウスはクレアの口調にムッと来るものを感じた。

「あれ?ユーリィの先生でしょ?ニキ・テイラー大尉」

「今は中佐ですよ」

「ちっ、もうちょっとで追いつくと思ってたのに……。いつの間に出世してたんだ、姉は」

「先生の事を、そんな呼び方しないでください!」

「本人は別になんとも言ってなかったんだけどなぁ。前のときはずっとニキ姉で通してたよ」

 まただ。また、ニュータイプはこういう事をする。

 僕の知らないところで勝手に話を進めて。僕の知らないニキ先生の事を知っていて……。

 これじゃ、僕が一人だけバカみたいじゃないか……。

「ねえ、どうしたの?なんか暗いよ」

 ニュータイプなんて、戦いの事は分かっても僕の事はなにも分かってくれないじゃないですか!

 そう爆発しかけて顔をクレアに向けたユリウスは、モビルトレースシステムのままの格好を見て、反射的に率直な感想を述べていた。

「クレア中尉……胸、小さいんですね」

 ひくっと唇の端が動いた。十一歳のユリウスにとっては素直な一言だが、十六歳のクレアに取ってはギロチンのような嫌味であった。

「……フィンガァァァ───っ!!」

「わぁぁぁぁっ!?」

 顔をつかんで床に引きずり倒すのをマークが艦内放送で止めたのは、機体の補修が完全に終わって出撃命令を出す段になってからの事だった。モビルスーツデッキの混乱に気がつかないほどに、外は激戦だったのである。

 

 連邦軍のモビルスーツ、ジムは地上戦に特化したジオンのグフやドムを相手に支えきれず、連邦軍の陸戦艇ビッグ・トレーはガウの爆撃によって抵抗もままならずに撃沈していく。頼みのホワイトベースさえ飛行できる戦力が乏しく、地下に退避せざるを得なかった。

 手近な相手を撃破したジオン軍は、ガチャベースを包囲し始めた。

「なんでジャブロー本部ではなくこちらに来るんでしょうか?」

「目立つからだろう」

 平然と即答するマークに、ニュータイプでないマリアは頭を抱えたくなった。

「ど、どうして目立つところに配置されているんですか?」

「我々は囮だからだ。立派に目的は果たしている」

「立派過ぎです……」

 威風堂々と鎮座する球形の基地の四方を無骨な砲台が固め、さらに巨大モビルアーマー・アプサラスⅡが守備の要である。モビルスーツ隊もSFSに乗って空中にいる。これで目立たないはずがない。

「レイチェル、上空でガウ撃破を優先してくれ。クレア、もう出撃……何をやってるんだ!?」

『あ、はいはい、出撃ですねー』

「お前とミンミが水中で対潜水艦哨戒!ユリウスは地上部隊を適宜撃破!ガーダーを使ってもかまわん!」

『了解!』

 了解して出撃してみて、ユリウスは周りに誰もいないことに気がついた。レイチェルたちは北側の上空、クレアとミンミは南西の水中。マッドアングラーは潜水艦だから、援護は当然水中優先だろう。東側の地上で孤立している自分を確認して、ユリウスは泣きたい気分になった。

「だからニュータイプなんて!分かりあえる相手としか分かりあおうとしないじゃないか!」

 ユリウスに与えられていた武器は機械だけだった。自動防衛砲台であるガーダーだが、指示を出して積極的に攻撃させることもできる。この日のために強化改良されていたフィーアト・ガーダーはブラスターや連装ミサイルでジオン軍の勢いを削いでいった。

「機械なら僕の言う通りに動くのに……艦長も中尉も僕を分かってくれない!シスでさえショウになつく!なぜなんだ!?」

 正確な動きで敵を退けながらも、ユリウスの精神は乱れていく一方だった。

 

 そしてそれは、彼が拒絶している者たちにもはっきりと読み取れた。

「ねえ……ユリウス、大丈夫なの?」

 ショウは不安げに仲間たちに問い掛けた。

「大丈夫……彼は負けない……」

 シスの答えはそっけない。

「あなたたち、ちゃんと前を見て!今は戦闘中なのよ!」

 レイチェルの叱咤で、ショウもユリウスのことを後にしなくてはならないことに思い至った。

 いくら心配でも、勝手に抜け出して助けに行くわけにはいかない。地上や水中で戦線を支えている者たちが安心して戦うためには、まずガウを撃破しないことには始まらないのである。

 こちらはアプサラスⅡとモビルスーツが三機、ジオンはガウが三機。そして連邦軍もジオンも多数の戦闘機が参加していた。切り札はアプサラスⅡだが、その弾数は多くない。

「きちんと計算して戦わないと……」

 ビームサーベルでの攻撃ならドップは簡単に落ちる。進路を切り開いて、ビームサーベルとアプサラスⅡの大型メガ粒子砲でガウを叩く。そしてできればユリウスの援護に行く……そう考えると、どう考えても弾数は足りない。レイチェルは最強の兵器に乗っていながら妙な無力感を覚えていた。

 そうは言っても、指揮官が決断しなくては部隊は機能しないのだ。

「シスちゃん、ショウ君、ビームサーベルで道を切り開いて!カチュアちゃんはなるべく弾数を残して援護して!」

 トルネードガンダムとガンダムNT-1はドップの波を切り抜け進軍していく。だが、カチュアのフルアーマーガンダムは特に動きを見せることはなかった。

「な、なにやってるの!」

「だってぇ、ドップくらい援護しなくても落とせるよ。弾がもったいないじゃない」

「そうかもしれないけど!」

 レイチェルには叱っている暇はなかった。すでにショウとシスがガウに斬りかかっているのだ。この瞬間のために始めた行動を止めるわけには行かなかった。

「イッてぇ!お願いっ!」

 もはや祈るしかなかった。この一撃とビームサーベルでガウが落ちてくれなければ、ユリウスを助けにいける余裕がある者は誰もいなくなってしまうのだから。そして幸運なことに祈りは通じた。マッドアングラーからの援護射撃と合わせて二条のメガ粒子砲と、ビームサーベルの必殺の一撃で空母はジャブローの空に散ったのである。

