闇なる鴉はかく語りき   作:とんこつラーメン

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クロウ:オリジン

「ん…」

 

 ゆっくりと、その瞼が開かれる。

 視線の先に見えるのは、見覚えのない薄暗いコンクリートの天井。

 

「おぉ…目が覚めたか。もっと時間がかかるかと思っていたが、予想よりも725秒早く起きたか」

 

 いきなり聞こえてきた初老の男のような声に、思わず視線を動かす。

 陰で暗くなって姿はよくは見えないが、白衣のような物を着て、その体は小柄のようだ。

 

「あんたは…」

「ふむ…その反応を見る限り、矢張りだったか。まぁ…仕方あるまい。この程度は些細な問題だわい」

「何を言って…」

 

 そこまで言いかけて、ふいに自分について色んな事に気が付く。

 まず、己の体が手術台のような場所に寝転がされていること。

 そして、自分の手や足が妙に小さく、細くなっていることに。

 

(私の手足は…こんなに小さかったか?)

 

 普段から意識して自分の手足なんて見ていないので、あまりよく思い出せない。

 だとしても、ここまでじゃなかったとは思うが。

 というか……。

 

「声…」

 

 なんだ、この『声』は。

 自分の『声』は、こんなにも高かったか?

 

「どうした?」

「いや…何でもない」

 

 ここは下手に過度な反応をするべきじゃない。

 咄嗟にそう判断し、何でもないように振舞う。

 確認ならば後でも出来る。

 

「ワシのことは…そうだな。適当に『ドクター』とでも呼んでくれればいいわい」

「ドクター…ね」

「この場で適当に偽名でも考えてもよかったんじゃが、それはそれで面倒くさい。ワシの名前なんぞ些細なもんじゃしな」

「そうかよ」

 

 適当に返事をしながら、頭をフル回転させて『昔』を思い出す。

 

(どうして…私は生きている? あの時…確かに私は死んだはずだ…)

 

 今でもハッキリと思い出せる。

 相手の銃弾が自分の脳天を貫く感触。

 自分の視界が反転し、コンクリートの床に倒れて、真っ赤に視界の中、どうして即死しなかったのか不思議に思いながら…駆け寄ってくる仲間の姿を、どこか他人事のように見つめて…そして…。

 

「流石に混乱しておるようじゃな。無理もあるまい。己に関する記憶を全て失っておるのだからな」

「記憶を…?」

「そうじゃ。ま、こればかりは仕方あるまい。余り気にするな」

「他人事のように言いやがって…」

「他人事じゃからな」

 

 確かに、その通りだ。

 自分たちはお互いに赤の他人。

 そして、このドクターには人道的倫理観とやらが致命的に欠如しているようだ。

 好奇心のみを己の原動力にしているタイプだ。

 この手の相手は色んな意味で質が悪い。

 自分の行動に一切の迷いや躊躇が存在しないから。

 ある種の暴走機関車みたいなもんだ。

 文字通り、死ぬまで絶対に止まらないだろう。

 

「なんか…手鏡的なのはないか?」

「手鏡? ふむ…あったかのう…?」

 

 ドクターが手鏡を探している間、この部屋を隅々まで観察してみる。

 人一人が余裕で入れそうな巨大なシリンダーがいくつも並べられていて、その近くには医療器具と思わしき道具が並べられている。

 この人物が『裏』に属しているのはすぐに分かったが、それとは別に表の顔は本当に医者をしているのかもしれない。

 

(理由や事情は分からないが、どうやら私はこいつの実験台にされたみたいだな)

 

 普通ならば、ここで怒ったりするのだろうが、もう既に終わったことに対して何かを言うのは好きじゃない。

 過去を嘆いている暇があるのなら、これからどうするかを考えたほうが賢明だ。

 

「ほれ、あったぞ。手鏡じゃ」

「…汚ね」

「文句を言うでないわい。仕方ないじゃろう。自分でも、どうしてこんな物がここにあるのか不思議なぐらいなんじゃからな」

「さよか。ありがと」

 

 軽く手でこすってから鏡面を見れる程度に綺麗にしてから自分の顔を覗き込む。

 そこに写っていたのは、赤いショートヘアの幼い少女の顔。

 どう考えても自分の顔じゃない。

 

「お前さんは、金のためにワシが密かに裏で募集していた求人に飛びついてきたんじゃよ」

「求人?」

「人体実験の被検体。命の保証はできないと言ったのだが、お前は『それでも構わない』と言っていた。『こんな体で長生きをしても意味がない。それならいっそのこと…』とな」

「ふーん…。さっき言ってた記憶なんたらってのも?」

「あぁ。実験の反作用で過去の記憶を全て失う可能性(リスク)があった。なんせ、文字通り『生まれ変わる』のじゃからな。昔の記憶なんて無用の長物じゃろう」

「そういうもんかね…」

 

 なんて言ってはいるが、実は『私』の記憶は失われてはいない。

 この場合は『前世の記憶』と言うべきか。

 理由は不明だが、自分はこの少女になってしまった(・・・・・・・)んだろう。

 そして、実験によって記憶を…『彼女の記憶』が失われた。

 これはある意味で『死』なんだろう。

 人が本当に死ぬ時…それは、全ての人々の記憶から忘却された時なのだから。

 

「そうじゃ。こいつを渡しておかんとな」

 

 そう言いながら私に手渡してきたのは、一冊のボロいノートだった。

 

「もし本当に記憶が失われた時に備えて、お前さんが自分自身のことについて書き残していたものじゃ」

「記憶を失う前の私は随分と用意周到なことで…」

 

 個人的にはどうでもいいことだが、それでも、これからの行動の指針にはなるかもしれないと思い、徐にノートを開いて中を確認してみた。

 

「うっわ…」

 

 随分と丁寧な字で、思わず本気でドン引きしそうな内容の文章がそこにはあった。

 この体の本来の持ち主は、中々に素敵な家庭に生まれたようだ。

 

(けど…納得はした。こんな子供がどうして、明らかに裏側な場所にいるのか。その理由が。それはそれとして…)

 

 『個性』って…なに?

 あと、なにこの『ヒーロー』と『ヴィラン』って。

 どこの特撮番組の話をしてる?

 

(本当はここで聞いておくべきなんだろうけど…変に怪しまれるのも御免だしな。後で自分で調べてみるか。流石にそれ系の場所ぐらいはあるだろう)

 

 そんでもって、ここに書いてある、この名前が…。

 

(私の…いや、この『体』の本名か…)

 

 流石に、今後もこの名前を名乗り続けたいとは思わない。

 ちゃんと反応出来るかどうかも怪しいしな。

 

「これから、どうする気じゃ?」

「どうするって? このままここで飼い殺しするんじゃないのか?」

「確かにお前はワシの人体実験に付き合った。お陰で貴重かつ重要なデータが手に入り、個人的にはウハウハじゃ。要するに…」

「私はもう用済みってわけか」

「そうなる。だからと言って、別に殺処分したりはせんがな。ワシらのことさえ決して口外しないと約束してくれれば、どこへなりとも行って構わん。と言っても、既に察している通り、ここは『裏側』に属しているが」

「別にいいよ。寧ろ、そっちのほうが都合がいい」

「…記憶を失ったばかりとは思えんほどに冷静な奴じゃな。いや、記憶を失ったことで本来の姿が顕わになったほうが正しいのか…?」

「さぁね」

 

 本当の自分なんて誰にも分らないだろうに。

 学者連中ってのは皆がこうなのか?

 

「何か他に聞きたいことなどはあるか?」

「んじゃいくつか。まず、この体はちゃんと成長するのか? 人体実験をしたと言っていたが…」

「その辺は問題ない。確かに肉体面の大幅な強化こそ施したが、逆を言うとそれだけじゃ。五感はちゃんと機能しておるし、生理現象もちゃんとある。食事もできるし、生殖機能だってちゃんと残されておるわい」

「そこら辺は普通の人間と同じってわけか」

「お前は所謂『プロトタイプ』! 試験的に色んなことをやってみた! 今回の実験結果を元に、更なる『改人』を生み出してみせるわい!」

「改人…ね」

 

 もしかしなくても『改造人間』の略称なんだろうな。

 初めて聞いたけど。

 

「この辺って、買い物できる場所とかってある?」

「買い物? あるにはあるが…一体何を買うつもりじゃ?」

「ヘアカラー。赤い髪は落ち着かない」

「ハッハッハッ! 10歳そこらで髪を染めたいか! 随分な不良娘じゃのう!」

「金欲しさに人体実験の被検体やってる時点で今更だろ」

「確かにその通り! こりゃ一本取られたわい!」

 