 意気上がる連邦軍の攻勢が始まるなか、フルアーマーガンダムはいつのまにか姿を消していた。

 

 グフのヒートロッドがDガンダムの装甲を焼いていく。すぐさま反撃で葬り去るものの、機体に蓄積されたダメージは限界に達していた。

「なんでこの僕がグフなんかにこんなに……。シミュレーションと実戦は違うっていうのか……!」

 普段のユリウスなら、装甲も弾も尽きかけているのなら帰艦するはずだった。回復している間にザクやグフに突破されるほどガーダーは脆くはないのだから。だが彼は冷静さを失っていた。隣にも後ろにも誰もいないという戦況が、自分が守りきらなければならないと錯覚させていたのである。迫ってくるジオン軍は散発的で、戦闘力もDガンダムに比べれば劣っていた。だからこそ一気に全滅させることができず、枯渇していても戦えそうな気分になってしまっていたのである。

 そこに後ろから、援護のビームが飛んできた。

「おまたせ~★」

「……カチュアちゃん?」

 上空から飛来したフルアーマーガンダムは、Dガンダムを守るように前線に立った。

「……どうして?」

「さっきからずっと呼んでたじゃない。それより、早く帰った方がいいんじゃない?」

「……!!」

 ユリウスは無言で、SFSをマッドアングラーに向けた。その精神の波を受けたカチュアはあまりの激しさに困惑した。

「なんなのよ、もう?」

 多くのセンサーが悲鳴をあげるコックピットの中で、ユリウスは一人泣いていた。

 カチュアに心の中を覗かれていたことも、カチュアに助けてもらったことも、ある意味ショウにそうされるよりも屈辱だった。

 マッドアングラーの周りには、またユーコン級の潜水艦が二隻接近していた。これでは助けたくてもできなかったのだが、それを確認する余裕さえ今のユリウスにはなくなっていた。補給が完了するまでしばらく時間がかかったが、その間もコックピットの中で呆然と計器を眺めていた。

 そのうち、アプサラスⅡやトルネードガンダムも弾を撃ち尽くして帰って来た。今度はフルアーマーガンダムだけが戦場にいることになる。その背後に、空中部隊が討ちもらしたドップが迫っていた。フルアーマーガンダムは、そちらに対処するそぶりは見せなかった。

「カチュアちゃんっ!」

 モビルスーツデッキの中で、ショウとユリウスは同時に叫んだ。二人のうちショウにしか分からなかったが、カチュアの判断は弾がもったいないから全部避けるというものだったのだ。

 そこに、沈黙していたガーダーの機関砲がドップを襲った。続いてブラスターとミサイルがザクを追い払っていく。フルアーマーガンダムが傷ついた敵にとどめをさし、弾を撃ち終わるころにはトルネードガンダムとガンダムNT-1が出撃し、またガウの脅威がなくなったのでホワイトベース隊も戦闘に参加していた。こうして、彼らはまた勝利したのである。

 

「ふ~、つかれたぁ★」

 カチュアが明るい声で帰ってくるのを確認して、ようやくユリウスはDガンダムから降りた。誰よりも疲れた顔をしていた。四台のガーダーを同時に遠隔操作し続けた疲労である。次までにモビルドール機能をつけようと真剣に考えていた。

「ユリウスっ!」

 カチュアはモビルスーツから降りると、真っ先に駆け寄った。

「ありがとね!さっきの援護射撃、ユリウスがやってくれたんでしょ?」

「……分かるの?」

「そりゃ分かるよ」

「そう……」

 煮え切らない反応に、カチュアは少しいらだった。

「どうして変な顔するの?」

「怖い……からかな……」

「へ?」

「こうしてしゃべってれば、声とか顔とか、なんとなくカチュアちゃんがどう考えてるか分かるよ。

 けど……僕はニュータイプじゃないから心で通じ合ってる時が怖いんだ。

 僕がどう考えてるのかカチュアちゃんには分かるのに、僕の心を見たカチュアちゃんがどう思うのか僕には分からない……」

 それを言うだけでも、一生ものの勇気が必要だった。あるいは好きだと言い出すよりもたくさんの勇気が。

 しかし、表情をこわばらせるユリウスに、カチュアは明るく笑った。

「だったら、しゃべればいいじゃない。みんなで遊んでるときにどうして入ってこなかったの?」

「えっ?……いいの、僕が入っても……」

「当たり前じゃない、友達なんだから」

 友達、か……。

 ユリウスの心に、少しだけ光がさした。そう、少なくとも友達ではいるのだから。

「あ~、それにしても汗かいたなぁ。お風呂に入ってこようっと」

 服をばたばたと動かしながらカチュアは歩いていった。その後ろで、ユリウスは少し頬を赤くした。

 とたんに、カチュアが振り返った。

「ユリウスのエッチ!」

「ええっ!?」

「べぇ~だっ!」

 カチュアは舌を出して、走って逃げ出した。

「ちょっと待ってカチュアちゃん!僕は、僕はそんなんじゃ……!」

 必死で追いかけるユリウスを遠めで見ながら、ショウはあきれたようにつぶやいた。

「あの二人、仲いいじゃない……」

 からかわれているのに気づいたのは、二時間にわたる追いかけっこの末のことだった。

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