 人生楽しそうだな…このじーさん。

 ある意味で羨ましいわ。

 

「今回の金は、そこの机に置いてある。勝手に持っていくがいい」

「そうさせて貰う。服は?」

「その籠の中じゃ」

 

 そう言われて籠の中を覗いてみると、そこには何とも女の子っぽい洋服が。

 うん。この貰った金で別のをすぐに買おう。

 これは私の趣味じゃない。

 

「ところで、今後からお前のことは何て呼べばいい?」

「私のこと?」

「そうじゃ。もしかしたら、また何かの用を頼むことになるかもしれんからな」

「このノートに書いてあった名前でいいだろう」

「それは『昔』の名前じゃ。『今』のお前じゃない。それとも、記憶を失っても猶、過去を引きずるつもりか?」

「確かにな…」

 

 新しい名前…か。

 それじゃあ…適当に前世でのコードネームでいいか。

 これなら不意に呼ばれても反応出来る。

 

「クロウ。私の新しい名前だ」

「クロウ…鴉か。言いえて妙じゃな。ゴミ漁りでもする気か?」

「まさか。知らないのか?」

「何をじゃ?」

「鴉は神の使い。鴉が集まって鳴く時は…必ずどこかで人が死ぬ。それは鴉が神の元へ死者の魂を運ぶから」

「ということは、お前は『死を告げる者(メッセンジャー)』にでもなると?」

「さぁな。それは、これから決めるさ」

 

 こうして、私は二重の意味で生まれ変わり『(クロウ)』になった。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 それから10年後。

 イレイザーヘッドと出会ってから2年後。

 

 私は『ある場所』にて『ある人物』と向き合っていた。

 

「アンタが直接、私を呼び出すなんて珍しいじゃないか、『先生』。いつもならドクターか黒霧を介して呼び出すのに」

「まぁね。それだけ重要な用事があるってことさ」

 

 仰々しいマスクをしている、この男の本名を私は知らない。

 その通り名なら知ってるけど。

 ただ、全身から溢れ出る恐ろしく濃密な『プレッシャー』だけで、こいつが普通じゃないことが分かる。

 

「クロウ。君のことを見込んでお願いがあるんだ」

「お願い…ね」

 

 その時点で猛烈に嫌な予感しかしない。

 けど、私はこの男に何度も世話になっているのもまた事実。

 今後の為にも、少しは点数稼ぎをしておくか。

 

「5年前の一件以降、ずっと深淵の中で潜伏を続けてきた。だが、それももう終わりだ」

「と言うと?」

「君は『雄英高校』を知っているかな?」

「名前ぐらいは。割と有名な所なんだろ?」

「その通り。あの高校から数多くの有名なプロヒーローが排出されている。君もよく知るイレイザーヘッドも雄英の卒業生で、今はあそこで教師をしているそうだよ」

「あの人が教師って…」

 

 似合わねー…つーか、想像できねー。

 あの性格でちゃんと授業とか出来んのかよ。

 逆に生徒が不憫だわ。

 

「更に今年に入って、あの『オールマイト』が雄英の教師になるという情報が舞い込んできた」

「オールマイト…あんたの宿敵か」

 

 強大無比な先生をここまで追い込み、同時に自分自身も決して無視できないような重傷を負った。

 傍から見たらオールマイトの勝利に見えたが、実際には双方痛み分けだ。

 お互いに致命的なダメージを負ったわけだから。

 

「まさかとは思うが、私に潜入しろなんて言う気じゃ…」

「流石の僕も、既に成人済みの君に女子高生の真似をさせようとは思わないよ」

「じゃあ、なんだよ」

 

 相変わらず、勿体ぶった言い方をする男だ。

 この妙に芝居染みたセリフは本人の趣味か?

 

「君に…本格的に『こちら』に来てほしい」

「…確かに、私はあんたに大きな借りがある。けど、誰かの下についたり、命令されたりというのは…」

「分かっているとも。君は束縛されることを何よりも嫌う。だから僕も、君の行動を縛り付けようとは思っていない。ただ、『こちら側』にいるという事実さえあればそれでいい。君は今まで通り、自由にしてくれて構わない」

「幽霊部員的な存在になれと? それでそっちに何の得がある?」

「あるとも。君の行動、言葉の全てが『あの子』の…『弔』の糧になる」

「私に、あの餓鬼のお守りでもしろと?」

「それは黒霧の役目さ。言っただろう? 君は君で好きにしていいと」

 

 好きにしていい…ね。

 その言葉がもう既に怪しいわけだが。

 

「先生にとって不利益なことをするかも」

「結構。寧ろ、どんどんしてくれていい」

「場合によっては裏切るかもしれない」

「それもいいさ。それもまた弔の成長の糧になる」

「はぁ…」

 

 こりゃ、何を言っても無駄だな。

 私が『はい』と言うまでは梃でも動かないぞ。

 

「分かったよ。私の負けだ。形だけだが、そっちについてやる」

「ありがとう。君ならそう言ってくれると信じていたよ」

「どの口が…」

 

 そう言わせるように誘導したのはソッチだろうに。

 

「早速で悪いが、君には仕事をしてもらいたい」

「いきなりだな」

「今度、雄英に襲撃をかけようと考えている」

「マジかよ…つーか、そう簡単に出来るもんか? 向こうには多数のプロヒーローが教師って形で在席している上に、そのセキュリティだって並じゃないだろ」

「大丈夫さ。僕には友達が多いからね」

 

 内通者か。

 それが雄英の中に潜んでいると。

 教師か生徒かは分からないが。

 こいつもこいつで不気味なほどに用意周到なこって。

 

「と言っても、主に行動するのは弔と黒霧で、それ以外は適当に雇い入れたチンピラ擬きのヴィランで構成されているけどね」

「それもう完全に使い捨て前提の雑魚キャラじゃねぇか」

 

 私としては本気でどうでもいいけど。

 

「更には…君の『』も連れていく予定だ」

「…もう使えるのか?」

「ドクターはそう言っていたよ」

「…そうか」

 

 ついにアレが実戦投入か。

 急にヒーローたちに同情してきたわ。

 

「それに君も同行して欲しい」

「私にもヒーローどもをぶっ飛ばせと?」

「それは君次第だ。戦うもよし、傍観するもよし。一緒に行く…それ自体に大きな意味がある」

「ふぅ~ん…」

 

 私がついていくことに意味…ね。

 絶対に碌なことじゃないだろうな。

 今ここで考えても詮無きことだけど。

 

「決行日は?」

「一か月後。その前にまず、マスコミを使った陽動をかけてみようと思う」

「マスコミね…確かに、ナンバー1ヒーローがいるってネタは、向こうからしたら喉から手が出るほどに欲しいかもな」

 

 その代わり、取材されるほうの迷惑は一切考えないのが奴だらが。

 

「マスコミが頑張ってくれている隙に、職員室から教師用のカリキュラムを盗み、オールマイトの授業を狙って襲撃をかけようって魂胆なのさ」

「とことんまでオールマイト狙いなのな」

「当然さ。あの男こそが今の社会の中心にいるといっても過言じゃないからね」

「それには同感」

 

 今の社会はオールマイトと言う『絶対的な強者』に依存しきっている節がある。

 一般人だけじゃなく、警察関係者やほかのヒーローたちでさえも。

 逆を言うと、オールマイトが何らかの形でリタイアしてしまった場合、この社会は呆気なく瓦解してしまう可能性がある。

 そのことを世間が理解しているかどうかは知らないが。

 

「もしかしたら、君もあのイレイザーヘッドと再会出来るかもしれないよ?」

「いきなり変なフラグを立てないで貰えませんかね?」

 

 確かに可能性はあるかもしれないが、あくまで可能性だ。

 そう都合よく会えるとは思えない。

 もし仮に会えたとしても、もう私たちは以前のようには話せないだろう。

 

「…で、話はもう終わり? 帰ってもいいか?」

「もう帰るのかい? 個人的には、もう少し君と話をしたかったのだが」

「こっちは御免被るよ。こうして向き合ってるだけで疲れる」

「それは残念だ。では、また」

「あぁ…またな」

 

 本当には二度と会いたくはないけどな。

 さっきから手汗が凄いことになってる。

 今日はもうシャワーを浴びてから、ゆっくりと休もう。そうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、原作介入。



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